副会長戸高の思惑
(no side)
神山と樋口海が裏庭で対面していた頃、その兄樋口空は海を捜すために一人歩き回っていた。
空と海が単独行動するのは何らおかしいことではないのだが、今日は何となく嫌な予感がするのだ。
電話も繋がらず寮と一般校舎には居なかった、ということはもしかして生徒会室に居るのだろうかと生徒会室に足を運ぶ。
生徒会室には生徒会として仕事をする二人が居るだろう。
本来ならば自分もそこにいるはずなのに、いったいどうしてこうなってしまったのか。
深呼吸して、コンコンコンと三回ノックをする。
すると入れとの声が聞こえて空は扉を開けた。
中には予想通り会長の間宮と会計の大塚がいた。
姿を見せた空に間宮は視線を向け、大塚は目をパチパチと瞬かせる。
それに若干の居心地の悪さを感じながら空は口を開いた。
「あ、あのさ、海見なかった?」
「海? 今日は来てねぇが」
「う、み…見てな、い」
「そっか…邪魔してごめんね」
「空」
仕事を手伝いたい気持ちはあったが、手伝ったことが海にバレるとどうなるか分からないため邪魔だけはしないように早々に戻ろうとした空を、間宮の声が呼び止めた。
空は内心ビクリとして閉めようとした扉を止めて再び顔を出す。
「な、なに、かいちょー」
「お前…」
仕事はしないのか、いい加減リコールするぞとでも言うつもりだろうか。
しかしそう言われても仕方のないことだとも思っている。
サボり続けて間宮の悪評を黙認して迷惑を掛けているのだから。
そう思っていると、間宮から思わぬ言葉が発せられた。
「神山に何しやがった」
「…え? か、神山?」
何故突然神山の話題になったのか、何かの話題逸らしかと思ったが、間宮の顔を見て違うと悟る。
空に向けられている間宮の表情は、怒りだった。
どれだけ悪評を流されようと怒りはしなかった間宮が、ここまで怒りを露わにしている。
どういうことだと大塚に視線を向けるも、彼もよく分かっていないようだった。
間宮はコツンと机を人差し指で叩く。
「この前、お前らと井川がここに来た時。神山の様子がおかしかった」
「あの時は…いろいろあって僕が怒らせちゃったみた…」
「違う。神山は──傷付いてただろうが」
その言葉に目を見開く。
傷付いた? 神山が? それこそ違うはずだ。
だってあれは嘘を吐いた自分に怒っていたに過ぎないのだから。
そう言おうと思いながらも、あの時の神山の顔を思い出していた。
『テメェらも、来たなら少しくらい仕事しろよ──双子』、そう言った神山の表情は?
「興味なくなったみたいに僕を…」
「あいつはな、素直に表情に、態度に出すような奴じゃねぇんだよ。怒ったように照れるし、怒鳴りながら心配してくれる」
「ばか、って…言いながら、慰めてくれ、る」
「神山は霞桜最恐の不良とか言われてるクセに、一回も風紀に世話になったことねぇんだ。信じられるか?」
「嘘でしょ…っ!?」
風紀委員長の山下と神山が生徒会室で出会った時、山下が言っていたことを告げると空は驚愕に表情を変える。
じゃあ何故ここまで噂が出回っているのか。
不自然過ぎる。
サボる生徒も喧嘩をする生徒も風紀にお世話になったことのある生徒も沢山いるのに、神山の噂だけがなぜここまで広がり浸透しているのか。
そう言えばと空は神山と出会った時を思い起こす。
一度目は食堂で、間宮に全てを押し付けていた生徒会役員を静かに叱りつけた。
二度目はトイレの前で、独りになってしまった大塚をどうにかしてやりたいと状況を訊きに来た。
それだけ見れば、神山は一般生徒に…否、どちらかと言えば生徒会や風紀といった立場の人間に近いのではないだろうか。
言動の荒っぽさと赤い髪、そして噂のせいでそれが見事なまでに隠されている。
曰く、街の不良を束ねてる。
曰く、その筋の一人息子である。
曰く、目が合っただけで病院送り。
曰く、中学生で暴力事件を起こした末の裏口入学である。
そんな噂に惑わされて本質を見ることが出来ていないのは、自分を含めていったい何人いることか。
