第十七話 決意
最後までお付き合いください。
僕と小夜は教会の前についていた。
もう誰も使用していない様子の教会だった。管理されていない教会は白塗りにしてあったであろう塗料が剥がれ落ち、錆びて赤茶色になった鉄筋がむき出しになっている部分がある。おそらくキリスト教系の教会だ。屋根の頂点に立派な十字架が突き刺さってはいるが、その下に目を向けてしまえば裸の王様といったところだ。冠だけは立派なもので、何とも言えないむなしさが残る。そこにはまともな門はなく、ただ金網が周りに張り巡らされていて、そこに「売物件」と書いてある看板がぶら下げてある。
その看板の下にもう一つ木材に武骨な文字は並べてある表札が捨てられたようにあるのを発見した。
その表札には、
「綯総教キリスト教系·アニイゼ教会付属·霖孤児院」
と漢字で記されてある。
横で視線を同じところに落としていた小夜が話し始めた。
「彼女の前の姓は霖。霖時雨だったのです。
彼女はこの孤児院の院長をしていた父親の娘でした。そして、父親が彼女に授けた<刀戯>の技術をを、彼女自身、孤児院で生活する同世代の子供たちに教えていた『師匠』でした。
その教えるというう喜びを思い出そうと、あなたの弟子入りをあの人見知りな師匠が受け入れたのでしょう。」
「……ならなんで……なんで、あんなことを急に言い出すんだ。」
「……私も聞いたのですが、応えてくれませんでした。」
半人半獣計画の全貌を、その計画の中何が行われたのかを僕は明確にはつかみ切れていなかった。約30分で師匠の誘拐発覚からここまで来たんだ。当たり前といえば確かにそうだ。
だが、何も知らない僕が土足でこの問題に踏み込んでもいいのか?ただ単に心配でここまで来てしまってはいたが、師匠の触れられたくない部分だということは明確だ。
昨日一方的に拒絶されたばかりの僕は、今日の成り行き任せの行動に疑念を抱き始める。別にあの拒絶に対して師匠を責めるつもりもない。僕だって母親のことは伏せていたし、そもそも私生活や家族関係などの話はしてこなかった。
そう単に「師匠と弟子」、それだけだった。
なのに今、その関係が揺らぎ始めている。
噛んでもらってまでして、根性を叩きなおしてまで定めた「須佐時雨という個人を助ける」という決意が薄らぎ始めている。
僕は教会の先にある未知の領域に踏み込んではいけないような気がした。
このふとした懸念からか、僕はまた足が止まってしまう。踏み込む決意を固めたわけではなく、そのおんぼろ教会の中に何が待っているのか、ただその不安によってだ。
その時。
股間に不意の激痛が走る。
視線を下に向けてみると、そこには口だけの力で僕の股下をぶら下がっている小夜がいた。
「貴様!!!男だろ貴様!!!
フゴフゴ……女の子が泣いてるのかもしれないんだぞ貴様!!!!!!!
フゴフゴ……ここについているのは何だ!!!!!!
立ち竦んだついでに、ここも竦んできっちり収納されちまったのか、きさまああああああああああ!!!!!!!!」
「いぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
まさに豹変、虎なのに豹変である。「友和様」などといわれていたのが遠い昔に感じるぐらいの大声と激痛だった。腕を噛まれたのと訳が違う。はっきり言って意識が混濁するほどの痛みだ。
ちなみに「ここ」は竦んではいなかった。標準サイズだとは思っている。
僕はそのまま小さくうずくまり目から涙が出るほどのこみ上げるような痛みに耐えていた。もう、言葉が出ないほどに苦悶していた。
そんな僕の地面に大分近くなった耳元に、ぴょんと小夜が近づいてくる。さっきの勢いはない。逆立てた毛はすっかりしんなりしてしまい、尻尾もたらしたままである。
「友和様、どうかお願いです。おそらく敵は二名、私だけでは無論対処できません。
もう師匠と弟子なんてつまらない形骸は忘れてください。ただの友人として、時雨様を救う一助をくださればいいのです。
それにもうあなたは破門されているではありませんか。」
懇切丁寧な、切実な願いが届く。
(そうか、友人、か。)
僕は自覚こそしていなかったが、須佐時雨はただの師匠だという冷たい線引きをしていたのかもしれない。彼女のうちに隠れる何か、その無邪気さとは別のものを僕は時々感じていた。あの瞳に宿る得体のしれない何かを僕は無意識のうちに突っぱねようとしていたのだ。だがそれ以前に、彼女は一人の人間であり、しかもやり方こそ荒っぽいが真摯に僕の鍛錬に付き合ってくれていた人だ。そんなひとを「怖いから」という腰抜けた理由で見捨てていいはずがなかった。
「ああ、いつまでも意気地なしで済まなかった。助けに行こうか、友人として。」
「はい!」
「……………ところで、あと5分は動けないから、ビーグルから荷物下ろせるだけ下ろしといて。」
「………すみません。」
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きっちり5分後だ。
小夜による作戦が決行される時間となった。
そもそも小夜もこの教会で幽閉されていたので、その内部構造には詳しかった。おそらくは地下牢に閉じ込められている。そう二人で結論づけ、小夜が作戦を立てた。
友和は教会の前の近くに止めていた車の後ろに隠れつつ、突撃の準備をを始めた。まずは彼の背負っている鋼鉄製巨大サイコロ型のバックパック、通称「大人のランドセル」の封を解く。これはアウターとはぐれたとき用、アウターが行動不能になったとき用に使われる、軍の戦闘用便利キットのようなものだ。アウターが配給される前はこれを用いて友和たちは戦闘訓練をしていた。それを訓練場の窓口で、嘘を言って借り出してきたのだ。
