第20章:赤き王
「ヴォォォ!」
赤角龍は、その巨体を震わせ、低く、威圧感のある唸り声を上げた。岩石のような強靭な体躯から放たれるその声は、周囲の空気を震わせるようだ。
そして、トルティヤに向けて灼熱の火の玉を放つ。
直径数メートルもある巨大な火の玉は、確実にトルティヤを捉えようと、山頂の広場を横切り一直線に飛んでくる。
「…水魔法-断罪の礫-!」
トルティヤは、飛来する火の玉に対し、冷静に魔法を唱えた。
彼女の周囲に、巨大な水の塊が高速で現れ、火の玉を迎え撃った。
そして、水と炎が激しくぶつかり合い、ジュワァァという轟音と共に大量の水蒸気が立ち込めた。
「うっ!何も見えないよ!」
アリアは、弓で狙いを定めようとするが、立ち込める白い水蒸気のせいで、視界が完全に遮られ、どこにドラゴンがいるのか全く見えなかった。
その頃、リュウは倒れた冒険者たちの治療を手際よく行っていた。
「大丈夫か!?立てるか?」
リュウは、地面に倒れている黄色のマントを羽織った冒険者に駆け寄り、手際よく彼の火傷箇所に回復薬をかけた。
「あぁ…すまないな…助かった…」
冒険者は、苦痛に顔を歪めながらも、申し訳なさそうに呟いた。
「あのドラゴン…まるで岩石のように硬いぞ…俺の斧でも歯が立たなかった…」
近くで倒れていたドワーフ族らしき男は、負傷しながらも巨大な斧を杖代わりにして立ち上がり、リュウにそう伝えた。
男の鎧の一部は砕け散り、屈強な体にもドラゴンの爪による深い傷跡が幾つも残っていた。
「信じられない…あの人…すごい魔力…圧倒的すぎる…」
柱の陰で身を隠していた紫色のローブを着た魔導師は、水蒸気の向こうで戦うトルティヤの放つ、人間離れした圧倒的な魔力に、ただただ驚愕していた。
「無限魔法-海竜の慟哭-!」
トルティヤは、水で作られた巨大な海竜を生成し、赤角龍のいる辺りに向け、放った。
「グォォォ!」
海竜は赤角龍の分厚い翼に直撃する。
「グルルル…」
赤角龍は、体勢を崩し、よろめいた。
「(やはり…!水属性が弱点か!)」
トルティヤは、事前に赤角龍が水属性に弱いと推測していた。
そして、赤角龍が、海竜の直撃で明らかにたじろぐ様子から、その推測が当たっていたと確信した。
「グォォォ!!」
赤角龍は、怒り、お返しとばかりに、口元に炎を溜め、灼熱の火の玉を連続で放った。
「無意味じゃ。土魔法-大地の大巨人-!」
トルティヤが魔法を唱えると、地面が激しく隆起し、巨大なゴーレムが現れ、火の玉の群れを受け止めた。
「そのまま、奴の尻尾を掴め!」
トルティヤは、ゴーレムに命令した。
ゴーレムは、その巨大な手で赤角龍の尻尾を力強く掴んだ。
「グルゥ!」
しかし、赤角龍は、冷静に炎を口元で溜め、ゴーレムの顔面目掛けて巨大な火球を2発放った。
「ドコーン!!」
火球は、轟音と共に大爆発を起こし、ゴーレムは粉々に崩れ去った。
土煙と破片が周囲に飛散する。
直後、ゴーレムが破壊された凄まじい爆風が周囲を襲い、砂塵が舞い上がった。
トルティヤの髪は激しく逆立ち、マントがはためく。
「まさか…トルティヤのゴーレムが、一撃で破壊されるなんて…」
その様子を精神世界から見ていたサシャは、赤角龍の圧倒的な破壊力に、ただただ驚愕していた。
「…くっ…なんて力だ…!」
付近で身を隠していたリュウと冒険者たちも、たちこめる爆風と熱気から、赤角龍の強大な力を感じ取り、戦慄を覚えていた。
「(信じられないよ…あの巨大なゴーレムを、あんな簡単に…一体、どれほどの力を持っているの?)」
アリアは、柱の陰に隠れて爆風を回避しながら、信じられないという表情で赤角龍を見つめていた。
「…」
赤角龍は、巨大な翼をゆっくりと羽ばたかせ、再び宙に浮かんだ。
すると、口元に、複雑な紋様が刻まれた巨大な魔法陣が浮かび上がり、深紅の禍々しい光を放ち始めた。
「(まずい!!)皆!早く柱の裏に隠れるのじゃ!」
トルティヤは、赤角龍の次の攻撃が、先程の比ではない、広範囲かつ超高火力の攻撃であることを悟り、大きな声で叫んだ。
「あ、あぁ…!急ごう!」
