第十六話 真実
最後までお付き合いください。
時雨と小夜の霊的パス。これさえつながっていれば彼女の居場所はわかる。そして不幸中の幸いといったところか、そのつながりはほどけていなかった。
霊的パス。神経接続の他にアウターとつながる第二の経路である。神経接続がアウターに直接的にマナを供給している幹線道路なら、霊的パスは脇道のようなものだ。オーナーとアウター、両方につながりのある『霊魂』を中継地点にしてつながっている見えない経路。それが霊的パスである。
小夜は目をつぶり揺れる車内で集中していた。霊的パスのつながりは距離に比例して強くなり弱くなる。全神経を集中しなければ時雨の居場所がわからないのだろう。僕は小夜からその都度発せられる指示に従って道を選び、二人乗り用の小さな軍用バギーを中央都市で走らせる。15歳で取れる運転免許を一応とっていた僕は、初めて一般道でまともに車を走らせることになった。
中央都市は共和国で最も発展している都市である。その名の通り国の中心であり、政治、科学技術、文化において常にトップに立つ都市だ。そこら中に高層建築や研究所、軍事施設、宗教施設、商業施設が立ち並び、さらに言えば居住する人口すら多い。
中央都市は大きく言って3つのエリアで分割される。
前時代文明機を中心に据える科学エリア、前時代宗教の統括をする綯総教を中心とする宗教エリア、大統領府や議会がある政治エリアだ。
そして科学と宗教の境に立つのが生体工学、遺伝子工学と魔法を融合させたアウターアカデミー、そして共和国軍魔法科ということになる。そして僕たちは今、宗教エリアに向かっている。
小夜が彼女の存在を感知できているということは彼女はおそらくこの中央都市から離れていない。小さなバギーでも十分に届く射程圏内にまだとどまっているという証だ。
15分ほどバギーを走らせているとどんどんと大きくなる時雨の存在を感知したのか、小夜が大きな声で僕に指示を出す。
「そこを右、まっすぐ1㎞ほど進んだら時雨様がいる場所に‥‥‥。
‥‥‥もしかして。チッ!!趣味の悪い男だわ!!」
「どうかしたの?」
僕はいつもと違いあまりに横暴になっている小夜の様子を見て、その様子を窺うように彼女に話しかける。小夜は見た目こそ小さい虎ではあるが、アウターであるからには人間のような感情を有する動物だ。「口が悪い」というのはアウターとしてはなんら不思議ではないが、彼女の「性格」として珍しいものだ。彼女は拒絶反応のように、醜い何かを見ているように顔を嫌悪で歪めている。
「いいえなんでも………いやいっそ友和様にはすべてしゃべってしまいましょう。
時雨様がいるのはおそらく、かつて実験の行われた教会です。」
「小夜がそんな顔するのは相当だと思っていたけど、そりゃ想像以上に胸糞悪いね。」
「あいつッ!人を材料にした実験をしているからか、他人が抵抗しなくなる術を熟知しているんだわ!!
あんなトラウマが蘇る場所に連れていかれたら‥‥‥時雨様が心配です。」
「ああ、早く助け出さないとね。」
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須佐時雨が目を覚ますと、そこは見覚えのある牢獄だった。その牢獄はある寂れた教会の地下に急造されたもので、20個の監房が連なっていた。監房は一本の廊下にすべての部屋が面しており、その中からではほかの監房の様子は目視することができない。かつての『悪夢』、「半人半獣計画」が実行に移されたまさにその舞台である。
だが少し違うのは眩しいくらいの明かりがついて周りの様子がよく見えること、そしてかつて『左』にいたはず少女が牢獄の外で大股を開くような座り方、いわゆるヤンキー座りのような格好で奇妙な笑いを浮かべ、ニタニタと時雨を観察していることだ。
少女が待ってましたと言わんばかりの大声で話しかけてくる。
「おうおう!!『お姉ちゃん』とやら、やっと目覚めたか!?」
「ここは‥‥‥?何が起こっているのだ?」
須佐時雨は牢獄の中、更に厳重に手と足を拘束具で縛られ、まったくと言っていいほど身動きが取れない。頭だけを動かし周りの様子を見渡してみると、時雨は自分の中で納得するように結論をつけた。
「そうか‥‥‥復讐というやつなのだな?私を殺すためにわざわざこんな舞台設定までしてくれたのか?」
そう時雨が『叢雲』に向かって自分の考えを淡々と述べる。普通の人間であったらこの状況、とても平然としていられるはずがないが、時雨はそのような恐怖の源である「生への執着」というものがなかった。どうあがいても逃げ出せない、試す価値もない、諦念というものが彼女の力の抜けた顔からにじみ出ている。
しかし、時雨の考えるものとは何かが違うようだ。牢獄の外の少女は、もともと笑っていた顔をさらに引きつらせ、口が裂けそうな笑顔を見せる。
「あらら?もっと動揺するかと思っていたんだがな。意外と平静じゃないか?
