第12章:新たなる依頼
「ふぅ…お腹いっぱいじゃ」
トルティヤは結局、豚そばを8杯も平らげ、満足そうに大きく息を吐いた。
「いや…食べ過ぎだよ。僕の鶏そばが入る胃袋がないよ」
サシャは、満腹そうなトルティヤの様子を見て、呆れたように呟いた。
「そんなこと知らん。じゃ、ワシは少し休むから後は任せたぞ」
トルティヤはそう言うと、サシャの肩を叩き、サシャと人格を交代した。
「…まったく勝手なんだから」
サシャの瞳の色と髪色が、元の落ち着いた色合いに戻る。
「お。戻ってきたか」
アイアンホースは、ビールを飲み干すとグラスをテーブルに置いた。
「はい…今回は本当にありがとうございました。改めてお礼を言わせてください」
サシャは、立ち上がり、深々とアイアンホースに頭を下げた。
「水臭いな。元々は俺がお前らに協力を求めたんだ。だから、いいってことだ」
アイアンホースは、いつもの豪快な笑顔を見せた。
「…して、残りはどう稼ぐ?」
リュウが、今後のことを考えて、サシャに問いかけた。
「4万ゴールドだもんね…一発大きい依頼を受けるか、小さい仕事をコツコツとやっていくか」
サシャが思案していると、レストランの窓からカタカタと音を立てながら、ブリキ製の梟が飛んできた。
その機械仕掛けの梟は、正確にアイアンホースの肩に止まった。
「お。本部からの伝令か」
アイアンホースは、慣れた手つきで梟の背中に収納されていた小さな手紙を受け取った。
梟は役目を終えたかのように、再びカタカタと音を立てながら窓から飛び去っていった。
「本部?」
サシャは、以前トルティヤからアイアンホースが、
フラッカーズという有名な傭兵部隊に所属している可能性があることを聞いていたため、興味本位で尋ねてみた。
「あぁ。俺が所属しているギルドからだ。なんでも次の依頼だそうだ」
アイアンホースは手紙の内容に目を通し、満足そうに頷いた。
そして、顔を上げ、サシャとリュウをじっと見つめ、口を開いた。
「なぁ、お前ら。うちのギルドに入らないか?お前らの腕前なら一攫千金待ったなしだぜ!」
アイアンホースは、真剣な眼差しでサシャとリュウに勧誘した。
しかし、サシャとリュウの心は既に決まっていた。
「せっかくですが、俺は魔具を集めて旅をしているので…」
サシャは、申し訳なさそうな表情で断った。
「俺は仇を追わなきゃならないんです。すみませんが…」
リュウもまた、丁重に申し出を断った。
「そうかぁ…そりゃ残念だ。ま、目的があるなら仕方ねぇか」
アイアンホースは、少し寂しそうな顔をした。
そして、すぐにいつもの調子を取り戻し、席を立った。
「さて、俺はそろそろ行くとするぜ。次はワンダムで豪商の警護があるからな。少し長旅だ」
その顔には、新たな仕事への期待感が滲み出ていた。
「あ、そうだ。お前らにこれを渡しておくぜ。困った時はこのカードを大陸内にある宿屋の店主に見せるといい。多分、話が通じるはずだ」
アイアンホースは、古びた羊皮紙でできた小さなカードを二人に手渡した。
「これは…?」
サシャがカードを見ると、そこには力強い文字で『フラッカーズ プラチナ優先指名券』と書かれていた。
「アイアンホースさん…あなたはフラッカーズの傭兵だったのか?」
カードを見たリュウが、驚いた声を上げた。
「あれ?言ってなかったか?」
アイアンホースは、本当に不思議そうな顔をしながら呟いた。
「今知りましたよ…どうりで強いわけだ」
リュウは、アイアンホースの桁違いの強さに、ようやく納得がいった。
「なぁに…ガキの頃から戦場の真っ只中だったからな」
アイアンホースは、遠い目をしながら、どこか陰のある口調で呟いた。
「さてと…じゃあ坊主達、元気でな!ちゃんと飯食って強くなれよ!」
