見守る存在
「どうすっかなぁ…」
俺は最近習慣化している生徒会室の掃除をしながらぼんやりと呟いた。
優馬に俺は必要ない、と叫んで去った会計を最後にその姿を見ていない。
事情を知っているであろう生徒会役員の一人の双子の弟の海とか言う奴に訊けば、どうやら会計が惚れていたマリモから拒絶されたらしく。
だから会計は一人寂しくウロウロして自分の親衛隊に絡まれて俺に出会ってしまったわけだ。
何ともまぁ、災難続きなことで。
「何をだ?」
俺の呟きを聞き留めた間宮が書類を捌きながら尋ねてきた。
そう言えば以前間宮に睡眠薬を盛った俺だったが、起きた間宮はそれを聞くと笑ってお前凄ぇなと感心した。
それから、ありがとなと感謝までされて、それが駄目だったら殴って気絶させようと思っていたとは流石に言えなかった。
「会計だよ、会計」
「尚輝? まだ会ってんのか、俺に隠れて」
「最近は会ってねぇよ」
つーか何だよその棘のある言い方は。
別に間宮に隠れてるわけではねぇし、そうだとしても間宮には関係なくねぇか?
モップで床を拭きながら生徒会室を歩き回る。
「マリモと会計、仲が拗れてるらしい」
「むしろ拗れない慎也と双子がおかしいんだよ」
「それは言えてるな」
「アイツらがあんな自己中心的なガキに惚れるとは思わなかった」
趣味悪いよな、とどこか呆れを含んだ声音。
仕事を押し付けられセフレと遊んでいるなどと不名誉極まりない噂を流されているにも関わらず、そこに怒りはなかった。
どんだけお人好しなんだ、こいつは。
「で、尚輝と優馬の仲が拗れてどうして神山が悩んでんだ?」
「悩むっつーか、どうにかしてやろうかと」
「…お前が手を出さなくても良い。放っておけ」
「何でそん…、何拗ねてんだお前」
間宮の言い様にむっとして眉根を寄せて振り返れば、そこにあったのは間宮の不機嫌そうな顔。
生徒会長の机に肘をついて俺の方を見ていた。
「お前、尚輝のこと気にし過ぎだろ。何でだ」
「何でって…どうでも良いだろ」
「良くねぇ。尚輝のこと好きなのか」
「だから何でどいつもこいつもその結論に至るんだよ」
そう呟けば、更に間宮の眼光が鋭くなった。
な、なんだよ。
「他の誰かにも、言われたのか」
「書記の樋口海に…」
「いつの間に海と喋ったんだよ、もっと俺を構え!!」
「はぁ!?」
バンッ、と机を叩いた間宮に俺の声が重なる。
構え…構えって、どういう意味だよ。
つまりこいつは。
「俺に放っておかれて拗ねてんのか」
「当たり前だ。ここに来る度に会計会計言いやがって」
「何だそれ…」
モップの先端に額を乗せて顔を俯かせる。
いやいや、だって天下の生徒会長様だぞコイツ。
実力主義の霞桜学園の頂点で、俺様で。
そんな奴が放っておかれたから拗ねるって。
「…ふはっ」
「…神山?」
「お前、何気に可愛いな」
顔を上げて笑って言えば、間宮は目を見開いた。
子供みたいだ、なんて間宮に似合わない言葉だと思ってたのに。
笑いが収まらなくて生理的に出てきた涙を拭っていると、ふと目の前に存在を感じる。
顔を上げると予想通り間宮がこちらに来ていた。
その表情はどこか怒っているように見える。
「怒るなよ、馬鹿にしたわけじゃねぇ」
「怒ってはねぇけど…お前の笑顔、初めて俺に向けられた」
「? そうだったか? …まぁ、そうかもな。お前って結構いらんこと言って俺を怒らせるし」
「それはまぁ意図的にやってる面もあるが」
「意図的かよ」
俺を怒らせたいなんてやっぱりコイツは変人だ。
怯える会計や海の方が正常な反応なんだよ、最恐の不良と言われてる俺に対しては。
「もっと笑え」
「笑えと言われて笑えるほど俺は器用じゃねぇからな。お前が笑わせてみろ」
「マンションでも買えば笑ってくれるか?」
「まずはその価値観を直せ」
そう言えばコイツも坊ちゃんだった…。
俺の返事に間宮は少し考え込んだ。
「今までの奴らはそれで喜んでくれてたんだが」
「お前が付き合ってきた歴代の恋人と一緒にすんなハゲ」
「嫉妬か?」
「……」
ニヤリと笑った間宮の足を、俺は一発思いっ切り踏ん付けてやった。
痛って…っ、と声を出す間宮にざまぁみろと嘲笑って掃除を再開する。
嫉妬嫉妬ってうるせぇんだよコイツ。
「嫉妬してんのはテメェの方だろ。会計とか海とかと喋っただけで騒ぎやがって」
「嫉妬して何が悪い」
「……、いや、ここは冗談言うなって否定するとこだろ」
意趣返しに言われたら気分が悪いであろう台詞を言ったにも関わらず、間宮のまさかの返しについ一瞬沈黙してしまった。
ははっ、と乾いた笑いを浮かべながら再び掃除の手を止めて間宮を見ると、そこには真剣な表情しかなかった。
「…お前の冗談、分かりにくい」
「冗談じゃねぇ。最初から言ってるだろ、俺を構えって」
モップを掴む手に、そっと手を重ねられた。
その熱さにびくっと肩を震わせてしまう。
それが無性に恥ずかしく感じて、かっと顔に熱が集まるのを感じた。
少し顔を俯かせて何も言えない俺に、間宮がふっと軽く笑ったのが聞こえて。
そっと口元を、耳に近付けられて。
「──お前の方が、可愛い」
「~っ、離れろこの色情魔ッ!!」
また足を踏もうとしたが、次はひょいと避けられた。
何だよ何なんだよ、可愛いって…っ。
そんなん俺に使う言葉じゃねぇだろ!
「もうテメェなんざ知らねぇ、会計と会いまくってやる!」
「落ち込んでる尚輝に手を貸してやる、だろ?」
「な…っ」
「俺に構う時間が少なくなるのは寂しいが…お前の好きにしたら良い」
頑張れよ、なんて。
さっきまで拗ねてたクセに急に物分かりが良い言葉を並べて。
あぁ、だから嫌いなんだ。
こういう風に見守ってくれる存在がなかったから、どうしたら良いか分からない。
あの時、俺が全てを決意した日に、間宮がいれば。
俺は『不良』の道を歩まなくても良かったのだろうか。




