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死せる孔明、生ける現代サッカーを走らせる   作者: 膝栗毛


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第一話

引き継ぎお楽しみください

第一章 五丈原、そして

「丞相!丞相、お気を確かに!」

姜維の声が、霧の中で遠く響く。

諸葛亮孔明、字は孔明。蜀漢の丞相にして、当代随一の軍師と謳われたこの男は、五丈原の本陣で、ついにその生命の灯火を燃やし尽くそうとしていた。

「……星が、流れたか」

夜空を見上げ、孔明は静かに呟いた。死期を悟った者特有の、奇妙な落ち着きが胸の中にあった。

「曹魏との戦いも、これで終わりか。劉禅様には……いや、もう良い。後のことは、姜維、お前たちに託す」

意識が、まるで霞のように薄れていく。羽扇を握る手から、力が抜けていく。

「この孔明、北伐を完遂できなんだことだけが、心残り……」

そして、すべてが闇に閉ざされた。


「……ん」

何かが、頬に当たっている。

冷たい。そして硬い。土の匂いがする。

孔明はゆっくりと目を開けた。

見えたのは、見慣れない天――いや、これは天井か。白く、奇妙に均一な材質でできた、見たこともない構造物の屋根が、頭上に広がっている。

「……これは、いずこの陣営か」

体を起こそうとして、孔明は気づいた。自分の体に、何の違和感もない。むしろ、五丈原で病に冒されていたあの重い体ではない。羽扇を持つ手も、軽い。羅扇を持つ感覚も、確かにある。

「儂は……死んだはずでは」

孔明は自分の姿を見下ろした。いつもの道服、頭巾、そして手には変わらず羽扇。すべてが、生前そのままの姿である。

「孔明殿!?」

声がした。

孔明が顔を上げると、そこには見知らぬ服装の男――いや、これは「服」と呼んでいいのか怪しい、奇妙な布地の組み合わせを着た男が、目を見開いて立っていた。年の頃は四十手前。手には何やら板状の発光する道具を持っている。

「あなた、孔明殿ですよね!? いや、コスプレ……いやいや、本物の……いやしかし……」

男はぶつぶつと独り言を呟きながら、孔明の周りをぐるぐると歩き回っている。

孔明は静かに、しかし鋭い目でその男を観察した。

(――この者の言葉、聞き慣れぬが、不思議とすべて理解できる。これは……天の配剤か、それとも幻術か)

「貴殿、名は何と申される。そしてここは、いずこの陣営でござるか」

孔明が問うと、男は飛び上がるように直立し、深々と頭を下げた。

「太田! 太田浩二と申します! ここは……ええと、その、東京チキンズというサッカークラブの練習場でして……」

「東京……チキンズ?」

孔明は眉をひそめた。耳慣れぬ響きである。

「チキンズとは、いかなる軍勢でござるか。陣営の名にしては、いささか奇妙な……」

「軍勢……いえ、これは、サッカーチームの名前でして……」

「さっかー?」

孔明は、その言葉を口の中で繰り返した。聞いたことのない言葉だ。しかし、不思議と嫌な響きはしない。むしろ、何か――戦の匂いがする。

太田は、なぜかこの状況に対して、奇妙なほど落ち着いていた。いや、正確には「興奮」していた。

「孔明殿! いや、信じられない、本当に三国志の諸葛亮孔明殿なんですね!? 自分、三国志大好きで……『三国志演義』も『正史』も全部読んでて、ゲームも全部……いやそれより! 孔明殿、なんでここに……」

