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第7話 そこに特別なことなんて何もない。


 あれからずいぶんと移動した。


 ここは街の東の端だ。

 目の前には大河の流れがある。


 遠くの方に整備された港が見え、今俺とネネィが立っているのは未開発の河原だ。

 自然の少ないリディーガルだが、ここら一帯だけは水と土と草で成り立っていた。

 強い西日が背中に当たり、長い影がヌゥッと伸びる。


 その影が指し示すちょうど向こうに、例の赤目の少年の姿が見えた。

 こちらに背を向けて、手には俺の鉄剣が握られている。

 素振りをしているようだった。

 河に向かって、一心不乱に剣を振っている。


 俺とネネィは顔を見合わせて、とりあえず忍び寄ることにした。


 少年はフードも覆面もしていなかった。

 まるで絹のような銀髪だ。

 尖った耳に、あの肌の色……。

 話に聞いたことしかないが、もしかしてダークエルフとかいう人種だろうか。


 少年の素振りは雑だった。

 力の入れ方がなっていないし、型もひどい。

 鍛錬のために振っているとは思えなかった。

 単なる憂さ晴らしにしか見えない。

 なにかイヤなことがあって、苛立ちをぶつける相手として剣を振ることを選んだ――そんな風に読み取れる。


 俺はしばらく黙って見ていた。

 その荒削りな様子が妙に懐かしい。

 昔の俺を思い出す。


「……腰が入ってない。脚も開きすぎだ。肩の力も抜け。常に力んでたら逆に剣速が鈍るぞ」

「え? ……あ!」


 爺様の真似をしてアドバイスなんぞをしてみる。

 すると少年はこちらを向き、驚愕に顔色を染めた。


「おまっ……げ、さっきの姉ちゃんも!?」


 ネネィを見る目に過度な畏怖の念を感じる。

 ネネィ、お前、何したんだ……。


「剣、忘れた」


 ネネィが用件を伝えると、少年は不機嫌そうに眉をひそめた。


「ああ、こいつか……ほらよ」

「あ、てめ!」


 鞘に収めると、まるでゴミを扱うように俺の愛剣を投げ捨てる。


 一瞬ネネィには聞かせられないような罵詈雑言が飛び出しかけるが、どうにかこうにか押し留めた。

 モテる紳士を目指す者として、ここは大人の余裕を持つとしよう。


 俺は剣を拾い上げ、いそいそと腰に佩いた。

 あるべき姿に戻れた気分だ。

 心が洗われる。

 一人にしてごめんな。

 もう絶対離さないゾ。


「……はぁ」


 少年は小さく息を吐くと、河っぺりに腰を下ろした。

 覇気がない。


 俺を騙くらかした悪ガキだ。

 見つけたらカミナリの一つでも落としてやろうと思っていたが、その落ち込んだ横顔を見ていると不憫な気持ちがムクムクと頭をもたげてくる。


「あんたのそれ……魔法剣じゃねぇってさ。魔術加工すらされてねぇ、ただのナマクラだって……」


 俺が黙っていると、少年がポツリとこぼした。


「だから、初めからそう言ってるだろ」


 この剣は、基礎が身に付いた俺に爺様がご褒美として買い与えてくれたものだ。

 確か顔見知りの行商から、130リルギット――円形銅貨一枚と五角銅貨二枚で購入した特価品だったはず。


 傷一つない新品同様の品だったが、十年以上使っていればナマクラにもなるだろう。村には鍛冶屋もいなかったしな。


「分かんねぇよ……じゃあ、なんであんたは透過剣の一撃を防げたんだ? 理屈が合わねぇじゃねぇか」


 そう言って、恨めしげな視線をこちらに向けてきた。


 えぇ……なんでこっちが責められてるの?

 悪いことしたのそっちだよな?

 言いたいことは山ほどあったが、ひとまず質問に答えてやることにする。


「そんなの知らん。俺はただ降りかかる火の粉を当たり前に払っただけだ。そこに特別なことなんて何もない」


 うん、あんまり答えになってない。

 だが少年はそれで気が抜けてしまったのか、


「はぁ、当たり前ねぇ……ま、思い込みの力はすげぇって言うしな」


 気怠げに立ち上がってお尻をはたき、こちら側へと向き直った。


「つーわけで、あんたの勝ちだ。煮るなり焼くなり好きにしろよ。あ、でも尻だけは勘弁な」

「「尻?」」


 俺とネネィは同時に聞き返した。


 尻?