アイアンホースは、そのままレストランの出口に向かって歩き出した。
「アイアンホースさん…お元気で!」
サシャは、アイアンホースの背中に向かって声をかけた。
アイアンホースは、振り返らずに手を振ると、そのままレストランを出て行った。
「さて…俺達は依頼を探すか」
リュウは、レストランの壁に設置された大きな依頼板を見つめた。
依頼自体はたくさん貼られていた。
「迷子の犬の捜索。報酬は銀貨5枚。飼い主は泣いているので、早めの捜索をお願いします」
「帝国貴族の剣術の稽古相手。日当は金貨1枚。腕に自信のある者求む」
「赤ん坊の子守り。日当は銀貨1枚。子守唄が得意な人歓迎」
「ガイエンまで美術品を運搬する手伝い。報酬は銀貨5枚と金貨1枚。丁寧な扱いができる者限定」
そして、その中に一枚、ひときわ目を引く依頼があった。
「王剣龍の鱗の入手。報酬は金貨25枚。腕に自信がある狩人や冒険者求む」
しかし、サシャとリュウにとって、今の自分たちの実力では、高額な報酬に見合うような依頼は見当たらなかった。
「んー…どれもピンとこないな」
サシャは、腕を組み、依頼板を前にして悩んでいた。
簡単な依頼はすぐにできそうだが、報酬が安すぎる。
逆に、報酬が高い依頼は、明らかに難易度が高そうだ。
当たり前といえばそうなのだが、どれも今一つ、二人の心に響くものがなかった。
「おい、これなんかどうだ?」
リュウが、一枚の依頼書を指さした。
「なになに?…『プギ村を荒らすヘルガーヴァの討伐。報酬は金貨9枚。ただし、死体は村に引き渡すこと。プギ村は、ヘルガーヴァによって農作物を食い荒らされて困っている。迅速な討伐を求む』と…」
サシャは、リュウが指さした依頼書の内容を読み上げた。
どうやら、依頼内容はヘルガーヴァという生物の討伐らしい。
「なぁリュウ?ヘルガーヴァってなんなんだ?」
サシャは、首を傾げながらリュウに尋ねた。
「いや、俺も聞いたことがないな…」
リュウもまた、首を横に振り、知らないといった表情を見せた。
「ねぇ。トルティヤ、ヘルガーヴァって…」
サシャが、精神世界にいるトルティヤに尋ねようとした。しかし…
「すやすや…」
トルティヤは、満腹になったのか、穏やかな寝息を立てて昼寝を始めていた。
「…」
サシャは、声をかけるのをやめた。
気持ちよさそうに眠っているトルティヤを無理矢理起こすのは、後々面倒なことになるだろうと判断したためだ。
「うーん。こればかりは…モンスター次第だな」
サシャは、顎に手を当てて悩んでいた。
小型のモンスター程度なら、自分たちでもなんとか対処できるだろう。
だが、相手が大型のモンスターだった場合、ある程度の情報や、専門的な知識も必要となる。
どうしようかと迷っていた時、一人の少女が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「ねぇ君たち、ヘルガーヴァについて知りたいの?」
頭に獣の耳がついたフードを被り、オレンジ色の毛皮のポンチョを羽織った少女が、サシャたちのテーブルに近づき、話しかけてきた。
彼女のフードの隙間からは、鮮やかな緑色のショートヘアが覗いている。
腰には、その華奢な体には不釣り合いなほど巨大な弓が携えられていた。
「そうだけど…って君は確か!?」
サシャは、その特徴的な獣耳のフードに見覚えがあった。
この少女は、ハギスに向かう途中の街道で、巨大なイノシシを鮮やかに討伐していた少女だったのだ。
「あ!あなた達はあの時の…!」
少女も、サシャたちの顔をよく見ると、すぐに思い出したようだった。
「いやぁ、その節は世話になったね」
サシャは、にこやかに笑みを浮かべ、少女に挨拶した。
「いやいや。こんなところで再会するなんて…なんだか、面白い巡りあわせだね!」
