100 . 秋宵騒動〈四〉
* * *
「──…では打ち合わせ通り、八神さんと南条さんは廃神社を、煉弥さんと西園寺さんは山林の方をお願いします。必要な人手は招集をかけた術師の中からお好きに連れて行ってください。現場での対処は皆さんにお任せします」
今回多発した呪術案件のうち、とくに厄介そうな二箇所を術師会の主戦力に向かわせる方針で話はまとまった。
いくら厄介といえど、常ならば当主レベルの術師がひとり行けば事足りる。
しかし今回はいつもの反対勢力からの攻撃とは何かが違う。
その点を考慮して、万が一のためにも二人で組ませることにしたのだ。
いつものことながら七々扇巽は前線には出ない。
後方で情報統制を行うのが彼の常であり、実際に呪術を扱う場面を人に見せることは滅多になかった。
「煉弥さんも、それでよろしいですね?」
「好きにしろ」
東雲美鈴の問いかけに、終始無表情だった煉弥も頷いた。
大広間に戻ると、すでに情報共有を終えた術師たちが各々行動確認を行なっている最中だった。
彼らは当主たちの存在に気づくなり最敬礼する。
目上の者には最大限の敬意を表すのも古くから続く術師会の風習だ。
決して強制されているわけではなくとも、心からの敬意と憧憬があるからこそ自然と出てくる姿勢だ。
そんな彼らの表情は硬い。
今回、呪術案件の厄介さを考慮し、招集をかけたのは術師会の中でも中級以上の術師だ。つまりこの場に集まった者たちはそこそこの場数を踏んできている。
そんな彼らでもやはり今回ばかりは緊張が先立つ。
いつもとは何かが違う。それを感じ取っているからこそそれぞれが気を引き締めていた。
再び騒めきを取り戻す大広間。
しかしそこに金髪の青年の姿は見当たらない。
大広間に戻ってもいいが近くにいるようにと言ってあったのだが、いると思っていたそこに彼の姿はなかった。
「……さて、どこに行ったのでしょうか?」
けれどもその疑問は考えるまでもなくすぐに解決した。
不意に巽が視線を滑らせる。
その先を追えば、そこには探していた金髪の青年の姿があった。
逃亡していなかったことに安堵する間もなく、今度は眉を顰める。
青年の隣にいたもう二人。
ひとりはよく見慣れた術師会の男で。
そしてもうひとり、一度顔を合わせたことのある女もいた。
(……彼女も来ていたのですね。篠北さんとご一緒でしたか)
全身に黒を纏い、綺麗な顔に微笑を浮かべる彼女。
立ち姿ひとつ取っても目を惹くが、やはりその首元に絡まる白蛇と足元に佇む白狐が彼女の不気味さを助長している。
篠北と談笑していた彼女は静かに視線を上げた。
その仕草がわざとらしいと感じたのは気のせいだろうか。
───目が、合った。
「……、…」
その瞬間、否応なく掻き立てられた悪寒。
無意識に背筋が震える。
危険な現場に出た時とも、危険な悪霊と対峙した時とも違う。
この感覚は、まるで───。
篠北に引き連れられてこちらに寄って来た彼女。
金髪の青年も面倒そうにその後をついてきたが、今は彼女から目を離せなかった。
前に見せた冷笑が嘘のように、その顔にはニコニコと笑みだけが浮かんでいる。
「どーもお久しぶりです」
「……ご無沙汰しております。貴女もいらしゃっていたのですね」
「いらっしゃったっていうか脅されて拉致られただけなんですけどね」
「随分な言い方じゃねえか」
「だって事実じゃん」
「同意の上だったろ? 我ながら紳士すぎて泣けてくるわァ」
「ハハ、あんたが使うと別の言葉に聞こえるからすっごい不思議」
どちらも砕けた口調で軽口を叩き合う。
知らぬ間に随分と打ち解けたようだ。
「お前、何をしに此処へ来た?」
「だから連れてこられただけですってば。自称紳士さんに」
「戯言は必要ない」
「ああ、そういうの求めてない? 私が来て好都合だと思ったくせにですかー? まあ大人しくついて来たのにもちゃんと理由があるんだけど……」
若干いつもより空気が鋭い巽から外された彼女の視線はふよふよ動き、ある一点で止まった。
「なーに拉致られちゃってくれてんの? 仕方ないから迎えに来てあげたよ」
