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断罪を許されし者  作者: 仕方舞う
9/12

絶望に咲く花・後編

 闇に侵食される煌太は、意識の奥で佇んでいた。死んでいった仲間達を想い、助けられなかった自分を責め、終わる事の無い悲しみに身を投じていた。



 真っ暗な世界。

 色も、音も、感覚も、ここにはない。

 煌太は、一人膝を抱え佇む。

「皆、ごめん…」

 慰める者はない。

 煌太の心には、後悔と懺悔が満ちている。自分を許す事は無く、成せなかった事を列挙して自分自身を責める事しかしない。


「煌太…」


 何処かから声が聞こえる。

 聞き覚えのある声だが、煌太の心は癒されない。


「こっちに来て…」


 誰かが呼んでいる。

 大切な人の願いだが、煌太の心は動かない。


「皆、信じている…」


 言葉から強い意思を感じる。

 煌太は、意思に誘われ、顔を上げる。

「…ユキネ」

 煌太の目の前には、ユキネが立っている。

 満面に笑みを浮かべ、手を差し伸べている。

「煌太、こっちに来て」

 煌太は手を伸ばすが、躊躇い、引っ込める。

 ユキネは、煌太の手を取り、駆け足で引っ張っていく。

「待ってくれ。何処に連れて行くんだ?」

「すぐに分かるよ」

 しばらく走ると、真っ暗な世界に小さな花が一輪咲いている。

 凛と咲き誇り、美しく輝いている。

「この花は、煌太が守って来た人の心」

 煌太は、花の前に膝を付き、顔を近づけてみる。

 花から笑い声が聞こえる。

「皆、煌太と一緒に居られて幸せだった。悪魔が居る絶望の世界でも、犯罪者と蔑まれる運命の中でも、煌太が居てくれるだけで幸せだった」

「…そんな皆を、俺は守れなかった…」

「違うよ! 煌太は今も守っている。私達の心を大切に守り続けている」

 真っ暗な世界に光が満ち、穏やかな風が吹き抜け、緑美しい丘に変わる。

 丘には、花が咲き乱れ、死んでいった者達の声が聞こえる。


「煌太、笑ってくれ! 俺はお前の笑っている顔が好きだ!」

「泣かないで。煌太が泣いていると、私まで悲しくなる」

「信じているぞ! お前なら、絶~~~~対にっ、悪に負けたいしない!」


 花の背後に、死んだ者達の姿が浮かび上がる。

 誰もが笑顔で、誰もが煌太の名を呼んでいる。

「皆…」

 煌太の頬を涙が伝う。

 胸が熱くなり、闇に負けていた心に光が戻る。

「煌太…」

 ユキネは、煌太を抱きしめる。

「私、必ず傍に行く。例え姿が変わっても、例え声が変わっても、必ず煌太を探して会いに行く。だから…その時は、私を抱きしめて」

 煌太も、ユキネを抱きしめる。

「分かった」

 煌太の周りが花で埋め尽くされる。

「煌太、待っているからね…」

 風が吹き抜けると、花は舞い、空に消えていく。

 ユキネも、花と共に空へ。

「…待たせはしない」



 鎖に縛られる煌太。

 体は闇に侵食され、魔力は全く残っていない。

「…封印…」

 断罪の太刀が、宙を舞い、煌太の下へ。

 縛っていた鎖を断ち斬り、煌太の胸を貫く。心臓の手前で止まり、光の紋章を輝かせ闇の浸食を払う。

「…解き放つ…」

 瞑っていた瞼を開き、断罪の太刀を掴む。

 ヨロヨロと歩き、断罪の太刀を牢の壁に叩きつける。

 断罪の太刀は、いとも簡単に粉々に砕ける。

「悪を断罪する為に!」

 砕けた断罪の太刀は、光の刃となり、煌太の額、胸、腹、両腕、両足、を突き刺す。光の刃が輝き、全身にタトゥーのような紋章が浮かび上がる。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 煌太の体に異変。

