第38章:白に染まる世界
サシャ達はパナンから少し離れた廃墟群に到着した。
そこは、かつて小さな集落があった場所だったが、今は見る影もない。
長い年月の間に朽ち果ててしまったようだった。
建物は風雨に晒され、屋根の崩れ落ちた家々が立ち並び、壁のひび割れた倉庫、そして底の割れた井戸が、かつての賑わいを偲ばせるのみだった。
荒涼とした風景の中、錆びついた農具や、朽ちかけた荷車が、忘れ去られた時間を物語っていた。
「この辺でよいじゃろう。奴らを迎え撃つ場所はここに決めたぞ」
そんな廃墟群の一角、ボロボロの廃屋を見つめ、トルティヤは言った。
「ただのボロ家じゃないか。ここで大丈夫なの?」
サシャは、周囲を見回しながらトルティヤに尋ねた。
廃屋を見て不安を感じている。
「ここで迎撃するの?」
アリアは、不思議そうな顔でトルティヤを見上げた。
「そうじゃ…この家を囮にする。準備をする…ワシに替わるのじゃ」
トルティヤは、サシャの肩を叩いた。
「あ、うん!分かった!」
サシャが返事をすると、サシャとトルティヤの人格が入れ替わる。
「…さてと。まずはこれじゃ」
トルティヤは、右手を掲げる。
「樹木魔法-賢者の隠れ家-」
トルティヤが魔法を唱えると、地面から緑色の光を纏った木々が生えてくる。
そして、ボロボロの廃屋を補強するように木々が巻き付く。木々は建物を侵食するように覆っていく。
あっという間に、ボロボロの廃屋は人が住めそうなくらいの頑丈な建物へと生まれ変わった。
「…うわぁ!ボロ家が綺麗になったよ!」
アリアは、目を丸くして驚きの声を上げた。
「これはまた、すごい魔法だな…」
リュウは、家の様子をじっと見つめながら呟いた。
「ふぅ…こんなもんでよかろう。これで奴らもここをアジトだと思うじゃろう。後は任せるぞ」
トルティヤは、額の汗を拭うと、サシャの肩を叩き、再び人格を入れ替わった。
「す、すごい…こんな魔法も使えるなんて」
サシャは、目の前の光景に、ただただ驚嘆するばかりだった。
「さ、中に入ってみるといい。居心地は少しばかり良いはずじゃ」
精神世界からトルティヤは、得意げに胸を張り、サシャ達を中へと促した。
サシャ達は、家の扉を開け、中へと足を踏み入れた。
「すごい。中もちゃんとした家だ。外観からは想像できないな」
サシャは、家の中を見渡した。外からは廃屋だったとは思えないほどの変化だ。
さすがに家具等はボロボロのままだが、木の温もりを感じさせる床が広がり、滑らかな木の質感の壁がそこにはあった。
「意外と悪くないね!あとはフカフカのベッドがあれば完璧なのになっ!」
アリアは、くるくると楽しそうに小躍りしながら呟いた。
「小娘!ここはあくまで奴らを迎え撃つための囮のアジトじゃ!贅沢を言っている場合ではないぞ!」
精神世界からトルティヤは、アリアを一喝した。
「ふふふ…まあ、そうだけど。けど、ここを拠点にして旅をする…なんてのもアリかもな」
サシャは、楽しそうに笑いながら呟いた。
「…ま、悪くない話ではあるがの。とにかく今は目の前のことに集中するのじゃ!」
精神世界からトルティヤは、照れ臭そうに呟いた。
しかし、すぐに気を引き締めた。
-同時刻 パナン 南門にある古びた倉庫のそば-
薄暗い夕暮れ時、二人の男の姿があった。
「やーっと、着いたっす。パナンっすね」
ケープは、大きく背伸びをしながら呟いた。
パナンは、夕暮れ時を迎え、街には薄暗い帳が降り始めていた。
空の色が変わり、街の雰囲気が変化する。
酒場には暖かな光が灯り、家々の煙突からは夕食の支度をする煙が立ち上っていた。
「お腹空いたな。ケープちゃん、何か食べもの持ってない?」
コサックは、お腹を押さえながら呟いた。
「コサックの兄貴…ここに来る途中もずっとビスケット食べてたっすよね?まだお腹空いてるんっすか?」
ケープは、呆れたようにコサックを見上げた。
「歩いたらお腹空いたんだよ…。しょうがないだろ?」
コサックは、しょんぼりと肩を落とした。
「…はい。これ。これで我慢するっす」
ケープは、袋からパンを一つ取り出し、コサックに差し出した。
「お!さすがケープちゃんだ。助かるよ」
