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#9 夢見るオタクは距離感が狂いがち



 てっきり霊廟か王城へ続いているものと思っていた階段は思ったよりも長く深いようだった。一定段数をくだったところで入り口が閉まってしまったので、リーたちは携帯用カンテラをともして奥へ進むことにする。こちら側からも開けられるのか試してみたかったのだが、アーシェとハーディに止められてしまったのだ。

 先頭に立って歩きながら、リーはカンテラを壁や天井に近づけてみる。

(敵襲があったときに王族だけでも逃げられるようにつくられたのかな?)

 壁は砂利と石灰を混ぜてつくったらしいセメントと積みやすいように加工した石でできているようだ。ところどころ人骨のようなものが見えるのは、古い建造物にはよくあることだ。いちいち遺体を外に運び出すのが面倒なので、工事中に死んだ奴隷や骨をそのまま埋め込むのである。


『おい、吐くなよ。リーは平然としてんだろ』

 まともに見てしまったらしいアーシェがうずくまる横へ、ハーディが背中をさするようにしゃがんだ。そのハーディもアーシェと同じような顔をしている。

「…戻る?」

 アーシェの横に中腰になって、リーは彼の背中に手を置いた。床に手をついたまま、アーシェが首を横に振る。


「やけどこれ、外に出られるかな。どこにつながっとるんやろう」

「…わからない。はじめは王族用の避難路なのかと思ったけど、それなら少なくとも女性が怯えないように灯りくらいあるだろうし、ましてこんなふうに雑なつくりにはしないと思う」

 通路の先を照らすように、リーはカンテラを掲げる。アーシェの回復を待って再び歩き出したものの、だが、いっこうに出口らしい場所にたどりつかないばかりかいくつもの曲がり角に遭遇した。道すがらに壁に埋まっていない人骨数体と大型の獣のものらしい骨を複数見つけながら、一行は一回目の休憩をとることにする。

 人骨のない場所を探してよりかかり、アーシェが大きく肩で息をした。

「そらありがたいけど…休んどる間に追いつかれたりせえへんかな。ここで座ったらオレ、当分動けへんで」

「……」


 自分が昼から飲まず食わずでいることをリーは思いだす。体力には自信がある方だが、それとは違う重い疲労が体を蝕んでいた。見るからに疲労困憊の二人を見、ハーディが居心地悪そうに頭を掻く。

『しょうがねえな、ちょっと見てきてやるよ』

「ずいぶん面倒見のええ精霊さんやな」

 その場を離れたハーディを見、アーシェがくすんと笑った。リーは小さくうなずく。

「ハーディはやさしいよ。本当に、…人間みたいに」

 リュックから飲み水の入った水筒を出してアーシェにわたした。携帯用の水筒は二本に分けられていて、指導通りに呑めば三日はもつ量が入っている。食料は三日分だ。考古学部生はフィールドワークがなくてもこれらを常に携帯するよう指導されている。これを習慣化することで実際に命を拾った先達たちにあやかろうというわけだ。

 アーシェが笑った。


「その恩恵に今まさにあずかっとるわけやな」

「学生のときは安全な遺跡に行くからまず必要にならないんだけど、それでも存在を忘れないように意識的に食べたりするね。今は研究者の間でもマニュアルやチームが組まれていて、調査が進んでいない遺跡に一人で行くこともなくなったらしいけど」

 カンテラを床に置くと、アーシェの金髪がそれを弾いた。瞳が光をふくんでいっそう神秘的な色になる。

 水を入れたグラスに宝石を落として火のそばで透かしてみたいなとリーは思った。グラスをまわすと、水と宝石が火のあかりをはじきながら、グラスの中でくるくるまわるのだ。きれい。我知らず言葉がもれる。