 側頭部から湾曲した角が生え、溢れ出した闇が全身を覆い鎧を形成。鎧は煌太の体に合わせて変形し、顔を覆う仮面には、怒りを体現する鋭い目と、悪魔を思わせる牙。至る所に筋肉を思わせる隆起があり、鎧と言うより鋼鉄の体。

 威圧感と恐怖感が共存する姿は、まさに魔王。

「ユキネ、今行く!」

 煌太は、背中より漆黒の翼を生やし、奈落の最下に向かって降下。

 その速度は、光を超える。



 最下に向かうレティスは、地下70階を降下中。

 レティスは、無表情のまま。グライは、何かに怯えて震えている。

「グライ、何を怯えている?」

「そ、それが…レティス様、あの者は…まだ生きている気が…」

「有り得ない。魔力を吹き飛ばし、免疫のない状態で闇を直接塗り込んだ。常人には耐えられない」

「で、ですが…あの者は…何か、根本的に違う。我々が悪魔と契約した状態と、根本的に…。あ、あああ、あああっ!」

 突然の絶叫。

 その瞬間、何かが二人を追い越し最下に向かう。

「何だ…今のは?」

「生きていた…生きていた…。あの者が…きょ、恐怖が…」

 グライは恐怖から逃げるように、近くの手摺に掴まり通路に退避。

 レティスは、後を追い速度を上げる。



 地下108階。

 住民達が、アルモスの到着を今か今かと待っている。ガブリエルは、予定より遅い帰還に不安を滲ませる。

 イブは、ユキネを心配して上を見ている。

「ガブリエル、何で止めなかったの? 死の未来があるのに、どうして?」

「私にはどちらも選べなかった。煌太の命と、ユキネの命。どちらも大事で、どちらも失いたくない。だから、選択させたのです。後悔する私ではなく、後悔しないユキネに…」

「ユキネの死は絶対なの?」

「…限りなく絶対に近いです」

 上を見続けるイブの目に、落下するユキネの姿が見える。

「ユキネ!」

「…やはり、運命は…」

 ユキネが最下に落下する寸前、黒い影がユキネを包み込む。

 イブとガブリエルは、その様子を呆然と見つめる。


「約束は守る」


 黒い影の正体は、漆黒の翼。

 翼が広げられると、変貌を遂げた煌太がユキネを抱きかかえている。

「…悪魔!」

 イブは、煌太を悪魔と思い臨戦態勢。

 ガブリエルは、正体に気付き、歩み寄る。

「…煌太。ですが…その姿…」

 煌太と聞いて、イブは困惑。

「煌太って…この姿はどう見ても…」

 近づくガブリエルを、煌太は睨む。

「寄るな!」

「…」

 ガブリエルには、拒絶される理由が分かっていた。

 大切な人を死地に誘った罪は、どんなに謝っても許される訳が無かった。

「今は近寄るな。お前は、ユキネが死ぬと分かっていて止めなかった。理由が何であれ、俺は簡単には許せない。例え、ユキネがそれを望んだとしても…」

「煌太…」

「ガブリエル…いや、ひょろ。皆を連れて早くここから逃げろ」

「…分かりました…」

 煌太は、イブの下に。

 腕を伸ばし、ユキネを差し出す。

「イブ、ユキネを頼む」

「…煌太…絶対に負けないでよ! 私、ユキネと一緒に待っているから」

「ありがとう。約束する」

 イブは、小さな体でユキネを抱きかかえる。

「アルモーーーース! 今直ぐ帰って来~~~~い!」

 煌太は、地面に向かって大声でアルモスを呼ぶ。

 少々おかしな光景だが、言葉に応じて、魔法陣が現れアルモスが顔を出す。

「こ、煌太様、如何なさいました?」

 アルモスは、茶菓子を口にくわえている。

「アルモス、奈落の住民を直ちに王国に案内してくれ」

「何かあったのでしょうか?」

「話はガブリエルから聞いてくれ、俺よりも子細を説明できるだろう」

「が、ガブリエル!」

 悪魔の天敵に、否応なしに警戒感を強める。

 加えていた茶菓子は、地面に落下。

「安心してくれ、こいつは敵対しない」

「…煌太様がそういわれるなら…」

 アルモスは、住民達の様子を確認。

 天使の加護が施され、魔界への順応が可能だと悟る。

「皆、早くこっちへ」

 アルモスが手招きすると、住民達は煌太に手を振り魔法陣の中に入っていく。


「逃がすか!」


 レティスが高速降下し、魔法陣に黒い槍を投げる。

 だが、煌太が容易く受け止める。

「もう誰も殺させない!」

 黒い槍をレティスに投げ返す。

 レティスの頬を翳め、血が滲む。

「どうやら、簡単には殺せないようだな。だったら…」

 レティスは、悪魔化。

 巨大化しながら、植物の根が束ねられたような姿に変化。体から無数の蔦が生え、蔦は腕のようにそれぞれ黒い槍を持つ。胸の中央には赤い宝石が輝き、そこから真っ赤な血液が流れている。

「バアルの力で一気に殲滅してやる!」

 蔦が伸び、住民達を襲う。

 だが、眼前に迫った瞬間、見えない何かに阻まれ動きを止める。

「言った筈だ。もう殺させないと!」

「くっ! そうはいかない。タルタロス召喚の為に必要な材料なのだ。何としてもここで贄となってもらう!」

「お前の野望に加担させて堪るか!」

 煌太は高速移動で接近し、レティスの顔面を殴打。

 全身を駆け巡る激痛で悶絶し、しばらく動きを止める。

 その隙に、住民達は避難を急ぐ。

「ぐっ…待て!」

 蔦は、黒い槍で何度も攻撃を試みるが、やはり見えない何かに阻まれる。

 レティスの脳裏にバアルの声。

(今は諦めろ。お前の力では、あの結界を破壊する事は不可能)

「だが、タルタロス召喚が…」

(逃げた先は大体分かる。先ずはこの者を対処し、邪魔な存在をゼロにしてからが良かろう)

「…仕方ない」

 レティスの体に、蔦が戻っていく。

 その間に、住民達の避難は完了する。

「諦めたのか? そんな筈はないか…」

 煌太は、大きく翼を広げる。

 内側には、光り輝く紋様。

「バアル、お前に話がある」

(俺を指名した…?)