コサックは、嬉しそうにパンを受け取り、頬張った。
「この街にいるのは間違いないっすけど、さすがに広すぎっすね。探すのが大変っす」
ケープは、パナンの街並みを見渡しながら呟いた。
「また、誰かを捕まえて吐かせる?それが手っ取り早いだろう」
コサックは、口をもぐもぐさせながら尋ねた。
「さすがにパナンは人が多すぎるのでダメっす。それに、伝説の賞金稼ぎとやらに見つかったら面倒っす。ベンガルの隊長も警戒してたし…」
ケープは、両腕で大きく✕のジェスチャーをした。
「じゃあ…ゴクッ…どうするさ?」
コサックは、パンを飲み込みながら尋ねた。
「あっしに任せるっす…」
ケープは、そう呟くと目元の布をずらす。
すると、十字の瞳がその姿を現す。
「…」
そして、ケープはじっとパナンの方向を凝視する。
その目には、人々の魔力の残穢が緑色の粒子となり映る。
そして、それは人の形となり、リアルタイムで動く。
魔力の持ち主の位置情報が視覚化される。
「…街にはいないっすね。どれも普通の魔力で、特別な反応はないっす」
ケープが周囲を見渡して呟く。
「本当に便利な目だな…お前の眼は。それだけの才能があるのに勿体ねぇな。表舞台に出れば活躍できるだろうに…」
コサックが腕組をしながら呟く。
「…あっしは分家の身、表に立つことはできないっす」
ケープがどこか悲しそうな表情をしながら呟く。
「そうか…なんだか悲しいな」
コサックが同情の表情を見せる。
ケープの境遇を案じているようだった。
「同情は不要っす…あっ、郊外の廃墟に高い魔力の残穢を感じるっす」
ケープの瞳は郊外にいるトルティヤ達を捉える。
その視界に映るトルティヤの魔力の残骸は、緑色の粒子から赤色に変色していた。
「お、捉えたか…」
コサックは感心したように呟く。
「連中は生意気にもアジトを構えているようっすね」
ケープはそう呟くと目元の布で目を覆う。
「そうと決まれば行くしかねぇな」
コサックが金砕棒を担ぎなおす。
そして、二人が廃墟群へと歩き出そうとした時だった。
「待てお前ら!そこで何をコソコソとしている!?怪しい奴らだ!」
二人が声のした方を振り返ると、そこには三人組の男が、コサックとケープを睨みつけて立っていた。
「あ、やべっ。見つかったっす」
ケープは、驚きの表情を見せる。
「お前らが野狐部隊か!!アフォガードさんから聞いてるぞ!」
男の一人が、すかさず魔法を唱えた。
「少し捕まってもらう。土魔法-断崖の牢獄-!」
ケープとコサックの足元から、瞬く間に土の壁がゴゴゴと音を立てて立ち上がり、まるで牢獄のように、二人の逃げ場を塞いだ。
「…おおっと。これはまた頑丈そうな」
ケープは、周囲を見渡し、土壁の隙間から外の様子を窺った。閉じ込められた状況を確認する。
「そういえば、スイフトが言ってたっすね。この街は伝説の賞金稼ぎのアフォガードさんがいるって。それに、どうやら、彼は情報屋だけではなく、この街の自警団的役割も担ってるとか言ってたっす」
ケープが、冷静に説明した。
「なるほどな。で、こいつらはその自警団ってわけだ」
コサックは、納得したように頷いた。
そして、土の壁に手を触れる。
「破裂魔法-撃滅地衝爆-!」
コサックが魔法を唱えると、土壁が内側から膨れ上がり、ひび割れが広がった。
「パーン!!」
そして、まるで風船が割れるかのように、土壁は爆発し、粉々に砕け散った。
土煙が立ち込め、周囲を視界を遮った。
「なっ!?壁が一瞬で消し飛んだぞ!?」
男たちは、コサックの魔法に驚愕し、目を丸くした。
「人が満腹の余韻に浸っている時に…邪魔しやがって」
コサックは、土煙の中から姿を現すと、金砕棒を担ぎ、土魔法を発動した男に向かって突進した。
「とりあえず、肋骨全部折れておけよ…」
コサックは、一切の躊躇なく、男に向かって金砕棒を振る。
その一撃は、あまりにも速く、そして重かった。
「ゴハッ!!」
金砕棒が男の腹部に直撃し、男は口から血を吐き、吹き飛ばされた。
男は、近くの民家の壁に激しく叩きつけられ、そのまま意識を失った。
「貴様!よくも!仲間を!!…草魔法-多刃草々-!」
もう一人の男は、怒りに震えながら魔法を唱えた。
