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#8 乙女の落し物はとりあえず拾っておけ



 考古学者の九割は男性と言われている。

 遺跡は危険が多く、調査でもっぱら物をいうのは体力と力だ。チームに女性がいると見れば狙ってくる野盗は少なくないし、おしゃれや身づくろいはおろか、着替えさえままならない。

 マハラ・ヴィーラの男性は女性を大切に扱う傾向にあるといわれている。ゆえに、女性が現場に来ることを嫌がる学者や研究者は多い。

 姉や母は嘆くが、長い髪は天井の低い通路や木の茂った場所を歩くのに邪魔だし、汚れたら手入れをしなければならない。野外調査において、水は文字通りチームの命綱だ。女性らしい服装は、男性にいらぬ気を遣わせてしまう。

 そういう要素を排除していった結果が現在の自分だ。自分が人の目にどう映ろうともリーには関心がないし、むしろ都合がいいとさえ思っている。

 ので。


「アーシェ、その、…気にしないで」

「せやかて!」

 アーシェが両目に涙をためて顔をあげた。

「せやかて、よりにもよって女の子を見間違うなんて!」

「……」

「いや、オレも思ってたんや、男にしてはかわええ子やなって! けど、そういう子ってそういうの嫌がるやんな? 短い髪も男らしい服装も、やからそのためなのかなって!」

「……」


 どちらからともなく、リーとハーディの目が合う。

 アーシェに悪気がないのはわかっていることだし、リー自身気にしていないどころか意図的にそうしているのだから、アーシェに非はない。こんなふうに自分を責め、額を割る勢いで何度も頭を下げる必要はまったくないのだ。

(どうしたらいいのかな)

 考えて、ふと、リーは思いついた。


「そういえばヴァスラの書に、イムラーンは三つの心臓を持ってるって書かれてるんだけど、」

『あー、それでおまえが本当にイムラーンかどうかってわかるかもな』


 リーの意図に気づき、ハーディがのる。左右から迫られ、アーシェが真っ青になった。

「冗談言いなや! オレの心臓は一つしかあらへんで!」

『わかんねーぞ、おまえが知らなかっただけで案外三つあるかもだぜ。協力してやろうか?』

「お断りします!」


 部屋を出、リーたちはさっそく行動を開始する。角のところでリーたちを手で止め、先導役のハーディが身を乗り出した。

 王城入り口から見て西にある棟の角部屋。それが父フリーマンの執務室のある場所だ。ハーディの報告通り兵たちは酔いつぶれて、西棟はほぼ無人という状態だった。先代国王が国防を憂え、早急な技術開発をうったえるわけだとリーは思う。

 荷物は几帳面な父らしく、机のうえに並べて置かれていた。それらを回収し、リーたちは長居無用とばかりに撤収を開始する。

 白と紫の騎士服を見つけたのは、執務室からでてまもなくのことだった。建物の端まで一方通行になっている廊下のほぼ中央。途中の部屋に手勢とひそんで待ち伏せをしていたらしい。ドアを後ろ手に閉め、セドリックが冷たくわらう。


「トリアス・ゼノン以来の天才といわれたところでたかが小娘。他愛もない」

『逃げるぞ、リー!』


 怯んだリーを動かしたのはハーディの力強い声だった。そうだ、とリーは思う。なぜ荷物が机のうえにあった時点で疑わなかったのかという反省はあとですればいい。

 アーシェをまきこんでいるのだ。とにかくこの場を突破し、彼をゼノンのもとに届ける義務が自分にはある。

 はじかれたようにアーシェの腕をとり、リーは執務室に飛びこんだ。ドアの外からはセドリックたちの近づいてくる気配と子どもたちの浅はかさを嘲弄する声が聞こえるが、室内を見回し、窓にとびつく。いったん外に出て建物の裏側へまわり、王城基部にたくさんある窓にしのびこんで姿をくらませるつもりだった。

 だが、裏側にまわってまもなく、セドリックたちとは別の部隊が前からリーたちを挟み撃ちにやってくる。お見通しというわけらしい。このぶんでは城の中でも待ち伏せされているのだろうとリーは考える。相手は王城を守護する騎士団。少々馬鹿にしすぎていたようだ。

 リーはきびすをかえした。


『どこ行くんだよ!』

 ハーディが上からたずねてくるがリーは答えない。前も駄目、後ろも駄目なら横にそれるしかない。リーは敷地内のさらに奥、王族と一部許された身分の者しか入ることのできない領域へ踏み入る。白い大理石をアラベスクで装飾した門を抜け、回廊をひた走った。

「なあ、ここ入ってええの?」

 リーに引きずられるように走りながらアーシェが不安そうに言った。この先は王家の霊廟なので当然進入禁止区域である。城内部と違い人に「見せる」ものではないので、あかりもいっさい入っていない。

 人の気配があり、皓々と灯が真夜中を照らすようだった城からこちらへくると、ぐっと夜の闇としずけさが増すようだった。おごそかな空気がこれ以上の侵入をこばむように、リーの足を重くする。リーでさえそうなのだ、忠誠心厚い騎士たちならなおのこと簡単には追ってこないはずだった。


(これで少し時間が稼げる)

 長いようで短い回廊を抜けると、すずしげな、水の落ちる音が聞こえてきた。入り口になっているイーワーンの向こう、リーはまぶしさに目をすがめる。

 まず飛び込んできたのが一面に敷き詰められた白い大理石。奥の霊廟まで続くそれらが、照らすものもないのにぼうっと発光しているのだった。正方形に削られたそれらはよく見ると一枚一枚に模様が刻まれていて、全体でみたときに完成されるよう設計されているようだ。アーシェとハーディがめずらしそうに噴水に近づく。

 噴水は半円状の縁に囲まれていて、流れ出た水は石畳の中央を通るせせらぎとなって、霊廟内に続いているようだった。水の出るふきんにはやはり大理石でつくられた乙女の像が三体あり、それぞれが噴水口へむかって何かをささげるように両手を上げている。


「しょっぱい。海水やろか」

 水をなめて、アーシェが言った。どうするんだ、とハーディがリーに問う。

 頭の中にマハラ・ヴィーラの地図を描き、リーは霊廟を指さした。

「霊廟の裏側は海がある、」

 どれだけ月が照ろうとも、岩と岩の深い場所までは届かない。すべりやすい岩場で松明を手に捜索をするのは不可能だ。なるほどな、とハーディがうなずく。

 ひとり噴水を眺めていたアーシェが、「待って」と声を上げた。


「水の中になんか落ちとる。短剣や」

『こんなときに何のん気なこと言ってんだよ! どうでもいいだろ、そんなん!』

 ハーディがとがめるが、アーシェはさっさと拾って「落とし主」を探しているようだ。気になって、リーも横からアーシェの手をのぞいてみる。


(これは)


 乙女の像と同じ素材の短剣だった。アーシェが乙女たちの一体を指さす。

「この娘さんのとちゃう? 娘さんだけ手のなかが空っぽやから」

 親切なアーシェが縁に立って短剣を手の中に戻した。そのときだった。噴水の水が止まったかと思うと、底が扉のように割れて階段が現れたのだ。

 リーは短剣の乙女を見上げた。



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