負傷した冒険者一行とリュウは、トルティヤの叫びを聞き、急ぎ太い柱の裏に身を隠した。
「こそこそ…」
アリアも、急ぎ柱の裏に身を隠す。
「(これで防げるか分からんが…他に手がないのぉ…無限魔法…)」
トルティヤは、来るべき攻撃に備え、魔法を唱え始めた。
次の瞬間、魔法陣から閃光と共に真紅の業火が放たれた。
それは、山頂の広場全体を飲み込むほどの規模だ。
「ゴワォォォォォォ!!!!!」
灼熱の業火が、周囲を真紅の火の海にした。
その業火は、全てを焼き尽くし、灰に還すほどの熱量を帯びていた。
「くっ…なんて炎だ…柱の裏でも熱い…!耐えられるか…?」
リュウは、柱の裏で身を隠していたが、それでも灼熱の熱気が彼を襲い、全身から大量の汗が噴き出した。
「…電磁波魔法-電磁大盾-!」
その時、黄色のマントを羽織った冒険者が、歯を食いしばり、電磁波で作られた巨大な盾を張った。
その盾は、冒険者一行とリュウを完全に包み込み、灼熱の炎から守った。
バリアがバチバチと音を立てている。
「大丈夫だ…これくらいなら…今の俺でも…できる…!」
冒険者は、苦痛に顔を歪めながらも、親指を立て、僅かに余裕を取り戻した表情を見せた。
「くっ…鎖魔法-チェーンウォール-!」
アリアは、柱の陰に隠れつつ、周囲を鎖の壁で覆っていた。
だが、鎖が熱を通したせいか、周囲は灼熱と化し、アリアは苦悶の表情を浮かべていた。
「(早く…終わって!)」
アリアは、心の中でそう願いながら、必死に熱さを凌いでいた。
「ぐっ…!」
トルティヤは、炎の海の中にいた。
その周囲には、風を纏った青白いバリアが張られていた。
風が激しく回転し、炎を弾いている。
「(「風魔法-風雲月露-…これで、どこまで凌げるか…)」
だが、バリアは、ドラゴンの炎の熱量に耐えきれず、少しずつ亀裂が入り、そこから灼熱の熱気がトルティヤを襲う。
「なんて火力なんだ…トルティヤ…大丈夫か…?」
サシャは、精神世界から、赤角龍の圧倒的な攻撃力に圧巻されつつ、苦痛に顔を歪めるトルティヤの体を心配そうに見守っていた。
「ピシッ…」
だが、トルティヤの放つバリアも限界だった。
バリアの一部が音を立てて割れ、トルティヤの右手を灼熱の炎が襲った。
「くっ…!熱い…!」
トルティヤの右腕が赤く焼け焦げた。
皮膚がただれ、痛みが走る。
だが、赤角龍も、あれほどの魔力を出し尽くしたのか、ようやく魔法陣が消え、灼熱の炎の海が消え去った。
山頂の広場は、炎によって黒く焼け焦げ、岩肌はひび割れていた。
神殿の柱もいくつか崩れ落ち、周囲には草木一つ残っていなかった。
まるで、そこだけ時間が止まってしまったかのように、静寂が広がっていた。
「…信じられねぇ。あいつ。あの攻撃を凌ぎやがった」
冒険者たちは、信じられないという目でトルティヤを見つめていた。
「さすが…と言ったところか。俺達も…やれるか?」
リュウが、冒険者一行に視線を送った。
「あぁ…このまま、やられっぱなしって訳にはいかんよな…ここで引き下がるわけにはいかねぇ…」
黄色のマントを羽織った冒険者が地面に手をつき、立ち上がった。
「ネバー…ギブアップ…諦めない…」
紫色のローブを羽織った魔導師も、リュウに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、先程までの怯えは消え、強い意志が宿っていた。
「まだまだ…暴れ足りんな!」
丸い兜を被ったドワーフ族の男も、斧を握りしめ、やる気満々だった。
「…ふぅ。なんとか耐えた!熱かったぁ!」
アリアは、鎖魔法を解除し、大量の汗を拭った。
「よぉし…今が使い時かな」
アリアは、手際よくポーチから筒状の何かを取り出し、矢に巻きつけた。
「グルルル…」
赤角龍は、魔力を消耗したためか、その巨体に疲れの色が見えていた。
しかし、それでもゆっくりと体を起こそうとする。
「ワシとしたことが…迂闊じゃった」
トルティヤは、焼け焦げた右腕を見つめ、悔しそうに呟いた。
「じゃが、お主如き、この左腕で十分じゃ!」
