9話 竜の呪い
「ううっ…うううう……」
シューク様は苦しそうに服の上から身体をかきむしり、その手の甲には、気味の悪いつる草のような黒い文様が浮き出ている。
「シューク様、今から治療を開始しますから、もう少しの辛抱です」
私は元気づけようと声を掛けたが、私の治療には何の意味もないことを、私は知っている。
小説にたった一行出てきた聖女の記述が、まさにこのシーンなのだ。
『聖女の癒しの神聖力をもってしても、竜の呪いの文様を消すことはできなかった。』
これを最初で最後として、聖女の記述は終わるのだ。
でも、私は今まで一生懸命に皆を治療してきた。
神聖力の流れも感じることができるようになった。
少しでも、少しでもいいから……役に立ちたい……。
そう思ってシューク様の身体に手をかざしてみたが、神聖力の流れを感じることはできなかった。
首から耳にかけての、つる草のような黒い文様。
直接肌に触れれば効果があるかもしれない。
私はシューク様の首に手を当てて、念じた。
だけど、やはり神聖力の流れを感じることはなかった。
「うううっ……うううう……」
シューク様が、顔を歪めて苦しそうにうめいている。
「シューク、しっかりするんだ」
クリード様が、泣きそうな顔で声を掛けている。
そう、このシーン。
クリード様はこの言葉を掛けながら、両手でシューク様の手を握るのよ。
でも、どうして手を握らないの?
どうして声を掛けるだけなの?
ああ、そうか……、私がまだここにいるから……。
小説の挿絵には、エクレーヌの姿はなかった。
彼女は、自分の神聖力が効かないと分かって退場したのだわ。
でも、私はここにいて、癒しの治療を続けたい。
ほんの少しでも可能性があるのなら、諦めたくない。
だから……
「クリード様、このようにして、シューク様の手を握ってください」
私は小説の美麗イラストで見たとおりに、両手でシューク様の両手を包むようにして握った。
「クリード様には、シューク様の呪いを解く力があるのです。さあ、早く!」
「あ、ああ、わかった……あっ、だが……」
クリード様は何か言いかけたけれど、私はそれどころではなく、シューク様の手から首へと手を移動し、首の文様に手のひらを当てて、治れ治れと念じ続けた。
それからしばらくの間、クリード様が手を握り続けたお陰で、シューク様の苦しそうなうめき声が収まり、静かな寝息に変わった……。
クリード様がほっとした顔で手を離すと、手の文様は消えていた。
ああ、やっぱりクリード様の、シューク様限定の癒しの力が発動したのだわ……。
原作通りなのね。
私が癒そうと念じ続けた首の文様は、消えていなかった。
「なんとか峠は越えたようだな」
クリード様が安堵の表情で私を見た。
「ええ。そうですね。ですが、まだ身体の文様は残っているはずです。いつまた苦痛に襲われるのかわかりません。クリード様、どうか、シューク様をよろしくお願いします」
私はそう言ってこの場を離れた。
背後から、騎士たちの歓声が聞こえてくる。
「良かった。クリード様と聖女様のお陰で、殿下の命が助かった!」
私を気遣って、聖女の言葉をつけ足してくれている。
でも、きっと皆にはわかったはずだわ。
私の力では、呪いの文様を消すことができないってことを……。
竜の呪いの特徴は、身体中に黒い文様が現れると同時に、激しい苦痛に襲われる。
そのまま放っておくと、苦しみぬいた挙句、命を落とすのだが、一部分でも呪いを解くことができれば、その時点で苦痛は消える。
しかし、文様が残っている限り、呪いが消えることはなく、いつ次の苦痛に襲われるのかわからない。
そして、この苦痛を幾度となく繰り返すうちに、最後は死を迎えるのだ。
今回はクリード様のお陰で、手の甲の呪いは消えた。
だからしばらくの間は、平穏な暮らしができるだろう。
だけど、次に苦痛に襲われた際は、クリード様に身体を使って癒してもらわないといけない。
きっと賢いクリード様のことだから、今度は私が言わなくても、きっとわかってくれるだろう。
小説の中では、二人の絡みを読むのが嬉しくて、美麗イラストも食い入るように見ていたけれど、実際に人があんなに苦しむなんて、見ていてすごく辛い。
小説を楽しんでいたことに、私は罪悪感を覚えた。