 困惑するバアルに代わり、レティスが反応。

「何の用がある?」

「レティス、お前と話す事はもうない。バアルと代われ」

 煌太は、レティスとは取り合わず、あくまでバアルとの会話を求める。

 レティスの顔の横に、蔦で出来た顔が出来る。

「我にどんな話があると言うのだ? まさか停戦ではあるまい」

「バアル、お前の目的はなんだ。人を殺す事か? 更なる力を手に入れる事か? 強者との戦闘か? もしかして、レティスに従うのみなのか?」

「決まっているだろ。魔王は強者と戦う事に愉悦を感じる。天埼煌太、お前と戦う為に契約をした」

「だったら、俺との戦いを終えたら、レティスとの契約を破棄しろ」

「何故だ?」

「奈落を狂気で満たしたのは、レティスの意思だ。お前の意思ではない。罪を犯していないのに、レティスの巻き添えになる必要はない。勝負が決したら、魔界へ帰してやる」

「ハハハ、まるでお前が勝利する事が前提のようだな」

「そうだ」

 微塵も揺らぎのない自信。

 バアルは、煌太の真剣な眼差しに期待を寄せる。

「…良いだろう。お前が我を満足させる事が出来たならば、喜んで契約を破棄し魔界へ帰還しよう」

 レティスは、異議を唱える。

「何を勝手に! 私は契約を破棄するつもりはない!」

「黙れ! 弱者を貪る非道な行為には反吐が出る! 強者との戦闘が成されれば、お前との契約に拘る必要はない!」

「悪魔が正道を説くのか? くだらない」

「何が悪い。我は戦いに対しては常に正道だ。非道な弱者には分かるまい」

 レティスは、不機嫌な表情のまま体の中に消えていく。

 蔦で出来た顔が中央に移動。

「交渉成立だ。我が満足する力を見せてくれ!」

 バアルに主導権が移ると、蔦が筋肉繊維のように体を覆っていく。分厚い蔦の筋肉を纏った体は、レティスが主導権を握っていた時より小柄で、悪魔化した煌太と同じサイズ。しかし、人体を思わせる肉体はより力強く感じる。腕と一体化する黒い槍は、蔦を通してバアルから力が供給され、獣の顎のように上下に分かれた刃が咀嚼する様に動く。