「アーシェの髪と、目。きれい。宝石みたい」

「…な、何言うとりますの」


 アーシェが狼狽あらわに顔をそむけた。

「泥やってついとるし血ぃもついとる。言うとくけど田舎出てから一度も体洗ってないねんで、きれいなわけあらへんやん」

「西の大陸の人のなかには太陽の光で織ったような金の髪と海のように深い色の瞳をもった種族がいるんだって。アーシェはどっちかの血を引いてるのかな」

「聞いて!?」

「赤、灰色、碧。黒、金色、それから青、茶色」

 もっと近くで見てみたくて、リーはぐわっとこちらを向いたアーシェの頬に手を伸ばす。


「右と左でひとみの色が違うひとを見たことがある。市場には外からいろんな人がくるから。でも、アーシェみたいな瞳の色は知らない。初めて見た。…不思議な色」

 じっと見ていると吸いこまれそうだと思うのに、ずっと見ていたいような気持ちになる。うっとりと見入りながら、リーは夢想する。

「モンザ・ケビーラのひとたちは、どんな髪の色で、どんなひとみの色をしてたんだろう。アーシェみたいにきれいな色だったらいいな」

「お、女の子がそうほいほいと男に近づくもんじゃああらへん…」

 アーシェがリーの肩を押した。紅潮した頬にうるんだ瞳。うぶな少女にはからずも無礼を働いてしまったような心もちで、リーはアーシェにぶしつけを詫びる。戻っていたらしいハーディに「おかえり」と言葉をかけた。アーシェが驚いたようにそちらを見る。


「!?」

「遅かったね。迷った?」

『少しな。けど、ランプはおまえが持ってるし、どーにか帰ってきたぜ』


 セドリックたちの追跡のなかったことを告げ、ハーディがふとアーシェを見た。恥ずかしがり屋の少女のように背中を向け、アーシェが両手で顔をおおう。

「なんでそこで憐れむような目でオレを見るんや! べつにドキドキなんてしてへんで!」

『ここ、ちょっと変だぜ、リー。うまく言えねーが、ねっとりした煙みたいのがうっすらあってよ、…』

 ハーディは疲れているようだった。何かを消耗したようにくたびれている。

 ありがとう、とリーはハーディに感謝を告げた。壁をすべるように腰を下ろすと、思いのほか体が重いことに気づく。

 たしかに昼から何も食べていないし緊張のし通しで走りっぱなし、おまけに深夜ではあるが、この程度でへこたれるようでは、考古学者などとても志すことはできない。知りたいというただその一念のみで遺跡に踏み入り、生死の境をさまよい、あるいは生涯を懸けてひとつひとつ謎を解き明かしていった先人たちの軌跡を、リーは彼らの自著を通して知っている。それはどんな物語よりもロマンとドラマに満ち、エキサイティングで、リーの胸を熱くしたものだ。

 リーはハーディを呼んだ。


「地下牢の話覚えてる?」

『あ? ナントカ三世が王城を移転したって話か?』

「アマシス三世に関しては彼の周囲と思われる匿名の手記がいくつか残っていて、彼が王城を今の場所に移転したのは、ひとつにはあの地下牢を独占的に使うためと書かれている」

彼は人を遊びながら殺すのが好きな王だった。王をいさめようとした家臣、ケビーラ教の信者など、多くの者をあの地下牢で溺死させた。それまでになかった新しい処刑方法が開発されたのも彼の時代と言われている。

「ケビーラ教って、モンザ・ケビーラの…?」

 なぜ、とアーシェが問う。アーシェの頬で揺れるカンテラのあかりを眺めながら、リーは答えた。


「ケビーラ教が説くのはすべての人はモンザ・ケビーラからのあわれな堕ち人(ビガン)であることを前提とした救済だから。アマシス三世は堕ち人(ビガン)を脱落者と考え、そこに自分が含まれていることが許せなかった。彼はヴァスラの書の書き換えを命じたけど、ケビーラ教の司祭たちはこれをかたくなに拒んだ。そのため弾圧が始まったといわれているよ」

