ヴァレッタ様を囲む秘密の会
ヴァレッタ様の取り巻き令嬢が集まっているようです。
その日、学園には放課後にお茶会室の使用許可申請が出ていた。
いくつかあるお茶会室の中でも、目立たない場所にあるその部屋は、お茶会として使用目的を申請されていたにもかかわらず、お茶やお菓子が並べられている様子はなかった。
にもかかわらず、授業の終わった放課後にひとり、またひとりと令嬢たちが集まってくる。
誰一人口を開くことなく、無言で席に着いていく様子は異様な雰囲気がある。
表情はどこか固く、思い詰めたような、切迫しているようでもあった。
時計の秒針だけがやけに響く室内には沈黙が満ちていたが、やがて用意された席のほとんが埋まると、一人の令嬢が静かに言葉を発した。
「皆様、今日はお集まりいただきありがとうございます」
それは公爵令嬢ヴァレッタにいつも付き従って歩いている令嬢の一人だった。
名をコーデリア・フェンウィックという。
「お声がけくださり、ありがとうございますわ」
「お誘いいただけて光栄でございます」
「ええ本当に」
集まった令嬢が口々にコーデリアへ感謝の言葉を口にする。
それらに、重々しく頷きを返すと、コーデリアは会の趣旨を宣言した。
「我々は今、帰路に立たされています」
ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえる。
「どう振る舞うべきか、決めるべき時がきたようです」
一人の令嬢が思い詰めたように項垂れて小さく頭を振る。
つられて数人の令嬢が目線を下げた。
「まさか、このようになるとは思いもせず、早まったことをしてしまいました」
「あなただけのせいではありません。私もそれでよいのだと信じて疑っていませんでした」
告解するように漏らした令嬢に、コーデリアは声をかける。
すると、「わたくしも」「わたくしも」とパラパラ声が上がった。
「まさか、ヴァレッタ様とメリア嬢が親密になられるとは、天地が返ってもないと信じていました」
一様にうなづいた後、はあ、とため息がお茶会室に広がった。
彼女たちは、公爵令嬢ヴァレッタについてまわっていた取り巻き令嬢たち。
今日は彼女たちの秘密の会合である。
主役不在のままに開かれた、ヴァレッタ様を囲む会が開かれたのは、彼女たちの状況が一変したせいだ。
かつて、クリストフ王子、今の王太子殿下の婚約者であったころのヴァレッタは同年代の令嬢たちの憧れの存在だった。
艶やかで豊かな長い黒髪に涼やかな目元、赤みを帯びた唇は口数が少なく、無駄がなく一言一言に重みがある。
幼少期より「あの子と仲良くなりなさい」と言いつけられてきた令嬢たちは、なんの疑いもなくヴァレッタとの交流を望み、常に行動を共にしたがった。
当時クリストフの婚約者だったヴァレッタにとって、目障りな存在と考えたのが男爵令嬢のメリアだった。
どうやらメリアはクリストフに恋する少女の一人だったらしく、ヴァレッタという婚約者がいるにも関わらずクリストフへの恋心を隠すことをしなかった。
目に余る行動をするかといえば、そこまでひどいものではなかったのだが、無邪気に婚約者に恋して頬を染めている様を見るのは、きっと面白くないだろうをヴァレッタの心労を思いやっていた。
取り巻きの令嬢たちも気分の良いものではなく、口を閉ざしたヴァレッタが傷ついているのだと早合点してメリアに注意するようになったのが発端だ。
それからは学園で顔を合わせるたびにつっかかるようになってしまった。
そのふたりが、まさか楽しげにお菓子作りをするような仲になるなど、誰が思っただろうか?