 バアルは瞬間移動し、煌太の背後に移動。

 気配に反応した煌太は、翼で体を覆いガード。

「破壊の一撃!」

 槍を棍棒のように力任せに叩きつける。

 翼の全体にヒビが入り、所々がボロボロと崩れる。

「…重い…」

「一撃を耐えたのは称賛に値するが…既に限界のようだな」

 煌太は、バアルから即座に間合いを開ける。

 だが、再び背後に瞬間移動。

「破壊は待逃れない!」 

 槍の殴打は、翼を更に破壊。

 ほとんど壊れ、煌太の体が露わになっている。

「次で終わりか…。些か期待外れ…」

 煌太は、同じようにバアルから間合いを開ける。

 溜息を漏らしながら、再三背後に瞬間移動。槍を破壊寸前の翼に叩きつける。

 粉々に砕け散る翼。

 槍は、煌太の体を両断する。

「…手応えが無い…」

 煌太の体は、水面に映った影のように揺らめき消える。

 粉々に砕けた翼は、破片それぞれが鋭い刃に変わり、バアルに向けて一斉に襲い掛かる。

「我の虚を!」

 翼の破片はバアルの全身に突き刺さり、体の中に食い込んでいく。蔦を斬り裂き、魔力を無力化し、バアルの深部を目指す。

「…油断は身を滅ぼす!」 

 バアルは魔力を内部から爆発させ、翼の破片を体外に排出。

 排出された翼の破片は、一点に集まり、呪文が刀身に刻まれた黒い剣に変わる。


「次はこっちの番だな」


 黒い剣の下に、煌太が現れる。

「させるか!」

 バアルは、現れた煌太に槍を投げる。

 煌太は、黒い剣を持ち、槍を受け止める。

「封じた!」

 槍を防いだ事で、煌太の姿勢は前方に固定。

 背後に瞬間移動したバアルは、巨大化した右拳を煌太に放つ。

「死角を突くのは良策…だが」

 煌太の背後に黒い盾が現れ、バアルの拳を無効化。

「ぐっ!」

 盾は全くの無傷。

 激しい衝撃を完全に抑え、吸収したエネルギーがバアルに反射。バアルは吹き飛ばされる。

「言った筈だ。今度はこっちの番!」

 槍を弾き、黒い剣でバアルに斬りかかる。

 バアルは瞬間移動で回避するが、構わず振り抜く。

 すると、消えた空間から血が滴る。

「次元の狭間まで届いた…そんな馬鹿な…」

 胸から出血するバアルが、空間を抉じ開け現われる。

 煌太は、黒い剣を構えて翼を広げる。

「魔力を光に変換」

 黒い剣は、白く変色。

「ホーリーシフト!」

 剣に込められた魔力は、聖なる属性を帯びる。

 煌太が剣を一振りすると、白い衝撃波がバアルの体を斬り裂く。裂けた肉体は再生せず、傷はバアルの魔力を奪っていく。

「悪魔が浄化の力を! 有り得ない! 存在が許す筈がない!」

 バアルは混乱しながらも、精神に振り回されず槍を手に襲い掛かる。

 煌太は、瞬間移動で攪乱するバアルの行動を見切り、隙を見て斬撃を加える。

 傷が増えれば、バアルは魔力を失い疲弊。瞬間移動は精細を欠き移動地点を誤り、魔力供給を受ける槍は所々が枯れ始める。

「これ程…とは…」

 バアルの精悍な顔は、受け続けた斬撃のせいで苦痛に歪む。

 煌太は、剣をバアルに向けて打診。

「そろそろ止めにしないか? これ以上は満足のいく戦いにはならないぞ」

