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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る
22/39

 翌朝。身支度を整えて、四人は再び山に入った。

 昨夜ニコロから聞いたところによると、ニコロ自身はあの入口を何の問題もなく潜ることができ、並行世界の山に入れるという。旅の途中、この山の近くを通った時、山全体から怪しげな気配を感じて、登ってみると巨大動物、そしてあの入口が見つかり、調べていたとのこと。

 ミレイアは、入口に手が届く場所まで来てようやく、僅かな違和感を抱いたという程度だった。それを、山の外から感じ取って、しかも難なく潜れるとは。

 それも、エルフだからと考えれば辻褄が合う。もともとあれはエルフたちの結界のようなもので、巨大動物たちの巣である並行世界の山は、いわゆる「エルフの森」なのだろう。

 そうなると、そんなところが麻薬なんかに絡んでいる、というのがよくわからないが……しかしそもそも、麻薬の話はミレイアの推測にすぎない。今はとにかく、調査を進めるべきだ。

 ミレイアがあれこれ考えている間に、四人は昨日の場所に到着した。ミレイアとニコロが頭をぶつけた、その前には巨大兎と巨大犬が出てきた、大木と大木の間の空間。

 相変わらずミレイアの目には何も見えない、ただの虚空だ。だが、

「見て下さい。ほら、こうです」

 ニコロが、「そこ」に腕を突っ込むと、まるで切断されたかのように、腕が途中から消える。だが腕を引くと、また元に戻る。

 この要領で全身を入れると、ニコロはもう一つのこの山に行けるのだ。行き来自由、何の問題もなく帰って来られる。それは既にニコロが何度も試している。

 ミレイアも試してみたが、やはりだめだ。ニコロと並んで腕を突っ込んでみても、ミレイアの腕は消えない。向こうに行かない。

 クラウディオも試してみたが、だめ。リネットが試してみると、

「あら?」

 なんと、腕が消えた。ニコロと同じように。

 そのままもう一本の腕、脚、そして全身……リネットの全身が丸ごと、すっぽりと消えた。

「リ、リネットっ?」

 ミレイアが呼ぶと、リネットはまたすぐ戻ってきた。虚空の門を潜って、あっさりと。

「行けちゃったわね、アタシ。お嬢ちゃん、あっちもここと同じような山よ。というか、多分同じね。地形から生えてる木から、全部。描き写したみたいに」

「並行世界ってのはそういうものらしいからね。ただ、向こうの世界では、この山の外が存在してるとは限らない。この山だけの世界、かもしれないわ。とりあえず、これで判ったのは、リネットとニコロ、そして動物たちは入れるってことね」

「となると、」

 クラウディオが、担いだ槍でトントンと肩を叩きながら考える。

「向こうに行って調査できるのはリネットとニコロだけか」

「クラウ兄、心配はいらないよ」

 ニコロが、ニコロなりに堂々と、薄い胸を張った。

「昨日お風呂で言った通り、僕だってしっかり修行したんだ。ここまでの旅の中で、盗賊とかと戦ったりもした。だから大丈夫だよ」

 ニコロが駆使するのは神通力(かみとおりのちから)と呼ばれ、火や風、土や木などに宿る神様と心を通わせ、その力を借りる術だという。東方から伝来し、ニコロの育った教会で修業されているもので、魔術や法術とよく似たこともできるらしい。

 それでもクラウディオは不安を拭えないのだが、

「安心しなさいって。アタシも一緒なんだから。ね?」

 とリネットが言うので、ひとまず任せることにした。リネットの強さは、クラウディオもよく知っている。それに、昨日まではニコロが一人で向こうの山を調査して、無事だったのだ。ならば、そこにリネットまでつけば、危険はないだろう。

 こうして、ニコロとリネットは二人連れだって、虚空の向こうへと消えた。

 後には、静かな山中に、クラウディオとミレイアが残される。

「行った、な。事務長、俺らはどうする?」

「あの二人が何かに追われて、助けを求めて逃げ出してくるとか、そういうことがいつ起こるか判らない。そして、こちらからは行けない。わたしたちは、ここで待つしかないわね」

