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----子供のころからルーエンはアリスが気に入らなかった。
いつだって遠くをみていて、ほかの兄弟たちを馬鹿にしたような一線を引いた態度が勘にさわったのだ。
身分は低かったが美貌ゆえに側室に召し上げられた女の娘であるアリスの見目は、王宮の中でも一際目立ってもいた。
会うたびに髪を引っ張り、からかう言葉を放ち、時には足を引っ掛けて転ばせたり。
事あるごとにちょっかいをかけていたけれど、結局アリスの表情は何をしても変わらなかった。
子供が気になる女の子にいたずらを仕掛けるような、可愛らしい行為。
そんな微笑ましい光景だったのはほんの最初のうちだけ。
長年をかけて嫌がらせはエスカレートし、今はもう少々やりすぎの否めない事態になっていた。
近年では殺し屋を頻繁に向けるまでになっていて、けれど彼はいまだに己のゆがみを自覚できないでいるのだ。
それは、歪んだ執着心とも呼ぶ-----。
背筋を伸ばし正面に立つアリスに、第二王子ルーエンは優越感にひたり、緩む口元を抑えきれずにいた。
…存在さえ知らない、と言う風にアリスに完璧に無視をし続けられて早十数年。
「まさか、こんなあっさり捕まえられるとはなぁ」
ルーエンは口の中で音にもならない呟きをつぶやいた。
怪訝に眉をひそめるアリスに向かって、下品な笑いを浮かべて見せる。
「で、僕の妹は何の用があるんだぁ?」
「---実は本日、外出した際に面倒なやからに絡まれまして」
「ふぅん?」
「ですので。そう言うのをしょっちゅう私に仕向けてくださるお兄様に文句を言いにお伺いしたのですが」
「ははは!僕がその輩を仕向けたというのかい?やだなぁ。潔白だよぉ、潔白。疑うなんて酷いよぉ」
ルーエンは手を額にあてて首を振りかぶり、大げさに嘆いたそぶりをみせる。
痛みの激しいくすんだ長い金髪が空を切る。
ものすごくワザとらしく、明らかに嘘なのだと子供でも分かる演技力だ。
「お兄様、私が今まで抗議しなかったのはなぜだと思いますか?」
「?」
ルーエンの言葉をさらりと流し、アリスは無表情のまま淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「本気でどうでも良かったからです。ちょっと小うるさい羽虫程度の存在だと思っていたから。けれど、今回は同行していた方が危険な目にあいまして、あなたに対する認識が少し変わりました」
この部屋に入る前から鋭かったアリスの眼が、さらに凄められルーエンへ向けられた。
元より涼やかな目元が冷たい印象を受ける容姿のアリス。
彼女が怒ると、周囲の温度が数度下がったのではないかと感じられる。
部屋に待機している侍女たちは背筋から悪寒が這い上がるのを感じ、そろって震えて固い表情で立ちすくんでしまっていた。
それまで固い表情を貫いていたアリスが、不意に頬を緩ませる。
目を細めて口端を上げて見惚れるまで完璧な笑みを作って、鈴の音がなるような澄んだ声で言う。
「今回ばかりは我慢できませんでしたので。報復をさせていただくことにしました。」
「……報復?」
ルーエンの問に、アリスは笑顔のままで頷いてみせる。
(この馬鹿を、完膚なきまでに叩きのめしてやる)
肩にかけたストールを握っている手に力を込めて心の中で強く決意した。
必死で隠し、暴かれまいとしていたカミーユの秘密をこの馬鹿な王子の遊びで暴いてしまった。
泣きそうに笑ったカミーユの顔が、あれからずっとアリスの頭の中から離れない。
異母兄弟の悪意が自分に向かうならどうでもよかった。
けれど、アリスが心を寄せ始めた…少なくとももう少し付き合いを深めたいと思った人に危害を加え、最悪の形で彼の心の闇を暴いたルーエンに、アリスは初めて彼に怒りを感じたのだ。
今までのようにどうでもいいと適当にあしらうのでは我慢ならないくらいに。
何ひとつ気に留めていなかった、興味のなかったルーエンが本気で憎いと思った。
しかしアリスの笑みの中に見える怒りに、ルーエンは相変わらずにやけ笑いを返している。
やっとアリスの眼が自分へと向いて、嬉しくて仕方がないらしい。
「はっ!お前ごときが何かわめいたところで痛くも痒くもないねぇ!下賤な女の言い分なんか通るわけないだろぉ!!」
