百九、国王ノートラス・オークウェル。
一度は王城の中に入った事のあるエボニーであるが、二度目となる今回もその全貌を把握することはできなかった。入り組んだ通路や、やけに多い扉は明らかに侵入者対策のためであり、モンスターではなく人を仮想敵としたものだった。
(全員が職業に就いてから荒れたって聞くし、その名残の可能性もあるんだろうか)とエボニーは考えながら、案内をしているヨセフと共に脚を止める。扉自体は目だった装飾もない普通のものであったが、周囲にさりげなく配置された兵士の数からして重要人物が中に控えていることが窺えた。
ヨセフが確認をとって中に入ったので、続くエボニーとウワンも中に入った。
残念ながらフルは他のエルフたちと別室で待機となっているのだが、その理由をエボニーはすぐに理解した。
「ノートラス・オークウェルだ。貴君と会えたことを光栄に思う」
「初めまして、エボニーといいます」
「そう身構えなくていい。何分、こちらから迷惑をかけてばかりだ」
「……ではそのように」
ノートラス・オークウェル──彼の身分など問わずとも、その頭上で輝く冠を見れば、彼が一目で国王だと分かるだろう。
歳の頃は七十近く、老年に入っている彼はいつ死んでもおかしくはない。それでもなお感じる圧は、大樹のように玉座に根差した自信と経験によるものだった。
部屋の中にはノートラスの他にも人がおり、彼の親族らしき者、装備の質から近衛と思われるような兵士が控えている。扉の外の警備、そこにエボニーが加わわるとなれば、この場が王城の中で一番安全と言えた。
「ハクザンでは大活躍だったと聞いている。もちろん、ウワンもな。貴君が連れてきたエルフたちについてはウワンから連絡をもらっている。こちらとしては、ゴールドバレーに住むことを断る理由もない。むしろ歓迎しようとも」
「それはどうも。おかげさまで不便なくやらせてもらってるので感謝してます」
「はは、その言葉はなによりだな」
朗らかに笑うノートラスが「だが」と続け、エボニーは身構える。けれどもそれは全くの杞憂であり、暗殺者の登場により前倒しになってしまった予定の内容だった。
「予想していたとは言え、実際に刺客に来られると困ったものだ。多く者がパーティーを楽しみにしていたのだかな……。まぁそれはよいのだ、また日を改めるだけの話しでな。問題は、塔に繋いだ反逆者どもだ」
「ハクザンから私の手勢も戻ってまいりました。警備に抜かりはありません」
「気持ちは分かるがな、ヨセフ。襲われてはたまらんのだよ。早急に情報を引き出し、処理をしたい。そこで、だ」
「俺ですか?」
ノートラスの視線が向けられたエボニーは、まさか自分がやることになるとは思ってもみなかったために慌てるが、エボニーにしかできないのだと、ノートラスは言う。
「あやつらを捕まえた際にヴァイス様の手伝いがあったのだが、それが話をややこしくしていてな」
ヴァイスが殴ったやつだと、エボニーは息を呑む。
「一度ド派手に死んだからか、気狂いになってしまってな。ヴァイス様が居ないと分かるや否や、何をやっても口を開かなくなってしまったのだ」
「あー……それはなんというか」
「無理強いはせんが、いい返事を期待しているよ。まずはエルフたちをクラテルに案内してからだろう」
「そう、ですね。返事は近いうちにします」
「ではこの場は開きとしよう。改めて、ハクザンではお世話になった」
頭を下げるノートラスにエボニーは驚きつつ、彼もまた頭をさげることでノト王との会合は終わりを迎えた。ヴァイスがゴールドバレーに居ないという情報も手に入ったことにエボニーは落ち込みもしたが、今回味方として動いてくれる人たちの顔を思い出せば不安も少ない。尋問することだけは怪しいけれど、ヴァイスの尻ぬぐいだと思えば、案外悪い気はしなかった。
ノートラスたちと別れ、エルフたちが通された広間にやってきたエボニーはその部屋の広さと豪華さを見て、改めてエルフたちを歓迎しているのだと思った。身だしなみとしてある程度は装備の清掃をしているが、それらはどうしても行軍によって汚れてしまう。そんな彼ら、彼女らを通す場所としてはこの場は十分に過ぎる。
忖度された分を返すのはもとより、やりもせずにノートラスの頼みを断るつもりがなかったエボニーである。けれどもノートラスの言うように、まずはエルフたちをクラテルに案内してからだ。
クラテルまでの道中も気を付けるように言い含めたエボニーは、一行を連れて街へ繰り出す。周囲からの視線は凱旋時とはまた異なり、良くも悪くもないものだった。その一因が自分にあることを分かっているエボニーの心の内は冷めたものであったが、王城の兵士たちが正しい情報を広めて回っているのも知るところであり、その内情は半ば諦めの入ったものだ。
背後を振り返ったエボニーに続くエルフたちの姿を見れば今何をすべきかは何となく頭の中に浮かんでくるし、その考えを脳裏で広げていけば、現実の汚い部分を気持ち的に離れた位置に持っていける。心の整理をしている間にクラテルに辿り着いた一行にエボニーは今日はクラテルから出ないようにと伝えると、一人で冒険者ギルドへと歩き出した。
「何はともあれ、まずは金だよなぁ……」
さすがにあれだけの人数の食費を賄えるだけの現金を持っていないエボニーの呟きは、雑踏の中に紛れて消えた。