「止めはしない! 確かに、我の力はかなり削られた。だが、だからと言って戦いを止める事は無い。最後の最後まで死力を尽くす以外、満足を得る事は出来ない。例え、一方的な展開だとしても…」

 煌太は、剣を地面に突き刺す。

「分かった。だったら、俺は光の力を使わない」

 右手をバアルに翳すと、失われた魔力が回復。

「…何のつもりだ?」

「満足のいく戦いをしよう。力と力の激突、それが望みだろ?」

「我の満足の為に、手加減するのか?」

「手加減ではない。俺が光の力を使わない代わりに、バアルも隠していた吸収能力を使うな。これで、ハンデは互角だろ?」

「…吸収能力がある事を知っていたのか?」

「まぁな。今の力からは色々な要素を感じる。もし力を吸収されれば、展開は逆になっていただろうな」

「ククク…ハハハハ! 全く大した男だ! 全てを見据えて妥当点を生み出したか!」

「…答えは?」

「良いだろう。その条件飲んだ!」

 バアルは、槍を捨て肉体を更に分厚く強化。

「力なら負けないぞ!」

「俺だって、絶対に!」

 煌太は、地面を蹴ってバアルに突進、勢いを生かし右拳を放つ。

 バアルは、左腕を前に構え、重心を前足にかける。

 煌太の拳が命中する寸前、バアルは右に回避。煌太の拳にカウンターを合わせる。

「あっ!」

 勢いをつけた事が災いとなり、バアルのカウンターが直撃。威力は絶大で仮面の右半分が大きく破損。

 バアルは、軽快なステップを刻みながら、ボクサーのように拳を振り回す。

「人間は弱い故に戦う術を学んだ。弱いながらも強者と渡り合う為に。悪魔には無い発想だ」

 素早く間合いを詰め、フェイントを交えながら左でジャブ。人間の拳とは違い、硬度も破壊力も桁違い。ただのジャブでも簡単に煌太の装甲にダメージを与える。しかも、衝撃によって生じる振動は内部にまで浸透し、煌太は悶絶する。

「人間の…格闘技…。悪魔が使うと、こんなに恐ろしいのか…」

「人間の生活を覗き見たのは、我にとって大いなる成果だった」

 煌太は、ボクシングならずも格闘技全般を知らない。知っているのは、直感を利用した荒々しい戦い方。その上、煌太は真正面からの戦いには真正面で受け止める。光以外での攻撃法が残されていても、バアルが肉体を使った攻撃に終始している限り、煌太も肉体を使った対応しかしない。

「これならどうだ!」

 煌太は、バアルの真似をして、高速移動を駆使して翻弄。死角に回り込みながら、抉るように右拳を放つ。

 しかし、見様見真似の戦法ではバアルの格闘センスを超えられない。簡単にサイドステップを刻み、逆に反撃を受ける。

「人間なのに何も知らないのか? 生き残る為に格闘技を習得しなかったのか?」

「俺にそんな良好な環境は無い。ただ必死に生き延びてきただけの俺に、教えを乞う機会など無い!」

 煌太は、がむしゃらに拳を振り回す。

「ほほ~。悪魔の俺が教えを乞う機会があり。人間であるお前が教えを乞う機会が無かった。全く以って、奇々怪々、奇妙奇天烈」

 バアルは軽く往なしながら、軽快で強力な一撃を何発も何発も与える。

「グッ…足が…」

 ダメージが深刻化し始め、足がガタガタと震え踏ん張りが利かなくなる。何とか倒れないように、足を広げ腰を据える。両腕で顔をしっかり隠し、素早さに対応するのを止め、防御に徹底する。

