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自覚と決意

メイ視点です。









「……メイ、大変だわ」


その主人の言葉に、メイはこくりと頷いた。

確かに大変な状況である。

目の前にはずらりと白を基調としたドレスが並んでおり、現在エミリーとメイ、そしてデザイナーと複数人の針子たちがそのドレスを一つ一つ確認しているところだ。

デザイナーとメイの手元には宝石があしらわれた結婚式用のアクセサリーがいくつも用意されており、どのアクセサリーがどのドレスに合うのかの話し合いがなされている。

先程から着せ替え人形と化しているエミリーは、昨日ローザが来てから様子が可笑しい。

ぼーっとしているかと思えばいきなり赤くなり、そうかと思えば今度は真っ青になり。

ローザとのやりとりでショックを受けたのかと心配したメイであったが、どうやらそうでもないようで。


「ローザのこと、初めて叩いてしまったけれど大丈夫だったかしら。よく考えたら、好きな人と結婚できないのはつらいわよね。あんな風に叱らなくても良かったんだわ」


と発言していたことから見ると、叩いたことは申し訳ないと思っているが、ローザに失礼なことを言われたことに関しては特に気にしていない、というより気付いていないようだった。

あの怯えっぷりを見ても尚ローザはユアンが好きと思っているエミリーは流石であるとしか言いようがない。

それではなにが原因かと言えば、その後に二人きりになったユアンに違いない。

そもそも、最近のエミリーの感情の変化は全てユアンに起因するものである。

冒頭の「大変」というのも、単に絵面通り急遽始まったウエディングドレス選びが大変、ということではないのだろう。


「何が大変なのですか?」

「……私、とても…み、みだらだから、ユアン様には相応しくないかもしれないの」


その言葉に、メイは思わず手に持っていたアクセサリーを手放しそうになった。


「……なにがあったか、お話し下さいますか…?」

「ええ……」









  ◇ ◇ 








「――ということなの」


ウエディングドレスの選定をひとまず終えてから、メイはエミリーとユアンの間にあったことを全て聞いた。

とは言っても、なんてことはない、ただ額にキスをされたというだけの話で。

どうしてそれがみだらだとか相応しくないだとかいう話になったのかがいまいち分からない。


「スキンシップをなさったということでしょう?距離が縮まって、良かったじゃないですか」

「そうだけれど、でも、私……おでこではなく、その…唇が良かったなんて、思ってしまって…」

「…ああ、唇にキスして欲しかったのですね」


確かに、唇があと数ミリのところまで迫ったとなれば、額ではなく唇にキスされるのだと思って当然だ。

何故そこで額へと移ったのか、理由は大体想像がつくが、あまりのヘタレさについ溜め息が出てしまいそうである。


「まだ結婚式も終えていないのに、キスしたいなんて、その…欲張りじゃないかしら…」

「……エミリー様の男性経験のなさは存じ上げておりましたが、これほどまでとは…。良いですか、エミリー様。今どきの若者は、結婚前の接吻等当たり前です。それどころか、性行為すら黙認されているのですから。勿論、表立っては良いものとはされませんけれど」

「――えっ!」

「それに、何が欲張りなんですか?好きな人に触れたいと思うことは普通のことです。ユアン様もそう思ったから、額とはいえキスなさったのでしょう。何も恥ずべきことではありません」



ぱちぱちと目を瞬かせたエミリーは、ぽろ、と一粒涙を溢した。

ぎょっとしたメイは、慌ててハンカチをエミリーの目尻にやわらかく押し当てる。


「そう、だわ。そうなの。私、ユアン様が好きなの。きっと会ったその瞬間から。こんなに頭から離れない人は初めてで、一度触れたらもっと触れてほしくて、どうしたら良いか分からなくなってしまったの」

「ええ」

「ローザがユアン様と結婚したいと言ったとき、驚いたけれど、それ以上にユアン様がローザを選んだらと思うと怖くなったわ。ローザは綺麗で、皆に好かれて、刺繍も得意で。きっと、ユアン様も気に入る筈だと思ったの。でも、……取られたくない、なんて…。ユアン様は物ではないのに」

「……好きな人を取られたくないというのも、皆が抱える気持ちですよ、エミリー様」


震えるエミリーの背を、メイはゆっくりと撫でた。

人を尊重するあまり、自分の想いを言わない愛おしい主人。

我儘を知らずに育ってしまったが故に、自分の欲求に罪悪感すら覚えるエミリーを、メイはどうしても幸せにしたい。そして今や、それができるのはユアンだけなのだ。


「……良かったですね、エミリー様。そんな人と出会えて」


メイには、その言葉しか出なかった。

エミリーは一考して、頷く。


「私、ユアン様の隣に立っていても恥ずかしくないくらい、…いいえ、誰よりもユアン様の隣に相応しい人になるために、自分磨きをしたいわ。そうしたら、ユアン様にも好きになってもらえるかもしれないもの」


もう既にユアンはエミリーの虜だと、教えたくなるのをメイは必死で止めた。

人の思いというのは、勝手に伝えるものではない。

本人から聞いて初めてそれは言葉として意味を持つものだから。


「それではエミリー様、これまで以上に髪のお手入れに時間を掛けることを許可してくださいね。肌ももっと時間を掛けたいです」

「でもねメイ、ユアン様は濃い化粧などはお好みではなくて…」

「それはローザ様に対するユアン様の態度で分かります。大丈夫ですよ、素材を磨く程度ですから。あとは、お身体のマッサージなども美容に効果的ですので、今日からは追加させてくださいませ」


メイは両の拳を握り、気合を入れる。

エミリーの許可を得てエミリーを磨ける機会は、今までなかった。

ずっと手入れしたいと思っていたメイにとって、今回の出来事はまさに好機だ。逃すわけにはいかない。

心の中でユアンに礼の言葉を述べながら、メイは早くも若干腰の引けるエミリーに笑顔を向けた。


「あ、あのね、メイ。私の言っている自分磨きは、なにも外見ばかりではなくて」

「エミリー様は既に教養は満点でございますから、まずは外見を磨いていきましょう。香油などもリラックス効果がありますから、香りがキツくならない程度に是非取り入れていきたいですね。大丈夫です、エミリー様はどなたにも負けない原石ですから!」


珍しく笑顔の引き攣るエミリーを横目に、メイはまたとないチャンスに益々気合いが入るのだった。







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