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私は、暖かいコーヒーマグを手に持った。
口にコーヒーを入れようとするが、やはりまだ熱い。ふぅふぅと息を吹きかけて少しだけコーヒーを冷ます。しかし、人間の吐息もそれなりに暖かいものであると思うのだが、これでどうして冷めるのだろうか。
私は、一瞬だけコーヒーのことを考えたが、やはり隣の大学生は自慢話が止まらない。
『お金が貯まるからバイトってやめないの?え?まだ働いてんの?』
『俺、本当にお金がたまって仕方ないんだよ』
『え、君たちお金貯まらないの!?うそ、マジ!?何に使ってんの?』
金、金、うるさい大学生だなぁと私は思った。
彼にとって、人生の尺度は金なのだろう。どれくらい稼いでいるのか。どれだけお金を持っているか。
彼の実家は裕福なのか貧乏なのかはわからないし、興味も無いけれど、『人生はお金では無いよ』と私は言いたかった。中々発想が貧相である。
本当にお金が貯まるかどうかは、一人で暮らしてからわかるものだ。
家賃を払って、水道光熱費を払って。1日の食費を払って。
彼らのように、仕送りなり実家暮らしなり、【住】にかかる費用の重さを知らない人間の語る『お金が貯まる』と断言する人の話など私にとっては、嘘でしか無い。
女は、お金でなびかない。
その目の前にいる女子学生に、露骨に意識高そうなお金の話をして気を引けるなら、世の中の独身40代男性は皆結婚しているはずである。
ああ、私のバカ。何度目だ。私も中々ネガティブな人間である。
でも、大人になって『恋をする』ことがこんなにも幸せなことだって、彼らは知らないんだよね。
私にとってお金なんてどうでもいい。
その目の前の異性を好きになることのほうが重要だ。
もっと、その人のことが知りたい。もっと、私のことを知ってほしい。そういう日々の感情だけで満足だ。お金を語る彼に、それを私は気がついて欲しかった。お金で君の人生は豊かにならないんだって。
私は、またコーヒーをすする。
時計を見た。
まだ、お店に入ってから15分くらいしか経っていない。
だけれどこれ以上いたら、となりの大学生の話でネガティブな感情がたまっていくだけだと私は思った。
思った瞬間には、マグカップを持って立ち上がっていた。
マグの中にはまだまだコーヒーは入っていたけれど、そのまま飲み残しを捨てる容器に中身を流し、店内を後にした。
私は、店を出た瞬間、伸びをした。清々しい。
『ネガティブなのはわたしではない。周りの人間だ。』私はそう思い、深呼吸もして歩き出した。
まわりの人は、急ぐそぶりはない。むしろ、始まりの時を今か今かと待ち望んでいる。
ポップコーンやホットドック、ドリンクを買うために、老若男女が売店に並んでいる。無意味に大きなジュースサーバーや、おいしそうな匂いを自然と出しているポップコーンの機械。色を基調として、少し薄暗くムーディーな装い。
つくづくシネコンは雰囲気が良いなぁと私は思った。
私は、シネコンの隅にある四角いソファーに座っていた。背もたれが無いやつだった。
自然と両手を体の左右に置いて、足を少しだけ伸ばす形になる。私にはこの体勢が一番心地よかった。
コーヒーショップを出てから、なんとか映画館まで時間のかかるルートで歩いてきたのだけれど、結局時間は15分くらいしかつぶれなかった。
残り30分もある。
映画なんてどうでもいい。本当は。
早く彼に会いたい。彼に会いたいの。
私は、シネコン内に設置された大型スクリーンに映る予告動画を眺めていた。
アクション、ラブストーリー、SF、ドキュメンタリー、アニメ。
ぼけっとしながら見ていたが、それはそれは幅広いジャンルの予告動画が流れていた。予告動画だけあって、本当に関連性がない。
濃厚なラブストーリーの予告動画後に、かわいらしいキャラクターの子供向け映画の予告動画。もう少し考えてもよかったんじゃないかと思った。
予告動画を見て、あれやこれや考えている時だった。
私のスマホが、カバンの中で鳴った。
私は、カバンの中からスマホを取り出しホームボタンを押す。
すると、私としてはあまり受け入れたく無い文字が黒い液晶に白い文字で表示されていた。
『ごめん、今日いけなくなった』
私は、しばらくスマホを握りしめて液晶を見たまま固まってしまった。




