第40章:蒼き力
リュウは、刀を構えて、じっとケープを見つめた。
その瞳には、狂気と殺意が宿り、まるで別人のような恐ろしさだ。
体からは、蒼いオーラが静かに溢れ出して周囲の空気を震わせていた。
「リュウのこの力は一体?それになんだろう。背筋に冷たいものが走る…」
サシャは、リュウから放たれる力に驚愕すると同時に、恐れを抱いていた。
「あれは、キサラギ家の特異体質「蒼血」じゃな。血筋に伝わる秘められた力じゃ」
精神世界からトルティヤが、サシャに説明した。
蒼血。
魏膳国のキサラギ家が代々発現する特異体質であり、自らの精神力を高めることで、爆発的な力を得るものである。
その効果は凄まじく、スピード、パワー、反応速度が何倍にも跳ね上がり、まさに無双の力とも言える代物である。
一方で、過度の使用は持ち主の心身に大きな負担をかけ、精神を蝕み、最悪の場合、命すら削るとも言われている、まさに諸刃の剣だった。
「じゃあリュウはその家の…キサラギ家の人間なのかな…」
サシャがトルティヤに再び尋ねようとした次の瞬間、リュウは、ケープとトルティヤの前から姿を消した。
「!?」
ケープは、リュウを見失い、周囲を警戒した。
しかし、まるで最初からそこにいなかったかのように、リュウの姿はどこにもなかった。
「なんという速度じゃ…反応できん。ワシの想像を遥かに超えておる」
精神世界からトルティヤも、思わず息を呑んだ。
リュウの速度に驚愕しているようだった。
「(くるっ!)」
ケープの背筋に、冷たいものが走った。危険を察知した。
背後に視線を送ると、リュウは、刀を構え、ケープの喉元を捉えようとした。
「シュッ…」
リュウは、ケープの喉元に、光速の突きを放った。回避は不可能に思える一撃だ。
「くっ…!」
ケープは、咄嗟に首を横にずらしたが、剣先が頬を掠めた。
ケープの頬に、深々と赤い線が浮かび上がり、血が滲み出す。
「…」
リュウは、止まることなく、そのまま連続で素早い突きを繰り出した。
その突きは、まるで雨のように、ケープを襲った。
「厄介なことをするっすね。魔法を使うスキもないっす!」
ケープは、魔法を唱える間も与えられず、攻撃をかわすことで精一杯だった。
「ワシもおることを忘れるでないぞ。無限魔法-羅刹の炎-!」
トルティヤがスキを見つけケープに魔法を唱える。
次の刹那、漆黒の炎がケープを襲った。
黒い炎は、ケープを包み込み、激しい熱を発した。
「うわぁっ!」
ケープは、黒い炎に包まれ、苦悶の声を上げた。
しかし、リュウの攻撃は止まらなかった。
「…|荒覇吐流奥義・-絶-蒼月《あらはばぎりゅうおうぎ・-ぜつ-そうげつ》。これで…終わりだ!」
立て続けに、リュウの鋭い袈裟斬りが、ケープに向かって振り下ろされた。
刀は、黒い炎を切り裂き、ケープを捉えようとした。
「ウグゥゥゥ!これは受けるしか…」
ケープは、炎に焼かれながらも、咄嗟に右手の鈎爪でガードした。
「ギィィン!」
金属がぶつかり合う音が響いた。
リュウの刀が、ケープの鈎爪を押し込む。
「くっ…(なんて馬鹿力っすか)」
ケープの顔が、苦悶に満ちた。歯を食いしばる。
そして…
「バキィィン!」
鈎爪は、リュウの刀でへし折られた。
そして、勢いのまま、ケープの右腕を両断した。
右腕から鮮血が噴き出て、あたりを赤く染める。
「ぐぁぁぁっ!!」
ケープの断末魔の悲鳴が、辺りに響き渡った。
そして、炎に包まれたケープは、力なく地面に倒れ込んだ。
「…」
リュウの表情は、狂気に満ちていた。
そして、ケープにとどめを刺そうと刀を再び構えた、その時だった。
「もうやめて!リュウ!」
アリアが体の内側から思いっきり叫ぶ。
「…ハナセ。邪魔ダ」
それでもリュウは、冷たく言い放つ。
まるで、感情が欠落しているかのようだった。
「お願い!これ以上、その力に飲み込まれたら…本当にリュウがリュウじゃなくなっちゃうよ!!正気を取り戻して!」
アリアは、必死に叫んだ。
「アリアの言う通りだよ!リュウ!相手はもう瀕死のはずだ!これ以上、力を無碍に振るう必要はないよ!十分だよ!」
サシャは、必死にリュウに叫んだ。
