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女湯。
設備が豪華というわけではないが、なかなか広い露天風呂に、髪を解いたリネットが浸かってご満悦。ではあるが、その長くしなやかな白い脚を伸ばして「は~、いい湯ねぇ」なんてのんびりしてはいない。鼻息が荒い。
「さぁさぁさぁさぁ、じっくりたっぷりねっとりと、聞かせてもらいましょうかうふふふふ」
「ふあ……リネット、流石に凄い光景ね。おっぱいが湯にぷかぷかと浮かんでいる、それだけで迫力あるわ。なんというかこれ、もう、島?」
リネットと同じく髪を解いたミレイアは、リネットの体の、髪なんかよりももっと特徴的な部位を見て感想を述べている。
「あん、そういうお嬢ちゃんだってなかなかのもの……って、そんなことはどうでもいいのよ。今、それどころじゃないでしょーがっ?」
と言われたミレイアの顔は、山を下りていた時とは違い、あまり嬉しそうではない。
「むしろ、そこから意識を逸らしたいんだけどね。わたしは」
期待が大きかっただけに、今は反動による失望が大きいのである。
男湯。
こちらも広い。広く大きいので、いかにクラウディオが超巨漢とはいえ、それで湯が大量に溢れ出して後の客が迷惑する、というようなことはない。
だから安心して、ゆったりと浸かれる。のだが、クラウディオは浸かってはいるがゆったりしていない。
隣にいる、あまりといえばあまりにもクラウディオと対照的な、吹けば飛んでいってしまいそうな、華奢な小さな少年をジト目で見ている。
「ニコロ。何でお前がこんなところにいるんだ」
「だって……クラウ兄が」
ニコロと呼ばれた、長い金髪の儚げな美少年が、消え入りそうな声で答える。
「僕に何も言わずに、村を出て行ってしまったから……誰に聞いても、行き先は知らないって言うし」
「もともと行き先なんて定めてなかったからな」
と言いながらクラウディオはあさっての方を向くが、ニコロはそんなクラウディオの横顔を見上げて語りかけていく。
「だから僕は、そのクラウ兄を追いかける為に、旅に出たんだ。もちろん出発前に、それまで以上の厳しい修行をして、ちゃんと強くなったよ。クラウ兄の足手まといにならないよう、クラウ兄の役に立って、一緒に旅ができるようにって」
「……」
「だから、お願い。僕、クラウ兄と一緒にいたい。ずっとクラウ兄の側にいたい。その為だったら、どんな辛いことがあったって、耐えてみせるから……」
涙声で訴えてくるニコロに、クラウディオはちらりと視線を送る。小さな肩を震わせ、無垢な瞳から涙を溢れさせ、懸命に懇願しているその様子を見て、逆らえる者などいるだろうか? 自分を含めて、おそらくどこにもいないだろうなと思う。もう既にニコロの、健気さ可憐さ溢れる上目使い泣き顔により、クラウディオの心は鷲掴みにされている。苦しい。
故郷の村でも、幼い頃からずっと思っていた。同年代の女の子も何人かいたのだが、どう見てもニコロが一番可愛かった。笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、声も、ちょっとした仕草も、全部。そんなニコロが、クラウ兄クラウ兄と呼んで、クラウディオの強さを慕ってくれるのだ。そりゃあ、クラウディオだって嬉しかったのだ。
しかし、ニコロと自分が「同性」であることの意味を知ってからは、その問題の重大さに気付いてしまって。かなり真剣に、悩んで苦しんで。
その果てに、クラウディオは旅に出たのである。このままでは自分がどうなるか解らない、というかむしろ、解ってしまっていたから、それが怖くて。
だから、どうあってもここで、ニコロの涙にほだされてしまうわけにはいかない。いかないのだが、そう思って歯を食い縛るクラウディオの、大神殿の柱のような腕に、クラウディオなら指二本で摘まんでへし折れそうな、頼りなげな手がしがみついて、ぎゅっと(弱いなりに)力を込めて、
「クラウ兄……もう、遠くへ行かないで……」
と、悲しげに言われてしまっては。
「うぐぐっ。そ、その、つまり、だな」
さしもの豪傑クラウディオも、抵抗は困難で。
「今の俺は、端くれとはいえ騎士団に所属している身だ。一人で気ままに旅をしているわけではない。だから、事務長に聞いてみないと、何とも言えん」
「事務長さん? さっきの、眼鏡の人だよね。わかった、聞いてみるよ。……でも、じゃあ、クラウ兄としては、僕のこと、そばにいてもいいって思ってくれてるんだね?」
「それは、まあ、うん」
クラウディオが小さく頷くと、
「嬉しい! ありがとう、クラウ兄っ!」
ぱっ、と花の咲いたような笑顔を魅せて、ニコロはクラウディオに抱きついた。
女湯。
「か~っ! こいつぁたまんないわねぇ! ちょいとちょいと、お嬢ちゃん、今の聞いた? 聞いたわよね?」
「そんなに騒いだら、こっちの声だって向こうに聞こえちゃうわよ」
男湯との仕切り板にぴったりと寄り添い、リネットは大はしゃぎしていた。興奮して激しくジタバタ暴れるたびに、大きく重たく且つ弾力充分な胸が揺れ、湯を弾いて辺りにまき散らす。
その隣ではミレイアが、げっそりとした顔で湯に身を沈めていた。げっそりしつつも、男湯への聞き耳立ては怠っていないが。
「生きてて良かった! この世に生まれてきて良かった! おかーさん、ありがとう!」
「……ねえ、リネット。あなたがクラウディオの心の中を覗いて、感動して改心したのって」
「今のお話よ。クラちゃんと、あの坊やとの、許されざる悲恋の物語」
「エルージアから植え付けられた【オトコへの復讐心】が消えて、世界中の女性から集めた失恋怨念が浄化されて、特別性の魔術武器が砕け散って、」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こ、こんなオトコが……いたんだ……それなのにアタシは、アタシは……あぁ……母さんも姉さんも、この人に出会っていたら……この人を知ることができていたら……」
ぽろぽろぽろぽろ、リネットの左右の頬を涙の滴が伝い、落ちていく。
悲しみ、同情、そして感動を、その美貌いっぱいに浮かべて。
「……アタシ、は、間違って、いた……オトコというものを、誤解していた……」
リネットが両膝をついた。眩しいほどに輝く銀髪が、ふわりと揺れる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なんてことになってたのも全部、」
「あの二人の、美しすぎる悲しすぎる運命に感動したからよ。ああ、男の子同士であるという、そんな些細な、しかし大きな隔たりの為に引き裂かれた二人。なんて切ない物語なのっっ」
立ち上がって、舞台女優のようにポーズをキメて熱弁しているリネット。
脱力して、ぶくぶくぶくぶくと湯の中に沈んでいくミレイア。
「って、お嬢ちゃん? 何なのよそのリアクションは」
リネットはミレイアを引っ張り上げた。
「アンタは、何とも思わないの? この悲恋を。その主人公たちを、目の前にして」
「目の前で実演されてしまっているから、困ってるのよ」
「もう、乙女じゃないわねえ。お嬢ちゃんだってお年頃なんだから、もうちょっとこういう、華やかな色恋に目を向けなさい。それでこそ健全な女の子ってものよ。わかった?」
「え。なんでわたしの方が間違ってるみたいな話に」
「あ、向こうはそろそろ出るみたいね。湯上りトークを逃さない為にも、アタシたちも出ましょっか。ほらほら早く」
リネットに急かされ、結局のんびりとはできないまま、ミレイアも湯から出ることになった。