 そのころ、今までの処刑方法に飽きていたアマシス三世は新しい遊び場を見つけていた。リーはリュックからマハラ・ヴィーラの地図を出して説明する。


「マハラ・ヴィーラの海は遠浅になっていて、大きな船は港につけることができない。国を挟む砂漠とこの遠浅の海がマハラ・ヴィーラを守る天然の要塞になってる。彼はあらたに発見した“処刑場”にたくさんの学者と奴隷、それからケビーラ教の信者をそこに送った」

 表向きは遺跡調査。だが、実際はそうではないことを、命を受けたひとびとはよくわかっていた。王は日を置いてから中に飢えた獣数等と殺し屋を放った。そしてその様子をお気に入りの貴族や娼婦を呼び、城で鑑賞していたといわれている。

「待って」

 そこまで聞いたところで、アーシェがストップをかけた。青ざめた顔で問う。


「まさかここがその遺跡やとか言わへんよな? な?」

「……」

「黙るのやめて!」


 アーシェが床にふせるように頭を抱えた。それまで静聴していたハーディが疑問を述べる。

『ここは海の下にあるんだろ? 城からどうやって見るんだよ』

「うん」

 ふんす、とリーは鼻息をふいた。がぜん輝いたリーの眼を見、ハーディが「やっぱりいい」と発言を撤回しかけるが、遅い。

「モンザ・ケビーラを研究する考古学者が、ときには嘲笑をあびながらどうして長い間夢を捨てられなかったのか。その根拠はいくつかある。ヴァスラの書のような文献も理由のひとつだけど、ビガンの大灯台のような、現代の技術では解析しきれない建造物がいくつか実在してるから」

『ああ、なんかそんな話前にもしてたな』

 ハーディが相槌を打つ。覚えていてくれたらしい。リーはランプを手に持った。

「うん。実際にそれとは書かれていないけど、古い物語に登場する不思議なアイテムはおおむねそうなんじゃないかって言われてるよ。“魔法のランプ”もそのひとつ」

 アーシェがうさんくさそうにハーディを見る。ハーディがそれへ対抗するように胸を張った。問う。


『で、その鏡は今もあんのか?』

「記録自体が残ってないからわからない」


 人を虫のようになぶり殺して遊んだ王は最期を自身の考案した処刑台の上で迎えたが、そのときにはすでに刑を受けるべき肉体は原形をたもっていなかったという。そのさい一緒に滅びたと考えるのが自然だろう。

 リーはハーディをこっそりとうかがった。


(聞かれたらどうしようと思ったけど、)


 アマシス三世がなぜ海底遺跡を見つけることができたのかについての考察だ。

 ケビーラ教徒弾圧と並行して、彼はモンザ・ケビーラに関する研究やそれにかかわる人物への弾圧も行なった。学者は獄死し、当時残っていたモンザ・ケビーラ関連の文献もこのときに大部分が失われたといわれている。

 奇しくもそれをまとめたのは、ハーディの一人目の主人、ラザラス・クウェンネルだった。冒険者であり自らも考古学者であった彼は、「史料」の大切さをよくわかっていた。彼はその晩年、後世のために遺跡を保存することを貴族や国にうったえて史料をまとめたり当時の文化や生活の記録を残すことに尽力した。

 おそらくそのなかに海底遺跡に関する史料があり、アマシス王はそこから存在を知ったのではないかと言われているのだ。

 一人目の主人についてリーがたずねたとき、ハーディは親しげにラザラスの名を呼んだ。だから、ラザラスの後生を思っての活動がこんな使われ方をしたなんて知ったら悲しむだろうと想像したのだ。


(また馬鹿って言われるかな。人間扱いするなって)


 ランプをリュックにおさめようとして、リーはランプの側面に目を留めた。全体をおおっていた黒ずみがぬぐわれたように一部なくなって、文字のようなものが見えていたのだ。

 リーは父フリーマンの几帳面な性格を思いだした。そういえば父の収集していたアイテムはすべて可能な限り磨かれていた気がする。

 ――サンプルの扱い方も知らないのか、おまえは。

 記憶の中の父があきれたように言った。




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