トルティヤは、焼け焦げた右腕を庇うように、不敵な笑みを浮かべ、再び立ち上がる。
「トルティヤ!」
その時、精神世界でサシャが、トルティヤに声をかけた。
「なんじゃ。これからがいいところじゃと言うのに。邪魔をするな」
トルティヤは、やれやれといった表情を浮かべた。
「僕の魔力を少しだけど…受け取って!」
サシャは、精神世界でトルティヤの焼け焦げた右手を、サシャの意識を通して握りしめた。
魔力の奔流がトルティヤの体に流れ込むのを感じる。
「お主…まったく…余計なことを…また倒れても知らぬからな…」
トルティヤは、軽口を叩きながらも、サシャの申し出を受け入れた。
「ははは…大丈夫だよ…今度は…倒れないから…」
サシャは、精神世界でフラフラとしながらも、トルティヤに微笑みかけた。
温かい魔力が、トルティヤの体内に流れ込む。
「(ありがとうな、小僧。お主のおかげで…ワシは…まだ戦える…)」
トルティヤの中に、サシャから分け与えられた魔力が駆け巡った。
それは、トルティヤの体内に眠っていた更なる力を呼び覚まし、闘志をさらに燃え上がらせた。
「グルルル」
赤角龍は、その巨体を這いずりながら、低く唸り声を上げた。
そして、再びトルティヤに向けて火球を放った。
火球は、先程よりも数は少ないが、さらに激しい勢いでトルティヤに向かって飛んでくる。
その熱量は、周囲の空気を歪ませ、焼け焦げた地面をさらに焦がすほどだった。
「水魔法…」
トルティヤは水魔法で迎撃しようとした。
「電磁波魔法-電磁刃-!」
その時、黄色のマントを羽織った冒険者が、腰に携えたククリ刀を抜き、電磁波を刀に纏わせて火球を切り裂いた。
スパァンという音と共に、火球は両断され、空の彼方へ吹き飛んでいった。
「そらよっ!全力投球だぜ!喰らいやがれ!」
ドワーフ族らしき男、サンファンが、リュウに声をかけた。
そして、リュウを空高く放り投げた。
その豪快な動作に、リュウは僅かに口元を緩め、笑みを浮かべた。
「…はっ!」
そして、リュウは放り投げられた勢いをそのままに、空中で体勢を整え、赤角龍の片翼の付け根部分に突撃した。
「(今、ここで…俺の全てを…こいつにぶつける!)荒覇吐流奥義・蒼月!!!」
リュウは、空中で渾身の力を刀に込め、赤角龍の片翼に鋭い袈裟斬りを炸裂させた。
「ズシャッ!!」
その鋭い一閃は、岩石のように硬いはずの赤角龍の片翼を、まるで紙切れのように斬り裂いた。
「ギャャャャオ!!」
片翼を失った激痛で、赤角龍は断末魔の叫びを上げ、悶え苦しんだ。
その巨体が激しく揺れ、力なく地面に落ちる。
「(小僧…!…やるではないか…!あの赤角龍の翼を斬り裂くとは…!)治癒魔法-六花の朝露-」
トルティヤは、リュウの渾身の一撃に、ニヤリと笑みを浮かべた。
そして、素早く治癒魔法で焼けただれた右腕を回復させる。
「まだまだだよ!!」
その時、アリアが神殿の陰から飛び出し、叫びながら矢を放った。
矢の先には、導火線に火がついた爆弾が巻かれていた。
「ズコーン!!!」
矢は赤角龍の頭部、角の付け根付近に命中し、激しい爆風が辺りを包んだ。
「(ほう。あの小娘も…そんな手を隠し持っておったとは…まったくワシの予想を越えてきおるわい)」
トルティヤは、アリアの予想外の攻撃に、感心したように呟いた。
「グルルル…」
やがて、爆風が晴れると、赤角龍の特徴的な赤い角が1本折れ、深々と焼け焦げた地面に突き刺さっていた。
「お主たちのおかげで…回復が間に合ったわい」
トルティヤは、いつの間にか完治した右腕を掲げ、不敵な笑みを浮かべた。
「(まさか…あの短時間で治癒魔法を本当にやってのけるとはな…凄まじい魔力だ…)」
リュウは、トルティヤの魔法の速度と回復力に驚いていた。
-戦いの前-
『おそらく赤角龍は、そのうち、山頂を吹き飛ばすほどの広範囲の大技を使ってくるはずじゃ。ワシがなんとかするから、その時はお主らは躊躇せず、柱の裏に隠れておれ』
トルティヤが、リュウとアリアに告げた。
『いいのか?トルティヤ、一人で?危険すぎるんじゃ…』