リュウの正気を取り戻させようとする。
その時、リュウは、深い闇の心の奥底にいた。
うずくまり、一人呟いた。
「…俺は、力を欲した。だからこの力を解放した。これしか方法がなかったんだ」
「ソレナラ身ヲ委ネロ。簡単ダロウ?弱イ自分ヲ捨テロ」
リュウの眼の前に、にゅっと黒い影が現れて、リュウに語りかけた。
黒い影は、リュウの心の闇だった。
「だが、仲間がいる。これ以上は…ダメだ」
「都合ノ良イ奴。ダメダ。マダ殺シ足リナイ…次ハコイツラダ」
黒い影の瞳にはアリアやトルティヤが映っていた。
そして、刀を構え、リュウの殺意を増幅させ、支配しようと試みる。
「殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…殺セ…邪魔ナ奴ラヲ殺セ…」
黒い影は、しつこくリュウに囁きかけた。
「やめろ!仲間は…仲間だけは…!」
リュウは、黒い影を押さえつけた。必死の抵抗だ。
「何ヲスル!?ハナセ!邪魔ヲスルナ!」
黒い影は、両手でリュウの頬を引っかき、必死に抵抗した。
「ぐっ…仲間には…手を出させない!!」
リュウは、苦痛に顔を歪ませながらも、黒い影を押さえ込んだ。
やがて、黒い影は、地面に溶けて消えていった。
「…はっ!?」
次の瞬間、リュウの体から蒼いオーラが消え、狂気が晴れる。
リュウは、我に返り、周囲を見渡した。
「リュウのオーラが消えた…。戻ったんだ!」
サシャは、リュウが元に戻ったことに安堵した。
「リュウ!?よかった…。私のこと分かったの?」
アリアは、涙を流した。
「サシャ…それに、アリア?…うっ…体が…」
そして、リュウは力なく地面に倒れる。
腹部に刺さった金属片の部分から、血が滴り落ちる。
「ひどい傷…早く手当しないと!これじゃ動けないよ!」
アリアが、ポーチから回復薬を取り出した。
「リュウ…大丈夫か?」
サシャは、リュウの容態を心配していた。
「あの小僧は小娘に任せとくのじゃ。それよりも…」
精神世界からトルティヤは、炎に包まれたケープの様子を観察していた。
「…もうよかろう。死んでは困る。奴を捕らえるとするかぉ」
トルティヤは、黒い炎を打ち消した。
そこには、全身を焼かれ、右腕を切断されたケープが横たわっていた。
「…」
ケープは、仰向けに倒れ、瀕死の状態だった。
「さて、知っていることを洗いざらい話してもらおうかのぉ」
精神世界からトルティヤは、ゆっくりと近づき、ケープに語りかける。
しかし、ケープは不気味な笑みを浮かべると口を開く。
「お断りっす…情報を渡すくらいなら…死んだ方がマシっす…」
そして、震える左手を掲げ魔法を唱える。
「雪魔法-凍月崩華-…」
次の刹那、瀕死のケープの肉体が白く輝いた。
するとケープの肉体に凄まじい魔力が集まる。
それは、目に見えるほど強烈な魔力を纏っていた。
「自爆技…じゃと!?」
トルティヤの表情が驚きに満ちる。予想外の行動だ。
「うわぁ!!眩しい!」
アリアが、その眩しさに思わず目を瞑った。
「っく!なんだこの光は!」
リュウは痛みを堪えながらも、覚悟を決めたように目をつぶる。
「くっ…間に合え…」
トルティヤは、急いで魔法を唱えた。
次の瞬間、ケープの肉体が白く輝く。
「ドーン!」
辺りを猛烈な吹雪が襲った。
それは、破壊された廃屋の瓦礫すら吹き飛ばし、コサックの死体を一瞬で凍結させ、全てを白に染めた。
そして、数分後、激しい吹雪が止み、あたりは静寂に包まれる。
その中に、岩石で作られた円形のドームが白く染まっていた。
そして、円形のドームがボロボロと崩れると、そこにはトルティヤとアリア、リュウがいた。
「土石魔法-土の硬球体-…危なかったのぉ」
トルティヤは、安堵のため息をついた。
その表情は、安堵に満ちていた。
「助かったぁ…。心臓が止まるかと思ったよ」
アリアが胸をなで下ろす。恐怖を感じていた。
「ぐっ…体が…」
その時、リュウが痛みに顔を歪ませながらも、立ち上がろうとした。
「あっ!まだダメだよ!傷が開いちゃう!」
アリアが制止しようとしたが、リュウは痛みを堪えて立ち上がる。
「奴は…死んだのか?」
リュウが、辺りを見渡したが、その姿はなかった。