アリスは王族としては下位の位置に座していて、対してルーエンは正妃の子。
アリスのたわごとなど、己の権力で握りつぶしてしまえると信じている。
そんなルーエンの余裕を十分理解していると示すため、アリスは優雅に大きく頷いて見せた。
「----もちろん、私が訴えてもどうにもならないのは分かっています」
アリスは肩にかけていたストールの陰に隠していた紙を取り出し、ルーエンに差し出す。
瞬きをさせてアリスの手元の紙と顔を交互に見るルーエンに、アリスは今日一番いい笑顔を向けてやる。
「ですから。お兄様とお父様にご相談させていただきました」
「………は?」
アリスの言葉に、ルーエンが目を見開き呆けたように口を半開きにしたまま固まった。
「お呼び出しがかかってらっしゃいますわ」
「な、何を!だって僕がやったっていう証拠が!!証拠がないじゃないか!!そんな言いがかりで兄上や父上が動くわけないだろう!!」
「嫌ですわ、お兄様。証拠がないのは今回のことくらいですわ」
「なにを…」
「これまで十数年の間に仕向けてくれた殺し屋や、薬を漏らせた侍女、いたずらに協力していたお兄様の側近の方々の証言および物的証拠が無いとでも思ってらっしゃるの?少なくとも5年分くらいは上に提出させて戴きましたわ。ふふっ、もしもの時のためにとっておいて本当によかった」
本当は、証拠を集めていたのはライトとグローリアだ。
どうでも良いと、騒動になるのはいやだと、自分の処遇を何も訴えないアリスに郷を煮やし、彼らはことあるごとに証拠をせっせと集めていた。
アリスの知らないところで刺客たちを捕らえ、少々口にはし辛い方法で口を割らせたことも数知れず。
「これを持って訴えに行け!なんなら俺たちが直談判してくる!」と意気込む側近たちを何度止めた事だろう。
ただ大きな騒ぎになるのが面倒くさくて放置していたせいで、結局山のような証拠の数々になってしまった。
これだけあって何も罰せないなど、何をどう考えたって有り得ない。
「っ…、貸せ」
「どうぞ?」
震える手でアリスから書面を受け取り、目を通すルーエンの表情がみるみる内に青白く変化していく。
ごくりと唾を飲む音がやけに大きく室内に響いた。
アリスはそんな彼の様子をにっこりと極上の笑顔で見物していた。
国一番の権力者である国王と、次期王である第一王子。
彼らは立場ゆえにどこまでも公平だ。
王子の身分を失墜できないにしても、それなりの罰は免れないだろう。
「花謡の間でお二方共お待ちですわ?これ以上に心象を下げないためにもお急ぎになった方が宜しくてよ?ルーエンお兄様」
まるで恋人にでも囁くような甘くとろける声音で、極上の笑顔を携えた第三王女は最後通告を突きつけた。
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頭上に月を望む中、カミーユは月光の下で摘み取らなければ効能を発揮しない薬草を採取していた。
半月型の草片を低木から一枚一枚摘み取っていく。
ふと、月の光を遮る影が宙を切った。
キンッ
甲高い金属のぶつかる音が響く。
頭上から振り上げられた剣を持つのは、背の高い赤毛の女性。
園芸バサミで難なく受け止めたカミーユに小さく舌打ちをして、音もなく後ろに跳んで距離を取る。
「王女殿下の側近であるあなたが夜襲ですか、グローリア様?」
「----あなたは…何者ですか」
「そんなの、そちらはとっくに調べ始めているでしょう?王宮の情報網なら、私の生まれや育ちくらい難なく検討がつくはずですが」
「情報をのんびり待っている間に、あなたが主に仇名すかもしれない。そうなる前にさっさと処分させていただこうかと」
「……アリスが?」
「アリス王女はそんな命令しません。私の個人的判断です」
グローリアが身勝手に動いて、カミーユを敵視しているだけ。
アリスの害になるかも知れない人物を、グローリアは放っておけなかった。
勝手な行動をして後で怒られると分かってはいたがじっとなどしていられず、単独でカミーユの元に乗り込んだのだ。
「昼間、最後の一人を倒すあなたの動きを垣間見ました。あれはお綺麗な貴族の子息達が手習いで学ぶ剣技でも、衛兵達が使う型のはまった太刀筋でもない。あなたの動きは、庭いじりが好きな大人しい伯爵子息様ではありえない。裏で暗躍する殺し屋なんかが使うものでしょう」
