第19話
両隊長から許可を得て、私は下級神官たちと共に治療に当たった。
獣化した人に対する魂の修復っていう魔法ではなく、ただの回復魔法ね。
それも軽いところは医務室に回す感じで……骨折を繋ぐ程度。
完治まで使ってたらこっちの身が持たないからさ!
で、回り回ってさっきの私に吠えた人が運悪く私のところに来ちゃって、でも手当てしないわけにもいかないので聖女らしく笑みを浮かべて魔法を使おうと思ったワケよ。
そこそこ骨折してるのがわかったから。
ぱしん。
いい音がした。
私の手を払いのけた音だった。
(なるほど?)
聖女は不平等だと不満を覚える兵士は、大勢いる。
私も下級神官時代から、兵士たちと隣り合って戦地にいたからよく知っている。
この国において、回復能力を持つ人間は女性だけ。
その最高位こそが聖女であり、彼女たちの力は強大で、だからこそ精鋭部隊である獣神部隊に所属する。
それが上の人たちの言い分だ。
だけど、聖女の大半は貴族家出身の兵士のための、偽の聖女。
婚約者として彼らが本物の聖女に選ばれないように聖女の名前だけを冠する少女たち。
そして精鋭部隊と銘打っておきながら、前線に出陣しない第一、第二部隊。
いつだって表に出される第五部隊は捨て駒で、それよりは幾分かマシなのだとそれで溜飲を下げていた第四部隊からすれば――私という聖女は、それを覆してしまう存在なのだ。
「聖女殿……!」
「大丈夫です、問題ありません」
とはいえ、下級神官時代も傷の痛みから苛立った兵士に怒鳴られることなんて日常茶飯事だった私からすれば可愛いものである。
あっちで震えている下級神官ちゃんもいずれはこのように図太くなるんですよ、ふふふ!
「治癒の魔法は必要ないようですので、医師をこちらへ。神官の治癒が必要でしたら、平静を取り戻されてから神殿へ足を運んでいただければと思います」
「……傷ついた兵士を見捨てるってのか! 聖女様ってのはお高くとまっておいでだなア!?」
叫ぶようにそう言って嗤う男に、私は慈愛の笑みを浮かべて返す。
治癒されたら恩に感じないと言うのだろうし、治癒しなければこうして罵られるんだから聖女なんて損な役割だよね。
「まあ! 私の手を払いのけられるので、治癒を遠慮なさったとばかり思いましたが違いましたか。それでは魔法を使わせていただきますが、気持ちを落ち着けていただかねば効きも悪くなることはすでに周知の事実ですから。どうぞまずは心を落ち着けてくださいませ」
「何を……」
「確かに私は聖女ですので、みなさまの治癒に携わることができて光栄です。ですが、ここにいる神官たちはまだ経験も浅く、力の使い方も学んでいる最中。できれば互いに協力する形で治癒が行えればと思います」
そう、なんでか知らないけど頭に血が上っている状態で回復魔法をかけると不思議なことに効きが悪いんだよね。
血が流れ出ちゃうからなのか?
大怪我を負って冷静になれって方が無理な話だとわかっちゃいるけど、喧嘩とか不満でカッカしてんならそこは落ち着けって話なんだよね。
回復してほしいならな!
「幸い王城には優秀な医師が大勢おりますので、今回の訓練での傷も程なく癒えましょう」
私はそれだけ言って、他に治癒が必要な人がいるかを見ていく。
彼だけじゃない、幾人も私に対して憎しみの籠もった目を向けてくる。
聖女がいれば、助かったかもしれない同胞を思えば仕方のない話。
彼らにとって大切な人が、聖女がいたら助かったかもしれないのだとしたら……その責めを受けるのも聖女の役目だっていうのだから、酷い話だ。
(聖女が、どうして獣神部隊にしか配属されないのかとか、これまでの聖女たちがどうして結婚相手を選ぶのかとか、そんな理由は関係ない)
聖女は、癒すためにいる。
癒さない聖女は、役立たず。
捨て駒を選ぶ聖女も、救う価値のないものに手を差し伸べるばかりで何の役にも立たないと腹が立つのだろう。
それでも私は、この場で彼らの目に晒されよう。
それが、私の推しを守ることになるのだから。
「一通り見て回りましたが、もう大丈夫かと思います」
「ああ。……お前は」
「なんでしょう?」
アドルフさんが、私の報告を受けて何かを言いかけて、止めた。
本当に私の推しは優しいなあ。
私が彼らの目にどんなふうに映っているのか、それを目の当たりにして私が傷ついていないか心配してくれているんだ。
そんな彼の後ろで、カレンさんとマヌエラさんが微妙な顔をしていた。
フランツさんは、めっちゃ包帯を巻かれていた。
「それじゃあ解散ですかね。アドルフさん、今晩は食事が必要ですか? それとも隊の方と一緒に……」
いつもの感じだと隊の人たちと反省会とかをして……なんだろうけど、結婚したからって私に気を遣ってくれているアドルフさんだからなあ。
晩ご飯の仕度が必要かどうかだけ確認しておかなくては。
推しが帰ってきた時に待たせるなんて言語道断ですからね!
部下想いのアドルフさんだからきっと私に先に帰るよう言ってくるだろうから、帰りは市場に寄って……今日はいろいろお疲れだろうから、精のつく料理とお風呂の仕度もしよう。
そんなことを思っているとアドルフさんは私を睨むように見下ろしてから、ふいっと視線を逸らした。
「……事後処理を終えるまで、神殿にいろ。迎えに行く」
「え? は、はい」
「一緒に帰る」
それだけ言うと去って行くアドルフさんに、私は呆気にとられるのだった。




