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# エピローグ




 リーたちを最初に発見したのは、灯台の近くに住む老いた夫婦だった。王城騎士団に通報し、リーたちを保護したのだった。

 それを率いていたのはセドリックだったが、おどろいたことに、彼にはいっさいの記憶がなかった。記憶がないというよりも、まるで異なる人生を歩んできた別の彼といった方が適切かもしれない。イムラーンやモンザ・ケビーラに関する知識もごっそり消えていて、彼の出身地であるイムラーンの里も宝石や金属を加工する職人の多くすまう村へと変わっていた。


「私は手先が不器用なものですから」


 王城騎士団を志望した動機について彼はそのように語ったという。知識が豊富で貴族好みの機知に富んだ会話に強く、沈着冷静な判断ができることから、入団後すぐに団長へとりたてられた、という経緯は同じだった。

 国外を目指したはずのゼノンと女性研究員はいつも通り大学にいたが、ひとつ異なるのは彼らが今年に入ってすぐ結婚していることだった。


「その足はどうしたんですか?」


 ゼノンが杖をついているので、リーがたずねてみると、女性研究員が思い出したように笑った。曰く、本棚から本をとろうとしたものの、なぜか周辺の本と棚までついてきてしまい、下敷きになりかけたのだそうだ。

「かろうじて下敷きにならずには済んだのだけど、その拍子にすべって転んじゃったのよ」

「おはずかしい」

 ゼノンがはにかむ。

 リーは資料室に入った。ゼノンの専門分野は変わらないようだが、彼が考古学界で注目されるきっかけになった論文は見つからなかった。かわりに、リーはおかしなものを見つけた。父フリーマンの論文だ。

 女性研究員がリーの広げている本のタイトルを見て笑う。


「リーは本当にハイロッシュ博士のことを尊敬しているのね。来週博士と西の方の遺跡に行くんでしょう? ほら、先日の地震で山が崩れて、街の跡が出て来たって。もしかしたらすごい発見かもしれないって、ゼノンもはりきってたんだけど」

「…え?」

「うれしそうに話をしてくれたじゃない。博士がお城の職を辞して考古学研究にしぼるから、やっとゆっくり話ができるって」



        *



「なんぼなんでもありえへんやろ。もはや歴史が変わっとるとしか思えへんレベルやん。オレがアルサラム大学神学科? 自分の名前も書けへんかってんで、オレ」

 アーシェがおおげさにジェスチャーを交えながらくりかえす。


 その日は職を辞するフリーマンのために国王が開いた晩餐会だった。すでに役職をしりぞいた者でフリーマンと懇意だった者たちが多く招待され、広間では音楽が奏でられた。アーシェは賓客の一人として招かれた貴族の相伴だ。というのも、彼は現在その貴族の元で世話になっているためである。

 ちくちくと肩にあたる髪をきにしながら、リーはうなずいた。


「たぶん、アーシェの言う通りだと思う。モンザ・ケビーラがなくなって、歴史が変わったんだよ」


 ボーイが二人の座るソファーへ近づいてきてトレイをすすめる。礼を言い、リーはそこからグラスを二つとった。

 こういう場では酒類がメインだが、女性は最初に口をつけグラスを戻すのがマナーなので、アルコール分の入っていない飲み物がこうして配膳されるのだ。

 去っていくボーイの背中を見送りながらアーシェが首をかしげる。


「なんで今ウィンクされたん、オレ…」

「わたしがグラスを二つとったからだと思う。アーシェはお酒の苦手な人だと思ったんじゃないかな」

「せやかて、…ウィンク必要やった?」


 リー自身あまりこういった場においてのマナーに詳しいわけではない。物事をひきずらないアーシェは「まあええか」とグラスに口をつける。

「話戻すけど、そうするとオレら、過去に行ってたってことにならへん?」

「現在の状況から考えるとそうなるけど、…」

 というか、そうとしか考えられない。現にビガンの大灯台はよくある石造りの様式にかわっていた。レンズが経年と潮風で傷み建物自体も劣化が激しいことから、建て直しが決まったという。王城の位置も違うし、港市場に並ぶ品物や店も顔ぶれにも変化が見られた。


