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私の家から、シネコンのある駅は歩いて15分ほどの場所にある。
わざわざ映画を見るならば『末子さんのお家の近くの映画館で良いよ』と彼が言ってくれたのだ。
今時こんな優しい男性はいないだろう。
最近の男性は、あまりにも子供すぎる。
何でもかんでも女性は聞いてくれると思って、愚痴やら自慢話やらなんでもしゃべりかけてくる。
女性の話はつまらない、と世間の男性は言うけれど、私からしたら男性の話も大抵つまらないと思う。
雨粒は傘の上に落ち、落ちるたびに気持ちの良い音を立てる。
風は強く無いから、足元を気にしてさえいれば雨音を楽しみながら歩くことができた。
幸せな気分で歩いていた私の前を、黄色い雨ガッパを着て、ビニールの長靴を履いた小さな女の子が横切った。
スキップをして、この雨をとても楽しんでいるように見えた。都会の雨はそんなに綺麗とは言えないけれど、彼女には少しでも楽しんでもらえたらと私は思うのだった。(後から歩いてきたお母さんはさすがに、ビニール傘をさしていた)
なんと幸せな1日だろう。
28年生きてきたけれど、最近は、仕事仕事仕事仕事で……だいぶ疲弊している。
『し』と言葉を発しただけで次に出てくる言葉は『ご』と言っても過言では無い。
私は、仕事自体はあまり好きでは無い。一億総活躍社会?バカ言うんじゃ無い。世の女性は、そんなに仕事が好きなわけじゃない。仕事好きの女性はほんの一握りで、大抵は結婚して子育てをしつつ週2か3のスーパーのレジ打ちのパートをやっているくらいがちょうど良いのである。
いけない!
幸せな気分であったのに、仕事のことを考えたらネガティブなことも思い出してしまった。
彼のことを想おう。
彼は、今頃何をしているのだろうか。
私は、シネコンに向かって歩いているよ。
雨音をゆっくり聞きながら歩いていたが、気がつくと私は駅前のシネコンに着いていた。
仕事のことから、彼のことにスイッチした瞬間、これである。
『彼』という存在は、時間という概念を忘れられるらしい。素晴らしい存在ではないだろうか。今すぐにでも量産して、日本中にばらまいたほうが良い!と私は思った。
腕時計を確認すると、結構早く着いてしまっていることに気がついた。
集合時間まであと1時間弱あった。
入り口付近にあったコーヒーショップに入って、コーヒーでも飲みながら時間を潰すことにした。
私は、女性ではあるけれどコーヒーが好きだ。
ブラックでもミルクでも、基本なんでも飲める。ゴクゴクと。
大学受験の時に、ブラックコーヒー片手に英語の単語帳を死ぬほど暗記したのが原因だろう。受験生の公式飲料はブラックコーヒーであると、予備校の先生が言ったのがいけないのである。
ドリップコーヒーを注文した。
すでにドリップ済みだったらしく、レジの後ろのシンクの上に置いてあった魔法瓶からマグカップにコーヒーを注いだ。マグカップに注ぐ瞬間、湯気がもくもくと上がっているのがよくわかった。
出来上がったドリンクを持って、空いている席を探した。
やはり、そこは休日である。周りには、幸せそうなカップルがたくさん座っている。
一人一人に睨みつけるわけにはいかないから、ぐるっと店内を見回して、空いている先を探すついでに、カップルたちの幸せな日常を観察した。
空いている席は、あまり無く、大学生男女4人組の隣の席しか空いていなかった。
ピンク色のカバンとジャケットを向かい側の席に置いて、私は座った。
暖かいコーヒーを口に入れて、ゴクリと飲み込む。
そして、自然と、口から息が出た。
「ふぅ」
しかし、ホッと一息をついたのは束の間。
やはり、隣の大学生がうるさい。大学生がうるさいのは偶然では無く、きっと必然だろう。世の理だ。
そこで、私は大学生の話を聞くことにした。今の大学生は何を考えているのだろうか。私も大学を卒業してもう6年くらいになる。気がつけば、ずいぶんと時間が経ってるものだと思った。
「マジ、お金貯まるわー。お金貯まるからバイトやめるわー」
私が聞き耳を立てた瞬間、大学生らしい(とんちんかん?)な意識高い自慢話が始まったのだった。