「そうだなあ」

 とはいえ、二人が出てくるまでどれぐらいかかるか、全く見当がつかない。それまで、ぼーっと待っているのも退屈だ。

 ミレイアは辺りを見回す。ここにあるものといえば草と木と土と、そして昨日クラウディオとリネットが仕留めた、巨大犬の死骸だけだ。

「……う」

 幸いというか他の獣に食われず、そして暑い季節ではないので腐敗も少なく、ほぼ昨日のままの状態で残っている。それでもやはり、グチャグチャでグロくて臭くて気持ち悪い。

 しかし、何か手がかりが得られるかもしれないし、何しろヒマだ。ミレイアは昨日のリネットのように屈み込んで、死骸をよく見てみることにした。

「どれどれ、っと」

「お、調べるのか事務長?」

 クラウディオが上から覗いてくる。

 グロさと臭さに耐えながら、ミレイアは巨大犬の死骸の、手足や臓物などを見ていった。

「う~ん。昨日リネットが言っていた通り、普通の犬の拡大版、みたいだけど……そもそも、その拡大するってだけで充分に異常なのよね」

「そりゃそうだ」

「動物は出入りできるといっても、これはもう元の動物からはかなり離れた生物になってる。それでも出入りできた。そして、誰にとっても未知の存在であろうリネットも」

「ふむ。敵か味方か不明の、未知の存在でも入れると。つまりこの入口は、敵味方の判別をしているわけではなく、何らかの条件を満たすか満たさないかで区別してる、か? リネットはたまたま、入れる条件を満たしていた。あるいは、入れない条件を持っていなかった」

「でしょうね。言い方を変えると、入れる条件さえ満たせば、敵でも誰でも入れる。その条件が判ればいいんだけど」

 動物たちが不定期に出入りしているとなると、何者かが門番よろしく入口を常時管理して、いちいち開閉しているわけではあるまい。基本的には開けっ放しなのだ。ただ、来た者が条件に合わない場合のみ、磁石の同極のように自動的に弾かれ、入れてもらえないと。

「リネットが入れてわたしたちが入れないことから考えるに、多分「人間はダメ」って設定にはなってるでしょうね。そうなると……」

 ミレイアは、自分の脳内の図書館を駆け巡って、使える資料がないか探してみた。

 魔術の教科書、各国の歴史書、おとぎ話の本、などなど。どこかに何かないか?

「ん? 事務長、誰か来るぞ」

 クラウディオの声で、ミレイアは我に返った。リネットやニコロと四人で登ってきた道をそのまま辿って、誰かが登ってくる。

 男だ。どこかで見たような。

「麓の村にいるかもと思って聞き込んでみたら、山に登りましたよときたもんだ。見事にすれ違いだったな。まあ、見つかったから良しとしよう」

 なんと。ヨルゴスだ。

「お、お前っ?」

 警戒してクラウディオは槍を構える。ヨルゴスは何を考えているのか、クラウディオを全く恐れることなく近づいてきて、辺りの様子を見た。

 地面に転がっている、巨大犬の死骸も見る。

「ほう。お前ら、もしかしてもう多少は知ってるのか? ここにいるってことは、【向こうの山】の存在にも気づき、行く手段を探っているとか?」

 ヨルゴスは余裕のある態度で、クラウディオと、その背後のミレイアに話しかけてくる。

 どう答えるべきかクラウディオが悩んでいると、ミレイアが答えた。

「あなたは、いろいろ知っているみたいね。【向こうの山】で栽培と精製作業をやってる、麻薬取引の親玉から教えられているの?」

「ああ」

「って、随分と気軽に認めるのね。わたしのこの服を見ればわかると思うけど、わたしたちは騎士団の者よ。つまり、今この場であなたは、」

「まあまあ、落ち着けよ。まず、なんで俺がこんなに堂々としてるか、だがな」

 手をヒラヒラさせて、ヨルゴスは笑っている。

「そのデカブツが強ぇのは知ってる。そのことをボスに話したら、スカウトしてみろって言われたんだ。これから、商売が新しい段階に入るからと」

「わたしたちを、仲間に引き入れようっての?」

「そうだ。新しい、有能な仲間を増やしたいんだとよ。で、お前らだ。強ぇ上に騎士団の内通者とくれば、願ってもない。お前らも少しは気づいてるだろうが、こいつはその辺のケチな取引とはワケが違う。大儲けできるぞ? どうだ、いい話だろ」

 いい話、と言われても。クラウディオの強さを身に染みて知っているはずのヨルゴスが、ここまで堂々としているのはやはり不気味だ。いい話を持ってきたから、確実に自分の仲間になる、とでも思っているのか。

 しかし、そう思っているのなら利用しない手はない。ミレイアはクラウディオと目配せして、今度はクラウディオが話に参加した。

「条件次第だな。お前らのこと、麻薬のこと、商売のこと、もっと詳しく教えろ」

 と質問を投げかけてみると、ヨルゴスは相変わらず、余裕たっぷりの態度を崩さない。

「おう、いいとも。そりゃあ、これから手を組むってんなら、相手のことは良く知っておかないとな。当然だ。いいか? よく聞けよ」

 ミレイアとクラウディオは、不審に思いつつもとりあえず話を聞くことにした。


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