そんなわけ……マジか
「あいつに近付くと殺されるぞ!」
それは俺が孤児院に入るよりもさらに前、小さな集落で過ごしていた俺の歳は十にも満たず、能力のことを知らずに使ってしまった後のことだった。
当時は制御のやり方も分からず、触れる物は何でも壊した。いじめっ子たちは俺の顔を殴ると逆に手を痛め、俺が心配して軽く肩を叩いただけでその肩の骨は粉々に砕けたのだ。
本来はその程度で骨が折れるなんてありえない、だから、遊んでいて怪我をした程度の問題にしかならなかった。なにせ、当時の俺は貧弱で、一人を相手に四人でいじめてきていたのはみんながよく知るところだった。いじめっこの両親が文句を言いに来たが、ここぞとばかりに俺の味方をする人は多かった。
能力の使用後は倦怠感に襲われたが、数日後には治る。当時は火事場の馬鹿力だと思っていた。しかし、俺の味方は数日後に敵意をむき出しにして襲い掛かって来たのだ。
「化け物め! 近づくな!」
怒声を浴びせられる。原因は、我が家に賊が三人も侵入してきた時の事だった。
子どもを攫うことが目的だった賊は、俺を見つけるとためらいなく剣を抜き、邪魔だった俺の両親に斬りにかかった。だけど、両親は畑仕事終わりで農具を持っていたおかげで、応戦することが出来た。
「アッシスタ、逃げなさい!」
それが最後に聞いた母の声だった。左胸に刺さった剣と相打ちで、賊の首に鍬の先端がめり込んでいた。
父も賊二人を相手にして一人を討ち取ったが、もう一人に首を斬られていた。
でかい身体の無精ひげの男が、返り血を拭きながら近寄ってくる。
「はあ、はあ、てこずらせやがって。まあいい。こいつらの代わりはいくらでもいる。ガキ、痛い目に遭いたくなかったら大人しくしろよ」
賊の手が俺の服を掴み、引き摺られる。膝が擦れて痛かったが、その痛みはすぐに消えた。なぜなら――、
ゴキンッ
「あ? は?」
俺が掴み返した賊の腕が変な方向に曲がっていたからだ。
体術を学んでいたわけじゃない。ただ隙だらけだと思った脇腹に拳を突き出すと、バキバキと嫌な音を立てて、積み上げたオモチャを崩した時のように賊は倒れた。
「おォ、あ、がッ……」
悲鳴すら上げられない賊を見下ろした俺は、親を殺されたことへの恨みを込めて足を持ち上げた。そして、涙と鼻水に塗れ、白目を向きながら嗚咽を漏らす醜い顔を、勢いよく踏み抜いた。
硬いはずの骨を踏み抜いたこの感触は、永遠に忘れることはないだろう。
両親の声を聞いて大人たちが駆けつけてきたタイミングは、俺が賊の顔を踏み抜いた瞬間。大人たちに俺の姿はどのように見えたのだろうか。親もろとも賊を殺した化け物、そんなところか。
そして、人より力を持っていると自覚したこの日から、俺は化け物と呼ばれるようになった。
村を出たのは三日後だ。お金はあまりないが、力を見せれば怯えながら投げ渡してくれる。村人からではなく、賊を相手に何度も強奪したものだ。それで旅商人と物々交換しながら旅を続けたある日、俺はマジカさんに出会った。
旅は一年くらい続けていたかもしれない。すっかり賊は俺の能力を恐れて周辺の村や町の治安が良くなり、定住してもよさそうな穏やかな町で一人、屋外の席で飯を食っていた時だった。反対の席に長身の男が断りもなく座ってきたのだ。
「やあ、こんにちは。君がアッシスタ君だね?」
「誰だあんた?」
長身の男は茶色のトレンチコートにチェックの鹿撃ち帽を被った、物語に聞く探偵のような恰好をしていた。
彫の深い顔つきにわざとらしい笑顔。白髪交じりの髪は帽子では隠しきれていない。
「僕の名前はソンナワケ・マジカ。探偵さ」
「なんだそのふざけた名前、馬鹿にしているのか」
「馬鹿になんてしていないさ。ほら、怪盗ってやけに格好いい二つ名を付けられるだろう? それなのに探偵は普通に本名とかつまらないからね。僕はね、探偵業を通じて『そんなわけ……』と思わせておいて『まじか!』と驚かせたくてこの名前にしたんだ」
「なんだその理由、つまらないんだけど」