リュウは、トルティヤの言葉に、僅かながらも心配の色を浮かべながら尋ねた。
『ワシを誰だと思っておる?大魔導師のトルティヤ様じゃぞ。お主如き小僧に心配されるほど落ちぶれてはおらぬわい』
トルティヤは、胸を張り、得意げに言った。
『じゃあ、僕達の出番はないってこと?』
アリアは、トルティヤに疑問を投げかけた。
『そうは言っておらんわい。ないとは思うが、ワシが負傷した場合、ワシが治癒魔法を使って回復を試みる。その時に、赤角龍の注意をワシから逸らし、時間を稼いでほしいのじゃ。1分で十分じゃ』
トルティヤは、自信満々な表情で二人に話した。
『負傷しなかったら?その時はどうするんだ?』
リュウが、念のために再度尋ねた。
『その時は全員でタコ殴りじゃ。赤角龍を、一気に叩くのじゃ!』
トルティヤは、ニヤリと笑い、二人にそう告げた。
その言葉に、リュウとアリアは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
-現在-
「(時間を稼げとは言ったが…まさか、片翼を切り裂き、角を折るとはな…ここまでやってくれるとは思わなかった。それに、あの冒険者たちも中々見どころがあるではないか…面白い連中じゃ…)」
トルティヤは、不敵な笑みを浮かべた。
「ガルルルル!!!」
赤角龍は、片翼と角を失い、満身創痍となりながらも、まだ闘志を失っていなかった。
その巨体を這いずり、最後の抵抗と言わんばかりに、残った爪をトルティヤに向けて振り下ろした。
「…闇魔法-穿つ者の剣戟-!」
だが、その爪はトルティヤに届くことはなかった。
赤角龍の腕は、突如として虚空に現れた漆黒の剣によって、根元から切り落とされたのだ。
「ほう…闇魔法使いか…中々の威力じゃな」
トルティヤが、漆黒の剣が飛んできた方向を見ると、紫色のローブを羽織った魔導師が静かに立っていた。
「ズシン…」
赤角龍は、残った腕も失い、バランスを崩し力なく地面に倒れた。
それでも、まだ唸り声を上げ、トルティヤを睨みつけている。
「グァルルル…」
赤角龍の目の前に、再び魔法陣が現れた。
その光は、先程よりもさらに強く輝いていた。
「トルティヤ!またあれが来るぞ!」
サシャは、精神世界で、心配そうにトルティヤに叫んだ。
「安心せい。これで終いじゃ」
トルティヤが、そう宣言すると、トルティヤの頭上に、赤角龍の魔法陣よりも、さらに巨大で、複雑な紋様が刻まれた魔法陣が出現した。
「…無限魔法-白き大嵐-!」
そして、トルティヤの魔法陣から、嵐を纏った白い雷が、地上の赤角龍を直撃した。
激しい閃光と轟音が山頂に響き渡り、周囲の空気が震えた。
雲が割れ、割れ目からは眩い日の光が差し込んだ。
強烈な光と雷が、赤角龍を包み込む。
「グルガァァア!!!」
赤角龍は、その威力に耐えきれず、断末魔の叫び声を上げた。
いくら堅牢な鱗を持っていても、トルティヤの放つ強力な魔法の前には無意味だった。
やがて赤角龍は、黒煙を上げると、ついに地面に倒れ伏し、完全に絶命した。
「…ふう。ワシの勝ちじゃ」
そう言うと、トルティヤは、僅かに息切れをした。
そして、サシャの肩をそっと叩く。
「トルティヤ!」
精神世界でサシャが、トルティヤに駆け寄った。
その瞳には、戦いを終えたトルティヤへの安堵の色が浮かんでいた。
「…さすがに疲れたのぉ」
トルティヤは、そのまま力なく倒れ込む。
「トルティヤ!大丈夫!?」
サシャは、慌てて倒れ込むトルティヤを受け止めた。
「…お主」
トルティヤは、サシャに身を委ね、小さく呟いた。
「ありがとう、トルティヤ。後は任せて。ゆっくり休んでて」
サシャは、トルティヤをそっと腕に抱えながら、床に寝かせた。
「…ふん。一丁前に、介抱などできるようになったか。だが、礼を言うぞ」
トルティヤは、サシャを見上げ、僅かに微笑みかけた。
その表情は、普段の軽薄なものとは異なり、穏やかで、どこか満足そうだった。
「いいよ。そんなガラじゃないだろ?俺たちも助けてもらったし」
サシャは、トルティヤの穏やかな表情を見て、照れ隠しのように笑みを返した。