怖くないのか?まさにトラウマの聖地に巡礼しているんだ!!」
叢雲からは出ないような口調で、誰かがその体を借りて時雨に問いかける。時雨はその様子を見たくないといったような態度でぞんざいにそれに応える。
「無理なこととはわかっていたが、そもそも死んだお前に殺されるつもりだったのだ。」
「へえ?」
「天国にいるお前に向けて天罰が下るようお祈りしたことさえあるよ。霊魂とやらの存在が確定しているのなら神様だっていると思ったのだ。でも、そんなことは起こらなかったのだ。バカにしてくれたっていいさ、本気の本気なのだからな。
そんな時、お前が現れた。正確には叢雲の形をした『何者』かもしれないが、妥協するにはいい塩梅なのだろう。こんな千載一遇のチャンスを逃すわけにもいかないのだ。」
「そうかそうか。でもな。『お姉ちゃん』よお、一つ勘違いしているぞ?」
「何を?」
「そもそも、この『上』で何が起きていたのか知っているか?」
地下の廊下に座り込む彼女はちかちか光る蛍光灯に指を差した。確かに『上』は時雨の知らない世界であった。実験の詳細を知ろうとも知らずにいた。時雨は静かに首を振る。
「いいや、パパに聞いても何も教えてくれなかったのだ。ただこの鉄格子の外に出たらだれも帰ってこない。二度と帰ってこないのだ。それでもうわかってしまうだろう。行間の意味するところってやつなのだ。
『お父さん』はそれを迎えに来る何者か、ということだけを知っているのだ。まるで三途の川を渡るための船頭みたいにな。」
「そうだよなぁ?誰も帰ってこなかったよな?」
そういうと、『叢雲』は鉄格子の外からその顔を近づけて、時雨と10㎝ほどの距離まで顔を突き合わせる。尻を浮かせて座っていた状態から、普通の少女だったら恥じらいを覚えるような四つん這いの体勢になって、物理的な限界まで顔を寄せる。
そして自身の胸に指を差し、宣告する。
「帰ってこないからって死んだことにはならないよな?
ああそうさ、連れ去られたヤツが確実に『死んで』いるなんて、どう確証を得るんだぁ!?
それも目の前にそれらしきヤツがいるのにそれでもまだ『死んで』いると?
まだそんな考えを持っているなら、お前は札付きのバカか心がぶっ壊れちまってるかの二択なんだろうけどよぉ!?
そうかそうなんだよな!!バカなんだろぉ!!いままでこのことを知らなかったなんてよぉ!!
じゃあ心優しい俺様が、そんなバカにつける薬として『上』で行われていたことを教えてやろうか?」
「なに?」
時雨の顔が初めて動きを見せる。その言葉の意味するところを全部汲み取れたわけではないが、『叢雲』から発せられた言葉の違和感が彼女にいやな予感を覚えさせたのだ。彼女の生死を左右する問題ではない。彼女の周りに関連することだとわかったしまったのだ。
「ちょっと科学と魔法の楽しい話をしようか!!
まず、マナ回路を持たない共和国生まれの人間に回路を貸してやるのがアウターだ。だけど、そんな仮初の力じゃ満足できないし、マナ回路を先天的に持つ本場の魔術師とは根本的に次元が違うだろう?
そうだよ、だったらどうにかして自分のものにしちまえばいいんだ。」
「アウターなしでマナ回路など開くはずがないのだ……」
「そうだ、アウターなしならな。
じゃあアウターがあれば?アウターの回路を自分のものにできるなら?」
「……………」
『叢雲』が問いかける。薄ら笑いを浮かべて。
「さすがのお前でもわかっちゃいるんだろう?
アウターを体内に取り込み人体と一体化させる。それだけだ。
発想自体は小学生でもできる。ただやろうとしないだけでな。
体にマナ回路とアウターの機構を移植し、アウターの霊魂とどうにか折り合いをつける。それを目指したのが『上』で行われていた「半人半獣計画」だ。
だけどすんなりうまくいくはずもねぇよなァ!?