 考古学史もその一つで、たとえばモンザ・ケビーラ研究に置いて欠かせない人物だったオルドビス・デーンの名前が消えたし、こういう場ではゼノンは必ず招待されていたはずだが、その姿はない。

 挙げていけばきりがないが、共通しているのはひとつ、「モンザ・ケビーラ」という事項だ。

 アーシェが背もたれに倒れこむようにしてうなだれる。

「奴隷でええから戻してほしいで、ほんまに。イムラーンと奴隷から突然これやん? いっそ嫌がらせに違いひんって思ったもん。毎日毎日人に囲まれて、ノイローゼになりそうや」

「考古学部でも言われているよ。聖典に預言された神の子かもしれないって。ファンクラブもあるし、アーシェはきれいだもの。みんなもっと近くでアーシェを見たいし、友だちになりたいんだよ」


 月色のうつくしい髪に神秘を集めたような紫色のひとみ。人間離れした容姿でありながら、笑った途端にひとなつっこくなる。学者も舌を巻くような博識と深い考察。その評判は国王にも響き、近々呼ばれるのではないかという噂だ。

 それでいてちっとも気取ったところがなく磊落で面倒見がいい。おまけにやけに庶民的とくれば人が集まらないはずがなかった。


「神の子ってガラかいな、オレが。ランプのオッサンがおったら腹抱えて笑いよるで」

「…。そうだね」


 その様子を想像して、リーはくすっと笑う。ふと、視線に気づいて顔をあげた。

 少し離れた場所で貴族の令嬢たちが数名、こちらをうかがうように見ている。リーがアーシェと会話をしているので遠慮しているのだろう。姿を見かけたものの、ひっきりなしに人が訪れるので、リーも今日、なかなか彼と話をすることができなかった。

「じゃあ、わたしはそろそろ」

 リーが腰をあげかけると、アーシェが驚いたようにその腕をつかんで止めた。


「ひとりにせんといて!」

「でも、」


 言いながら、リーは令嬢たちを視線で示す。さりげなくそちらを向かないようにしながら、アーシェがぼそぼそとうちあけた。整髪剤で後ろに流している髪が首の動いた拍子にくずれて、額にさらりとこぼれ落ちる。疲労のためにけだるさのある瞳がよけいに色っぽく見えるのは、くつろげた襟元から鎖骨がのぞいているせいかもしれない。

「貴族の女の子って数で攻めてくるやん、結構こわいねんで、あれ。チビやったら耐性あるねんけど」

「……」

 暑いな、とアーシェが袖を折った。以前には分銅のぶらさがっていた腕には、なめらかな肌と男らしい筋肉のようすが見える。

 令嬢たちの視線は途絶えないどころか、ますますもの言いたげだ。いたたまれなくなり、リーはついに立ち上がった。アーシェがとたんに泣きそうな顔になるが、「場所をかえよう」と提案する。なんだか自分がアーシェをひとりじめして、それを見せびらかしているような気持ちになるのだ。理不尽だ、とリーは思う。


(わたしとアーシェは友だちだから一緒にいるだけなのに)


 追跡者の気配に気をつけながらやってきたのは広間からやや離れた部屋の一室だ。王城内を見回る騎士の目を盗むようにして身を隠したそこは暗く、テーブルや椅子などといった調度品が雑に積まれている。不用品を一時的に保管しておく倉庫として使われているようだが、いつもと格好が違うことをすっかり忘れていたリーは思いきりスカートの裾を踏んずけてしまった。前につんのめったリーを、アーシェがとっさに体をすべりこませてキャッチする。

 キャッチして、リーを抱えたまま、アーシェは床際のソファーとタンスに背中をうちつけてしまった。二人分の体重と勢いだ。衝撃は周辺の家具をつたい、部屋の奥でいくつか何かの落ちる音が続く。