そもそも時雨をを打ち負かした人物に相対しようとしているのだ、二人の準備に抜かりはなかった。不意打ちだったか丸め込まれたのかはわからなかったがが、その『叢雲』とやらは相当なのだろう。友和は生身+鋼の塊で対面したらそこに勝算があるはずもないと自覚していた。
そこでこれ、「大人のランドセル」だ。中身は主にアンプリファーが詰め込まれ、正月大セールの福袋の中身みたいに、グレネード、アサルトライフル、サブマシンガン、杭打ち機のような掘削道具、近接武器など盛りだくさんだ。訓練用にも関わらず、本物がそろえられている。
そもそもアンプリファーとはマナを使うためのデバイスのことだ。アウターも正確に言えばアンプリファーの部類に入るのだが、根本的に違うのはマナの供給方法、アンプリファーはカートリッジ式、つまり人体から持続的にマナを供給されるアウターと違い、圧倒的に活動限界時間が短いのだ。
そこが難点でアウターが作られたと言っても過言ではない。
友和は車の影でそれらの銃を確認し、アウターを掛ける腰の反対に、近接用のアンプリファーを掛ける。そもそもアウターパイロットが出てきたら、これらじゃ全く対応できない。威力は十分だが、速さが違う。当たらなければどうということはないのだ。
だがそれでもやるしかない。そう、友和は二度も決意した。
準備が完了した。
二人は友和が構えるランドセルの陰に隠れつつ、教会の入り口まで接近しようと姿勢を低くして牛歩した。あまり格好のつかない前進であったがそれも仕方がない。教会の入り口までは金網が開いてあったところから50mほど、荒れ果てた庭には草の一本もなかった。かつて花壇があったような跡、根まで枯れてしまっている切り株、遊具の残骸と思われる丸みを帯びたポール、それらが点在しているだけだ。おそらく不動産会社が気まぐれで除草剤でもまいたのだろう。
そのため隠れられるような場所はなく、かといって勢いで走りこむ勇気は二人にはない。だから、周りを最大限に警戒しつつ、鋼鉄の盾を構えながら前進することにしたのだ。
友和は首筋から汗をかいていた。何も起こらない中、緊張や恐怖に耐えられる時間はそう長くはない。彼らの遅い足取りとともに、何かが起こるという予感が次第に強まる。
じりじりと、にじり寄る。
滴る汗が明るい茶色を黒くする。
その意思とは反対に呼吸が音を出し始める。
だが、二人の不安は杞憂に終わった。
そんな予感はいざ知らず、入り口の五メートル手前まで友和と小夜の身には何も起こらない。むしろ不気味なほどに静かだ。
(何かトラップが、この奥に潜むものが?)
二人は何か誘われているような雰囲気を感じ取り、それより前へ進もうとする足が止まりそうになる。
しかし、二度ならず三度も噛んで噛まれてをした仲だ。二人で結び固めた決意はもうすでに揺らぐものではなかった。それは危険に飛び込むことで起きた興奮状態ともいえる脆弱なものなのかもしれないが、彼らにとっては背中を押し歩みを進めてくれる心強いものにほかならない。
友和は小夜と目を合わせ、合図を送る。
開戦の狼煙は、スモークグレネードから律儀に始まった。
小夜が煙の中へ全速力で駆け出す。一方彼はその場にとどまり、ランドセルを盾に小夜の走りこむその先を、待ち伏せる敵を想定してアサルトライフルを構えた。煙が切れそうになれば、標準を合わせたままスモークグレネードを教会の奥深くまでいくつも投げる。
(………………………)
スモークがまかれる乾いた音だけが、教会の中に響く。
反応がない。小夜と敵が激突した様子もない。
(とりあえず、第一段階成功。なのか?)
友和は安堵と猜疑心をないまぜにしていた。ある種、反撃を期待していたのかもしれなかった。
しかし、その期待したものは
轟音とともに訪れた。
ドギャァアアアアアンン!!!
辺り一帯の建物が崩れてしまうのではないかと思うほどの破壊音が地面を伝い、友和の体を揺らす。
彼の背後に巨大な物体が、彼の構えるアサルトライフルの標準が意味をなさないほど巨大な物体が、空から落ちてきたのだ。
彼の後ろに落ちてきたのだ。
「ヒヒ!!君は誰ですかぁ?シグレの友達かなぁ!?!?」
巨大な物体の上にいた、細身な人型の影が彼に話しかける。あたり一帯が砂塵でおおわれ姿が見えない。
「ってことは君もパイロットなのかい!?
ヒヒヒヒ!!!
また僕の為、国の為に幸運が降ってきたぁ!!!!!!!」
「‥…。ていうか、降ってきたのはお前だ!!」
「フヒヒ!!この状況でまだジョークが飛び出るなんて!!
でも残念!!
僕が降りてきたんじゃない、君が実験台に上がったんだ!!ヒヒ!フヒヒヒヒ!!!」
空に漂っていた砂塵が晴れ夕日を真正面から受けるように、影の顔が見える。
眼鏡、キツネ目、鋭い口端、乱れた短髪。
よれたスーツの上に白衣を羽織っている。
そして何より、顔面の半分が「描かれて」いた。
鋼鉄の仮面の上に、だ。
それは異質なものが交じる顔というより、人間のほうが交じる機械といったほうが正確に思えるほど「機械的」な顔だった。機械的すぎる見た目に反し、その口から漏れるやけに粘着質な引きつり笑い。顔の半分よりも、その口から出る言葉の節々に生々しさがある。
そしてその顔を一目見た瞬間、友和は確信した。
(アンドレアス‥‥‥!!!)
最後までお付き合いいただきありがとうございました!!
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今後とも、『Exception for Equilibrium ~僕だけ<刀>って、何事ですか??~』をよろしくお願いします。