「儂にも分からぬ。五丈原にて、儂は陣没したはず。それがなぜ、このような場所に……」

孔明は周囲を見渡した。

広大な、平らに整地された緑の大地。四方には白い線が幾本も引かれている。遠くには、奇妙な形をした巨大な門のような構造物が二つ、向かい合うように立っている。

「これは……野戦のための陣形か? いや、しかし、この広さ、この平坦さ……まるで、決戦のために整えられた戦場のようじゃな」

孔明の目が、少しずつ輝きを増していく。

「太田殿、と申されたな。この地は、何のために整えられておるのか。教えていただきたい」

「ここは、サッカーのピッチです……グラウンドです」

「ぴっち……」

孔明は羽扇を持つ手を口元に当て、何やら考え込んでいる様子だった。

「太田殿。儂は、長旅で疲れておる。しばし、休息を取りたいのだが……此度の戦、いや、此度の事情について、詳しく聞かせていただけぬか」

「は、はい! もちろんです! こちらへどうぞ……えっと、孔明殿」

太田は、まるで国宝級の文化財を運ぶような手つきで、孔明をクラブハウスへと案内した。


第二章 東京チキンズという陣営

クラブハウスの一室。

孔明は、太田から差し出された椅子に腰を下ろし、目の前に置かれた湯気の立つ茶(緑茶であった)を一口含んだ。

「……うむ、この茶、なかなかに良い香りじゃ」

「あ、それは緑茶です。日本のお茶ですね」

「日本……ここは、倭国か」

「そうです、今の日本、ええと……時代としては、二一世紀? の日本ですね」

孔明は、しばし沈黙した。

(二一世紀――この男の言うことが真であれば、儂が陣没してより、実に千八百年近い時が流れておるということになる)

驚愕すべき事実ではある。しかし孔明は、表面上は微塵も動揺を見せなかった。長年の軍師としての経験が、未知の状況に対する冷静さを培っていたからだ。

「太田殿。先程の『チキンズ』なる軍勢――いや、組織について、詳しく聞かせていただきたい」

太田は、少し気まずそうな顔をした。

「ええと……まず、サッカーというスポーツについて説明させてください。サッカーは、十一人対十一人で、ボールを足や頭で扱って、相手のゴールにボールを入れる数を競うスポーツです」

「十一人、対十一人……」

孔明の目が、わずかに細められた。

「そして、東京チキンズは、J3というリーグの……ええと、日本には大きく分けて三つのプロリーグがあって、J1が一番上、J2が二番目、J3が三番目です。チキンズは、そのJ3で……今期、最下位です」

「最下位、とは」

「一番、弱いということです……順位的には、全クラブの中で最も下に位置している、と」

太田は、肩を落として続けた。

「うちのクラブ、正直に言うと、経営的にもかなり厳しいんです。元々親が始めたクラブなんですが、観客も入らない、スポンサーも離れていく一方で……今期も最下位が確定的で、もしJ3からも降格してしまえば……」

「降格……それは、領地を失うということか」

「ある意味、そうですね。下のカテゴリーに落ちると、もう……」

孔明は、湯呑みを置いた。そして、ゆっくりと羽扇を広げた。

「太田殿。儂を、このクラブの……何と申すか、軍を率いる者にしていただけぬか」

「えっ……?」

「『監督』、と申すのであったか。先程、貴殿の言葉の中に出てきたぞ」

太田は、目を見開いた。

「孔明殿が……監督に……?」

「儂は、生前、蜀という小国の軍師として、魏という大国に何度も挑んだ身じゃ。兵力の差、国力の差――それらをいかに覆すか、それが儂の生涯の研究であった」

孔明の目に、静かな炎が灯る。

「貴殿の話を聞く限り、このチキンズなる軍は、まさに当時の蜀軍そのもの。弱小、最下位、降格の危機――これほど、儂の経験が活きる舞台があろうか」

太田の手が、震えていた。

(本物の孔明が……うちのクラブの監督に……!?)

三国志マニアとしての太田の心が、爆発しそうになっていた。同時に、経営者としての冷静な部分が、こう囁いていた。

(いや、待て。サッカーのルールを知らない人間が監督なんて……でも、この人、本物の孔明だぞ……? いやでも……)

