第十八話 解錠
最後までお付き合いください。
(……時雨様!!時雨様!!聞こえますか!?)
(……小夜なのだ!?)
時雨の内側から小夜の声が聞こえる。時雨は驚くとともに唇をかみしめた。あの話を聞いた以上は一抹の不安を抱かざるを得ない。小夜がとらわれてしまったら、実験の材料はそろったことになる。
3年前、アンドレアスが小夜をどのようにして用意したのかは不明だが、アウターアカデミーの内部から彼を援助していた人物がいるのかもしれない、と時雨は見当がついていた。彼には確実に巨大な後ろ盾がある、教会にいつの間にかできていた広大な実験施設を用意し、これまでのアンドレアスの逃避行を可能にしたものがいる。なるほど国家規模の大事件になりえた原因はそこにあったのかもしれない。
その思惑がまた動き始めていることを知り、時雨は尋常じゃないほどの汗をかく。微塵も動いていないのに過去の出来事やこれから起こることを聞いてから、長距離を走った後のように荒い呼吸が収まりそうにない。
(今、霊的パスを介して魔術信を使っているのです。地下牢ですよね?今向かいます!)
(来るな!相手はアウターパイロット並みの戦闘力、いやそれ以上かもしれないのだ!
あいつは今扉を出ていったところだ。おそらく途中で鉢合わせるのだ!!)
(はい、わかっております!もちろん対策はしてあります!それに信頼できる助っ人もいますので!
ですから殻獣態になるご命令を!!)
(お前ひとりでは無謀もいいところなのだ!
だめだ!!!命令だ!!!来るんじゃない!!!お前までいなくなったら……ああ!!!!)
(どっちにしろもう手遅れです!もう教会の中、というより階段下り始めなんです!!
……時雨様、らしくないというやつです。そんなに弱気になっている時雨様は時雨様じゃありません。何を聞いて、何を見たのかはわかりませんが私がいるからには大丈夫ですよ。約束します。
いままで時雨様がここにいた人たちを想いどれだけ研鑽をされてこられたか、私が一番知っているんです。
手のひらを見てください、フフッ、まるで男性ではありませんか?
……そして今、過去の因縁にさいなまれていると考えてはいけません。
今はまさに過去の因縁に清算をつけるチャンスではありませんか!!
私と時雨様が合流してしまえば、向かうところ敵なし。これは虚言でも何でもありません。
れっきとした事実なんです!!!)
時雨のテンポの崩れた呼吸が一度息を止めたように停止した。
身をねじらせてどうにか体を起こす。体の前で縛り付けられている両手を広げそれを見つめてみる。
まるで、剣を収めるために作られたような手だ。指の付け根が盛り上がり手のひらに一つの段ができている。武骨で小さい、背丈の低い女性の手とは思えない何かがそこには詰まっている。
甦る。時雨の歩んだ日々。それは形容しがたいほど長く苦しい日々だった。
逃避し、苦悶し、拒絶し、無視し、自傷するよう修行して。
涙。涙があふれる。受け入れよう、受け入れよう、そう思って目の前の事実を受け入れられない日々。
いま、その掌が鍵に。煩雑なものが混然としていた胸がようやく空く。
(そうか、そうなのだな。……はぁ。アウター、疑似展開。殻獣態に移行しろ!!!)
(了解!)
時雨がそう命令すると、小夜の小さな四肢の節々から魔法陣が展開される。魔法陣が高速な回転とともにその大きさを広げると、次第に光が強くなる。小夜は殻獣態に移行している最中も、駆け降りる足を止めない。
小夜のシルエットが見えなくなるほどの光が、暗い階段を照らし始める。その光は流星のごとくらせん状の階段を駆け下り、次第にそれを放つ光源が大きさを増したと思うと、暗い階段は昼のような明るさにおおわれていた。
しばらくして光が収まる。小夜は成体の虎に匹敵するほどの大きさに成り代わっていた。白く光る傷一つない清廉な鋼に身を包み、鋭利な爪、獲物を捕食するための牙が、その光沢によってより殺傷に特化した凶器の様相を呈していた。先ほどの愛らしい「猫のような虎」といった風貌は微塵も感じさせず、そのまま「野生の虎」といったところだ。
階段を下り終えた小夜は一つの扉の前に着いていた。重く分厚い扉を蹴破ると、そこには小夜にとっても因縁の実験場が広がっている。これから向かってくる敵に対し威嚇の咆哮を先に続く闇に向かい放つと、小夜はさらに速度を上げてあたり一面に広がる実験道具を無視するようにそのまま一直線に走り始めた。
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「お前が……アンドレアスか?」
「ヒヒヒ!!そうとも!!我こそがアンドレアス・リカデウス!!その人だ!!」
アンドレアスが力の加減を間違えたかのように無理やりに片手で髪を掻き上げ、その名を大仰に名乗った。友和はその名を耳にすると片側だけの唇を少し吊り上げ、その口角をひくつかせている。彼は自分の足元に落とした視線を5mほど上でふんぞり返っているアンドレアスの方に刺すよう向けた。
そして、その目に宿るものとは正反対に、嫌味に柔和に紳士的に提案をした。
「時雨さんはどこです?できれば僕の師匠なので返してもらうと嬉しいのですが?」
「師匠?ああ、またあの子は師匠ごっこに興じているのですか!?