「痛いとこはあらへんか?」


 アーシェがにっと笑ってリーを見た。リーは返事に困ってしまう。あるわけがなかった。アーシェが体でかばってくれたのだから。

 謝りたいのをこらえ、リーは礼を言う。

「ないよ、ありがとう、アーシェ」

「よかった」

 アーシェがはにかむように笑んだ。その目端にけなげな涙を見つけて、リーはにわかに心臓の奥がぎゅっと痛むのを感じる。アーシェの体を痛めないように体を放そうとしたときだった。

 リーは髪が一房アーシェの飾りボタンにひっかかっていることに気づく。その髪の毛では行かせまいと姉のタトラが用意してくれたつけ毛だ。


 これだから長い髪は不便なのだ。ため息をついて、リーは自由の利く方の手でスカートをまくりあげる。こんなこともあろうかとレッグホルスターを装備してきている。そこに折り畳み式のナイフが入っているはずだ。

 アーシェが二重の意味で悲鳴をあげた。


「待って、待ってや、リー!」


 切ったらあかん、とアーシェが両目をつぶる。

「あかん、それ以上足を見せたらあかん! ただでさえ密室、暗闇でこの距離やん、馬乗りやん! いくらオレの理性が頑丈な岩盤でもひとたび割れたら知らへんで! お天道様の下でやって、白ッ! いうて叫びだしそうになったのに!」

「アーシェ、」

「違うねん、断じてやましいことを考えたわけやあらへんねんで! やわらか! とかええにおい! なんて考えとらへん! とにかくリー、落ち着こ、髪ならオレがとるから、今はとにかく落ち着いてな、な!?」

 さらにアーシェがつぶった両目を両手で隠した。おまえが落ち着けよ、とどこからか聞こえたような気がしたがきっと気のせいだろう。今にも過呼吸を起こしそうなアーシェは心配だったが、リーは任せることにする。


「あのな、リー、ちょっと寄っかかってくれへん?」

 ハアハアと荒い呼吸のまま、アーシェが言った。頭が遠いと髪がロープのように張ってしまうのだそうだ。リーとしてはあまりアーシェに体重をかけまいとしていたのだが、指示に従い、リーは彼の胸元にぽす、と頭をのせる。アーシェが喉のつまったような声をもらしたが、「なんでもあらへん」とおしきられてしまった。

 やわらかい、ええにおい、とアーシェがうわごとのようにくりかえす。


「イムラーンの紋も消えてしまった?」


 胸板ごしに聞こえてくるアーシェの鼓動に耳をすませながら、リーは目を閉じた。沈黙を気にしたのではなく、祭壇に捧げられた彼の心臓を思い出したからだ。アーシェが作業しながら返す。

「奴隷紋も両方、きれいさっぱりや。さすがにこの状況下でほなら確かめてみる? なんて言わへんで、オレは」

 髪が解けた。そのままアーシェが崩れた部分を手直ししてくれる。尼僧院で暮らしていた頃、同じ寺院の女の子たちにしてあげたので得意なのだと、彼は自画自賛をした。今は通っている寺院や施設で腕を磨いているところなのだそうだ。

 今、かつて彼の育った尼僧院で、アーシェを知る者はいない。なつかしいひとたちは彼を「顔見知りの貴族の青年」として扱う。リーはひとりごちる。


「じゃあきっともう、ハーディにも会えないね」


 魔法のランプとともに消えてしまった金の髪の精霊。リーに自分の名を与えてくれた、モンザ・ケビーラ最後の王族。

 どうして自分とアーシェだけは記憶を失わず維持しているのかはわからないけれど、「モンザ・ケビーラに関する歴史が変わった」なら、おそらく彼も。

「…。ハーディ」

 リーは膝をかかえて呼ぶ。

「こんなことになるなら、ちゃんとお別れを言えばよかった…」

「…オレに使わへんかったら、」

 それまで黙っていたアーシェが、やさしい声で言った。


「まだオッサンといられたかもわからんで」

「アーシェ」


 リーは信じがたい気持ちで彼のひとみを睨む。それは彼を救おうとしたリーとハーディ、両方の友情に対する侮辱だった。けれどアーシェはどうしてか、うれしそうにひとみを揺らす。