 なんで尻?

 尻がどう関係してくるんだ?

 都的な言い回しか何かだろうか……。


 俺とネネィが二人して思案していると、少年は急に真っ赤になり、


「て、てめーら、この程度の冗談も通用しねーのかよ! 面倒くせぇ奴らだな! ……いや、まぁ確かに女の前でする冗談じゃなかったかもしれねぇけどよ……」


 そう言って、チラチラとネネィの顔色をうかがっている。

 なんだこいつ、マセてやがるな……。


「と、とにかく衛兵に突き出すなり、気の済むまで痛めつけるなり自由にしろってこった。ここで悪あがきしたって、その姉ちゃんから逃げ切れる自信はねぇしよ……」


 少年は何かを思い出したのか、ぶるりと身震いした。

 ネネィ、お前、本当に何したんだ……。


 でも困ったな。

 剣は取り戻せたし、説教する気も失せてしまっている。

 子供相手に手を上げるつもりも最初はなからないし、衛兵とはあまり関わりたくない。

 このまま放っておいても問題ない気はするが、今の俺は一文無しだ。

 なんらかの助けが欲しいところではある。


 ……よし、それなら。

 俺は思いつき、ポンと手を叩いた。


「分かった。じゃあ、俺たち二人分の今夜の飯。それから寝床の世話をしてくれないか?」

「はぁぁ? んだよ、それ」


 予想だにしなかったのか、少年は困惑気味に俺を見返した。


「いや、実はあれから衛兵に捕まってな。罰金もたんまり取られて、飯にも宿にも困ってる。金策に走ろうにも今からじゃな……」


 俺は振り返り、すっかり傾いてしまった夕日に目を細めた。

 この分だと、あと数刻で日が暮れるだろう。


 右も左も分からない夜の街。

 田舎育ちの俺だ。

 稼ぎ方も過ごし方も分からない。


 それならばと思い、俺は提案した。

 一度は盗みを働かれた相手。

 だが別の見方をすれば、リディーガルにおける数少ない顔見知りであるとも言える。

 ネネィのことを妙に恐れている節もあるし、下手なことはしないだろうという打算もあった。


 俺は返事を待った。

 ネネィは、そんな俺と少年の顔とを不思議そうに見比べている。

 当の少年はといえば、しばらくしかめっ面で考え込んでいた。


 やがてため息を吐き、肩を落とす。

 そして観念したように頭を振って見せ、


「……わーったよ。これでも往生際は良いほうなんだ。それが望みだってんなら応えてやる。ただし……質は期待すんなよ?」


 先導するように歩き出した。




――――――




 どこをどう移動したのかは分からない。

 俺たちは、細く迷路のような路地を縫うようにして歩いていた。

 日はすっかり暮れてしまったが、月が綺麗に出ているおかげで少しはマシだ。


 ここに至る途中、互いに簡単な自己紹介を済ませた。


 赤目の少年はロイというらしい。

 ロイは、俺が名乗ると多少驚いた様子を見せた。

 聞けば、姓を持つことを許されているのは貴族階級など高位の人々に限られているとのこと。


 俺は慌てて否定した。

 オールドウィンの姓はあくまで貰い物にすぎない。

 初代剣聖から代々受け継がれているという話だったから、おそらくその人物が貴族か何かだったのだろう。


 ロイからは訝しげな態度を向けられたが、どうにか適当にごまかした。

 剣聖であることも、あえて伏せておく。

 それを誇るには、今の俺はあまりに無様だ。

 今後は単にラースと名乗るだけに留めておいたほうが良いだろう。


 ちなみにネネィは愛称をそのまま伝えていた。

 まぁ、こいつの本名は覚えづらいかもしれんしな……。


「おい、着いたぜ」


 ロイが立ち止まった。

 そこは廃屋だった。

 二階建てで小ぢんまりとしている。

 だが俺と爺様が住んでいた小屋に比べると、しっかりとした造りに見えた。

 雨風がしのげれば十分だと考えていたが、これは嬉しい誤算だ。


「ネネィ、ここ、知ってる」


 ネネィが何故か得意げだ。

 どうやら俺を探す途中に立ち寄ったらしい。


