第一章「黄昏に忍び寄る悪魔」
ある日の夕暮れ。
少女・ひかるは、いつものようにコンビニで買い物をしていた。
すると、店の外に座り込んでいた見知らぬ男から声をかけられる。
「すまないが、水を一本買ってきてくれないか」
男はひどく疲れた様子で、今にも倒れそうだった。
心配したひかるが水を買おうとすると、男は一枚の銀行カードと古びた指輪を差し出した。
「これを質屋に持っていって、金に換えてほしい。水のお礼だと思ってくれ」
ひかるは戸惑った。
水一本の代金としては、あまりにも不釣り合いな品物だったからだ。
それでも男がしきりに頼むため、ひかるは水を買って手渡し、二つの品物を預かった。
もちろん、質屋で得たお金は男に返すつもりだった。
ところが、ひかるが質屋に到着し、カードと指輪を店主に差し出した瞬間、不思議なことが起きた。
目の前に置いたはずのカードと指輪が、忽然と消えてしまったのだ。
驚くひかるを前に、店主の男が不気味な笑みを浮かべた。
「金が欲しいんだろう? ならば、代わりにお前の命をもらおう」
男の姿がゆっくりと歪み、黒い影に包まれていく。
そこに立っていたのは、人間になりすました悪魔だった。
悪魔は、ひかるが男から品物を受け取った時点で、契約の第一段階が成立したのだと告げる。
「あとはお前が望むだけだ。金を受け取り、その命を差し出せ」
しかし、ひかるは首を横に振った。
「そんな契約、絶対にしない。私はお金が欲しくて引き受けたんじゃない!」
その言葉を聞いた悪魔は、面白くなさそうに笑った。
「そうか。ならば、また会おう」
そう言い残し、悪魔は煙のように消え去った。
気づけば、質屋は何事もなかったかのように静まり返っていた。
そのとき、店の扉が開いた。
入ってきたのは、上品な服装をした美しい少女だった。
彼女の名前は、アリヤ。
「あなたが持っていた指輪とカード……それは、私のものです」
アリヤはそう告げ、品物を返してほしいと頼んできた。
ひかるは困惑した。
さっき、二つとも消えてしまったはずだったからだ。
しかし、ふと手元を見ると、そこには消えたはずの指輪とカードが戻っていた。
「どうして……?」
理由はわからなかったが、ひかるはそれらをアリヤに返した。
アリヤは安堵した表情を浮かべる。
けれど、その瞳にはどこか怯えたような色があった。
実は、アリヤもまた悪魔に目をつけられていた。
かつて悪魔の甘い言葉に惑わされ、ある約束を交わしかけたアリヤは、それ以来、悪魔につきまとわれるようになっていたのだ。
悪魔が欲しているのは、ただの命ではない。
アリヤが所有する指輪には、悪魔との契約に関わる秘密が隠されていた。
そして、ひかるが指輪を手にしたことで、悪魔の標的はアリヤだけではなくなってしまった。
事情を知ったひかるは、アリヤを見捨てることができなかった。
「大丈夫。私があなたを守るから」
そう約束したひかるだったが、悪魔はすでに次の罠を仕掛けていた。
数日後。
ひかるの前に、アリヤが現れる。
しかし、その様子はどこかおかしかった。
いつもとは違う微笑みを浮かべたアリヤは、ひかるにそっと手を差し伸べた。
「ひかる、お願い。私を助けたいなら、ひとつだけ約束してほしいの」
その声は確かにアリヤのものだった。
けれど、ひかるは違和感を覚えた。
目の前の少女の指には、あの指輪がなかったのだ。
「……あなた、本当にアリヤなの?」
少女は一瞬だけ黙り込み、やがて口元を大きく歪ませた。
「せっかく、今度こそ契約してくれると思ったのに」
それは、アリヤになりすました悪魔だった。
悪魔はアリヤの姿を利用し、ひかるに新たな契約を結ばせようとしていたのだ。
そして、ひかるはまだ知らなかった。自分が最初に助けた男の正体も、指輪が自分の手元に戻ってきた理由も、すべて悪魔の計画につながっていることを。