「じゃああの興味が失せたような表情は…」
「そういう傷付いた気持ち隠そうとでもしてたんだろ。…で? あいつに何をした」
「…僕は樋口海だよって、自己紹介した」
「海? お前…あぁ、嘘を吐いたのか」
「自己、紹介…嘘…」
「ナオっち?」
空が犯してしまったことを告白すると、大塚が俯いてぼそりと呟いた。
そこには何か含みがあって、思わず空は彼を呼び掛ける。
すると大塚はハッとしてオロオロと間宮と空を忙しなく見て、ぐっと表情を固くした。
「神や、ま…自己紹介しない、名前呼ばない」
「? …あ、僕も言われた。自己紹介しない奴の名前は呼ばない主義だって」
「たぶ、ん…自己紹介、なまえ、神や…自己紹介と名前、は、神山に、…とって、大切な、何か」
単語で喋っていた大塚は、再び文としてそれを言い直した。
以前ならばそれは理解されず、お互い有耶無耶にしていた。
けれど神山という存在と大塚の努力によってそれは改善されつつある。
大塚にとって、神山はどこまでも大切な友人だ。
空にとっては、海が大切。
神山にとって自己紹介は、それと同じような対象なのだと大塚は言う。
「俺は直ぐに自分の名前を明かしたからその言葉を言われたことねぇが…嘘吐かれたってのは、その大事なものを馬鹿にされたようなモンなんじゃねぇのか」
「ちがっ、僕は…っ!!」
「それは俺たちに言うんじゃなくて、直接神山に言え」
「っ、でも、もう…」
「…空。神山は…どんな言葉で、も、ちゃんと聞いてく、れる」
だから、大丈夫、と。
大塚の瞳が真っ直ぐにそう語り掛ける。
そうだろうか…嘘を吐いてしまった自分の言葉を。
聞いて、くれるだろうか。
ぎゅっと拳を握った時、ノックが三回背後から聞こえた。
間宮たちは視線を扉へと移し、入れと返事する。
空は邪魔にならないように扉の前からどいて、中に入ってくる人物を待つ。
ゆっくりと開いた扉から姿を現したのは。
「あぁ、やはりここに居ましたか」
「ふくかいちょー…?」
「慎也…何しに来た」
生徒会副会長の戸高慎也だった。
にこりと笑みを浮かべるのはいつものことだけれど、どこか上機嫌に見える。
戸高は間宮と大塚を見て笑みを深くし、空を見て口を開いた。
「空、こんな所に居て良いのですか?」
「え…あ、優馬なら教室に…」
「知っています。そうではなくて…裏庭に、急いだ方が良いのでは?」
「う、裏庭? どうして?」
「貴方の大切な弟が、不良と不穏な空気を漂わせていますよ」
「──…ッ!!」
一瞬で顔を強張らせた空は、何も言わずに生徒会室から走り出た。
その時に見えた空の表情は、『兄』のもので。
その『不良』が誰を指すのか察している間宮と大塚はもう大丈夫だと後を追うことはしなかった。
走り去った空の後ろ姿を含みのある笑顔で見送った戸高は、くるりと振り返る。
「では、私はこれで」
「慎也、お前はどういうつもりなんだ」
「はい?」
「井川の傍から離れて空に忠告か? お前らしくない」
「優馬は私たち…いえ、私だけではなく担任や一部の同級生からも情を向けられていますから。何があっても彼らが護ってくれますよ」
「お前は」
間宮はずっと思っていたことを口にした。
「お前は本当に、井川のことが好きなのか」
大塚も空も、そしてきっと海も、井川のことを好きなわけではない。
勿論間宮もだ。
井川は実に様々な感情を向けられている。
依存心だったり、面白いものとしてだったり、隠された憎しみだったり。
先程戸高は、担任や一部の同級生にも『情』を向けられている、と言った。
情、──決して恋情とは言っていない。
井川が間宮に恋情をあからさまに向けた時、戸高は確かに間宮を睨む。
しかし、今、井川が居ない時、戸高が間宮に対して敵意を向けたことがあっただろうか。
果たして戸高は。
「──好きですよ。あの子が私の目の前に現れた瞬間、心が躍ったくらいに」
気持ち悪いと、井川に称された笑みを浮かべて。
生徒会室から、出て行った。