代わりにあったのは、建物が倒壊し、白に染まった廃墟群だった。
瓦礫と大地は白く凍てつき、ケープの魔法の壮大さを物語っていた。
「…おそらくな。これほどの吹雪を起こしたのだ。魔力も全て使い果たしたじゃろう。魔力の痕跡も、もう感じぬ。」
トルティヤも、辺りを見渡し呟いた。
ケープがいた場所には、凄まじい魔力の残穢のみ残っていた。
「大した執念じゃ…敵ながらあっぱれといったところかのぉ」
精神世界からトルティヤは、まるで戦いの余韻に浸るかのような仕草をしつつ、笑ってみせた。
「結局…俺は何もできなかった。いくら止められたからといって…俺は何も。リュウも危険な力を使って…」
笑みを見せるトルティヤに対して、精神世界からサシャは悲しそうな表情を見せた。
「よいのじゃ。あれはワシが相手をするべきだった。お主はリュウを止めてくれた。それで十分じゃ。ま、お主が弱いのは否定せんがのぉ」
トルティヤは、サシャを慰めつつも、現実を突きつける。
「うっ…そこはフォローしてくれるんじゃないの?」
サシャは、トルティヤの言葉にガクッと肩を落とした。
「ま、とにかくじゃ。早くここを離れるぞ」
トルティヤはアリアとリュウの元へ向かう。
「お主たちはよくやった」
トルティヤが珍しく、ニコリと微笑み、二人を褒める。
「トルティヤが…人を褒めた?珍しいな…」
トルティヤの意外な態度にリュウは不思議そうな表情をする。
「本当!?トルティヤが褒めてくれた!やったー!!」
アリアは何も考えずにただ喜んでいた。
「ワシが褒めるなんて珍しいのじゃぞ?もっと胸を張らんかい」
トルティヤは照れくさそうに二人を見つめた。
「それにしても、肝心の刃部分を持っている部隊は来なかったね」
サシャが魔導念波増幅機でトルティヤと二人に呟く。
「そうじゃのぉ。もしかしたらこいつらはただの先遣隊だったのかもしれぬな」
トルティヤがコサックとケープは先遣隊だと推測していた。
「ということは遺跡で俺達を襲った奴らは…」
サシャの顔に冷や汗が流れる。
「今も、どこかで元気にしておるといったところじゃな。そして、虎視眈々とワシらが持っている勝利者の矛の柄を狙っておるじゃろう」
精神世界からトルティヤは真っ黒な空を見上げると、これから起きる新たな戦いを予感していた。
サシャたちがケープとコサックと戦っている最中。
-サージャス共和国 サザランにある、とある邸宅-
豪華な部屋で、五人の人物が会合を開いている。
「では、今回の議題は以上で終わりとする」
中央の椅子に座っている黒髪で頬が痩せこけた壮年の男性が呟く。
その周りには四人の男女が椅子に座っていた。
その中の一人にアフォガードがいた。
部屋は豪華絢爛な作りとなっており、分厚い赤色の絨毯が敷かれ上品な装いをしていた。
椅子は金の装飾が施されており、部屋の格調高さを示している。
部屋の隅には鹿の剥製が飾られ、立派な盾と刀剣類が壁に飾られていた。
「にしても、公国の奴らが、そんなことをしている可能性があるとはね。恐ろしい話だ」
金髪アフロの女が呟く。
彼女は、ゆったりと椅子に座り腕を組んでいた。
「あぁ。だが、俺の知り合いが勝利者の矛の奪還に躍起になっている。奴らの企みを阻止しようとしている。うまくいけば奴らの企みも阻止できるだろうよ」
アフォガードが葉巻を咥えて火をつけようとした時、背後から細い手が伸びてきて葉巻を奪い取った。
「おい、何するんだよ。俺の葉巻だぞ」
アフォガードは驚いて振り返ると、そこには全身を黒い布で覆った不気味な男が、アフォガードを赤く煌めく目で睨みつけ、彼の葉巻を摘んでいた。
「ここは…禁煙だ」
黒い布を被った男が不気味な口調で呟く。
「あーそうだったな。わりぃわりぃ。忘れてたぜ」
アフォガードがだるそうに呟いた。
彼は、肩をすくめ、葉巻を諦めた。
「何回目なんですかこのやり取り前にも見ましたよいい加減覚えてください」
薄い髪の毛をした男が早口で呟く。
彼は眼鏡をくいっと持ち上げ、呆れた表情を浮かべていた。
「にしても、ダニエル卿はともかく、ブラックサム卿は結局来なかった。あの真面目な男が事前連絡もなしに欠席するとは珍しいな」
