第14章:ヘルガーヴァ
翌朝、サシャ達は村長の家の前にいた。
朝焼けに染まるパギ村は、昨日にも増して美しく、
白壁の家々が柔らかな光を帯びて輝いている。
澄み渡る空には、鳥たちのさえずりが心地よく響き渡り、
清々しい朝の空気が、サシャ達の体を優しく包み込んだ。
「ありがとうございました」
サシャ達は礼を言う。
「いいんだよ。色々な旅の話を聞けて俺も楽しかった。また、近寄った時は顔を出してくれ」
村長のネズは笑みを見せる。
「そうよ。アリアの友達ならいつでも歓迎よ」
ネズの妻であるマヨも呟く。
「本当にいたれりつくせりで…感謝する」
リュウは頭を下げる。
「プギ村は村の入口から南東にひたすら進むとあるぞ。木製の風車が目印だからすぐに分かるはずだ。それと、プギ村の村長さんは良い人だから話せばすぐに分かると思うよ」
村長がプギ村への道を教えてくれた。
「なにからなにまで…ありがとうございます」
サシャは礼を言う。
「じゃあ、私達はそろそろ!また来るね!」
サシャ達は村長の家を発つ。
「気をつけてね」
マヨとネズが手を振る。
そして、サシャ達は白い石畳の道を下っていき町の中央、入り口に到着する。
「さて、ここから南東だな」
サシャが指差した方向には道が続いていた。
「そうだね!距離的に多分昼過ぎには着くんじゃないかな?」
アリアが腕を組みながら話す。
「昼過ぎか…結構距離があるな…」
リュウがしかめた表情をする。
「ま、仕方ないさ。歩いていこう」
こうしてサシャ達は南東へ向かった。
やがて森の中へと入った。
「風が心地がいいのぉ」
トルティヤは気持ちよさそうにしている。
森の中は木漏れ日が優しくサシャ達を照らし、
時折吹く風が、汗ばんだ肌を心地よく撫でる。
木々の葉がざわめき、鳥たちのさえずりが耳を楽しませてくれる。
森はどこまでも広がり、その緑色が、目に優しい。
サシャ達は雑談をしながら道を進む。
アリアは常にテンションが高く、サシャとリュウは静かに聞いていた。
そんな中、小型のウサギみたいなモンスターが道を横断していた。
「うわぁ!かわいいーっ!」
アリアはウサギみたいなモンスターに目を輝かせていた。
「あれはなんなの?」
サシャはアリアに尋ねる。
「あれは、ハーゼって言うんだ!大きさは子犬ほどで、色は雪のように真っ白。赤い目が宝石みたいにキラキラしてるんだ。動きはほんとに素早くて、普段は森の奥に隠れているんだけど、たまーに、こうやって道を通り抜けていくことがあるんだよ!」
「へぇ。確かに可愛いかも」
サシャはアリアの話を聞く。
「でしょ!小型で草食だから、人間に危害を加えることはないけど、警戒心が強いから、なかなか人前には姿を見せないんだ。見れてラッキーだよ!」
アリアは興奮気味に話す。
「ふむ…昔、よく捕まえて食べてたのぉ」
トルティヤがボソリと呟く。
「え!?食べられるの!?」
サシャが驚いた顔をする。
「ふぅーん、詳しいんだな」
リュウは興味がないといった顔で答える。
「なによ。興味なさそうな顔しちゃって。ま、リュウにはあの可愛さが分からないんだねぇ」
やれやれといった表情をするアリア。
すると、目の前に案内板があった。
『プギ村まで、この先、歩いて30分』
「もう少しだ!」
サシャ達はプギ村を目指し道を進んだ。
だが、道の周りを囲う木々が徐々に深くなっていく。
「こんなところに村があるのか?」
サシャはそんな不安を僅かながら抱えていた。
しかし、その懸念はすぐに晴れることとなった。
「あれだ!!」
しばらく歩くと、森の中に風車が見えた。
「こんな森の中に村とは…」
リュウは、その様子に驚いていた。
「木々に囲まれた、隠れ里のような村だな」
サシャは、鬱蒼とした森の中に現れたプギ村の様子を見て、そう思った。
「こんな村があったなんて」
アリアは村の風景に息を呑む。
村に入ると、巨大な風車が風を受けてゆっくりと回っていた。
プギ村は木々で作られた素朴な建物が立ち並ぶ、のどかな雰囲気の村だった。
空気はひんやりとしており、土と木の匂いが混ざり合って、どこか懐かしいような感覚を覚える。
そして、街の真ん中にある小さな店の店先には、