少女は、空いている椅子を見つけると、遠慮なく腰を下ろした。
「して、君はヘルガーヴァについて何か知っているのか?」
リュウが、興味津々といった様子で少女に尋ねた。
「もちろん!このアリア・ダルサラームをナメてもらっちゃ困るよ!」
アリアと名乗った少女は、自信に満ちた表情で胸を張った。
「ダルサラーム?ってもしや?」
リュウは、その聞き慣れない名前に、どこか覚えがあるような気がして、アリアに問いかけた。
「そう、君が想像している通り。僕はダルサラーム一族の誇り高き狩人なのさ!」
アリアは、少し得意げな表情で呟いた。
ダルサラーム一族は、大陸内を放浪する狩猟民族であり、その卓越した狩りの腕前は、冒険者や狩人の間では広く知られていた。
その実力から、時には貴族や王族から直接、特別な依頼が舞い込むこともあるそうだ。
「それが、どうして一人で冒険なんか?」
サシャは、アリアが一人でいる理由が気になり、尋ねた。
「よくぞ聞いてくれた…!ダルサラーム一族には儀式があってね…15歳になったら一人で大陸内を冒険し、様々な魔物を狩ることで、一人前の狩人としての素養を身につける。というものなんだ。で、僕は今、その大切な儀式の真っ最中なのさ!」
アリアは、目を輝かせながら説明した。
彼女の声には、一族の伝統に対する誇りが感じられた。
「僕は15歳でキャラバンを出て、トリア帝国内をあちこち放浪して、様々なモンスターの討伐依頼を受けてきたんだ。ドルネ鹿やバウバウとかを狩ったかな。この間、狩ったボンバーボアも、近くの村からの依頼だったんだよ!」
アリアは、これまでの自身の冒険について、楽しそうに語った。
「ま、それは置いておいて…ヘルガーヴァについてだよね?ね?ね?ねっ!?」
アリアは、急に前のめりになり、目をキラキラと輝かせながらサシャたちに詰め寄った。
彼女の好奇心旺盛な一面が垣間見えた。
「そ、そうだけど…」
サシャは、アリアの勢いに少し押され気味になりながら、答えた。
「では、教えてあげましょう。ヘルガーヴァとは、大陸内の温暖な気候に住む鳥型の中型モンスターの一種です。主食は果物や木の実で、基本的に草原や森の中に生息します…」
アリアは、まるで図鑑を読むかのように、冷静な口調でヘルガーヴァについて解説を始めた。
どうやら、鳥の姿をした中くらいの大きさのモンスターらしい。
「なんか急にキャラが変わったな…」
サシャは、アリアの豹変ぶりに、思わず小さく呟いた。
しかし、アリアは全く気にする様子もなく、話を続けた。
「で・す・が!たまに、麓に降りてきて、畑の農作物を食べ荒らすことがあるんです。なので、こうして討伐依頼が来ることがあるんです!」
アリアは、まるで研究者のように、ヘルガーヴァの生態について詳しく説明した。
「なるほど…それで依頼が」
サシャは、アリアの説明を聞いて、依頼が出された理由に納得した。
「ちなみに、そいつは強いのか?」
リュウは、一番気になる点について、アリアに尋ねた。
「んー、君達の実力が分からないから、なんとも言えないけど、比較的狩りやすい部類だと思うよ!動きもそんなに早くもなく、知能もそれほど高くないし!ただ、鉤爪は非常に鋭いから、それにだけは気をつけなきゃかな!」
どうやら、ヘルガーヴァは鋭い鉤爪を持っているらしい。
アリアは、念を押すようにそう言った。
「それなら…うん!依頼を受けよう!」
サシャは、アリアの話を聞き終えると、すぐに依頼を受ける決意を固めた。
「ちょっと!ちょっと!待ってよ!」
アリアは、サシャの言葉に慌てて手を挙げ、制止した。
「この依頼は、僕がやろうとしてたんだよ!横取りするのはいただけないよ!」
アリアは、少しむっとした表情でサシャに文句を言った。
