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事務長の業務日誌  作者: 川口大介
第二章 事務長、劇的な悲恋に出くわす
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 あっと言う間の、だがミレイアにとってはかつてない恐怖と驚愕の詰まった戦いが終わった。

 クラウディオは、刀の血を振って飛ばして鞘に納め、突き立てておいた槍を回収。リネットも爪を元に戻している。二人とも返り血を浴びているが、ケガはない。

「これで一つ、納得がいったわね。と同時に新たな疑問も浮上してきたけど」

 ミレイアは深呼吸をして気持ちを落ち着けて、

「思ってた以上に、巨大動物は高い戦闘能力を有している。ただ大きいというだけでは済まないほどに。こんなのが多数ウロウロしていたら、普通の動物はあっという間に食い尽くされるわ。でも、そうなっていない。なぜか? その理由は、彼らが普段この山にいないからよ」

 広げた手の中指で眼鏡を押し上げ、語りながら自分の考えをまとめていく。

 まず、クラウディオとリネットに、巨大兎と巨大犬の出現時のことを説明した。

「遠方への転移、なんて大がかりな術なら、わたしに察知できないはずがない。多分、この山と同じ座標軸にあるパラレルワールド。俗に言う平行世界。そこが巨大動物たちの巣なのよ」

「ちょっと待て事務長。俗に言う、と言われても俺には何が何だか」

「そうね……例えば、わたしたちのいるこの世界は大陸も海も全部、一階なのよ。で、実は一階と同じ間取りの、二階も三階もあって、ハシゴをかけて行き来する人が稀にいるの。でもそれは、あくまでハシゴの上り下り。ドアを開けて家から出て行くというわけではない。わかった?」

「な、なんとなくだが、一応」

 軽く額に汗を浮かべながら、クラウディオは頷いて見せる。

「ちなみに、アタシはわかるわよ。母さんから教わった知識もあるし、世界中のオンナたちの失恋怨念からも、いろいろ学んでるからね」

 リネットは得意げに、豊満な胸を揺らしながらミレイアの後を受ける。

「問題は、そのハシゴよね。自由に行き来できるなら、巨大動物たちはどんどんこっちに来るはず。こっちの方が、ラクに狩れる獲物がたくさんいるんだから。けど、そうなっていない。ということは、自由に行き来はできない?」

「そう、問題はそこ」

 ミレイアは腕組みして考え込んだ。リネットほど並外れてはいないが、なかなかの量感をもった胸が、柔らかくむにゅりと持ち上がる。

「あの様子からして、獲物である兎を追いかけて犬たちが出てきた、っぽいんだけど。だとしたら巨大動物たちは自由に出られるはず。で、仮に今、わたしたちに出会わなかったら? 兎を食べた後、大人しく帰って、ここには居つかなかったはずよ。いつもそうしてるから、巨大動物たちはたまにしか目撃されてないってわけ。でも、どうして帰るの? 理由は? 方法は?」

 何とか理解できてきたクラウディオが意見を述べる。

「魔術の結界とかだと、出入りの条件があるよな。動物だけは自由に出入りできるようになってるとか。だが帰る理由は……わからんな。獲物の兎を追いかけて来たってことは、犬たちにとっては普段の狩場の範疇のはずで、故郷から離されたことによる帰巣本能、なんてものは関係ない。兎を食ったら、そこにそのまま定住してもいいはず。だが、住み着いていない」

 三人で考えてみるが、わからない。

 リネットはしゃがみ込んで、犬たちの死骸を調べてみた。斬り落とされた四肢やら散らばった臓物やらで酷い有様なので、ミレイアはちょっと正視できない。さっき、頭を爆破した時も、実は吐きそうになるのを懸命に堪えていたのだ。

 リネットと、クラウディオが死骸をじっくりと見ていく。

「見た感じ、よその世界から召喚された正体不明の魔物とか、イカれた奴の手による改造生物、とかではなさそうね。普通の犬が、何らかの原因で大きくなって凶暴化しただけみたい」

「どういうことだ? 何をどうやったらこうなるんだ? 病気か、突然変異か、それとも悪いもんでも食って、何かおかしなことになったのか?」

 その言葉を聞いたミレイアが、ぱちんと手を打った。

「そうか、それよ! つまり……だから……で……うん、うん! となると……」

「? おーい事務長、一人で納得しないでくれ。肉体労働の専門家二人組には何が何だか」

「ちょいとクラちゃん。アタシをそこに入れないでくれる?」

 やがて、しばらく自問自答したミレイアが、目を輝かせて二人に言った。

「巨大動物たちの巣、さっきの例え話で言うところの二階にあるのは、ズバリ麻薬よ! 未知の麻薬! その作用で巨大化凶暴化、そして中毒! 動物たちは自由にあっちとこっちを行き来でき、たまに獲物を追ってこっちに出てくることもあるけど、薬を求めて帰っていく!」