特産品と思われる色とりどりの果物が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「して、村長に会えばいいんだな?」
サシャは依頼書を開き確認する。
「あぁ。間違いないな」
リュウも一緒に確認する。
「さすがに私もここでの依頼を受けるのは初めてだな」
アリアが呟く。
だが、同じような家ばかりで村長の家がどこか分からない。
すると、村人が目の前を通りかかったのでサシャは村人に尋ねた。
「すみません!村長に用があるんですが、村長の家ってどこですか?」
「あぁ、村長の家ならあそこじゃよ」
壮年の村人が宿屋の隣にある一軒の家を指差す。
「ただ、村長は今の時間は果樹園に行ってるかもしれんの。もし、いなかったらそこをあたってみるといい。村の北側の奥にあるよ」
どうやら村の北側に果樹園があるらしい。
「ありがとうございます」
サシャ達は礼を言うと、村人はとぼとぼと去っていった。
「さて、じゃあまずは村長の家に行ってみようか」
サシャ達は教えられた村長の家へ向かった。
そして、ドアの前に立つ。
「すみません!村長さんいらっしゃいますか?」
ドアをノックしてみるが反応がない。
「ふむ…これは果樹園に行っているということだな」
リュウが先程の村人の言葉を思い出す。
「仕方ない。果樹園まで行こうか」
サシャ達が果樹園に向かおうとした時、なにやら村人達が騒いでいる。
「果樹園にヘルガーヴァが現れたぞ!!」
村の男たちは槍や弓を持って走っていた。
「なんだって!?」
「すぐに行こう!」
サシャ達は急ぎ村の北側にある果樹園に走った。
そして、果樹園についたとき、
サシャ達は衝撃の光景を目の当たりにしていた。
「キェェェェ!!!」
そこでは1体のヘルガーヴァが暴れていた。
ヘルガーヴァは熟れた果物を貪り食い、鋭い鉤爪を振り回して近づこうとする村人たちを威嚇し、つんざく咆哮で怯ませていた。
その鉤爪は、風を切るたびに鋭い音を立て、地面を抉っていた。
「ふむ…普通の個体より大きめかのぉ。それに、なんだか焦っているようにも見えるのぉ」
トルティヤがヘルガーヴァの様子を見て呟く。
ヘルガーヴァの体長は3mほどで、全身が青白い羽毛で覆われていた。
顔はどこか愛嬌のあるものだったが、緑色の目が不気味に光っていた。
その目は獲物を定めるように、鋭く光を放っていた。
「くっ!…」
「やはり俺達の手には負えない」
「おおっと…あぶねぇ!」
村人達は、ヘルガーヴァが繰り出す素早く鋭い鉤爪攻撃に、為す術もなく後退するばかりだった。
「サシャ、リュウ!ヘルガーヴァを引きつけて!」
アリアはサシャとリュウにそう言うと弓を展開する。
「(どれどれ、お手並み拝見じゃ。しかし、あの焦燥感…一体何があったというのじゃ?)」
トルティヤは精神世界からサシャ達の様子を見ている。
「まかせろ」
リュウは素早くヘルガーヴァの近くへ移動する。
「うん!わかった!」
サシャもヘルガーヴァを引きつけるべく前に出る。
「キェェェェェ!!!」
ヘルガーヴァはサシャとリュウに気が付くと、怒りに満ちた緑色の目で二人を睨みつけた。
そして、鋭い鉤爪を振りかざし、リュウに向かって突進してきた。
その鉤爪は、狙いを定め、一直線にリュウの体を捉えようとする。
「…しゆっ」
リュウは紙一重で鉤爪を回避する。風を切る音が耳元で響いた。
「くらえ!!」
サシャはヘルガーヴァのガラ空きになった胴体に双剣を叩き込む。
「ザシュッ!」
鈍い音が、果樹園に響き渡る。
「ギュェェェ!!」
ヘルガーヴァが悲鳴のような咆哮を上げる。
逆上したヘルガーヴァは、鉤爪を大きく振り回し、サシャを吹き飛ばそうとした。
その動きは見た目の割に素早く、予測が難しものだった。
「うわっ!」
サシャは咄嗟に双剣でヘルガーヴァの攻撃を受け止める。
「(結構…パワーがあるんだな)」
受け止めはしたが反動で吹き飛ばされてしまった。
受け身を取るが衝撃で腕が痺れる。
「(今!)」
アリアは狙いを定め矢を放つ。
矢が空を切る。
「ドシャッ!」
矢はヘルガーヴァの右目に吸い込まれるように命中した。
「ギュェェェ!!!」