太田は、頭を抱えた。しかし、すぐに顔を上げる。その目には、何かに憑かれたような光があった。

「……分かりました。やりましょう」

「ほう」

「どうせ、今期はもう最下位確定です。何をやっても変わらない。だったら……本物の天才軍師に、賭けてみたい」

太田は、孔明に向かって深々と頭を下げた。

「孔明殿。我が軍――東京チキンズの、軍師として……いえ、監督として、お力を貸してください!」

孔明は、ゆっくりと羽扇を閉じた。

「うむ。この孔明、謹んでお受けいたす」

そして、不敵に――いや、孔明にしてみれば実に真面目に――微笑んだ。

「天下三分の計、再びここに始まるとしよう」

太田には、その言葉の真意が、まだ分かっていなかった。


第三章 初めての軍議

翌日。

東京チキンズの選手たちは、練習場に集合していた。皆、訝しげな顔をしている。

「太田社長、今日は臨時の監督発表があるって聞いたけど……」

「マジかよ、こんな時期に監督代えるって、何考えてんだ」

「どうせまた、社長の知り合いの誰かでしょ。期待しないほうがいいよ」

選手たちの士気は、お世辞にも高くない。今期、開幕から十五試合、勝利数はわずか二。降格圏内に沈んだまま、もう何ヶ月も浮上の兆しが見えない。

その中の一人、阿部竜次は、少し離れた場所でストレッチをしながら、冷めた目で皆を見ていた。

(どうせまた、おかしな監督が来るんだろ。どうせ俺は使われない)

阿部は、チームのベテランFWだ。実力は誰もが認める。だが、態度の悪さ、規律違反――遅刻、練習中の暴言、過去にはチームメイトとの衝突で出場停止処分も受けている。今季はほとんどベンチ外。完全に「干された」存在だった。

(俺はもう、終わりだ……)

そんな阿部の耳に、太田社長の声が聞こえた。

「皆さん、集まってくれてありがとうございます。今日から、新しい監督に来ていただくことになりました」

選手たちがざわつく中、太田が脇に視線を向ける。

そこに立っていたのは――

「……は?」

選手たちの間に、奇妙な沈黙が広がった。

そこに現れたのは、白いひげを生やした、明らかに古代中国の衣装を身につけた男だった。頭には頭巾、手には大きな羽扇を持っている。

「コスプレ……?」「いや、何のイベントだ、これ」「マジで監督なの、この人……?」

選手たちのざわめきの中、太田が大きく咳払いをした。

「えーと、こちらは……諸葛孔明監督です」

「諸葛孔明……?」「三国志の?」「えぇ……?」

選手たちの動揺は、最高潮に達した。しかし、孔明は微塵も動じることなく、ゆっくりと前に進み出た。

その目が、選手たちを一人一人、静かに見渡していく。

(――ふむ)

孔明は、内心で深く考え込んでいた。

(この者たちの顔つき、立ち姿……士気は、低い。されど、その奥には、まだ消えぬ闘志の灯が確かにある。これは――調練次第で、いくらでも変わる兵じゃ)

「皆々、初めて会う。儂は、諸葛亮、字は孔明と申す。此度、この軍――いや、このクラブの監督を務めることとなった」

孔明の声は、決して大きくはなかった。しかし、不思議なほどよく通り、その場にいた全員の耳に届いた。

「な、なんかこの人、声に妙な迫力あるな……」

選手の一人が、思わず呟いた。

孔明は、羽扇をゆっくりと広げた。

「諸君らの今期の戦績、太田殿より伺った。十五戦して、二勝。残り十数戦にして、最下位――降格の淵に立たされておると」

選手たちは、気まずそうに視線を逸らした。

「されど、儂はこの数字を見て、何ら絶望はしておらぬ」

孔明の言葉に、選手たちが顔を上げる。

「むしろ、この状況こそ、儂の最も得意とするところよ」

孔明の目が、不敵に――いや、本人にとっては至って真剣に――光った。

「兵力で劣る軍が、いかにして大軍を打ち破るか。儂はこの命題と、生涯にわたり向き合ってきた」

選手たちは、まだ半信半疑の表情を浮かべている。

「では、まず――諸君らの戦術書、いや、その……何と申すか」

孔明は太田の方を見た。

「ああ、戦術ボードですね」

太田が小さなホワイトボードを持ってくる。孔明はそれを受け取り、羽扇の先で、するすると図を描き始めた。

そこに描かれたのは――選手たちが見たこともない、奇妙な陣形図だった。

「これは……」

「これは『八陣』――いや、現代風に申せば、諸君らが言う『フォーメーション』というものに近いか」

孔明は、ボードに描いた陣形を指し示した。

「この陣形、見たことある……いや、ない、けど……なんか、妙に理屈が通ってる……?」

戦術に詳しい選手の一人――キャプテンの中堂が、思わず食い入るようにボードを見つめた。

「この陣形は、『八陣の法』という、古来より伝わる布陣術じゃ。敵の動きに応じて、八つの陣形が連環し、攻めても守っても、常に味方が連動する仕組みになっておる」

孔明はボードに、選手たちのポジションを示す丸印を、次々と描いていく。

「現代サッカーで言う、ポジショニングと連動性ですね……」

中堂が、ぼそりと呟いた。

「うむ。さらに――」

孔明はもう一本の線を加えた。

「この『前線』への補給線――兵站こそが、戦の勝敗を分ける。サッカーにおいては、これを『ビルドアップ』と呼ぶのであったか」

選手たちは、互いに顔を見合わせた。

(この人、本当に……サッカー、知ってるのか……?)