「ふっ…分かっておるではないか。ワシは少し休む。お主は、皆に礼を言っておけ。あとは任せたぞ」
そう呟くと、トルティヤはそっと目を閉じた。
「…!」
サシャの人格が体に戻ったことで、髪の色と瞳の色が、サシャ自身の色、茶色の髪と黄色の瞳に変わった。
「あ!サシャだ!!」
サシャの体の変化を見たアリアが、安堵した笑顔を見せた。
「サシャ、大丈夫か?」
リュウも、サシャに声をかけた。冒険者たちも、サシャに視線を向けている。
「うん、大丈夫だよ。みんな…ありがとう。助けてくれて」
サシャは、リュウとアリア。
そして、レッドホーンドラゴンと戦ってくれた冒険者一行に、礼を言った。
「なに言ってるんだよ!助けてもらったのはこっちの方さ!まさか、あのドラゴンを倒せるなんてな!俺はパルス。この魔導師がマギノ。で、このいかついのがサンファンだ」
黄色のマントを羽織った冒険者、パルスは、明るく陽気な笑顔で答えた。
そして、他の二人を紹介した。
マギノは紫色のローブを着ており、サンファンは丸い兜を被ったドワーフ族だ。
「感謝…助けてくれて…ありがとう…」
紫色のローブを羽織った魔導師、マギノは、ぎこちない笑顔で呟いた。
その表情は、さっきまでとは異なり少しだけ柔らかかった。
「うむ…感謝するぞ…助けが来るとは思わなんだ…」
ドワーフ族の男、サンファンは、毅然とした態度を崩さず、小さく笑みを浮かべた。
「俺達は…」
サシャ、リュウ、アリアも、自己紹介をした。
そして、サージャス共和国に向かっていることを話した。
「へぇ。サージャス共和国か。俺達もサージャスに向かってるんだよ。まあ、正確にはサージャス公国だけどな。なんでもデカイ仕事があるって聞いてさ」
パルスたちは、サージャス公国に向かっているとのことだった。
彼らの表情には、期待の色が浮かんでいる。
「でかい仕事?どんな仕事なんですか?」
サシャは、パルスに尋ねた。
「あぁ。それがな。よく分からねぇんだ。ただ、公国軍が冒険者や狩人、トレジャーハンターたちを集めて何かやろうとしているらしい。依頼の内容は現場で説明するって書いてあったんだよ」
サンファンが、説明を補足した。顔には、少し困惑の色が見える。
「何かとは?具体的な依頼内容は?」
リュウが、冷静に尋ねた。
「それがな。本当に詳しいことは何も書かれてねぇんだ。ただ、日当が破格だったんで、これはただ事じゃないと思ってな。ほら。これだよこれ」
パルスは、サシャたちに依頼書を見せた。
『冒険者、狩人、トレジャーハンター大歓迎。日当1万ゴールド。サージャス公国で泊まり込みの仕事。詳細は現場にて説明せし』
と書かれていた。
その簡潔すぎる内容に、サシャたちは顔を見合わせ、首を傾げた。
日当1万ゴールドというのは、確かに破格だ。
「へぇ。どんな仕事なんだろ?」
アリアが、不思議そうな顔をした。
「分からない…行ってみるしかない…」
マギノが、静かに呟いた。
彼女の目には、依頼への関心が浮かんでいる。
「ま、そういうわけだ…だから、俺達が行く方向は、君たちとは逆だな」
山頂の奥には、左右二つの道があった。
左には「サージャス公国」と書かれた鉄製の看板が、右には「サージャス共和国」と書かれた鉄製の看板が、それぞれ建てられていた。
「…俺達が行くのは、右の方かな。サージャス共和国だし」
サシャが、静かに呟いた。
地図上の目的地を再確認する。
「あぁ…そうだな。だが、その前に、少し休憩しないか?みんな、疲れているだろうし」
リュウはサシャの言葉に頷き、そう提案した。
赤角龍との戦いで、体も心も疲弊していた。
こうして、サシャたちとパルスたちは、激しい戦いを終えて、しばらく山頂で休憩することにした。
雨はいつの間にか止み、分厚い鉛色の雲が割れ、山頂には、夕焼け空が広がり始め、オレンジ色に染まる光が、レッドホーンドラゴンという巨大な残骸を赤く染めている。
戦いの後の緊張が解け、和やかな雰囲気が流れる。
楽しい時間はいつの間にか過ぎ去り、辺りは夕闇に包まれ、少し暗くなっていた。