ヘルガーヴァは激痛に、狂い暴れる。
「今のうちに仕留めるぞ!」
サシャとリュウは、好機を逃すまいと
ヘルガーヴァに近づく。
「ギェェェェ!」
しかし、ヘルガーヴァは倒れなかった。
苦痛に耐えながら翼を広げ、ふらつきながらも空へと飛び去ってしまった。
「逃してしまったか…」
サシャとリュウは、小さくなっていくヘルガーヴァの姿を見つめていた。
「ありゃりゃ…風で狙いがずれちゃったかぁ」
アリアは頭を狙ったようだったが、風で矢が少しずれてしまったらしく、悔しそうに呟いた。
「(逃がすとは情けないのぉ。ワシならあんな奴、イチコロじゃ。…それにしても、あのヘルガーヴァの様子…やはり何かあったに違いないのぉ…)」
トルティヤが内心で呟く。
すると、サシャ達の前に小柄の男性が現れた。
「これはこれは…助けてくださりありがとうございます」
男性は深々と礼をする。
「いえいえ。ちょうどヘルガーヴァの討伐依頼があったので、この村へ来たところなんです」
サシャはそのことを男性に告げる。
「おぉ!ということはハギスの宿屋にワシが依頼した依頼を受けたということだな。感謝、感謝。」
男性は笑顔を見せる。
「ということはアナタが村長ですか?」
リュウは尋ねる。
「いかにも。ようこそプギ村においでなさった」
小柄の男性は村長であった。
「まずは家へ。そこで話を伺いましょう」
サシャ達は村長に促され、村長宅へ向かった。
「助けていただき、本当に感謝しておる」
サシャ達は村長宅の応接室に通された。
「まずは、一服でも。旅の疲れもあるでしょう」
村長はにこやかな表情でサシャ達に茶を勧める。
「ありがとうございます」
サシャ達は礼を言い、用意された椅子に腰を下ろした。
「さて、先程は、本当に助かりました」
村長は深々と頭を下げた。
「いえ、お気になさらず」
サシャはにこやかに答える。
「それにしても、ヘルガーヴァは本当に手強い生物ですね。油断も隙もありませんでした」
リュウがヘルガーヴァとの戦闘を振り返った。
「ええ、ヘルガーヴァは本来、もっとおとなしい生物のはずなのですが…」
村長は困ったような表情を浮かべた。
「1ヶ月ほど前から、この辺りにヘルガーヴァが現れるようになりまして。
しかも、以前より凶暴化しているのです」
「1ヶ月前から、ですか…」
サシャは村長の言葉に眉をひそめる。
「はい。最初は少しだけ果物を食べて去っていったのが、最近では頻繁に現れて果物を食べ荒らしていて…。村人たちも困っているのです」
村長は困った顔で呟いた。
「何か、原因は考えられますか?」
アリアが村長に尋ねる。
「それが、さっぱり見当もつかないのです。ヘルガーヴァが凶暴化した原因を探るべく、色々と調べてはみましたが…」
村長は頭を抱えた。
「それで、ハギスの宿屋に依頼を出されたのですね」
サシャは依頼の内容を確認する。
「えぇ…村人だけでは、とてもヘルガーヴァに対処できません。そこで、冒険者や狩人の皆様にお力をお借りしたいと思いまして」
村長は切々と訴えた。
「あ、そういえば。 手がかりになるか分かりませんが、最近、謎の地震が頻発しています」
村長は思い出したかのように話す。
「地震?」
サシャ達は驚いた顔で呟く。
「ええ。小さい地響きのようなものですが、森の方から聞こえてくるのです。もしかしたら、ヘルガーヴァと関係があるのかなと…」
村長は首をかしげながら呟いた。
「…分かりました。話してくださり、ありがとうございます。私達は、このままヘルガーヴァを追跡させていただきます」
サシャは村長に力強く答えた。
「ありがとうございます。本当に助かります!」
村長は心から感謝した。
サシャ達はヘルガーヴァが飛び去った方向へと向かうことにした。
「さてと…ヘルガーヴァが飛んでいったのは確か…」
村長宅を後にしたサシャ達は、村の入り口まで戻ってきた。
「ヘルガーヴァが飛んでいったのは、あっちの方向だったよ!」
アリアは村の東側にある森を指差した。
「行こう!」
サシャ達は村の東側にある森へ入る。
森は、鬱蒼とした木々が生い茂り、昼にも関わらず暗い。
足を踏み入れると、じめじめとした湿気が肌にまとわりつき、