「あん時ゃ散々だったぜ……」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声でロイが言った。

 遠い目をしている。

 一体……。


 廃屋に入る。

 中はがらんどうだ。

 そして真っ暗。

 当たり前か。


「ちょっと待ってろ」


 ロイはそう言って奥へと引っ込んでいく。

 戻ってきたその手にはランプがあった。


 俺はその明かりの具合に首を傾げる。

 まるで陽光のような輝きだ。

 光量も強いし、オイル臭さもない。


 不思議に思って尋ねると、どうやら魔術の力を応用して火の質を変異させているらしい。


「ロイは魔術が使えるのか」

「バカ言ってんじゃねぇよ。俺にそんな学があるように見えるか?」


 感心したように言うと、ロイに呆れられた。


 わけを聞くと、ロイ自身ではなくこのランプに魔術的な加工が施されているらしい。

 つまり、これが魔術加工品というわけだ。

 何度か耳にした言葉だったが、ようやく実物にお目にかかれたというわけか。


 俺とネネィは二階部分に通された。

 そこは一階と違って、ソファなどの家具がいくつか置いたままにされていた。


 少し生活感がある。

 ロイはここで寝泊まりしているのだろうか。


「簡単だけど飯作ってやる。それ食ったら好きにしろ。俺は帰るからよ」


 違った。

 帰る場所は他にあるらしい。


 ロイはコンロと呼ばれる魔術加工品で火を起こすと、どこからか食材を引っ張り出して調理を始めた。




 やがて出来上がったのは、干し肉と野菜の切れ端のスープだ。

 良い匂いがする……。

 思わずノドが鳴った。


「い、いただきます」


 スプーンですくい、啜る。

 ……良いじゃないか。

 薄味だが、干し肉の旨味と野菜の甘みがスープに良く溶け出している。

 後はパンでもあれば完璧だったが、贅沢は言えないだろう。


 見れば、ネネィも黙々と口に運んでいた。

 空気中の魔素なるエネルギーを活動源とする妖精だが、体力の回復目的や嗜好によって食事を取ることも少なくない。

 この様子だと相当疲れてたようだな……。


 その後、俺たちがスープを完食すると、ロイは宣言通りに、


「償いはしたぜ。後は勝手にしな」


 そう言い捨てて、夜の帳へと消えていった。


 なにか仕事の当てでもないか知りたかったのだが、聞きそびれてしまったな……。

 ま、ここでしばらく寝泊まりするつもりだし、機会があればまた会えるだろう。

 それまでは自力でなんとかするしかない。


 そのあたりをネネィと相談しようと思ったが、彼女はすでに板張りの上で横になっていた。

 そう、精霊も眠るのだ。

 特に今日は色々あったしな……。


 俺は、スゥスゥと可愛らしい寝息を立てている彼女を抱き上げると、ソファの上へと運んだ。


 そこでふと思った。

 彼女は俺と再会して以来、ずっと実体を維持している。

 普段は消費を抑えるため、霊体か半霊体でいることが多かったのに……。


 何か無理でもしているのだろうか。

 少し心配だな。


「ネネィ……」


 改めて彼女の顔を見た。

 安らかな寝顔だ。

 一時はもう二度と見ることはできないとまで思っていただけに、ひどく愛おしい。


「おやすみ……良く眠れよ」


 俺は旅装の外套をネネィに被せると、自身は荷物を枕にして床に寝転がった。

 何が起きても良いように、愛用の鉄剣を抱き込んでおく。


 ――考えるべきことはたくさんあるが、今はひとまず休もう。

 初日から、本当に色々なことがあったんだ。

 すごく疲れた……。

 まぶたが重い……。


 意識はすぐにまどろみ始めた。


 さて……明日は……何をしようか……。


導入部はここまでとなります。


次話からは主人公たちの街における生計の立て方や新たな騒動。そしてイゾルテたち冒険者側のエピソードを織り交ぜていく予定です。


書き上がり次第、投稿を開始します。

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