第一の関門。体がマナ回路を拒絶する。これでぶっ壊れて精神に異常をきたしたり、ショック症状で意識が戻らなかったのが10人。
そして第二の関門。心がアウターの霊魂を拒絶する。霊魂と本人の心が体の占有権をめぐって喧嘩しちまう。いつのまにか奪い合っている家がぶっ壊れる。そりゃ一つの体に二つの魂が一時的とはいえ内包されるからな。それで依り代のない魂が二つとも昇天。それが8人。
お前と同じ<刀戯>を習っていた孤児院の連中が被験者に選ばれたのは、設定された10歳から12歳という年齢層のうちで体の強い人間が都合よく集まっていたから。
しかも孤児院という特典付きだ!!孤児院の院長さえ抹殺して成り代わっちまえばだれも口出ししない!!
お前がふんぞり返って師匠気取ってたおかげでぇ!!格好の実験体が20人も集まったってわけだ!!!」
(……原因が……私?)
時雨は自分の顔面がマヒするような感覚を覚える。実際に軽いけいれんが起きていたのかもしれない。怒りなのか恐怖なのかその出どころはわからないが、自分の知らないところで起こっていた想像以上の大きな思惑。時雨の顔がまるでエラーを起こしたアンドロイドのように固まる。
それに構わず『叢雲』は残酷な宣告を続ける。
「そして唯一の成功例。それがこいつ、別府叢雲だ。霊魂の融合なんてうまくいくはずがない、そう思うだろう?
だから俺は圧倒的な「支配」を選択した!牢獄生活で仲間の名前も思い出せない弱り切ったあいつに自分の名前も忘れさせるようにしてなぁ!
あいつは今、俺に隷属しているんだよ!あいつ自身の体だ、あいつの魂が根本的に性に合っているんだろうよ!そうだよ、わざわざ生かしてやってるんだ、あいつのアイデンティティーっつうのを全部捨てさせて!
バカなお前はあの地獄の様子を見て、生きているはずないと勝手に結論付けているらしいが、それは早計が過ぎるってもんだ!
そもそも死んでいたら『お姉ちゃん』なんて呼ばないだろうがよぉおおお!!!!!!!!」
「ッキ……きっ、貴様ぁああああああ!!!!!!!」
時雨はその言葉の最後まで聞かないうちに激昂していた。
彼女はあの地獄を抜け出した唯一の生き残りだった。暗い牢獄の中の人生が続くならば死んだほうがましと何度思ったことか。
そして最後の『左』の少女が連れ去られたとき、彼女以外は全員死んだものだと勝手に結論付けていた。それもまた一つの結末として、地獄から抜け出すことのできる方法として、彼女は納得はできないが受け止めていた。
しかし今、叢雲の地獄はまだ続いていたことが宣言されてしまったのだ。何者かによって魂を乗っ取られて、自由のない地獄を。
「おいおい、少し落ち着けよぉ!本題はここからなんだからよぉ!
お前を連れてきたのは他でもない、『お父さん』の命令だ。
こいつの手で最愛の『お姉ちゃん』を殺してやってもいい。それも一興ってやつだなあ。
だけどな、それは『お父さん』が許さない。もっと面白いこと考えるみたいでよぉ!」
「『お父さん』だと?アンドレアスがここにいるのか?!」
最悪の組み合わせだ。そう時雨は思った。あの地獄を作り出した張本人、そしてその地獄から生まれた目の前にいる悪魔。そして彼女を殺さないといっている。
結論はどうしようもなく決まっていた。
「そろそろ、お前がかばってちょこまかどっか行っちまったあの猫が、オーナーを助けようと律義に来る頃だ。どうせ来るとわかっていた。だからめんどくせぇ迷いネコ探しなんてしなかった。」
『叢雲』が四つん這いの体勢から、立ち上がる。まるで道端に捨てられた猫を見るように、それを憐れむような眼を時雨に向けている。しかしそれは手を差し伸べることを意味するのではない、ただただ憐れむ目を向けている。
そして、言い捨てた。
「お前も仲間に入れてやるよ、『お姉ちゃん』。」
最後までお付き合いいただきありがとうございました!!
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今後とも、『Exception for Equilibrium ~僕だけ<刀>って、何事ですか??~』をよろしくお願いします。