「えぇ? おかしいな、これでも娘には評判がいいんだぞ? 僕がどんな難事件も華麗に推理し、多くの人に『まじか!』って言わせてきたんだと嘯いたら、なんと娘が「そんなわけあるか!」って名前をもじってツッコミを入れてくれたんだ! 私は妻を亡く、娘としても突然母を失って元気が無かったが、その時、やっと笑ってくれたんだ」
「それは、……よかったな。というか娘は嘘で元気になったのかよ」
結局この男は何の用で相席してきたのかは、俺が食事を終えるまで話さなかった。というより、どうでもいい話を延々と聞かされていた。
マジカさんが店員にコーヒーを食後に二杯注文する。「僕の奢りだ」と下手くそなウインクをかまされたが、ただで飲ませてもらえるならありがたく貰う事にした。
マジカさんは甘党なのか砂糖をドバドバと大量に入れ、コーヒーよりもミルクを飲むんじゃないかと思うほどミルクを大量に入れていた。ちなみに俺はブラックだ。ここ最近商人から手に入れたコーヒーにハマり、毎日のように飲んでいた。ここのコーヒーは苦味が強いけど俺好みだ、今後は食後に頼もうか悩むな。
飲んでいる間もマジカさんの話は続いたため、それをぶった切るように質問した。
「そろそろ何の用なのか教えてくれないか?」
「ん? 用? ……ああ! そうだった」
「今絶対忘れていただろ」
「はははッ! アッシスタ君との会話が楽しくてついね。それで僕の用事だけど、アッシスタ君、孤児院に入らないかい?」
「孤児院? なんで?」
「アッシスタ君くらいの子で親がいなければ、孤児院に居た方が安全だからね。国の管理下にあるちゃんとした孤児院なのは保証するよ」
ズズズと下品に音を立ててコーヒーを啜るマジカさんに、俺は気持ちを伝えた。
「俺がいると、その孤児院に迷惑が掛かる。ただのガキにしか見えないかもしれないが、これでも人を殺したことがある悪者さ。賊よりも賊っぽい事をして物を奪い、それで生活しているガキだからさ」
「ふとしたきっかけで殺してしまうかもしれない?」
「……ああ、名前を知っていて近づいてきたってことは知っているんでしょ? この力の事」
俺は手のひらを何度か握ってみる。軽くやっているようで、鉄球すらも粉々に出来る力が秘められている。
「ああ、知っているさ。何せ、僕も能力者だからね」
「能力者?」
「僕が勝手に読んでいるだけなんだけどね、君のその力は普通の人にはない力だ。世界には君みたいに常人にはない力を持っている人がいる。それを僕は能力者と呼んでいるんだ」
「なるほど、じゃあ、マジカさんの能力はなんだ?」
「僕かい? 僕の能力はね、“死者の声を聴く”能力さ」
「どういうことだ?」
「そのままさ。この能力を使えば、事件で亡くなった人の声が聞こえるんだ。つまり犯人がすぐに分かるってことなんだよ」
「すっげー、探偵の頑張りどころ全カットじゃん」
「そう褒めるなって」
「いや、褒めてないよ?」
マジカさんはこれまでどんな事件を解決してきたのか嬉々として語り始めた。
話が脱線していることにも気付かないほど、この人は探偵であることが好きなのだと感じた。
「さて、そろそろ僕が本当に名探偵であることを証明しようじゃないか」
「死者の声を聴くズルをする人が名探偵は無理があると思う」
「いいからいいから。ほら、握手しよう」
「え、あ、うん」
スッと差し出された手を握り、手遅れであることに気付いた。俺の能力は心を落ち着かせていれば問題ないが、少しでも気持ちが乱れれば破壊することしか出来なくなる。
「マジカさん、手を離してくれ」
「大丈夫さ。ほら、もう少し力を込めてごらん。僕の推理が正しければ、今の君はどんなに力を込めても僕の手は壊せないよ」
「でも……」
「僕の推理を信じて欲しい。大丈夫だ。君の力は制御できる」
力を抜いてただ握られているだけだった手に、少しだけ力を籠める。これだけでも岩を粉砕するには十分なはず。いつ能力が発現するか怖くてたまらない。
「たとえ本気で握ったとしても僕の手は壊せやしないよ」
「本当、なのか?」
「ああ、信じてくれ」
俺は乾いた唇を舌で湿らせ、一度緩めた手を全力で握った。
「えい!」
「お、なかなかいい力じゃないか」
「……本当に大丈夫、なのか?」
「言っただろ? 僕は名探偵だから、アッシスタ君の能力も制御できるって」
「探偵の範疇を超えてないか?」