太田だけが、興奮を抑えきれない様子で、その場の空気を見守っていた。

(これは……これは、もしかしたら……本当に、何かが変わるかもしれない……!)


第四章 阿部竜次、再起への狼煙

軍議――というより練習が始まると、孔明は早速、選手たちに動きを指示した。

その内容は、現代サッカーの常識からすれば、奇妙としか言いようのないものだった。

「うむ、まず、この者――そこの、不機嫌そうな顔をした男」

孔明の羽扇が、ピッチの隅で一人ストレッチをしていた阿部竜次を指した。

「俺?」

阿部は、面倒くさそうに振り返った。

「貴殿の名は」

「阿部、阿部竜次だよ」

「阿部殿。貴殿、儂には見える――その体つき、その目――まさに、猛将・魏延の風格よ」

「魏延……?」

阿部は、聞いたことのある名前に、わずかに眉を動かした。三国志ゲームをやったことがある程度の知識ではあったが、魏延という名前は知っている。蜀の猛将で、勇猛果敢、しかし反骨精神も強い――そんなキャラクターだった記憶がある。

「貴殿には、最前線で敵陣に切り込み、その勢いをもって全軍の士気を引き上げる役目を与えたい。儂はそう見ておる」

「……は?」

阿部は、思わず聞き返した。今までどんな監督からも、戦術理解度が低い、規律がない、と批判されてきた阿部に対し、こんな評価を下す人間は初めてだった。

「俺、今までずっとベンチ外だったんだけど。問題児扱いでさ」

阿部は、自虐的に笑った。

「問題児、とは何のことか」

「素行が悪い、規律を乱す、ってことだよ」

孔明は、羽扇を口元に当て、しばし考えた。

「ふむ……魏延も、生前、ある種の問題児であったな。性、剛強にして、人と和することを好まず、ついには反骨の咎により……いや、これは余談じゃ」

孔明は咳払いをした。

「阿部殿。儂は、貴殿のその『規律を乱す』気性――それは、すなわち『型に嵌まらぬ』ということ。型に嵌まらぬ者は、時に災いを招くが、時にそれは、戦局を一変させる『奇兵』となる」

「奇兵……?」

「正々堂々たる戦いの中で、敵の予測を外れた一手こそが、勝敗を分ける。貴殿には、その『一手』としての役割を期待しておる」

阿部は、しばらく黙っていた。

そして、ふと――小さく笑った。

「……何言ってるか半分も分かんねぇけど。とりあえず、俺を使ってくれるってことだよな?」

「うむ。貴殿には、最前線――最も危険で、最も重要な役目を任せたい」

阿部は、立ち上がった。久しぶりに、体の奥から何かが燃え上がるような感覚があった。

「分かった。やってやるよ」

その光景を見ていた他の選手たちは、信じられない、という顔をしていた。

「阿部が……素直に従ってる……?」

「あの人、何かやばい雰囲気あるもんな……変な人っぽいのに、なんか説得力あるっていうか……」

孔明は、満足そうに頷いた。

(これでよし。この者が動けば、全軍の士気が変わる。これこそ、一点突破の要じゃ)

孔明の頭の中では、すでにこのチームの「戦略図」が、明確に描かれ始めていた。


第五章 衝撃の初采配

数日後。リーグ戦、第十六節。

東京チキンズの対戦相手は、現在二位につけている強豪、「横浜サンライズFC」。下位クラブが上位クラブと対戦する、いわゆる「格付け試合」である。

スタジアムには、いつもより多くの観客が詰めかけていた。理由は、SNSで話題になった「謎の新監督」――三国志のコスプレをした初老の男性が指揮を執るという情報が、ちょっとした話題になっていたからだ。