「っておい。それじゃ何か、二階にはヤクの精製工場があって、こっちの動物たちをわざわざ誘拐しては、いちいちヤクを与えているヒマな奴がいるってのか?」

「その可能性もゼロとは言わないけど、さすがに非現実的ね。それじゃ何の儲けにもならないし、何かの実験にしても無駄が多すぎる。おそらく、たまたまあっちに迷い込んだ兎や鹿たちが、あっちにだけ自生してる草の、葉や木の実なんかを食べて中毒になり、そのまま住み着く。同じく迷い込んだ犬たちがその兎を食べて、感染して中毒に、だと思うわ」

「あ、そういうことか。つまり、」

 クラウディオにも解ってきた。

「病みつきになる味がする、且つ大きくて食いでのある特殊な兎や鹿は、あっちにしかいない。だからそれを求めて、犬や熊は帰っていくわけか」

「そう。あっちとこっちの出入り口は、ここ一か所とは限らない。山の中にたくさんあるなら、たまたま迷い込むということも、結構頻繁にあるのかもしれないわ」

「なるほど。どこかの誰かが、そのたくさんの出入り口を数年前に開けたんだな。それがこの事態の発端ってことか」

 そして、あっちに住み着いている動物同士で交尾して、純あっち産の動物も生まれて、あっちはあっちでそれなりに安定すれば、こっちの山の生態系なんかには被害は出ない。

 クラウディオが納得してきたところで、今度はリネットが疑問を出す。

「でもお嬢ちゃん。凶暴化だけならともかく、生物をここまで変異させる麻薬なんてあるの? それも、人の手を加えず自生してる草なんかで」

 ミレイアは淀みなく答えた。

「ないわよ。今のところ、発見も発明もされてない。でも、あなたが判断したんでしょう? 召喚や改造ではないって。それなら、【動物であれば行き来自由な異世界で、群生してる植物を食べて中毒、その効果で変異】は、この山の状況にとって合理的な仮説だと思うわ。一匹一匹丁寧に薬を与えるとか、改造するとかなんていう、非現実的な話よりはね」

 ミレイアは更に、仮説を加えていく。証拠はないが、話が繋がって広がっていく仮説を。

「それにね。思い出して、クラウディオ。リネットと出会う直前のこと」

「直前? っていうと、あの広場でヨルゴスが何かの取引……あ!」

 クラウディオも思い至ったようだ。

「そうか、あれが麻薬の密売とかか?」

「確証はないけどね。もちろん、動物たちのものと、ヨルゴスが売り捌いてるものとが同じってことはないわ」

「そりゃそうだな。麻薬で、人間が巨大化凶暴化するなんて事件が起こったら大変だ。国際的な大事件になって、各国が連合しての大捜査網が敷かれる、なんてことにもなりかねん」

「そう、それは麻薬の販売側としては望ましくないことよね。つまり、あっちにたくさん群生してる草を精製することで、人間用として問題なく売れる新種の麻薬を安くたくさん作り、あちこちの街に向けて広く売り捌いてる奴がいる……と、したら!」

 ミレイアは天を仰いで拳を突き上げた。

「凄い! 変な動物の噂話の調査のはずが、麻薬組織の捜査! 場合によっては、違法薬物広域密売ルートの根絶に繋がる! これを解決したら、わたしたちいきなり大手柄よ!」

 興奮しているミレイアに、リネットがひとこと。

「で、どうやって行くの。その、二階に」

 興奮しているミレイアは、拳を突き上げたポーズのまま答える。

「うん、それ今悩んでる。どうしよう」

「動物たちしか出入りできないとしたら、完全にお手上げよね。でも、流石にこんなことが自然現象で起こるとは考えられないし、出入り口を開いた何者かはいるはず。少なくとも、そいつは出入りできるんだろうから、」

「ええ。何らかの方法はあるはずよね。あるいは特定の場所かもしれない。今判明してるのは、ここだけなわけだけど」

 ミレイアは、巨大な兎と犬が出てきた辺りの空間、二本の大木の間に手を翳してみる。

 だがやはり、何も起こらないし何も見えないし何も感じない。全くただの虚空だ。

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