俺が全力で握った手は、俺よりも大きな手のマジカさんに吸収されていった。
これまでは無理に力を籠めれば必ず能力が発現したのに、今はなぜか普通に手を握りしめていた。
「どういうこと、なんだ?」
「能力はね、人によって使い方も違うし、制御する方法が違うんだ。僕の場合は死者の前に座って集中したら使えるし、能力が暴走しないようにするには甘いものを摂取すればいい」
コーヒーのカップを持ち上げて揺らすマジカさんは、溶け切らなかったのか、改めて沈んだ砂糖をかき混ぜて、コーヒーを飲み切った。
「俺の場合は?」
「アッシスタ君の場合は、能力を使いたいと願う事が条件だね。一番シンプルで他でも何人か見てきたよ、僕と握手している間、絶対に能力が暴走しないでくれって願っていただろう? だから全力で握っても問題なかったんだ」
「でも、今までは嫌だと思っても、本気で握ったら普通に何でも握り潰せていた」
「それはまだ制御が出来ていなかった頃の話だね。そしてアッシスタ君の能力を制御するのはこれだ」
「コーヒー?」
マジカさんが空になっている俺のコーヒーカップを爪先で軽く弾いた。チンと子気味良い音がなり、わずかにテーブルから動いた。
「そう。アッシスタ君の場合はコーヒーだ。飲むと気持ちが落ち着くだろう?」
「確かに落ち着くけど。……なんで知っているの?」
「名探偵ソンナワケ・マジカの観察眼を舐めないで欲しいね。一目見てアッシスタ君はコーヒーが好きだと分かったよ」
「いや、そんなわけないだろ。死者の声が聞こえるだけの似非探偵に分かるはずがない」
「言い切るね。僕、ちょっと悲しいよ」
「で? 本当のところは?」
「半年くらいずっとストーキングしていた」
「こわっ! え、うそ? ……マジか」
そういやたまに視線を感じるなとは思っていたけど、まさか半年近く見られていたとは思わなかった。
「僕との出合いをきっかけに、新しい人生を歩んでみないかい? コーヒーは数日おきにリラックスしながら少しでも飲んでおけば能力は暴走しないし、孤児院に入ってくれるなら、学園に通うお金も僕が出そう。もちろん返す必要はないよ」
「なんで、見ず知らずの子どもにそこまでしてくれるんだ?」
危険なことを繰り返してきた子ども、人も殺したことがある俺が行き着く先は、よくて牢屋、運が悪けりゃ誰かに殺されるかなと思っていたが、本当に孤児院なんて場所に居ていいのだろうか。
俺が不安な顔をしていたのに気づいたのか、マジカさんは子どもをあやすように優しい笑顔を浮かべた。
「僕がそうしたいからさ。自己満足、承認欲求、何でもいい。君がもう誰も傷つけなくなるのなら、何も惜しむことはない。だから、もしアッシスタ君が幸せになるのに抵抗があると言うのなら、僕のために幸せになってくれないか? 幸せになってくれたら、僕は満足して次の能力者にも同じことを提案できるからさ」
大の大人がガキの俺に頭を下げた。テーブルに頭が付きそうなほどに深々と、何事かと周囲の視線を集めていた。
やめてくれよ、と俺が止めに入るが、それでも頭を上げないマジカさんに、俺は少し悩んでから回答を伝えた。
「分かった、いいよ。孤児院に入る」
「ありがとう」
マジカさんはバッと頭を上げると、俺の手を握ってくれた。
思えば、俺は一年近く誰とも触れ合わなかったかもしれない。マジカさんの手は俺より遥かに大きくて、傷だらけだった。
そんなボロボロの手を休ませてあげたいと思ったんだ。
「マジカさん、あんたはさっき、お金を返す必要はないって言ったけど、何か施してもらって何も返さないのは性に合わない、何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「律儀だねぇ、別にいいんだけどなぁ。……あ、そうだ。今後、学園に入って勉強して無事に卒業した後、もし! 就職先が無かったら僕の助手になってよ」
「稼げるのか?」
「うーん、仕事があれば?」
「……検討しておく」
「あ、もし僕の助手が嫌だったら、娘の護衛をしてくれると助かる。アッシスタ君とは歳が近いし、娘の探偵ごっこにも付き合ってくれると嬉しいな」
