30話 便利な魔法
「疲れただろう? しばらくこうしていよう。」
シューク様の手が、後ろから私を抱いているのだけれど、バックハグと言うのは初めてで……
私は手のやり場に困ってしまった。
シューク様の手は、私の身体をなでながら、ゆっくりと動き回っているのだけれど……
これを続けていたら、私もまた感じてしまって、さっきの続きが始まってしまいそう……。
場面を切り替えるには……
ああ、そうだわ。一昨日の話の中で……
「シューク様、私、お風呂に入りたいです」
一昨日の約束で、シューク様の寝室の隣にあるお風呂に入って着替えることになっていた。
「ああ、そうだな。風呂の用意をしよう」
シューク様は寝着を着直し、私は毛布を身体に巻き付けて、隣の浴室に入った。
バスタブには水が入っているけれど、冷たい。
私が暮らしている侯爵家では、風呂の湯は使用人が運んでバスタブに入れる。
冷めたら熱した温石を入れて温め直すのだ。
「今から温めるから少し待ってて」
シューク様はバスタブに手をかざした。
まるで私が患者を治療するときみたいに。
しばらくすると、湯気が上がって来た。
炎魔法の使い手のシューク様は、その熱で物を温めることもできるのだとわかった。
なんて便利な魔法なのかしら……。
「さあ、エクレーヌ、お湯は沸いたけど、湯加減はどうかな? もっと熱くすることもできるが……」
お湯に手を浸けると、ちょうど良い温度だった。
「私はこれでいいです」
「じゃあ、もう、入ると良い」
「あの・・・、シューク様は入らないのですか?」
「いや、一緒に入ると、もう我慢できなくなるから……」
「えっ?」
「えっ?」
私の驚いた顔を見て、シューク様はカッと赤くなった。
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったのでは……」
シューク様よりも先に入るのはどうかと思って、聞いてみただけなんだけれど、まるで一緒に入ろうって誘ってるみたいになってしまって……、ああ、自分が恥ずかしくなる……。
結局私は一人でお風呂に入り、べたべたになっていた身体を洗い流した。
濡れた身体はタオルで拭くことができるけれど、濡れた髪は、そう簡単には行かない。
だけど、シューク様は小さな扇風機を取り出して、シューク様の魔法とコラボして温風を噴き出させた。
お陰で、ドライヤーを使っているみたいに乾かすことができた。
扇風機も魔法師が作った魔道具で、中に魔法石を入れたら使えるんだって。
この世界には便利な魔法がいっぱいある。
その後、聖女の制服に着替えて、夜が明けてから、神殿へと向かった。
シューク様の部屋を出る際は、忘れずにクリード様に変装してからだけど……。
神殿に着いたら、私はいつも通りに祈りを捧げるのだけれど、頭の中は、シューク様のことばかり。
これまでの私は、いったい何を考えていたのだろう? と思うほど、他のことが考えられなくなる。
シューク様の顔や手、指、筋肉とか……
触られた感触とか、あんなことやこんなこと……
まるで煩悩の塊のような自分が嫌になる。
でも、考えられずにはいられない……。
はあ・・・とため息をついた。
でも、一つ、シューク様のことで不思議に思っていることがある。
どうしてシューク様は、一線を越えないのだろう?