しかも同じ取り巻き令嬢の中でも最後列についてきていた令嬢を、自分たちを差し置いて自宅へ招き、ふたりでこっそりと内緒話をするようになった。
クリストフとの婚約をいつのまにか解消していた。
内緒話をしていた令嬢が、王太子の次の婚約者におさまった。
隣国の第3王子に求婚されていると聞いていたのに、どこぞの一騎士との婚約者を決めたという。
なんという転落、と思ったら本人はすこぶる幸せそうなのだ。
一般的な貴族頭の令嬢たちからは不思議を通り越して君が悪くも映った。
しかし、当の本人が幸せそうならいいか、と思えてきたのが最近のことだ。
ここまで来るのにかなりの日数がかかった。
そろそろヴァレッタが婚約解消をして一年になろうとしている。
「それで、今日はヴァレッタ様は?」
「エルナ様とメリア嬢とともに馬車に乗ってお帰りになりました」
「クッ、きっと王城に向かわれたのでしょう」
「おそらく、三人でお菓子作りをされるのだろ思われます」
「……う、う、羨ましい!」
はじめて「手作りなのだけれど、よかったら召し上がって」とお菓子を渡されたのが昨年の秋頃。
凝ったラッピングに、心を尽くされたことを感じたが、作った経緯を聞いて衝撃を受けた。
「実は最近、エルナとメリアと一緒にお菓子を作るのにはまっているのよ。次も日持ちのしそうなものの時はお裾分けするわね」
あの時のことをコーデリアは忘れることができない。
誰にも殴られていないのに、まるで頭を殴られたかのような衝撃だった。
ガツンとか、ドカンとか、グワンといったような、それまでのあたりまえを揺さぶられるものだった。
「お裾分け、と言われた時のことを私は今でも覚えています」
「ええ。あれは、私たちを誘うことはないと暗におっしゃっているようでした」
「ヴァレッタ様のことです。きっと私たちのことを気を遣われたのかと」
「そうですね。私たちはメリア嬢と、その……仲良くなかったから」
「……コーデリア様」
ヴァレッタが取り巻きの令嬢を誘わなかったのは、彼女たちに前世だのなんだのという話ができないからという理由であったが、共通の話題で盛り上がれる3人だけで集まったという点では、彼女たちの推測とそう変わらなかった。
「このまま、私たちはずっとヴァレッタ様に気を遣われたままなのでしょうか」
「一緒にお菓子作りしたいです」
「私も」
「私も」
お茶会室には、ヴァレッタとの交流を取り戻したい令嬢たちの声が上がり始めた。
彼女たちは心からヴァレッタに憧れ、その存在を好いていた。
メリアと衝突したのも、ヴァレッタを思っての行動であったのだ。
「私もそのようにしたいです。ですが、私たちはかなり不利な立場にいます。メリア嬢との諍いはなかったことにはできないですし……」
そう、そのことが彼女たちを悩ませている要因だ。
どの面下げて、ということである。
重苦しい空気が立ち込める中、一人の令嬢が声を上げた。
「素直に謝るのはどうですか?」
その令嬢は最近になってヴァレッタ様を囲む会に加入した新入生だった。
歳は少し離れているものの、ヴァレッタを憧れる令嬢は多い。
彼女は学園に入学してすぐ、ヴァレッタ様を囲む会への加入を求めてきた。
「過ちを認め、次の関係を築こうとする者を、ヴァレッタ様はお認めにならないでしょうか?」
ざわり。
取り巻き令嬢たちは、考えもしなかったアイディアに戸惑った。
謝るなど、選択肢になかった。
受け入れてもらえないと考え、端から選択肢になかった。
でも、それもいいかもしれない。
そう思えたのは、ヴァレッタへの信頼からだった。
きっと無下にはしない。
きっと真摯に向き合ってくれる。
そう思えるからこそ、素直に謝る選択肢とその先につながる、皆で一緒にお菓子を作る光景が見えた気がした。
「とてもいいアイディアです。あなたは私たちのような行動はとっていないから、頭を一緒に下げる必要はないわ」
「……そうかもしれませんが、私も一緒に行きます」
「よろしいの?」
「ええ。だって私、ヴァレッタ様を囲む会の会員ですから!」
その後、取り巻き令嬢たちはヴァレッタを通じてメリアと和解を果たしたのだった。




