第22章:傷の男
翌朝、サシャ達の姿は宿屋「金木犀」の一階にあるレストランにあった。
朝の光が窓から差し込み、埃の粒子がキラキラと輝いている。
レストランにはコーヒーと焼きたてのパンの香りが漂っている。
昨日の夜の喧騒から打って代わり、朝食をとったり、旅の準備をする冒険者や、書類に目を通しながらコーヒーを飲んでいる商人などが、静かに過ごしていた。
そんな中にサシャ達の姿はあった。
「さてと!腹ごなしもできたし、今日は遺跡を探しに行こうか!」
サシャはフォークを置き、やる気満々だった。
「だが、アテはあるのか?闇雲に探すわけにもいくまい。サージャス共和国は広いぞ」
リュウが鋭い目線をサシャに送る。彼の顔は真剣だ。
「んー…実は、昔、ロイ叔父さんに聞いたことがあるんだ。確かパナンと、北にあるハリグって街の間に、大きな遺跡群があるって言ってたんだよ」
サシャはリュックから地図を取り出し広げ、遺跡群がある辺りを指差した。
「遺跡群!なんだか面白そう!宝物とか埋まってるかな!?」
アリアはサシャの指差す場所を見て、目を輝かせた。
「なるほど…しかし、詳しい場所までは分からないということか?」
リュウが尋ねる。彼の目は地図とサシャの顔を行き来する。
「まぁ…そういうことになるんだけど、大体の目星がついたなら、あとは気合いで探すだけさ!」
サシャが少しぎこちなく呟く。
自信がないわけではないが、確実な情報ではないことを自覚している。
「ほほう。随分と大雑把な作戦じゃな。だが、もっと効率的な方法があるというものじゃ」
すると、精神世界のトルティヤが、サシャの頭の中で、呆れたような口調で話しかけてくる。
「うわ!トルティヤ、起きてたんだ!びっくりしたぁ」
突然、精神世界で話しかけられ、サシャは驚く。
「とっくに起きとったわい。お主たちが騒がしいので、目が覚めたわ。ところで、さっき言っていた遺跡群とは…ババク遺跡群のことじゃな。あそこなら、ワシも知っておるぞ」
トルティヤは知ったような口調で呟く。
「え?トルティヤ、ババク遺跡群に行ったことあるの?どんなところだった?」
サシャが不思議そうな顔をして尋ねる。トルティヤの過去の経験に興味を持ったようだ。
「うむ。生前にの。だが、あそこは何にもなかったのじゃ。宝も既に、他の者に持ち去られている様子で、学者や観光客が出入りしておったわ」
トルティヤは、遠い昔を思い出すかのように、少し残念そうな表情を浮かべる。
「え…じゃあ、ババク遺跡群に行っても、魔具はないってこと?どうしようか…せっかく目星がついたのに…」
サシャが頭を悩ませていると、トルティヤが再び呟いた。
「ふむ。仕方ないのぉ。気に入らんが…こうなれば、奴を頼るとするかの」
トルティヤが苦い顔をしながら呟く。
その声には、乗り気ではない様子が滲み出ている。
「奴?誰のこと?」
サシャがそう聞くと、トルティヤはサシャの肩を叩く。
「ま、ワシの古い知り合いじゃ。生きておればの話じゃが…の。話がややこしくなるからワシが行く」
そう言うと、トルティヤはサシャの肩を叩き、人格を入れ替えた。
「…さて、行くぞ。ついてくるのじゃ」
トルティヤはおもむろに席を立つ。
「あ、あぁ…分かった」
戸惑いながらもリュウも席を立ち、トルティヤについていく。
「あ、待ってよ!どこに行くの!?」
アリアも少し慌てながら、テーブルの上に残されたスープを名残惜しそうに見つつ、トルティヤについていく。
パナンの街は燦々と日差しがさし、スパイスや食べ物の匂いが混ざり合い、蒸し暑い熱気が漂う。
だが、昼間になり、街の活気は増していた。
道には露天が立ち並び、様々な商品が並べられ、市民や商人たちが賑やかに商品を眺めている様子だった。
子どもたちは暑い中にも関わらず元気に外を走り回っていた。
「ちょっと待ってよ!トルティヤ!どこに行くの?早く教えてよぉ!」
アリアはトルティヤについてくる。
「いいから、黙ってついてくるのじゃ。すぐに分かるわい」
トルティヤはアリアの声にはほとんど答えず、スタスタと慣れた様子で道を歩く。