お弟子さんのお願いだとしても答えはノーです。断じてノーです!!
そんなこと言えるのは私の崇高な計画を知らないからだ。ヒヒっ!想像するだけで共和国の明るい未来が目に浮かぶ!!!」
「セリアンスロープだっけか?なんなんだそれ?」
「共和国の発展に大きく寄与する計画ですよ!!!私が研究所に返り咲くために、この実験が正しかったことを証明するんですよ!!!天才というのは最初は世間から糾弾されると相場が決まっている!!そこを乗り越えてこそ真の天才。今まさに僕はその険道を進んでいる最中なんだ!!
ヒヒッ!!僕は選ばれた人間だ!!!このようなところでくすぶっていたら、共和国に未来はないんだ!!!」
アンドレアスがねじの外れたように語る。興奮というにはあまりにぬるい、錯乱といったほうがいいだろう。手足を初めて得たのかと感じてしまうほど、大げさに振り回しながら説明する。彼は友和に向けてというより、自分に向けて自慢するように話している。
「馬鹿馬鹿しい。お前は共和国なんかより自分が大切なんじゃないか。それで師匠を実験体にするなんて身勝手極まれりってところだな。」
アンドレアスの片面の表情が固まる。高説を垂れていた口が機械のように急にぱたりと話すのをやめると、彼は爪を立てて鋼鉄の顔面をヒステリックなほどにカリカリとかき始めた。彼の中のタブーに引っかかったのだ。
動かなかった表情が胎動するように不気味に波打つ。すると彼の顔面に青筋のようななにかが立つ。だが青筋というほど曖昧で、形のない筋ではない。その皮膚の下に、うねるミミズのようなシルエットがありありと浮かんでくる。もはやその人間らしい部分である顔面でさえも機械に侵されているのか、友和はその異様な光景に思わず息をのんだ。
アンドレアスが震えた声で話し始める。
「ああ、ダメなんです、シグレじゃないとダメなんです。だめ・・・・ダメダメダメダメダメダメ!!!!
『ムラクモ』は形こそ安定しているが、ダメ!あれじゃダメなんだ!もっと善性のある、それでいて強大な霊魂じゃないと、帝国の野犬をかみ殺す共和国の忠犬にはなりえない!!
そうだ!僕が返り咲くためにはこんな失敗作ばかりじゃあだめなんだ!!!!!」
彼は巨大な物体の上で地団駄を踏む、そう、まるで巨大な物体が「こんな失敗作」そのものかのように、下を向いて目を見開いて、その物体を戒めるように踏みつけている。砂埃のせいで友和からはよくは見えないがそれは大きな直方体をしているものだった。
「こんな巨大で!愚鈍で!思考力のない兵器なんて要らないんだ!!命令ばかりに従って!!
……そうだ!
ここでテストをしましょう!?あなた、シグレと同じ学校通っているならアウターパイロットなんでしょう?型落ちの銃なんか捨ててこのポンコツと戦ってくださいよぉ!!テストですよぉ!
こいつらがどれだけ弱くて、アウターがどれだけ強いのか!ラプラスの英知をこの身で確かめようじゃありませんかぁ!」
友和はまともなアウターパイロットに対してなら自殺願望にもなりえるその提案に少々あきれていた。彼は演技じみた素振りで手を体の横にやり、やれやれといったような格好を取る。
「僕は変態じみた科学者の酌を取るほど上手く作られていないんだ。ごめんだよ。」
「だめです!これは提案ではなく決定事項の確認です!強行してでもやるんです!」
そういうと彼は巨大な物体にあるパッチを足で乱暴に開き、その中にまたも足を突っ込み、足裏で蹴りを入れる。何かスイッチが入ったようにその直方体がぎしぎしと揺れ始める。
ギギィッ!ギギギギィ!!