「いやぁ、そう言っても俺達も、さっきからこの依頼に目星をつけていたし…」
せっかくのチャンスを、みすみす棒に振りたくはない。
サシャは、どうするか少し悩んだ。そして…
「そうだ!じゃあ一緒に狩ろうよ!報酬は山分け!どう?」
サシャは、にっこりと笑いながらアリアに提案した。
「んー…どうしよっかな」
アリアも、腕を組み、少し考えていた。
「いい案だと思う。三人なら早く討伐できるかもしれないし、何より互いにカバーができる。それに、『迅速な駆除を求む』って書いてあるし、悪い話じゃないと思うけどな?」
リュウが、冷静な判断でアリアに助け舟を出した。
「…んー…わかった。じゃあ、報酬は三人で折半ね。それならいいよ」
アリアは、少し不承不承といった表情を見せた。
「ありがとう!…俺はサシャ。魔具を集めているんだ」
サシャは、アリアに改めて自己紹介をした。
「俺はリュウ。ま、色々と訳があって諸国を放浪している」
リュウも、簡潔に自己紹介を済ませた。
「サシャとリュウだね。よろしくね!僕のことはアリアでいいよ!」
アリアは、二人に笑顔を見せ、握手を交わした。
その手は、見た目によらず力強かった。
「さて。じゃあ依頼を受けようか」
サシャは、依頼板からヘルガーヴァ討伐の依頼が書かれた紙を剥がし、レストランのカウンターに向かった。
「この依頼を三人で受けたいのですが」
サシャは、宿屋の店主に依頼書を見せながら話しかけた。
「はいよ。ちなみにプギ村の場所は知っているのかい?」
店主は、依頼書を受け取りながらサシャに尋ねた。
「場所は…」
正直なところ、サシャはプギ村の正確な位置を知らなかった。
しかし、そこでアリアが自信ありげに前に出た。
「大丈夫です!この辺ですよね?」
アリアは、いつの間にか取り出した詳細な地図をカウンターに広げ、プギ村の位置を指で示した。
「そうそう。そこで合ってるよ。では、この依頼書を持ってプギ村の村長のところへ行ってくれ」
そう言うと、店主は依頼書にスタンプを押し、サシャに手渡した。
「わかりました」
サシャは、丁寧に依頼書を受け取った。
「プギ村か…少し距離があるけど、行くしかないな」
サシャは、地図に示されたプギ村の位置を確認しながら呟いた。
心が、新たな冒険への期待で高鳴る一方で、ほんの少しの不安も感じていた。
「(ヘルガーヴァってどんなモンスターなんだろう…アリアの話だと、鳥型で鉤爪が鋭いみたいだけど…本当に狩りやすい相手なのかな?それに、アリアとは今日初めて会ったばかりだし、三人で協力して戦うのは初めてだ。上手く連携できるかな?不安だな…)」
サシャは、ヘルガーヴァの強さについて、そして、アリアとの連携がうまくいくかどうかについて、様々な懸念を抱いていた。
「なんじゃ…次はどこへ行くのじゃ」
その時、トルティヤがゆっくりと目を覚ました。
「トルティヤ。実は…」
サシャは、トルティヤにヘルガーヴァ討伐の依頼を受けたこと、
そして、アリアという狩人と一緒に依頼にあたることを説明した。
最後に、少しだけ不安を感じていることも正直に打ち明けた。
「なんじゃ…ヘルガーヴァか…ま、お主の曲芸でもなんとかなる相手じゃろうが。今回はワシの出る幕はないのぉ」
トルティヤは、欠伸をしながら、どこか他人事のように静かに呟いた。
「それなら、安心した。ほんじゃトルティヤ様はゆっくりしててくださいよっと。俺達でなんとかするから」
サシャは、精神世界にいるトルティヤにそう告げた。
「さて、プギ村に行くとするか」
サシャは、リュウとアリアに声をかけた。
「ふむ…」
リュウは、静かに頷いた。
「ま、このアリアにどーんと任せなさい!」
アリアは、自信満々の笑顔でそう言った。
こうして、アリアと共に、サシャ達はプギ村を目指して宿屋を後にした。