「(…この様子だと、何か確実なアテがあるんだろう。トルティヤのことだ、人任せにはしないはず…)」
リュウはトルティヤの後ろを歩きながら、彼の行動を観察していた。
トルティヤの目的が何なのか、興味が湧いている。
そして、表通りを進むと、サシャ達は白い石造りの建物の前に辿り着く。
建物の鉄製の錆びた看板には「Bar Osculum」と記されていた。
しかし、昼間だからだろうか、扉には「CLOSE」の札がかかっており、店は閉まっているようだった。
「ここが…目的地なの?ただの酒場な気がするよぉ?」
アリアは札をまじまじと見ている。
開いていない店に首を傾げる。
「酒場?閉店してるけど…ここに知り合いがいるの?」
その様子を見たサシャが、精神世界からトルティヤに尋ねる。
「生きておればな。死んでおったら親族が何か知っておろう」
トルティヤはサシャの問いに、ぶっきらぼうに答える。
そして、閉まっているはずの木製の扉に手をかけた。
扉はギィと音を立て、昼間にも関わらず薄暗い店内が現れた。
外の明るさとのギャップに目が慣れない。
店内からは、微かにカビのような、埃っぽい匂いがした。
店内は重厚な革張りの椅子と使い古された木製のテーブルが並び、カウンターの棚には酒瓶が綺麗に並べられていた。
壁には、どこかの民族のものだろうか、不気味な顔をしたお面がいくつも飾られ、床は美しい真紅のカーペットが敷かれていた。
全体的に、古びてはいるが、手入れが行き届いている印象だ。
「うわぁ…なんか、秘密基地みたい!すごいお店だね!」
アリアは見渡しながら呟く。
昼間なのに薄暗い雰囲気に、冒険心をくすぐられているようだ。
「確か…ここじゃったかの…」
キョロキョロと店を眺めるアリアをよそ目に、トルティヤは店内の壁を調べている。
そして、壁に飾られていた、他のものよりも一際目立つ、奇妙な形のお面を手に取り、逆さまにする。
「ゴゴゴゴ…」
すると、お面を逆さまにした壁の一部が、重い音を立てて内側にスライドし始めた。
すると、壁の奥に、結界に覆われた隠し階段が現れる。
階段は地下に続いているようだった。
「(この感じ…どこかで見たような…そうだ、トルティヤと出会った屋敷で見た仕掛けだ!)」
サシャは、目の前に現れた隠し階段を見て、既視感を感じていた。
トルティヤと出会った屋敷にも、このような結界で覆われていたことを思い出す。
「…ふむ」
トルティヤは結界に手を触れる。
すると、初めから何もなかったかのように、結界がスーッと音もなく消えていく。
「ふむ…ワシの魔力は、まだこの結界の鍵として有効じゃったか。ということは…奴はまだ生きておるのぉ」
トルティヤは、結界が消えたのを確認し、薄ら笑いを浮かべる。
「なぁ。トルティヤ。ここは一体どこに繋がってるんだ?」
リュウは好奇心からか、トルティヤに尋ねる。
「ま、ついてくれば分かる」
そう言うと、トルティヤは先に立って階段を下り始める。
サシャ達もそれに続く。
階段は薄暗く、ところどころに蝋燭の火が灯っている。
しかし、階段の深さはそこまでなく、数十段降りると、地下に到達した。
「うわぁ…こんなところがパナンの街の地下に…」
サシャ達の目の前には、先程の酒場とは全く異なる、広間が広がっていた。その豪華さに、思わず声が漏れる。
広間の中央には、ヴィンテージ感が漂うシャンデリアが飾られており、薄暗い照明が、その空間を幻想的に照らしている。
いくつかのソファが置かれ、お酒が入っていると思われる樽が無造作に置かれていた。
そして、薄暗い照明に照らされた壁には、奇妙な仮面や美しい絵画が飾られ、部屋の隅には、ひっそりと置かれた武器や宝箱。
まるで、冒険者のための秘密の隠れ家のようで、一見すると怪しげだが、どこか魅力的だった。
「あ?誰か来たぞ?」
「ガキじゃねぇかよ」
そこでは、既に何人かの人がソファにくつろいで、お酒を飲んでいたり、トランプで賭け事に興じている様子だった。
彼らの服装や雰囲気に、一筋縄ではいかないオーラが漂っている。