「オッサンに嫉妬してしもてん。…よかった。怒ってくれて」

「今度言ったら絶交する」

 リーは試されるのが嫌いだ。許したのは、アーシェの気持ちがわかったからだった。もしも逆の立場だったら、きっとリーもやきもちを焼いただろう。だって自分がそこにいるのに、ちゃんとそばにいるのに、まるで頼りにならないかのようにその人が悲しむのだ。


 ごめん、とリーは言葉をしぼりだす。アーシェだってハーディに会えなくなってさびしくないわけがないのに、自分ばかり悲しいようなことを言ってしまった。

「わたしがいるからね」

 リーはアーシェの手を握って、目を見つめる。


「ずっと友だちでいるからね、アーシェ」

「……」


 お互いに友情をたしかめあうシーンのはずなのに、なぜかアーシェの目からハイライトが消えた。輝きをうしなった瞳が遠ざかっていく焦点を追ってうすくわらう。

「ええねん、…わかっとった。わかっとったんや。やってリーはオレの命の恩人やもん。ええねん、二度も救われてんねんで、今更何がほしいっちゅーねん、オレ。よくばったらアカン。神の子なんやろ、泣いたらアカン」

『おまえ、…。つくづくヘタレなんだな』

 カタ、と部屋の奥で何かの動く音がした。気のせいかと思ったが、音はとぎれとぎれに続く。アーシェがそちらから目を離さないままリーに問うた。


「なあ今、声聞こえへんかった?」

「…聞こえた。ヘタレって言ってたね」


 若い男の声。ここまでの話を聞かれていたと考えた方がいいだろう。聞かれたところでリーたちにしかわからないのだから何も困らないのだが、二人でテーブルや棚を注意深く避けていく。

 そして、破れたソファーの上にそれを見つけた。



             *



 なんやこれ、とアーシェが首をかしげる。

「ずいぶん汚いランプやんなあ。どこで使われとったんやろ」

 形自体は庶民向けのリーズナブルな量産型ランプと同じなのだが、その特徴として多くみられるかたちのゆがみがない。そのくせ塗装は雑というか、素人か子どもがいたずらで描いたようないびつな模様がほどこされている。塗料も安物に違いない。

 かなりの年代物なのはわかるが、骨董品とみなすには相応の芸術的価値が見当たらない。もしも売り物にこっそり紛れ込んでいたとしたら、店主はオマケとでも言って早々に手放そうとするだろう。

 いったいなぜこんなものがこの部屋にあるのか。首をかしげながら、リーはランプを手にとってみる。ウエスはないので、手のひらでランプの表面をこすってみた。


『おまえらなあ、人がさっきから呼んでんのに無視すんじゃねーよ!』


 今度ははっきりと声が言う。

 現れたのは長身の青年だった。端整な異国風の顔立ち、この国ではあまり見ない褐色の肌に陽光で織ったような金髪。背はリーより頭二つ分は高く、ならず者のような裾のほつれた麻のシャツに前開きの上着、くるぶしを出したパンツにサンダルといったいでたちをしている。

 暇を持て余して真昼間から町をぶらついている近所のにーちゃんといった趣でありながら、だが、彼には肉体がなかった。部屋の内装をうっすら透かしたその姿を、リーもアーシェもぽかんと口を開けて見つめる。

 先に口を開いたのはリーだった。


「……ハーディ」

『よう、また会ったな』


 どうして、と問う言葉は音にはならない。その場に泣き崩れたリーを、ハーディがくすぐったそうにみおろす。もらい泣きをするアーシェにドン引きしたようにのけぞって、それから二人の前にしゃがんだ。

『俺にもよくわかんねーんだよ。リーに名をやったせいかな。だってほら、そうしないとつじつまが合わねーだろ、歴史の。つまり、正真正銘おとぎ話の“ランプの精霊”になったわけだな』

「そんなんどうでもええやん! オレはアンタに言いたいことが山ほどあんねん!」

『はいはい、後でな』

 ハーディが毒気を抜かれた顔でアーシェの頭をはたく。涙でべしょべしょになっているリーを小さくわらうと、ニカッと笑った。

『まあ、そういうわけだ。よろしく頼むぜ、ご主人サマ』







おしまい


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