噂の意匠
ユアン視点です。
薄桃色の唇が、紅茶のカップに吸い付くようにして充てられる。
紅茶を飲み込んだ後、ほう、と息をつくエミリーの口元が緩み、目元がとろりと溶けるように和んだ。
魅入るように見つめていると、紅茶を胃に流し終えたエミリーとぱちりと目が合った。
「ユアン様?」
「……これで、凡その流れは問題ないか」
「ええ、そうですわね。とても素敵な式になりそうで楽しみですわ」
ユアンの私室で、式の進行について話し合っていた二人は現在一段落してお茶をしているところであった。
先程お茶を用意してくれたルイスは、空気を読んでか食事のときのように部屋の外で待機をしてくれている。メイも同様である。
話し合い、とはいっても、結婚式自体は国の一般的な結婚式に沿った形で行われるため、大まかな流れは決まっている。
ユアンが提示する案をエミリーが確認し決定していく形で、特に強い希望のないエミリーは殆ど意見することもなく頷いていた。
そのため、どちらかといえば流れ作業的なものであったが。
「ドレス等はもう決めたのだったな」
「ええ」
「結婚指輪は、ブランド等何か希望はあるか?」
「いえ……お恥ずかしながら、私装飾品には詳しくなくて…」
「そうか。では、シヴァに頼もうと思うのだが」
一瞬、時が止まるような錯覚に陥るほど室内が静寂に包まれる。
暫く固まっていたエミリーは少し経つとふるふると震え始めた。
「その、シヴァというのは…もしかして、し、シヴェルグランリーのことですの!?」
「ああ」
「シヴェルグランリーはこれまで家具のみの制作をなさっているという認識だったのですけれど……」
「装飾品はこれから制作に手を出そうと考えているらしくてな。先日試作品を送ってもらったが、中々良い出来だった。指輪ブランドとしては有名でないから、もし不満であれば他に頼むが…」
「不満だなんて!あのシヴェルグランリーに制作して頂けるなんて光栄ですわ!あの芸術が私の指にと考えたら、とってもわくわくしてしまいます…!ユアン様は、シヴェルグランリーの方々と懇意にしてらっしゃるんですか?」
「シヴェルグランリーは元々個人でやってる店だ。シヴァというのは正しくは製作者の名前で、シヴェルグランリーというブランド名もシヴァから発展させて付けているらしい。懇意…という程シヴァに会っているわけではないし性格は軟派だから気も合わないが、…まあ、あいつの作品は気に入っているな」
「まあ、そうでしたのね!あんな作品の数々をお一人で…」
感激したようにうんうんと頷くエミリーを見て、ユアンは満足そうに口角を上げた。
◇ ◇
少しウェーブのかかった銀髪を携えた男が、笑顔でエミリーの手を取っている。
エミリーは距離感の近さに少し驚きながらも、きらきらとした瞳でその男を見ていた。
その光景に得も言われぬ不快感を覚えて、ユアンは二人の腕を掴んで強引に引き剥がした。
触れたエミリーの腕は、もう一方の腕よりも細く柔らかい。少し力を入れれば折れてしまうのではないかと思う程。
腕を掴まれたエミリーは目を丸くしていたが、銀髪の男は飄々とした態度を崩さない。
「なんですの、公爵様。折角可愛えファンと交流しとりましたのに」
「……指のサイズの計測に握手は必要か?シヴァ」
「これは計測やなくて交流ですって」
訛りの強い柔らかな口調の銀髪の男――シヴァは、両手をひらひらとさせて漸くエミリーから一歩離れた。
きょとりとしたエミリーは事の次第を良く分かっていない。
まだ片手で数えられる程しか対面したことのないシヴァには、ユアンは素顔を晒していないので、例え凄んでいてもフードに隠れてしまう。
それが今回ばかりは災いし、折角の威嚇も全く効かず、ユアンはつい溜め息を吐いた。
「溜め息吐くと幸せが逃げるっちゅー話がありますよ、公爵様。これから幸せになるっちゅーお二人には似合いませんわ」
ニマニマと笑うシヴァ。今まで見たことのある笑みとそう変わりはないというのに、今日に限って何故こんなにも腹立たしいのか。
理由などとうに分かっている。
くだらない独占欲と、立ち消えぬ猜疑心。
「にしても、こぉんな可愛らしい姫様の指輪をお作りできるなんて」
「いい加減にしろ、シヴァ。俺の妻となる者を口説く心算か?」
「いやですわぁ、口説くなんてそんなことすると思っとるんです?」
「思ったから言ったんだが。これ以上続けるならこの依頼は白紙に」
――その言葉に、シヴァは漸く口を噤んだ。
エミリーの方を見ると、その小さく女性らしい両手は両頬を可愛らしく包んでいる。
何をしているのか問おうとして、しかしすぐに聞こえた物音に、ユアンはシヴァへと振り返った。
シヴァは手元のトランクに掛けられた鍵を解錠し、ぱかりと開ける。
漸く仕事をしようという気になったらしい。
中には、様々な色形の宝石が所狭しと並んでいた。
「これは指輪に埋め込む宝石の候補ですけど、まぁダイヤモンドが一般的ですね。色のついたものを表につけるのは良しとされんことが多いんですわ。もしお好みの宝石があるんでしたら、内側に埋め込むっちゅーんがオススメですね。その分料金頂きますけど」
「…そう、なんですか…」
「自分や相手の誕生石ってのを入れるんもありやし、風水と絡めるいうんも聞きますね。あとはただ好きな色の宝石でもええと思います」
エミリーはシヴァの説明を聞いて、残念そうに肩を落とした。
どうやら気に入りの宝石があるようだ、とユアンは思案する。
要望を伝えてこない辺り、エミリーらしい。
「どの宝石がいいんだ?」
「えっ」
「何か、気に入ったのだろう?」
「……これが」
緩々とした動きで、エミリーはとある石を指差した。
「ああ、それはインディゴライトっちゅー宝石ですわ。あんまりこれを埋め込む人もいませんけど、これがお好みなんです?」
「ええ。とっても綺麗です」
深い藍色の宝石。光が入ると、明るい水色にも見える澄んだ色だ。
少しだけ、先日購入した髪紐の飾りの色に似ている。
もしや。そう思ってエミリーを見ると、エミリーは頬を赤く染め愛おしそうにその宝石を見つめていた。
そんなわけがない、そう思うユアンに、追い打ちのようにエミリーが呟く。
「ユアン様の色を、身に付けたいですわ」
(――なんという殺し文句だ)
言葉が出ない。
なにかを返したいと思うのに。
結局ユアンに出来たのは、ただ頷くことだけだった。