そして、お世辞にも「良い人」という雰囲気は皆無だった。
彼らはサシャ達に気づくと鋭い視線を向けてくる。
「…相変わらずじゃな。ここも。変わらぬのぉ」
トルティヤが懐かしそうに周囲を見渡す。
すると、広間の奥から、一人の男がサシャ達の目の前に現れる。
その足音は静かで、気づけば目の前に立っていた。
「おやおや。珍しいお客様だ。ここは、特定の者のみが入場を許される場所…あなた方のような、見るからに年端もいかぬお子様が来るところではありませんよ?」
男は黒い長髪を後ろで一つに束ね、毛皮で作られたであろう上質なジャケットを羽織っていた。
そして、特徴的な耳は、リュウやアリアのそれとは異なり、細く、鋭く尖っていた。
その顔には、若いながら洗練された雰囲気が漂っている。
「エルフ族か…」
リュウが物珍しそうな顔をしながら男を見つめる。
「ほんとだー!耳が尖ってるー!」
アリアも男の顔をまじまじと見つめる。
エルフ族。
総じて魔力が高く、寿命もドラゴニア族に次いで長い種族である。
しかし、一般的には気難しく閉鎖的で、人間に対して不信感を抱いている者も多いと聞く。
目の前の男も、どこか人間を見下しているような雰囲気を纏っている。
「お主は誰じゃ?誰かは分からんが、ここのマスターに用があるのじゃ」
トルティヤは、男の言葉を無視し、強気な口調で男に呟く。
「これはこれは異なことを。ここのマスターは私ですよ。もう一度、忠告します。ここはあなた方のようなお子様が来る場所ではありません。危険な場所です。お引き取りいただけますか?」
男は笑顔でサシャ達に呟く。
その笑顔は、嘲笑しているようにも見え、どこか威圧的だ。
「ふむ…お主がマスターか。それならこう言えばよいかの?…アフォガードはいるか?ワシはアフォガードに会いに来たのじゃ」
トルティヤは、男の言葉にも動じず、ある人物の名前を尋ねた。
その言葉を聞いた瞬間、広間にいた人々がざわつき、トルティヤに反応する。
「なんだあのガキ。いきなりボスの名前を呼び捨てにしやがったぞ」
「生意気だぜ。痛い目に遭わせてやろうぜ」
「ふざけているのか!?」
人々が一気に殺気立ち、今にも殴りかかってきそうな雰囲気を醸し出していた。
「まぁまぁ。皆さん落ち着いて。して、父上にお会いしたいと?」
男は、周囲のざわめきを制するように、冷静な声でトルティヤに尋ねた。
彼の顔から笑顔が消え、真剣な表情になっている。
「そうじゃ。そう言っておろう。早くアフォガードに会わせるのじゃ。時間は取らせん」
トルティヤは苛立ちを見せる。
「あいにくですが、父上にはアポイントがないとお会いすることはできません。なので、誠に申し訳ありませんが、どうかお引き取りください」
男は笑顔を見せるが、その瞳の奥には冷たい光が宿っている。
「いいから会わせるのじゃ!このワシが…トルティヤが来たと言えば、すぐに分かるはずじゃ!そう伝えよ!」
トルティヤは、男の言葉にも怯まず、強気な口調で話す。
「やれやれ…忠告はしましたからね。後悔しても知りませんよ」
男はため息交じりで呟く。
そして、覚悟を決めたように右手を掲げる。
「お!久々にマスターの戦いが見れるぞ!」
「相手は子供みたいだが、あの態度…油断できねぇな」
「どっちが勝つか賭けるぞ!俺はあえて、あの小僧に3000ゴールドだ!」
「馬鹿を言え!あんな子供にマスターが負けるわけないだろ!マスターに5000ゴールドだ!」
広間にいた人々はその展開に興奮している様子だった。
「お連れの方には、少し黙っていてもらいましょうか。藁魔法-弥勒芒束-!」
すると、トルティヤの後ろにいたリュウとアリアの体に、突然、足元から藁でできた太い縄が、意思を持っているかのように、ぐるぐると高速で巻きついた。
「くっ!なんだこれは!力が…入らない!」
リュウは、体に巻きつく縄に驚き、脱出しようと試みるが、体に力が入らずにいた。
「えっ!?ちょっとぉ!!」
アリアも何もできずに縄に巻かれて床に倒れる。
彼女も力の入らない体に戸惑っている。