地面から無数の草が生え、鋭い刃のようにコサックとケープを襲いかかった。
「なんと平凡な…。雪魔法-千年雪-」
ケープは、冷静に魔法を唱えた。
すると、草の刃に向かって、極寒の吹雪が吹き荒れた。
それは、空気が凍りつくような冷気だった。
吹雪は、草の刃を瞬く間に凍らせ、その動きを封じた。
「なっ!?草が凍った!?」
男が驚愕していると、その横には既にコサックが立っていた。
「何をぼーっとしてるんだ?お前の相手は俺だろう?」
コサックは、金砕棒を男の頭に向け、振り下ろした。
「ゴッ!」
金砕棒が男の頭蓋骨を粉砕し、鈍い音が響き、辺りに鮮血が飛び散った。
「ガハッ…」
男は、そのまま地面に倒れ伏した。
「くっ…(せめてマスターに伝えねば!)影魔法-漆黒の追跡者達-!」
残り一人の男が魔法を唱える。
すると、無数の人影が現れ、人影は四方八方に分裂する。
「おいおい…邪魔くさいな。増えただけじゃないか」
コサックは金砕棒を振り回し、影を振り払う。
「そこだ!!」
男は影に紛れ、手に短剣を持ちコサックに突撃する。
「はっ…目くらましかよ。面白くねぇな」
だが、コサックは冷静に金砕棒を男めがけて振るう。
そして、その一撃は胴体に直撃する。
「ぐふっ…!」
男の骨が折れ内臓が破裂する鈍い音が響く。
そして、激しく吹き飛ばされる。
「…ぐっ(もう少しだけ…時間を…稼ぐ)」
男はついえそうな意識を保つ。
「手ごたえがないな…それでも自警団かよ。アフォガードの部下も大したことねぇな」
だが、無情にも男の前にはコサックが金砕棒を振り上げていた。
「ふっ…俺の勝ちだ…」
男はコサックにそう呟く。
次の刹那、コサックの金棒が男の頭部めがけて振り下ろされる。
血しぶきが地面を赤に染めあげた。
「ったく、こいつらなんなんだ?弱すぎるだろ」
コサックは、道端のゴミでも見るかのように、冷淡に男の死体を足でつついた。
「けど、今の男、何かしやがったかもしれないっす…増援を呼ばれる前に件の廃墟に向かった方がいいかもしれないっす」
ケープは男が使った影魔法に違和感を感じていた。
そして、コサックに増援の可能性と迅速な移動を伝える。
「それなら急いでトンズラだな。雑魚とはいえ、数を呼ばれたら面倒だ。本命は連中だしな」
そうして、二人はサシャ達がいる廃墟へと向かった。
一方、アフォガードのアジトでは…
「これは…!!ローランドのサイン」
アジトにいたカタラーナは横に現れた黒い人影を見る。
そこには「ヤツラガキタ」と体にサインが刻まれていた。
「(もしや、野狐部隊がパナンに…)」
カタラーナは、顎に手を当て、考え込んだ。事態の深刻さを悟る。
「皆さん、聞いてください!野狐部隊がパナンにいるかもしれません!念のため、パトロールに出ているマックス、ロイ、ローランドの行方を捜してください!」
カタラーナは、アジトにいた部下達に指示を飛ばした。
部下達は、一礼すると、次々とアジトを飛び出していった。
ローランドたちの捜索へ向かう。
「サザランへ会合に行っている父上にも連絡を…急いで伝えないと」
カタラーナは、ブリキ製の梟に手紙をくくりつけ、アジトの外へと飛ばした。
一方、ケープ達が廃墟群に向かっている頃。
サシャ達は待ち構えていた。
「奴らは本当に来るのかな?もしかしたら来ないんじゃ…」
サシャがトルティヤに尋ねる。
その瞳はどこか不安を感じている。
「絶対に来る。公爵の野望が本当なら、勝利者の矛の柄を奪取するため、全力で来るじゃろう」
トルティヤは精神世界から語り掛ける。
「それまでは待機…か。いつ来るんだろうな」
リュウが椅子に座りながら呟く。
その時、魔導念波増幅器が反応した。
「カタラーナさん?」
サシャは、魔導念波増幅器に呼びかけた。
「皆さん。奴らが来ましたよ。野狐部隊です。南門の近くで、部下が三人やられているのを発見しました。おそらく野狐部隊の仕業でしょう。それと、莫大な魔力を持った人影が一人、そちら廃墟群に向かっているのを探知しました」
カタラーナが、サシャ達に情報を伝えた。
「分かりました…情報ありがとうございます。助かります」
サシャは、カタラーナに礼を言った。
