プロローグ
「ふぅ―――」
ゆっくりと息を吐き出す。
呼気と共に身体中の力を外へ外へと逃がしていく。
崩した正座にも似た足の組み方で背筋を伸ばしながら体をねじっていく。
「バラドヴァージャ・アーサナ」
賢者のねじりとも呼ばれるポーズをとりながら、体の細部へと意識を向ける。
今行っているのは、自律訓練法とヨーガを組み合わせた独自のリラックス法だ。
独自の、と言ってもその基本となったのは殆どがインターネットから得た知識である。
それも当然の事であろう。褒められたことではないが俺は引きこもりの自宅警備員であるからだ。
知識のソースなど、ネットぐらいしかなかろう。
身体中の力が抜けきったのを感じる。
ここからが本番だ。
もう長いことひきっ放しで異臭を漂わせている布団に横になると、両足を開きながら膝を90度程度に曲げた。
静かに息を吐きながら、下腹部の腹筋を締めるような動作で腰をすこし持ち上げると同時にPC筋を強く締める。
息を吐ききると今度は、息を吸いながら背中を弓のように反らせていく。
体外から尾てい骨の辺りを抜け大きなエネルギーが体内へと流入していくのが分かる……気がする。
肺が満たされるまで息を吸い続けると再び息を吐き出す。
そんな動作を10分ほど繰り返し続けた後、大きく息を吐き出したと同時に立ち上がる。
「はぁ……」
ため息がこぼれる。
――また駄目だった。
「エナジー・オーガズム」
俺が試みようとしている行為だ。
自慢じゃないが生粋の自宅警備員である俺はかなりレベルの高いオナニストである…と思う。
星の数ほどのオナホを試したし、変わり種のオナニーも数多く挑戦した。
ネタ性の高いそれを開発しては実践し、オナテク板に変なスレを立てたのも一度や二度ではない。
ここだけのはなしヤバげな葉っぱなんかにも少し手を出したこともある。
もはや最先端のオナニー研究者といっても差し支えないだろう。
そんな俺が、「アナニー」、「催眠オナニー」ときて次に興味を示したのがこの
「エナジー・オーガズム」だ。
古代インドより伝わるタントラの秘術らしいそれは、俺にこれまでにない興奮をもたらした。
古今東西のあらゆるオナニーを圧倒する快感を得られるらしいその秘術は習得が酷く困難であるという。
強い快感に焦がれたわけではない。
その困難さが俺に火をつけたのだ。
人より優れたところなんて一つも持っていない俺が、いつも周囲からごみを見るような視線を浴びせ続けられた俺が。
何かをなせるとしたら、それはきっと………得意のオナニーしかない。
一時的な興奮によるものかもしれない。
何事も長続きしない俺の事だ。
どうせいつものように3日坊主で終わるかもしれない。
それでもそれにかけてみようと思ったのだ。
そして、修行開始から今日でちょうど1ヵ月。
始めの1週間はよかった。
少しずつではあったが成長がみられた。
最後まで行くことはないものの、日に日に感覚がつかめるようになっていく自分に、
今までの人生で味わったことのない充実感を感じていたのだ。
しかし、やはり俺は何処までも凡人であったのだろうか。
1週間を過ぎたあたりから進歩が感じられなくなってしまったのだ。
いくら時間を費やしても全く成長が感じられないのだ。
初めての挫折だった。
成り行きで自宅警備員になったような人間に、何かに全力で挑戦した経験などなかったのだ。
何処か達観したようなふりをしながら、冷めた目で他人を見ていた俺の遅すぎる挫折だった。
それでもあきらめずに挑戦を続けていた俺だったが、さすがに限界だった。
もともと、俺には無理な話だったんだ。
そもそも、エナジー・オーガズムだなんて胡散臭い話をどうして信じたんだろうか。
1ヵ月も続いたなんて俺にしちゃ快挙じゃないか。
後ろ向きな考えばかりが浮かんでは消えていく。
「……だめだ、こんな気分のときはさっさと抜いて眠るに限る。」
そう一人呟いて、普通のオナニーをしようとしたその時。
これじゃないのか……?
俺の脳裏にひらめくものがあった。
空は青々と透き通っていて、時折頬を撫でるそよ風が心地よい。
なんでもない住宅街がやけに輝いて見える。
いつも通りの電柱が、アスファルトが、道端の石ころまでもが、有名な写真家の取った芸術作品のように映る。
今日は珍しく家の外に出ているのだ。
気分が良かった。
それもそうだろう。
この1ヵ月悩まされ続けた成長の壁をついに突破したのだ。
「ふんふんふふーん♪」
陽気な鼻歌など歌いながらスキップで歩く。
流石に真昼間のこんな時間に歩いてる人間は少なく、人目を気にせず喜びを表現できた。
きっかけは普通のオナニーだった。
猛る局部に集中する熱い感覚に意識を集中したことをきっかけに、それまでは漠然としていた体内を流動するある種の力を
はっきりと認識することができるようになったのだ。
其処からはとても面白い現象が確認できた。
局部に感じる感覚を全身のいたるところに移動させることができたのだ。
その範囲も強度も自由自在である。
目指していたエナジー・オーガズムとは異なるものかもしれないが、むしろその感覚を得たことで今までにない新しい技術を
自らの手で作り上げたのではないかという興奮が充実感となって俺を満たしていた。
それから練習を重ねていると、さほど意識せずとも自在に感覚を操ることができるようになった。
今では外を歩きながらの操作すら可能であった。
そうして、高ぶった気分のまま外を歩いていると妙なことに気が付いた。
今日はやけに動物の姿を見るのだ。
野良猫など珍しいものではないのかもしれないが、すこし出歩いただけで実に5度も、おそらくは別の猫と出会っている。
いくら俺が普段外に出ないからと言って、いつの間にか近所が尾道のような猫地帯になっていた、なんてことはないだろう。
一つの考えに突き当たったので、物は試しとばかりに猫たちの前で習得したばかりの感覚操作を試してみる。
「「にゃにゃにゃにゃにゃ~」」
するとどうだろう、次から次へと猫の嵐、いや猫だけではない、鳩からカラスからなんでもござれと、たくさんの動物たちがよってきたのだった。
「うぉう、なんだこれ……仏陀かよ……」
たちまち動物たちに囲まれた俺は、よく見る仏陀の絵のような状態になっていたのだった。
意図せずして、悟りの境地に至る。