「(これは…!ただの拘束魔法ではないな…魔力と物理的な力を同時に封じ込める…封印魔法に近い魔法か…?)」
リュウが脱出しようと試みるが、藁の縄はぴくりともしない。
「リュウ!アリア!大丈夫!?」
精神世界からサシャが叫ぶ。
目の前で仲間が拘束され、何もできない自分に歯がゆさを感じている。
その表情は不安に満ちていた。
「さて。これで邪魔者はいなくなった。あとはあなただけです。どうしますか?降参するなら今のうちですよ?」
男はトルティヤに呟く。
その顔には、自信と、僅かな優越感が浮かんでいる。
「ふん…バカを言うのじゃ。御託はいい。かかってくるのじゃ」
トルティヤは、男の言葉にも動じず、挑発するような視線を男に向けながら呟く。
「よほど痛い目に遭いたいようですね。ならば、その望みどおりに、痛めつけてさしあげましょう」
男は再び右手を掲げる。
彼の周囲に、微かに魔力が集まるのが分かる。
「藁魔法-文殊聖手-!」
男が魔法を唱えると、地面から藁で作られた巨大な手が、ドシンという音と共に現れた。
藁の手は地面から生えてきたかのようだ。
藁の巨大な手は、巨大な岩が落下してくるかのような、凄まじい風圧と、地面を揺らす衝撃を伴ってトルティヤに迫る。
その手は、トルティヤを潰そうとしているかのようだ。
「…火魔法-神聖なる煌鳥-」
トルティヤは、迫りくる藁の巨大な手に対し、冷静に魔法を唱える。
彼女の指先から現れたのは、いつもより小さな、しかし強い光を放つ火の鳥だった。
火の鳥は一直線に藁の巨大な手に向かって飛んでいく。
「ボーン!!」
火の鳥は藁の手に触れた瞬間、枯れ葉が瞬く間に燃え上がるかのように、勢いよく燃え広がり、藁の巨大な手は瞬く間に炎に包まれた。
「やりますね…!ですが、私の藁魔法は、それだけではありませんよ?…藁魔法-准胝ノ針-!」
男は、自身の魔法が簡単に破られたことに驚きを隠せない様子だったが、すぐに次の魔法を唱えた。
今度は、地面から無数の鋭い藁が、まるで生きているかのように、蛇のように蠢きながら、トルティヤを襲った。
藁の先端は、鋭い針のように尖っており、触れたものを容易に貫くであろう殺気を放っていた。
そして、雨のように降り注ぐ藁の針が、空間を埋め尽くす。
「何度やっても無駄じゃ。火魔法-神聖なる煌鳥-!」
トルティヤは、再び小さな火の鳥を放った。
火の鳥は、無数の藁の針の群れに向かって飛んでいく。
火の鳥は、藁の蔓に触れた瞬間、轟々と燃え上がり、無数の藁の針を瞬く間に焼き尽くした。炎が広がり、藁が灰となって消えていく。
「なんじゃ。エルフ族のくせに大したことないのぉ」
トルティヤは、藁魔法を破り、余裕を見せる。
「さぁ、果てしてどうでしょうか?」
男がニヤリと笑う。その顔には、まだ何か秘策があるような様子が見て取れる。
すると、燃やしたはずの藁は、燃え尽きても灰の中から再び生え始め、無数の針となってトルティヤを襲った。
「ほう。やりおるのぉ」
トルティヤは、迫りくる無数の藁の針を、軽い身のこなしで回避した。
無数の藁でできた針は、雨のように地面に降り注ぎ、深々と突き刺さった。カーペットにも、床にも、藁の針が突き刺さる。
「(なんて魔法なんだ…燃やしても再生するなんて…見た感じ相性が悪そうなはずなのに、これほどの力を持っているなんて…!)」
精神世界から覗いていたサシャは、男の実力に驚愕していた。
見た目とは裏腹に、強力な魔法使いだ。
「今のを避けるとは…さすがですね。ですが、私の攻撃は魔法だけではありませんよ!」
すると、男は懐から二本のトンファーを取り出し構え、トルティヤに猛烈な勢いで突撃してきた。
トンファーは、藁魔法によって外装が強化され、鈍く光っている。
その一撃は、鋼鉄をも砕きそうな威力を秘めていた。
「ほう。トンファーとはのぉ。面白い曲芸じゃな!ワシに見せてみるが良い!」
トルティヤはニヤリと笑うと、男を挑発した。
「減らず口を…その傲慢さ、今、叩き潰してさしあげましょう」
男は怒りを滲ませ、連続で、強化されたトンファーをトルティヤに振るった。