「マジでコスプレ監督いるじゃん!」「これ、なんかのイベント?」「いや、本当に試合やるの……?」

観客席は、半ば興味本位の笑いに包まれていた。

しかし、ピッチに整列した選手たちの表情は、これまでとは明らかに違っていた。

「中堂、お前、何か顔つき変わったな」

「ああ……正直、最初は半信半疑だったけど……あの監督の言ってること、よく考えると、めちゃくちゃ理屈が通ってるんだよ。練習でやった連携、めちゃくちゃスムーズに動けた」

ベンチに座る孔明は、静かにピッチを見渡していた。羽扇を持つ手は、いつも通り落ち着いている。

(さて――この対戦相手、横浜サンライズ。事前に太田殿から得た情報によれば、攻撃は左翼に偏重しておる。これは、かつて魏が蜀を攻めた折の布陣に似ておるな)

孔明は、戦前のミーティングで選手たちにこう伝えていた。

「相手の攻撃は、左――諸君らの右翼に集中する。ここを、『空城』とせよ」

「空城……?」

「あえて、その方面の守備を薄くするのじゃ。誘い込み、敵が深く攻め込んだところで、伏兵――いや、中堂殿、貴殿を中心とした包囲網で、これを刈り取る」

「それは……リスク高くないですか? 失点する可能性も……」

「無論、リスクはある。されど、敵がもっとも自信を持っている策こそ、最も大きな『隙』を生む。彼らは、必ずそこを攻めてくる。そして、攻め込むほどに、彼らの陣形には『歪み』が生じる――その瞬間こそが、好機よ」

選手たちは、半信半疑ながらも、孔明の指示に従うことにした。


試合開始から十五分。

横浜サンライズは、予想通り、東京チキンズの右翼――守備が薄く見えるエリアを集中的に攻め始めた。

「おいおい、見ろよあのチキンズの右サイド、ガラガラじゃん」「これは点入るぞ……」

実況も、解説も、観客も、皆が同じ予感を抱いた。

しかし――

横浜の選手がボールを受け、ドリブルでエリア内に侵入しようとした、その瞬間。

「うおっ!?」

突然、複数の選手が、まるで網を引き締めるように、その選手の周囲に集まってきた。中堂を中心に、まるで事前に何度も練習したかのような、完璧な包囲網。

「な、なんだこの連動……!」

横浜の選手はパスを出す先を失い、慌てて後方に戻すボールを、阿部竜次が猛烈なプレスで奪い取った。

「お、おいおい!? あの問題児の阿部が、こんなにハードワークするのか!?」

阿部は、奪ったボールを一気に前線へ運ぶ。その勢いに、横浜の選手たちは戸惑いを見せた。

「これは――」

横浜の監督、ベンチに座る名門出身のエリート指揮官は、思わず目を見開いた。

「我々の左サイド攻撃を、わざと誘い込んで……空いたスペースに、一気に人数をかけてカウンター……? いや、こんな高度な戦術、このクラブが……?」

ピッチ上の阿部は、ゴール前まで持ち込み、強烈なシュートを放つ。

ゴールネットが揺れた。

「ゴーーール!! 東京チキンズ! 阿部が決めた!!」

スタジアムが、一瞬の静寂の後、どよめきに包まれた。

ベンチの孔明は、静かに羽扇を閉じた。

「うむ。『草船借箭』――敵の矢を、こちらの船で受け止め、これを利用する。まさに、この策の応用よ」

太田は、隣で目を丸くしていた。

「孔明殿……今のは……」

「これは始まりに過ぎぬ。この一戦、まだ序の口じゃ」

孔明は、静かにピッチを見据えた。

(さて――次なる手は……)

その目には、すでに次の局面に向けた、新たな策が描かれ始めていた。


試合は、最終的に東京チキンズが2-1で勝利。今期初の、上位クラブからの勝利だった。

試合後、SNSは騒然となった。

「コスプレ監督、本当に何かやってる……?」「あの右サイドの連動、めっちゃ面白い」「孔明監督って呼ばれてるけど、まさかマジで戦術理解してるのか……?」

東京チキンズの快進撃――そして、孔明の真の戦いは、ここから始まる。

(続く)

次回もお楽しみに

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