腐葉土と土の混じった独特の匂いが鼻を突く。
木々の間からは、時折、奇妙な鳴き声や獣の唸り声が聞こえ、サシャ達の警戒心を高めた。
そして、遠くで、重いものが地面を揺らすような、かすかな振動も感じられた。
サシャ達は互いに声を掛け合い、周囲を警戒しながら、慎重に森の奥へと進んでいく。
「しかし、この森はかなり草木が生い茂っているな。ヘルガーヴァの足跡を見つけるのも一苦労かもしれない」
リュウは周囲を見渡しながら言った。
「そうだ!手分けして探そう!」
アリアはサシャとリュウに提案する。
サシャ達は互いに頷き合う。
そして、しばらくの時間経った。
「何か手がかりはあったかい?」
サシャはリュウに尋ねる。
「いや、まだ何も見つからない。ヘルガーヴァの奴、どこへ行ったんだ?」
リュウは少し苛立ちを隠せない様子だった。
「まぁまぁ、慌てないの。きっと何か手がかりがあるはずだよ!」
アリアはリュウをなだめる。
「おい!サシャ!あれを見るのじゃ」
その時、トルティヤが地面に赤い染みが付いているのを見つけた。
「あっ!これを見て!」
サシャは二人を呼ぶ。
「これは…血痕か?」
リュウが地面の染みを確認する。
「ああ。もしかしたらヘルガーヴァのものかも?」
サシャはヘルガーヴァのものだと予想した。
「見た感じ、血痕は森の奥へと続いているようだね。よし!追ってみよう!」
アリアは血痕を辿って進むことを提案する。
「うん!」
サシャ達は血痕を目印に、更に森の奥へと進んでいった。
血痕は所々で途切れていたが、注意深く探しながら進むと、再び血痕を見つけることができた。
やがて、サシャ達は少し開けた場所に出た。
そこには、ヘルガーヴァが茶色いクルミのような木の実を、慌てた様子で捕食している姿があった。
その目は周囲を警戒するように、絶えずキョロキョロと動いており、何かから逃げているようにも見えた。
「いた!ヘルガーヴァだ!」
物陰からサシャ達は様子を伺う。
「奴は木の実を食べているようだ。仕留めるなら今のうちだと思うが…」
リュウは背中の刀を抜く。
「任せて。この距離なら…外さない…」
アリアは弓を構え慎重に狙いを定める。
しかし、その時だった。
「ゴゴゴゴゴ…」
森の中に、今まで感じたことのないような重く低い轟音が響き渡った。
「なんだ!?」
サシャ達は驚きを隠せない。
次の瞬間、周囲の木々が激しく揺れ始め、次々と倒れていく。
「!!」
サシャの目の前に、太い幹の木が倒れてくる。
「うわぁ!」
サシャは倒れてくる木を間一髪で回避する。
「なんじゃ!」
トルティヤも何がなんだか分からずにいる。
「なんなんだ…これは!?」
リュウやアリアも倒木を避けながら身を低くした。
まるで巨大な何かが暴れているかのように、地面が大きく揺れていた。
「ギュェェェェ!!!」
その瞬間、ヘルガーヴァの今まで聞いたどの咆哮よりも悲痛な断末魔が聞こえた。
「ヘルガーヴァの鳴き声?」
そして、しばらくすると激しい地響きは止んだ。
しかし、まだ微かに低い唸りのような音が聞こえてくる。
「一体何だったんだ…」
地面に伏していたサシャ達が起き上がる。
だが、目にしたのは衝撃の光景だった。
「なんだよ…これ」
サシャが周囲を見渡す。
森はまるで巨大な爪で引っ掻き回されたかのように荒れ果てていた。
木々は根元からなぎ倒され、地面の一部は巨大な何かに抉られたように深く陥没していた。
「ねぇ!あれ!」
アリアは、先程ヘルガーヴァがいた場所を震える指で指差した。
そこには、体長30mはあろうかという巨大な蛇型のモンスターが、
ヘルガーヴァの体を締め付けていた。
蛇型のモンスターは、陽の光を浴びて鈍く光る黄緑色の鱗をもち、
尻尾には剣のような巨大な鱗が連なり、鋭い牙が覗く大きく裂けた口と、赤く長い舌が特徴的だった。
それは、まるで全てを飲み込まんといった、底知れぬ威圧感を醸し出していた。
そして、モンスターはヘルガーヴァを締め上げると、頭から一気に丸呑みしてしまった。
その様子は、まるで小さな獲物を容易く飲み込むかのようだった。
「…冗談…だよな?」
サシャ達はその光景に言葉を失い、ただただ立ち尽くしていた。