トンファーの連撃は、まるで嵐のように激しく、高速だった。
それは、トルティヤを、一瞬で粉砕しようとしているかのようだ。
「遅いのぉ。その技、アフォガードから伝授されたのか?」
トルティヤは、トンファーの連撃を軽やかに回避した。
その身のこなしは、男の攻撃よりも遥かに速い。
どうやら、トルティヤは、その技を知っているようだった。
「(くっ…!なぜだ!なぜ当たらない!?こんなはずでは…!)」
男の顔に、焦りの色が色濃く見えた。
「もう…見飽きたわい。貴様の技など、アフォガードの足元にも及ばんな。無限魔法-茨の呪縛-!」
トルティヤが魔法を唱えると、地面から鋭い茨が勢いよく飛び出し、男の体に絡みつき、捕らえた。
茨は、男の体を締め付け、その動きを完全に封じた。
「しまった…!こんな…簡単に…!」
男は、抵抗する間もなく、一瞬で拘束された。
強化されたトンファーが、地面に音を立てて落ちた。
彼は、茨に絡め取られ、身動き一つできない。
「これで勝負ありじゃな。お主の負けじゃ」
トルティヤは、高らかに勝利を宣言した。
「おい!嘘だろ?マスターがやられたのか!?」
「マジかよ!マスターが、あんな子供に…!?」
見物していた人々がざわめく。
「くっ…まだだ…まだやれる…この拘束…解いてみせる…!」
男は、茨の拘束に抗おうとし、全身に力を込める。
しかし、茨の拘束は、彼の魔力と物理的な力を完全に封じ込めていた。
「諦めよ。お主の負けじゃ。ワシに勝とうなど、身の程知らずじゃわい」
その時、広間の二階のバルコニーから、大きな声が響き渡った。
「そこまでだ、カタラーナ!その女は、お前が逆立ちしても敵う相手ではない!」
サシャ達が声がした方向を振り返ると、二階のバルコニーに一人の男が立っていた。
その声には、圧倒的な威厳と、静かな力が宿っている。
男は、灰色のコートを身にまとい、カタラーナと呼ばれた男と同様に耳が細く尖っており、エルフ族だとひと目で分かる。
そして、片目は白く濁り、顔の真ん中には、一本の傷が走っていた。
その姿からは、 カタラーナとは比べ物にならないほどの、圧倒的な存在感が漂っている。
「父上!まだやれます!こんな拘束…すぐに解いて…!」
カタラーナと呼ばれた男が、茨に絡め取られたまま、ジタバタするが、茨の拘束は一向に解ける気配がなかった。
「無駄じゃ。その魔法は、お主の魔力ではどうしようもできぬわ」
トルティヤがカタラーナに近づき呟く。
「その女の言う通りだ、カタラーナ。諦めろ…」
傷がある男はそう呟く。
彼の声は静かだが、揺るぎない説得力がある。
「くっ…分かりました!…私の負けです…降参だ…」
カタラーナが、悔しさと屈辱に顔を歪めながら、そう呟く。
力が完全に抜け、茨に吊るされたような状態になる。
「分かればよいのじゃ」
トルティヤが魔法を解除する。
茨がスーッと消え、カタラーナは力なく地面に倒れる。
「うわっ!」
同時にリュウとアリアの拘束も解ける。
「…父上…お手間をおかけしました」
カタラーナが、地面に倒れたまま、傷がある男に頭を下げる。
「…よい。お前は下がっておれ」
そう言うと傷がある男はバルコニーから、軽やかな身のこなしで飛び降りた。
「…久しぶりだな、トルティヤ。まさか生きていたとはな。以前と容姿が違うようだが、その魔力は…間違いないな」
傷がある男はトルティヤに近づき、マジマジと見つめる。
白く濁った目が、トルティヤを捉えている。
「久々じゃのぉ。アフォガード。ちょっと、お主に用があったところじゃ」
トルティヤは傷がある男、アフォガードを鋭い視線で睨みつける。
かつての知り合いのようだが、緊張感が漂う。
「おーお、相変わらずおっかないな、トルティヤ」
アフォガードはそう呟くと、両手を挙げる。それは敵意がないという証だった。
彼の口元には、静かな笑みが浮かんでいる。
「ま、立ち話もなんだ。一杯奢らせてくれ。積もる話もあるだろう」
アフォガードは笑みを見せると、トルティヤと、その後ろにいるサシャ達を席へ案内した。




