棟梁の矜持
いつものように、「境界の窯」にはパンの香りが満ちていた。
穏やかな時間――のはずだった。
――コン、コン。
柱を叩く音が響く。
ディジル
「……またかよ、普通に入ってこいよ」
振り向けば、見慣れた男。
紺の半纏、無精ひげ、眉間のシワ。
大工職人の神、タツゾウだ。
タツゾウ
「てやんでぇ!」
即答しながら、もう一度柱を叩く。
――コン。
タツゾウ
「……チッ」
わずかに眉をしかめる。
フワン
「タツさん、なにかありましたか……?」
タツゾウは壁に手を当て、静かに言った。
タツゾウ
「歪んでやがる」
ディジル
「歪み?」
タツゾウ
「湿気が暴れてる。木が悲鳴あげてんだよ」
フワンが不安そうに柱を見る。
フワン
「そ、そんな……ごめんなさい……」
タツゾウは一瞬黙る。
それから、ふっと息を吐いた。
タツゾウ
「……謝る相手が違ぇだろ」
フワン
「え……?」
タツゾウ
「木だ」
短く言う。
タツゾウ
「まぁいい」
ぽり、と頭をかく。
タツゾウ
「まったく、俺が見てやらねーとだめだな」
ぶっきらぼうだが、どこかやわらかい声だった。
フワン
「……タツさん」
ほっとしたように名前を呼ぶ。
タツゾウはもう道具に手をかけていた。
――空気が変わる。
シュッ、シュッ、と木を削る音が響く。
一定で、やさしい音。
みちる
「……なんか、落ち着く音」
いつの間にか来ていたみちるが、ぽつりと呟く。
モフリオン
「もふ♪」
イネリア
「……確かに。無駄がない動きだべ〜」
腕を組み、じっと見ている。
タツゾウの手が、一瞬だけ止まる。
タツゾウ
「……当たりめぇだ」
ぽつり。
タツゾウ
「ちゃんとやりゃ、木は応える」
また、削る音。
静かな時間。
だが――
タツゾウ
「……チッ」
空気が変わる。
タツゾウは天井を睨んだ。
タツゾウ
「またかよ……」
ディジル
「どうしたんだ?」
タツゾウ
「空だ」
短く吐き捨てる。
タツゾウ
「降らせ方が雑すぎる」
イネリア
「……アマリュウだべか」
タツゾウ
「他に誰がいんだよ」
ギリ、と奥歯を噛む。
タツゾウ
「木が全部狂う。ふざけんなってんだ、ちきしょーめ!」
道具をしまう。
迷いはなかった。
タツゾウ
「ちょっと行ってくる」
ディジル
「またかよ。ケンカすんなよ?」
タツゾウ
「べらんめぇ!するに決まってんだろ」
そのとき。
――くすり。
聞き慣れた笑い声。
ユズハラ
「相変わらずやなぁ♪ タツゾウはん」
入口に、着物姿の女。
ユズハラが立っていた。
ユズハラ
「またアマリュウはんに文句言いに行くん?」
タツゾウ
「……てめぇ、見てやがったな」
ユズハラ
「最初からなぁ〜。ええ仕事やなぁ♪」
タツゾウは視線を逸らす。
タツゾウ
「……うるせぇ」
ユズハラがにやりと笑う。
ユズハラ
「せやけどなぁ」
一歩、近づく。
ユズハラ
「今回のは、ちょーっと骨が折れるで?」
タツゾウ
「……どういう意味だ」
ユズハラ
「さぁ?」
肩をすくめる。
ユズハラ
「うちやったら、行く前に段取り考えるけどなぁ〜」
ディジル
「……煽ってるな……」
小声でつぶやく。
イネリア
「完全に煽ってるべ」
タツゾウ
「チッ……回りくどい言い方しやがって」
だが、その目はもう決まっている。
ユズハラ
「うちもご一緒させてもらうわ♪」
タツゾウ
「来んな」
ユズハラ
「いやや♪」
モフリオン
「もふ〜!」
なぜか楽しそうに鳴く。
タツゾウは深くため息をついた。
タツゾウ
「……ちきしょう」
そう言いながらも、足は止まらない。
外へ向かう。
空を睨む。
そこには、不穏な気配が渦巻いていた。
嵐の前触れ。
そして――
面倒な神との、ケンカの気配だった。




