ヴァインハルトの3兄弟?
まずはルーファスの物語を……
幼少期より見守っていた姫様との婚約が成ってから、なかなか実家に顔を出せなかった俺は、姫様が学園に戻られた年の秋にようやくまとまった休みを取ることができた。
今は田舎へ向けてのんびり馬車に揺られている。
俺はルーファス・ヴァインハルト。
グランツフェルト王国の端に位置する田舎貴族の三男だ。
田舎領地で上に兄ふたり、ということは俺が実家にとどまれる理由もなく、早いうちに騎士になることを目指し王都へ出ていた。
田舎領地ではあるものの、特産のワインで程々の収益を上げている我が家は、三男一人くらいは王都に出せるし、たびたび呼び寄せるくらいの財力はあるらしい。
というのは建前で……
実のところは、いくらあっても足りない人手を補うため、どれだけケツを叩いても構わない三男を呼び出して、手伝いへの支払いを浮かせているのが真実だ。
ワイン農家の秋は忙しい。
ブドウの実を収穫しなけりゃならないし、その実を運ぶのもひと苦労だ。
しかもすべてワインにできるわけじゃないから、使えないブドウを選ばなきゃならない。
何でもかんでも採ればいいってわけでもないのだ。
摘んだら今度は潰さなきゃならない。
これがかなりの重労働だ。
最初のうちは足裏の感触が珍しくて楽しいかもしれないが、続けているうちに足を上げることすらキツくなってくる。
強靭な下半身が必要なスタミナ労働なのだ。
騎士職で日々鍛えている三男なんて、こんな使いやすい労働力を見逃す兄ではない。
それをわかってか、王都に出てからも、騎士になってからも、ローゼンベルク公爵からはこの時期になれば「そろそろ田舎に顔を見せに行ってこい!」と、その大きな手で力一杯に背中を叩かれ送り出されている。
「こうやって、帰る口実を作ってくれるのは、ありがたいのかもなあ」
俺は近づきつつある実家の気配を感じながら、しみじみ感謝を感じる。
昨年は手伝いから帰ってすぐ、アンリ王子からの要望に答えるべく実家にトンボ帰りだった。
「騎士をクビになったのか?」
なんて冗談にもならない反応をされ、慌てて「さる高貴なるお方からのたってのご注文ですよ!」と言い訳をしたのだが、初めのうちは信じてもらえず揶揄われた。
「気に止むことはないぞ、ルーファス。最近我が家のワインはすこぶる人気だ。お前の一人や二人、養うことだって構わない!」
そう言って肩を組んできた下の兄キリアンだったが、「お前は早く嫁をもらえ」と上の兄グレゴールに即座にツッコミを入れられ、へいへ〜いなどといつもの軽い調子で流していた。
「ふふっ」
お堅いグレゴール兄上に、お調子者のキリアン兄上。
凸凹のようで、笑いの絶えない我が家を思い出して、俺は口から笑い声が漏れ出る。
姫様が一緒に選んでくれた、グレゴール兄上の奥方と娘たちへのお土産の感触を袋の上から確かめつつ、まだ遠くとも小さく見え始めた我が家に心が弾んだ。
「ただいま帰りました」
家へ戻れば、兄上たちは畑の方に出ていると執事が言う。
収穫は大体俺が到着した翌日から始めるから、今日はゆっくりしているんじゃないかと思っていたが……
「様子でも見に行っているのかな」
まあいいか、と特別気にすることもなく葡萄畑へ足を向けた。
赤髪の多い我が家の人間は、葡萄畑にいても見つけやすい。
広い畑を見渡しながら歩いていると、赤い頭がひとつ、ふたつ……「ああ、あれだな」と近づいていくと、もうひとつ金色の頭が見えた。
グレゴール兄上の奥方は茶色の髪をしていたはずだ。
ということは……
「もしや、キリアン兄上の?」
俺はふたり目の姉上ができる予感にどこか緊張しながらも、はやる気持ちが足元を運ばせた。
「グレゴール兄上!キリアン兄上!ただいま戻りました!」
もう少し近くからでもいいのに、どうにも我慢ができず離れたところから大きな声を出す。
声を掛けたからには、早く行かなければならないだろう。
俺は早歩きからほぼ小走りになって駆け寄っていった。
俺の声に最初に気づいたキリアン兄上が、お〜いと手を振り、続いてグレゴール兄上と、金髪のお方が振り返った、と思ったところで、はた、と俺の足は止まった。
「ええええ〜〜〜〜〜〜!?!?!? なぜこちらに!?」
振り返った美しい金髪のその人は、まさかの俺の知る人物。
そう、まさに約一年前、求婚されていた方を俺が婚約者として貰い受けてしまった……アンリ殿下、その人だった。
「やあ、ルーファス。久しぶりだね」
毒気のない笑顔で気安く挨拶をされるアンリ殿下に、「は、はい。お久しぶり、でございます?」と返すことしかできなかった。
なぜ?なぜだ?
なぜ我が家のブドウ畑にアンリ殿下が?
しかも足元は長靴。
王城でお見かけしたことのない、チェックのシャツにつなぎ姿は、もしや俺のお古では?
「おや?ふたりは面識があるのか?」
グレゴールが不思議そうに首を傾げながら近づいてきた。
「ああ、グレッグ。彼は私のかつていちばん欲しかったものを手にした幸運な男さ」
姫様のことーーーー!!
「なんだって?ルーファス。今夜は詳しく聞かなきゃならんなあ」
キリアン兄上がニヤニヤと話に乗ってきた。
まさか、お気づきでない?兄上、お気づきでない!?
これは、秘密にしたほうがいいのか?それとも正直に話していい話題なのか?
わからん!!
混乱する頭を両手で抱えていると、グレゴール兄上が俺の様子を無視して話を続けた。
「今年からしばらくアンリ君をうちで預かることになった」
「なんでも、うちからワイン作りの極意を学びたいんだってさ!」
「お二人とも、なんでも教えてくれるから助かります」
なんだって?
しかも、殿下のことをアンリ君だなんて……
「アンリ君は筋がいい。今、収穫すべき実とそうでない実についてレクチャーをしていたところだ」
「明日から早速即戦力でお手伝いいたします」
「いやあ、頼もしいなあ」
そう言いながら、兄上たちは畑から引き上げていく。
俺は訳がわからず立ち尽くしたままだ。
「うん?どうした、ルーファス。戻らないのか」
「早く来い〜、お前の話を聞かせろ〜」
かなり離れたところで俺がついてこないことに気づいた兄たちに動かされるように俺が後を追う。
「弟がもう一人できたみたいで嬉しいよ〜」
「しかも真面目でやる気がある」
アンリ殿下の、兄上からの評価はすこぶる高そうだ。
収穫が始まる前から疲れを感じていた俺に、アンリ殿下がこっそり近づき囁いた。
「そういうわけだ。よろしく頼むよ?兄上!」
「〜〜〜! 勘弁してください〜〜〜!!」
こうして、ヴァインハルトのワインは更なる進化を遂げることになるのだった。
次は誰をフォーカスしようかな?