彼女はふっと笑った。
そこに毒気や冷たさなんてものは少しも見当たらなかった。
「迷子要因はこいつだけで十分なの。二人もいらないの」
「誰が迷子だコラ。俺は人質だ」
「いや違う違う。そこじゃない。論点そこじゃないから」
「俺は迷子じゃねえ。自分からついて行っただけだ」
「だったら連絡くらい欲しかったなぁ。なんのためのスマホだよ。心配しすぎてもう少しで警察行くとこだったじゃん」
「知るか」
「おかげでこんなおっかないとこまで来ちゃったしさぁ。一般人代表としては怖くて仕方ないんだけど」
くすくす笑う彼女の言葉が果たしてどこまで本気なのか。
きっとそのすべてに本心なんてものは含まれていないのだろう。
悪霊狩りでの初対面が印象的すぎて、笑みのその裏の表情がどうなっているのか思わず深読みしてしまう。
「ということで私たち帰りたいんだけど、いい?」
煉弥と金髪の青年に向いていた視線はいつのまにかこちらに向けられていて。
一応伺いを立てるような言い方だが、その口調と表情は一切ノーを受け付けていなかった。
当然、こちらとしてもそれを許可するはずもなく。
「断る。お前たちにはまだ此処にいてもらう」
即答した巽にやはり表情はない。
何を考えているのか、付き合いの長い東雲でも正確には読み取れなかった。
(……けれども、彼女をどう使うのかを考えているのでしょう。これほどまでに”使える”方はいませんからね)
悪霊狩りのあと、巽は彼女について調べていた。
煉弥は彼女のところにいると言っていたため、その所在を掴みたかったというのもあるだろう。
だがそれ以上に煉弥への抑制力として彼女を知ろうとしていた。
しかし現段階で満足のいく情報は得られていないようだ。
どこまで掴んでいるのか、その詳細まで教えてくれるほど巽は他人を頼らないし、信用もしていない。
だがこの話をした際、苦々しい顔をしていたことはよく覚えていた。
様々なところにコネクションを持つ術師会中枢家をもってしても彼女のすべてを暴き出すことはできない。
ということは誰かが、あるいは本人が、情報規制をしているということになる。
彼女は術師ではないと言っていた。
だからといってただの一般人とも思えない。
霊体らしき白蛇と白狐を連れている彼女は一体何者なのか。
きっと術師会上層部の誰もが抱いているその疑問は、彼女に会う度に増していくばかりだった。
きっぱり断られた彼女は困ったように肩を竦めた。
「そう言われると思ってましたけど。それで、私の貴重な時間をいつまであんたたちに拘束されなきゃなんないんですかね?」
「こいつにはこれから仕事がある。少なくともそれが終わるまでだ」
こいつ、と巽は煉弥を顎で指した。
少なくともという部分に若干の引っ掛かりを覚えたらしい彼女はやれやれと首を振り、これ見よがしに大きな溜め息を吐いた。
「……お前のその仕事とやらが終わらないと私たち帰れないんだってさ。だから、早いとこ終わらせてきてね」
「わかってる」
彼女の催促に煉弥は頷き、そのまま大広間を出ていった。
「お前たちはここにいろ。あまりに長引くようなら部屋を貸すが、その場合はもちろん監視をつけさせてもらう。ここから逃げるようなら容赦なく連れ戻す。怪我をしたくなければ大人しくしていろ」
「ふふ、物騒だねぇ」
「何か問題でも?」
「いーえべつに。ちゃんと大人しくしてますよ」
そう言って彼女と金髪の青年は近くの椅子に腰掛けた。
申し訳ないが彼女の言葉をそのまま信用することはできない。
それでも今回は一応こちらの指示に従ってくれるようだ。
八神、南条、西園寺の三人もそれぞれ現場に向かうために出ていった。
広間にいた術師たちも大半は出払ったが、情報管理やもしもの時に人員補充ができるよう十数人は残っている。
「奴らを見張っておけ。絶対に逃すなよ」
「はい」
そう言い残した巽も、残った者に指示を出しながら奥の部屋に消えていった。
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