頬がやせこけた男が顎に手を当て、考え込むような仕草をしていた。
「んー…あの真面目君がそんなことするとも思えないな。何かあったのかな」
アフロの女が神妙な顔をして呟く。
「伝書梟でも飛ばしますかさすがに議題の内容を共有しないわけにはいかないでしょうし」
薄い髪の毛をした男が頬が痩せこけた男に尋ねる。
伝書梟。
魔力を動力源に動く梟型の疑似魔具の一つ。
金属製で、100年前には既に存在していたとされており、足に伝書をくくりつけることで、特定の鉄の符号を持ったや人物や場所を目がけて飛んでいき、伝書を届けるという画期的な代物である。
現在では公民問わず多くの場所で使用されている。
「そうだな…それで様子を…見てみよう」
黒い布を被った男が不気味な口調で呟く。
「そういえば、彼の村、ちょうど祭事の時期だったようだし、村でなにかトラブルがあったのかもね」
アフロの女が呟いた時だった。部屋の屋敷の窓がノックされる音が響く。
「おや。伝書梟のようだ。ちょうどいい」
頬が痩せこけた男が部屋の窓を開け伝書梟を中に入れ、足の部分についている伝書を受け取る。
すると梟は鳴いたあと、部屋を去っていった。
「…アフォガード卿、あなたの息子さんからだ」
頬の痩せこけた男がアフォガードに伝書を手渡す。
「なになに…カタラーナからか」
アフォガードが伝書を開き、文章の内容に目を通す。
そこには、野狐部隊がパナンを襲撃してきたことや、サシャたちが囮作戦を実行していることが書かれていた。
「…すまん俺は帰らせてもらう。ちょっとした一大事だ。急ぎパナンへ戻らねらばならない」
アフォガードは慌てて伝書を懐にしまうと、椅子から立ち上がり、
急いで部屋を出ようとした。
「もしや…例の…野狐部隊?パナンに現れたのか?」
黒衣の男がアフォガードに尋ねる。
「あぁ。奴らがパナンに侵入したらしい」
「では私がお送りしましょうパナンまで歩いたら結構な距離がありますからね」
薄毛の男が立ち上がり、アフォガードに歩み寄った。
「ありがたい。ではご厚意に甘えるとしよう」
アフォガードは、男の申し出を受け入れた。
そして、五人は玄関に移動した。
玄関の前は綺麗な薔薇が咲き誇り、豪華な噴水はライトアップされ、ロマンチックな雰囲気だ。
そこから噴き出る水が虹色の光を放ち、庭を幻想的な雰囲気に包んでいた。
「すまないが、なるべく早くで頼む。一刻を争うんだ」
アフォガードは焦った様子で、何度も空を見上げながら薄毛の男に呟く。
「わかってますよただ早すぎると消える可能性があるので速度は限界ギリギリに設定しますからね」
すると薄毛の男が魔法を唱える。
「雲魔法-白雲の馬車-」
すると白いふわふわとした雲でできた馬車が空から現れた。
馬車は、ゆっくりと地面に降りてきた。
そして、アフォガードはそれに乗り込んだ。
「では俺はこれで失礼する。なにかあれば伝書梟を飛ばしてくれ」
そう呟くと、アフォガードを乗せた雲でできた馬車は、勢いよく空へと飛び立った。
馬車は、白い軌跡を描きながら、空の彼方へと消えていった。
「カタラーナ…トルティヤ、無事でいろよ…。頼む…」
彼の心には、微かな不安が広がっていた。
「…さて、今日のところは解散にするかね?」
馬車を見送ると、頬が痩せこけた男が残った三人に尋ねる。
「せっかくだし、一杯やろうよ!リチャード卿!いい酒ある?」
アフロの女は頬が痩せこけた男に尋ねる。
「…200年ものの蒸留酒を手に入れた。貴重な酒だ。皆、飲むか?」
リチャード卿と呼ばれた頬が痩せこけた男が呟く。
「俺は…遠慮しとく…。公国攻めてくるかもしれない…。念の為防衛…する。だから…帰る」
黒衣の男はそう呟くと、スッと地面に溶けて消えた。
その姿は、まるで影が地面に吸い込まれていくようだった。
「私も研究が忙しいのでお断りさせてもらいますそれに酒は体に悪いですからでは失礼します」
薄毛の男が早口で呟くと、足早に門へと歩みだす。
「…忙しい人たちね」
アフロの女がため息混じりに呟く。
「…やれやれ、また私が一人で相手せねばならんのかね」
リチャード卿は、がっくりと肩を落とした。