殺気を含んだグローリアの冷たい声が、カミーユへとまっすぐに注がれる。
「別に、殺し屋なんてやっていません」
「-----アリスを傷つけるようなら、消します」
カミーユの言葉を一切信用する気の無い様子で、グローリアは怒りを隠そうともしない。
カミーユは人差し指で眉間を揉んで、困ったように嘆息すると、首を横へ振ってからグローリアを見返した。
「私は人里離れた山奥で育ちまして。人並み以上の運動能力はそのせいなんです」
「……?」
「おまけに育ての親が自称仙人とか言う奇妙な老人で」
「は?」
「なんやかんやで色々叩きこまれて、まぁちょっと武器の扱いが上手かったりと、こう言う事が出来るようになってしまいました」
「……信じると思っているのですか?」
疑わしげな眼を向けるグローリアに、カミーユが余裕のある笑みを見せる。
「ちなみに、彼にあなたの事を聞いたこともありますよ? あの人、よく一人で旅に出ていたのでそこであなたと面識したとか。------かつて伝説の殺人鬼とまで評された殺し屋、グロッタ・セダン?」」
「っ…!」
アリスさえ知らない、捨てたはずの己の名前が彼の口から出たとたん。
グローリアは袖下から取り出した数本の小刀を放った。
眼で追うことも出来ないほどの速さで放られた小刀は、カミーユの顔すれすれを通り過ぎるが、彼は微動だにせずやり過ごす。
「っ……」
「…………」
思い緊張感を含んだ視線が交差する。
「ちなみに、その老人の名はゼイール」
「っ…!ゼイール様、の…?」
「ゼイールに育てられたと言うだけで、あなたにとって私は信頼に足る人物になるのではないでしょうか」
「……本当に、アリスを傷つけるつもりはないんだね?」
「だから言ってるじゃないですか。何だか無理矢理色々叩きこまれているけれど、普通に庭いじりの好きな青年ですって」
「…………」
しばらくの沈黙が続いた。
カミーユの言葉を信じるべきかどうか、グローリアは思考を巡らせて考え込んでいる。
じっと見つめてみたカミーユの薄茶の瞳はまっすぐで、とても嘘をついているようには見えない。
何よりも彼の育ての親が、グローリアを王宮へと送ってくれた…アリスの側近になるきっかけをくれた老人だと言うことが大きかった。
敵意を消していくグローリアに、カミーユはほっと息を吐く。
月を見上げながら、遠い目をした彼は口を開いた。
「アリスは、可愛いですよね」
「---どういうこと」
「必死に一人で立とうと頑張る様子がとても健気です。年齢に見合わない大人っぽさで、冷たい感じがする容姿なのに、実は甘え下手なだけで可愛い。もしべったべたに甘えることを覚えたらどうなるのか考えただけで楽しいですよ」
「あなた」
カミーユが月からグローリアへと視線を移動させて、眉を提げて困ったように笑う。
「えぇ。もう本当に想定外で、自分でも困っています」
予想外すぎた。
ここまで嵌るとは本当に思ってもみなかったのだ。
だから今日のような…いつもなら一人で逃げて見殺しにする場面で、カミーユは彼女を守るために何のためらいもなく剣を振るった。
どこかから話が広まって自分が普通ではないことが社交界に知れれば、家名に傷がつくのに。
出来れば迷惑をかけたくないと思っている父よりも、やっと見つけた安寧に暮らせる今の場所よりも、彼女の無事を優先してしまった。
「私はもう----完全にあの子に落ちている」
眉を下げて諦めのため息を吐くカミーユに、グローリアは首を横に振る。
少し悲しそうに瞼を伏せて、王宮にいる主を脳裏に描きながら。
「アリスはあなたのものにはならない」
「それを決めるのはアリス自身です」
もう一度、しっかりと首を振って否定した。
「誰かに心を寄せるなんて、あのお方には出来ません」
カミーユが薄茶の瞳を瞬かせる。
「断言しますか」
「アリス王女の闇はあなたが思っているよりずっと深い…」
そう言って眉を寄せたグローリアが一瞬泣きそうにも見えて、カミーユは口を噤む。
グローリアはもう何も言わず、闇夜に解けるようにしてその場から消えた。
彼女が消えたあともカミーユはグローリアがいた場所から目が離せず、何かを考え込みながらじっと暗闇を見つめていた…。