「足にきたか」

 バアルは、守りに徹する煌太に向けて執拗にジャブ。

 激震は煌太の体を激しく揺さぶる。

「どうやら、この戦いでは圧倒的にこちらに分があるようだな。とは言っても、戦いは戦い。手心は加えない」

 攻撃を腹部に移行。

 更なる内部ダメージで体力を削ぎ取っていく。

「く…苦しい…。だけど…もっと辛い思いをした事が…ある」

 煌太は、悪魔との戦いを思い浮かべる。

 力の差は圧倒的。戦い方を工夫しても蹂躙され、罠を張っても無駄に終わる。体はいつも傷だらけ。命を落としかけた事は数知れず。守れなかった命の叫びが心を蝕む。

 バアルは強い。だが、ただ非力だった時とは違う。

「ま、負けて…堪るか!」

 守る事を止め、煌太は右拳に力を籠める。

「守る事を止めたか。さて、次はどう出る?」

 バアルは、敢えてジャブの感覚を長くし、煌太が反撃できるようにする。

 煌太は、バアルの思惑に乗り、全力で右拳を放つ。

「愚か!」

 見事過ぎるカウンター。

 仮面は完全に壊れ、バアルの拳は煌太の顔面を捉える。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 煌太は、激痛を気力で堪え、強引に右拳をバアルに捻じ込む。

 バアルの姿勢は煌太の力で崩れ、ガードする事が出来ず直撃。

「無茶な事を…」

 煌太の拳はバアルの顔面を捻じ曲げる。

 限界まで籠められた力は、たった一撃でバアルに深刻なダメージを与える。顔面から伝わる魔力は全身を駆け巡り、バアルの全身をズタズタに壊す。蔦の隙間から血が零れ、バアルの体が真っ赤に染まる。

「どうだ…効いたか…」

 煌太は、カウンターを受けはしたが、強引に押し切った為ダメージはかなり軽減されている。 

 バアルは、仁王立ちしたまま動かない。

「…絶体絶命を、悪魔のように強引に覆すとは…。十八番を奪われた気分だ…」

 バアルの背中から無数の蔦が飛び出す。

「人間の真似事は終わりにし…」

 蔦は、筋肉質な6本の腕に変わり、上段に構えた二本の腕には剣、中段に構えた二本の腕には斧、下段に構えた二本の腕には盾が現れる。

「魔王らしく蹂躙してやろう!」

 血塗れのまま作り出した6本の腕で攻撃を開始。

 盾は煌太の攻撃を常に警戒し、二本の腕が器用に伸縮を繰り返し煌太の体を斬りつける。煌太が回避行動に出ると、斧を構えた腕が回り込み斬りかかる。何処までも伸びる為、煌太がどんなに機敏に動いてもそれを塞ぐように包囲していく。包囲した腕に爪で攻撃するが、表面を削る事が限界でほとんど効かない。唯一の救いは、バアル本体はほとんど何もしていない事。腕には槍を持っていはいるが、まるで持つのが億劫と言わんばかりに地面についている。