「外出している父上にも「伝書梟」を飛ばしました。私達も引き続き街中を警戒をしていきます…どうかお気をつけて。ご武運を」
カタラーナは、そう呟くと、通信を切った。
「さ、いよいよ反撃の時間じゃのぉ。待ちに待った時間じゃ」
精神世界からトルティヤの瞳は、やる気に満ちていた。
「そうだね…!負けっぱなしは悔しいもんね!」
サシャは、拳を握りしめ、意気込んだ。
「誰が来ても…斬る!もう二度と負けない!」
リュウは、ひと呼吸を置くと覚悟を決めた表情をする。
その時、外に雨のように白い雪が降る。
それは季節外れの雪だった。
「わぁ!雪だ!綺麗…!」
アリアが窓の外から雪が降りしきる荒野を眺める。
「こら!小娘!これから奴らが来るというのに、何をのんきにしてお…ん?雪じゃと?こんな時期に?」
トルティヤは、アリアを一喝するが、すぐに雪に気づき考え込む。
「雪だよ!綺麗だけど、まだ冬じゃないのに変だよぉ…」
アリアは、窓の外を見つめていると、遠くから風の音が聞こえる。
「…!!まずい!早くここを出るのじゃ!」
その時、トルティヤの顔が焦りに変わる。
そして、危険を察知し、サシャ達に避難を促した。
「なんだよ?急に…!?」
サシャ達は、トルティヤの言葉に従い、急いで廃屋を飛び出した。
その次の瞬間だった。
「ドゴーン!!!」
廃屋が、けたたましい衝撃音と共に粉砕される。
そこには巨大な氷の竜巻が渦巻いていた。
「っ!!」
木材の破片と強烈な風圧が、サシャ達の横を掠めていった。
辺りは雪が舞い、空気が白く染まっていた。
「…あれれ?一撃で仕留めたと思ったんっすけどね」
そして、竜巻の中からケープとコサックの姿が見えた。
「…!!」
アリアは険しい顔つきになり、弓を構えた。
「来たか…。野狐部隊…」
リュウは、冷静に刀を抜き、臨戦態勢に入った。
「やろう…!ここで決着をつける!」
サシャは、双剣を構え、覚悟を決めた。
しかし、それを見た精神世界からトルティヤが、サシャ達に待ったをかけた。
「待て…サシャ。金砕棒を持っている奴はともかく、目隠しをしている奴は、並大抵ではない魔力を持っている。ワシですら、全力で相手をせねばならんじゃろう」
トルティヤは、そう呟くと、サシャの肩に手を置いた。
ケープの実力を正確に把握しているようだった。
「替わるのじゃ。あいつはワシがやる」
「うん…わかった!任せるよトルティヤ!」
サシャがそう呟くと、トルティヤとサシャが入れ替わった。
「お!なんか雰囲気が変わったじゃないか」
コサックは、トルティヤの変化に気づき、金砕棒を強く握る。
「あの金砕棒の奴は小僧と小娘。お主たちに任せる。やれるか?」
トルティヤは、リュウとアリアに尋ねた。
「あぁ…任せてもらおう」
リュウは、静かに頷いた。
「うん!大丈夫だよ!リュウと二人で頑張る!」
アリアは、笑顔で頷いた。
そして、二人は、コサックの方を振り向いた。
「ほう。ガキ二人で俺に勝てると思っているのか。なめられたもんだぜ」
コサックは、リュウとアリアをじっと見つめた。
「思っている…だから…お前と戦うんだ!」
リュウは、コサックに向け、刀を構えた。
「はっはっは!若さっていいなぁ。恐れも、無謀も…知らねぇんだからな。その選択、たっぷり後悔させてやるよ!!」
コサックは、金砕棒を構え、リュウとアリアに向かって突撃してくる。
「…あっしの相手は、あんたっすね」
ケープはトルティヤに鋭い視線を向ける。目元は黒い布で覆われているが、冷酷な表情をしているのは確かだ。
「そうじゃ。ワシが相手じゃ。なにか不満か?」
トルティヤは、ケープに聞き返した。
「いや。別に…てか、勝利者の矛の柄は、どうせあんたが持ってるっすよね。だったら、素直にそれを渡してほしいっす」
ケープは、トルティヤに勝利者の矛の柄を要求した。
「お断りじゃ。そのお主たちが持っておる刃の部分をよこさんかい」
トルティヤは、挑発的な表情をして呟いた。
「そうっすか…じゃあ、交渉は…決裂っすね!残念っす!」
次の瞬間、ケープが魔法を唱えた。
「笑わせてくれる。最初から交渉などする気がないくせにのぉ」
同時に、トルティヤは、右手を掲げ、魔法を唱えた。