すると金属のこすれるような音が不快に鳴り響き、その音がやむと同時に直方体の四面が一気にバタンと倒れた。四面によってつくられた風で周りにあった砂塵が吹き払われ、その全容が明らかになる。折りたたまれ、傘のようにうずくまっている巨躯が動き始めた。
足が一本一本その纏まりから放たれ、地響きとともに足のようなものがその地を抉るように地面を踏みしめる。そしてしばらくしてクモのような四本脚が完全に地面に立った。
その巨躯は形容すればその通り「巨大機械クモ」といったところだ。
だがその四本脚は元来のクモのように黒い毛やぷっくりと膨れた肉がその足についているわけではない。その自重にすら足を揺さぶられているような、奇妙なバランスがその巨躯にはある。その原因がよく表れているのもその四本脚だ。
それはおぞましいほど「肉体」と「機械」が調和を成している。アウターのような外殻、いや正確に言えばそれを肉抜きにしたような四本の金属シリンダーからなるフレームが足全体を覆うように取り付けられている。それがこの奇妙なバランスを保っているのだろう。
そしてまたこの足の奇特なところは四つもの関節だ。四つの関節のうち、胴体に直接触れる上から一番目と足の部分を繋ぐ三番目は大きな黒い球体だ。この球体が駆動を制御している。その球体から、四本の金属製フレーム、そして人間の手足が四・五本伸びている。
そう2番目と4番目は人間の関節の集合だった。集まる手足にはそれぞれ別々の機具が接続・装着されており、非対称なバランスを生身の関節がばねのように同心円状に広がりフレームの一助となっていた。
一方、四本脚が接続される球体が集まる胴体は奇妙というより、「そのまま」がまとまっている。人間であるのにそれが集まると魑魅魍魎に見えてしまう5つの胴体は一つとしてその生気をを保ってはいなかった。暗いベールがかかり半分に開かれた瞳を持つ体は完全に機械に支配されているようで、四人分を花弁、一人を花柱に据えているような見た目だ。
それを十分に見せびらかしたアンドレアスが、口を開く。
「ヒヒヒ!!これが『失敗作たち』だよ。半人半獣計画でいっぱい動かない人間ができてしまったからねえ。
僕は『モッタイナイ』っていう言葉が好きでね!ヒヒヒ!!こんな肉塊でも多くあればシリンダーやエンジンを接続したりして研究の材料になるんだ。ラプラスの作り出すものには届かないけど、僕の拙い前技術的なアウターを実験的に装着して試運転できるようにもなった!!
ヒヒヒ!!おかげで人体と機械の融合の理論がほとんどくみ上げることに成功したのさ!!失敗は成功のうち!!この三年間の研究によってようやくシグレも完璧な鋼外殻混合体になれるのさ!!」
友和はその話をいやに静かに聞いていた。その現実離れした話を目の前で実演しているアンドレアス・リカデウスに物凄い憐れみを感じていたのだ。そして、彼は人の<哀しみ>などを理解していないことが友和にはわかってしまった。
何かが欠けてしまっている人間、タガが外れてしまっている人間。友和も怒りは確かに感じている。見るだけでわかる、この怪物が作り出されてしまった過程は血にまみれたものだろう。どれだけの人間が苦痛にあえいだのかわからない。
だが、彼の心を一番に占めていたのは憐憫だった。人の心を理解できない人間。
いくらでも人間を形容する際に軽く口から出てくる言葉だろう。「あいつは傍若無人すぎる」だとか「あいつは勝手が過ぎる」だとか。
だが実感として、言葉に出すまでもなく、アンドレアスは理解できないのだなとわかってしまった。
するとその悲しい解釈とともに、何かが切れる音が友和の内で聞こえた。これは比喩でも何でもない。
キンといったコンピュータから出るような機械音が実際にしたのだ。そう、突き動かされているように、「彼を斬れ」と言われているようにあの「抑制」が解除された音が実際にしたのだ。
どうしようもなく指示を了解した。
無論、戦闘になることは避けられないと友和は悟る。手に持っているアサルトライフル型アンプリファーを投げ捨てると、彼は左腰につけていた近接戦闘用の刀剣アンプリファーを抜いた。
それは、意図的に刃の部分が抜け落ちている。マナを直接的に相手に切りつけるためだ。彼はカプセル型のカートリッジを柄の端から挿入した。起動、という小さな命令を発すると、青く光る薄い刃がそのデバイスにまとわる。
「そんなこと言われたら、僕もあんたのお酌を取るしかないようだな。
でも、丁寧になんかしてやらない。
それと、言っておくが僕はアウターを使えない。だが今更、実験中止とは言わせない。
友人……そうさ、友人のために!
友人のために、俺は!!
憎むべき悪を断罪する!!!!!!!!!」
最後までお付き合いいただきありがとうございました!!
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今後とも、『Exception for Equilibrium ~僕だけ<刀>って、何事ですか??~』をよろしくお願いします。