 煌太は、その様子を見てバアルが限界を迎えている事を悟る。

「まだ戦いを終える事は出来ないか…」

 煌太は、バアルの攻撃を掻い潜り、本体に殴りかかる。

「終わらない…。満足は、次の瞬間には虚無感に変わる…。魔王と言うものになって、それは加速するばかりだ…」

 バアルの周りを巡回する盾が、煌太の拳を受け止める。

 構わず拳を押し込もうとすると、剣と斧が襲い掛かり退避。

「何故、戦いにしか満足を得られない?」

「決まっているだろ。戦いを常として生まれたからだ…」

「常…。そう決めつけているのは、お前自身じゃないのか?」

 煌太の疑問は、バアルの虚無感に訴えかける。

「お前は、俺に戦い以外の道を示せるのか? 血が沸き立つ楽しみを忘れられるほどの道を…。虚無感が訪れない道を…」

 煌太が掌を地面に翳すと、地面から新たな断罪の太刀が現れる。

「…どうだろうな。ただ、見つける事が出来た悪魔は知っている」

 断罪の太刀の表面が崩れ、炎の刀身が現れる。

「我にもあるのか…?」

「試してみなければ分からない…」

「…遠慮しておこう。戦い以上の愉悦はない!」

 蔦の腕の数が更に増加し、煌太に襲い掛かる。

 煌太は、炎の剣を投げ捨てる。

 すると、炎が辺り一帯を飲み込む。

「戦いは…楽しくない…」

 炎は蔦の腕を包み込み、瞬く間に灰に変える。

 そして、バアルの体にも引火。体表から灰になっていく。 

「グオオオオッ! 地獄の業火にも耐えうる体が…何故だ!」

「いい加減分かっただろ。戦いは恐ろしいものだ。楽しいものではない」

「それは強者の理論。そして、お前の理論だ。俺が勝者の立場なら、蹂躙する己に歓喜している!」

 バアルの脳裏に裏切りの作戦が浮かぶ。

「…悪く思うなよ」

 バアルの胸に赤い宝石が現れ、炎を吸収していく。

「吸収能力…」

「素晴らしい、素晴らしい力だ! この力があれば、どんな相手にも負ける事は有り得ない! この滾りが他に在るのか? ある筈がない!」

 煌太の炎を吸収し、バアルは炎迸る深紅の体に変わる。

「…もう負けているよ…」

 煌太の意味深な発言。

 バアルは気にせず、炎纏う腕で槍を構える。

「戯言を!」

 槍が開き、中央に炎の力を込めた魔力が収束。

「業火の咆哮!」

 槍から放たれる炎は、煌太の体を飲み込む。

 だが、炎を受ける煌太は平然としている。

「…忠告のつもりだった」

「どういう事だ?」

「…約束を守って使わないと思っていた…」

「約束を反故にしたのは謝ろう。だが、勝利する為なら形振り構わぬ!」

「俺に謝る必要はない。謝るなら…お前自身にだ…」

 煌太の体から突如炎が消え、逆に攻撃しているバアルの体から炎が噴き出す。

「何!」

 再び炎に飲まれるバアルは、焼けるのではなく、枯れていく。

「俺が条件を付けた理由が分かったか?」

「こうなる事が分かって、俺に使わないように言ったのか!」

「そうだ。自滅が最後なら、悔いが残るだろ…?」

 バアルの体はどんどん細くなり、まるで老人のような外見に。

「グオオオオオオオオッ! こんな、こんな最後を迎えるとは…」

 煌太の手に、地面に突き刺していた白い剣が戻ってくる。

「戦いはこれで終わりにしろ。命は救ってやる」

 白い剣をバアルの体に突き刺す。

 炎は消え、バアルの体の枯れは止まる。

「グググ…まだ…まだだ…」

 立ち上がる事も出来ない体で、必死に煌太を殴る。

 しかし、バアルの体から魔力が消失していくと、動く事も出来なくなる。

「…負けたのか…」

「そうだ…」

 煌太が白い剣を抜くと、バアルは力なく倒れる。

「…ハハハ…この感情は何だ? 虚無感とは違う…。諦め…? いや、もっと清々しい…」

「バアル、それは解放だ…」

「解放?」