「娘がいるのか、分かった。助手になるかどうかはともかく、学園を卒業したら、必ず遊びに行くよ」
「ああ、楽しみにしているよ」
そして、俺はマジカさんに連れられて孤児院に入った。そこでは俺と同じく親を亡くした子どもが多く、俺よりも年下の子どもも多かった。
マジカさんは能力を隠すためには日々トレーニングに励むと良いと言われ、俺は毎日走り、重い物を持ち上げ続けた。いつからだったのかは忘れたが、コーヒーを飲まないと制御できなかった能力は意図的に、そして、どの程度の力を出したいのか調整できるようになった。
いつしか兄貴分として年下たちに慕われ、学園でも友達は多く出来た。みなが王都での就職を目指す中、俺は一人だけ聞いたこともない探偵事務所の助手に就職したいと言い出せば、必死に止めてくれるくらいには仲のいいやつもいた。
だけど、俺は人を傷つけていくだけだった人生を変えてくれたマジカさんの下で、どうしても助手をしたくて、卒業後、マジカ探偵事務所を訪れたのだった。
…………。
…………。
…………。
「といった感じで、脚色したり端折ったりしたところも多いけど、マジカさんと会ったのはこういう経緯だ」
「へー、お父さん、たまにフラッと出て行くことがあったけど、能力者を探してたんだ」
「俺が昔に人を殺していて、幻滅したか?」
「ううん、私は助手であり、守ってくれるアッシスタしか知らないし、その時だって十分正当防衛でしょ? 賊の自業自得だと思った」
「逆に結構脅しもしたけどな。まあそっか。抵抗してなかったらどこかに売られて、使い物にならなくなったら海に沈められていたかもな」
抵抗した結果、俺は化け物扱いされたわけだが、抵抗しなければ散りゆく命だったのかもしれない。結果、マジカさんと出会えたのなら、俺の選択は間違っていなかったと断言できる。
「そういえば、お父さんったらアッシスタにまで嘘言っていたんだね」
「嘘? 何がだ?」
「お父さん、能力なんて持ってないよ」
「え? いやまさか、そんなわけ……」
「私もずっと何の能力か気になっていて、“聴いたんだよ”。結局お父さんの能力って何だったのって」
「能力は持っていないって?」
「うん。アッシスタの話を聞いて納得したんだけど、ずっと私の能力を自分の能力と言い張っていたんだね」
「マジかよ。そういや親子で能力って遺伝するのかずっと気になっていたけど、アルカの能力を語っていただけなのか」
同じ能力者と言った方が親近感はあるからか。死者の声なんて能力っぽくあるし、何より確かめようがない。能力者と語るなら便利だな。
マジカさんは娘のアルカ、他にも能力者と出会ったのだろう、どこにいるかも分からない能力者を聞き込みで探り当て、救ってきた。俺には半年近いストーキングをしてまで声を掛けてくれた。
「マジカさんはずっと同じような活動をしていたのか?」
「うん。お父さん、病気になってからも能力者らしき人物の所へ行こうとしていたんだよね。流石に止めたけど」
「そっか、マジカさんは最後まで探偵でいたかったんだな」
「それが生きがいだったんじゃないかな」
「それで、お父さんが言っていたんだけど、最後に会いに行こうとしていた能力者は、とても有名な人になるかもしれないって。だから、もし気付いたら助けてあげて欲しいって」
「どんな能力者かは分からないが、それらしい人がいたら、声をかけに行ってあげるか」
砂糖とミルクたっぷりのコーヒーもどきを口にするアルカを見て思った事がある。
「アルカって、マジカさんに似たんだな」
「え? 出来ればお母さんに似たかった」
「顔つきはマジカさんと似ていないけど、思考とか、趣味とか、マジカさんぽいところが多いぞ」
「えー……もう探偵辞めようかな」
「辞めるなよ! ほら、休憩終わり。そろそろ仕事に戻るぞ」
最近買った安楽椅子に揺られ、アルカは日記帳を開いた。そこには依頼主に頼まれたターゲットの浮気写真が何枚も挟まっていた。
どんな難事件も華麗に解決するだけが探偵の仕事ではない。迷子のペット探し、浮気調査、これも立派な探偵の仕事。
俺が求めていた平穏は、探偵ソンナワケ・アルカの助手でいることなのかもしれない。
ただ、そう思った何気ない一日だった。
おわり