「敗北する事で、戦いの束縛から解放された」

 バアルは、不愉快な顔を浮かべる。

「我が戦いに苦しんでいたと言うのか?」

「気付いていなかっただけだ」

 煌太は、白い剣を地面に刺す。

 すると、辺り一面に花が咲く。

「…花…」

「綺麗だろ? だけど、誰の目にも触れなければ…きっとその美しさには意味が無い。綺麗と思ってくれる誰かが居るから、この花に意味がある」

「何が言いたい…」

「お前の戦いは、誰にも見られない花と同じだ。どんなに強くなっても、それを必要とする者が居なければ意味が無い。誰かに必要とされた時、初めて意味が生まれる。バアル…お前は誰かの為に戦った事はあるか?」

 バアルは、記憶を辿る。

 しかし、傍には誰も居なかった。

「…俺は、意味のない花なのか…」

「今まではな」

 煌太は、バアルに手を差し伸べる。

「バアル、俺が見ていてやる。だから、この花のように美しく咲いてくれ」 

 バアルは、煌太の手を取り、立ち上がる。

「全く…これでは戦いにならない。我の完敗だ」

 意識をレティスに傾ける。

(レティス。残念だが、我々の負けだ)

 レティスの反応が無い。

(反応しろ! レティス! レティス!)

 バアルの表情は曇っていく。

「煌太…レティスの反応が無い」

「どういう事だ?」

「…恐らく、逃げた…」

「逃げたか…。だとするなら、魔界に向かったのか…」

 煌太は、思いの外冷静。

「何故怒らない。お前の仲間が死の危機に陥っているのだぞ!」

「その心配は無い。俺の王国には承認が無ければ行く事が出来ない。魔法陣を開き魔界に向かったとしても、辿り着くのは悪魔しか居ない場所」

「…お前の仲間は難を逃れた…」

 バアルの表情は険しくなる。

「問題があるのか?」

「ああ…。お前の仲間ではなく、魔界の存在が危うくなった…」

「魔界が? レティスにそんな力があるのか?」

「いいや、レティスと言うより、タルタロスの力だ」

「タルタロスは人間を贄に召喚する予定だっただろ? だったら、その危険は無い筈だろ?」

「人間を贄に選んだのは、タルタロスを操る為だ。悪魔でも天使でも神でも、意思ある生命体なら何でも贄になる」

「人間以外だと操れないのか?」

「人間を贄にした場合、タルタロスは不完全かつ人間の精神の影響を受ける。よって、同じ人間であるレティスにも操る事が出来る。もし悪魔を贄にしたとするなら、タルタロスは完全に近い状態で召喚され、精神調和を図る暇もなく完全に取り込まれる。そうなれば、タルタロスは生まれた時の本能に従う。命ある者を取り込み消し去る本能に…」

 煌太は何も言わず、魔法陣を地面に作る。

「煌太…まさかとは思うが…」

「…魔界に向かいレティスを倒す」

「止めろ! タルタロスには敵わない!」

「何故そう言える?」

「タルタロスは、混沌より生まれた原初の闇。神ですら恐怖のあまり逃げ出す程だ! 魔王の力ごときでは太刀打ちできないぞ!」

 煌太は、笑顔を傾ける。

「俺は皆と約束したんだ。絶対に負けないと」

「約束…。そんな事より、死んでしまったら大切な仲間が悲しむ事になるぞ! それに、悪魔を救う意味があるのか? お前の大切なモノを奪い続けた存在を…」

「…バアルの言う通りかもな」

「だったら!」

「それでも、俺はこの道を選ぶ。誰かが助けを求めるなら、例え悪魔でも…」

 煌太は、魔法陣の中に消える。

 バアルは、魔法陣を見つめて苦笑。

「…全く、死んでしまったら俺を見る事が出来なくなるぞ。約束しろ…絶対に戻って来い…」

 動く事もままならないバアルは、魔法陣の前に座り込み、両手を合わせて祈る。

 その様子は、戦いを求める魔王とは違っていた。

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