エピローグ
クィンに馬鹿だなんだと罵倒されながら、転移のチャンスを蹴って私はライナスに会うため魔族領へと向かった。
勿論一人の力では魔族領までたどり着けないので、途中まではクィンに転移で送ってもらった。
一国の首相にそんなことをさせるのは申し訳なかったが、彼は彼でライナスを追い出してしまったことを少しだけ後悔しているらしい。
「まさかあなたがこんなに馬鹿だとは思いませんでしたよ」
「せっかくのチャンスをふいにするなんて」
魔族領に着くまでの間、クィンは何度もこちらに残る決心をした私のことを詰った。
でもそれは、私のことを心配してくれていると分かったので別に腹は立たなかった。
エリピアには転移を使える魔術師が沢山いるのに、わざわざ自ら送ってくれたのがその証拠だろう。
魔術研究にしか興味がないような顔をして、彼も一応私のことを仲間として認識してくれていると分かりちょっと嬉しくなった。
もっとも、それでにこにこしていたら「なに締まりのない顔をしているんですか」って怒られたんだけれど。
変わり者というよりも、近頃は口うるさいお母さんのように感じられるときまである。
クィンにそんな常識があったのかと、仲間の新たな一面に触れた気分だ。
そして魔族領との国境までやってくると、流石にこれ以上は国を開けられないということでクィンと別れ、私は一人で旅を続けた。
一人でこちらの世界に放り出された直後だったら、恐ろしくてこんなこととてもできなかったに違いない。
けれど今では、旅のやり方も大体のことは分かっている。
聖なる力さえあれば魔族に囲まれても対抗できるし、最悪捕まって魔王の城に連れていかれたらライナスに会えるかもしれないので問題はない。
そして実際、魔族領へ入ってからの旅は人間の旅のそれと比べてはるかに安全であった。
なぜなら人間の盗賊がいないからだ。そもそも私は聖なる力によって守られているので、低位の魔族では近寄ることもできないという。
だが、どうも旅が快適な理由はそれだけではないような気がした。
なんと言うか、以前に来た時と比べてはるかに平和的と言うか、そういえばクレファンディウス王国で見たような魔素だまりも見かけない。
ただただのどかな草原などが、延々と続くのみである。
以前は魔王を倒すという目的で決死の覚悟で通った道だ。当時の記憶とあまりにも違い過ぎて、正直拍子抜けしてしまう。
死地に赴くというより、ピクニックに向かうと言った方が似合いの風景である。
そして私のことを恐れているのか、魔族も動物も一向に出てこない。まるでこちらの方が村を荒らす鬼にでもなった気分だ。
私はそんな道のりを歩きながらも、もしライナスに再会したらなんと言おうかずっと考えていた。
まずは今まで一緒にいてくれたお礼が言いたい。一人になってようやく、彼の大事さやずっと一緒にいてくれたことがどれだけ心強かったかということが分かった。それまでは、分かっているつもりで本当は分かっていなかったのだ。
クレファンディウスの騎士に裏切られた後、絶望しながらも足を止めることができずにいたあの時。
一番最初は銀髪に金目という見たこともない外見に、彼をなんて美しい生き物だろうと思い、彼からの旅に同行したいという申し出には更に驚かされた。
世界中から見放されたような気持ちになったあの時、ライナスがいたからそれでもあきらめず前に進み続けることができたのだ。
だけどいつしか、彼が傍にいることが当たり前になっていた。
魔王を倒してからも一緒についてきてくれる彼を、どこか当然のように思っていた。ライナスがいなくなることなんて考えられないと。
どうしてそんな風に思えたのだろう。
だって私とライナスが過ごした期間なんてたったの二年で、彼にはこの世界でそれより前に暮らしていた場所があったはずなのに。
クィンにライナスは魔族領にいるだろうと聞いた時、初めてそのことに思い当たったのだ。彼に帰る場所があるということに、なぜか衝撃を受けている自分がいた。
口下手なのに精一杯一緒にいたいと伝えてくれるライナスに、今まで自分は何を返してきただろうか。
いつも日本に帰ることを夢見ながら、はっきりとしたことは何も言わなかった。なのにライナスは、いつもそばでそんな私のことを支えてくれたのだ。
だから今は、どうしてもお礼が言いたかった。
そして叶うのなら、私もずっとそばにいたいのだということを。
だけど勿論、不安もある。
それはもしライナスに会って、一緒にいたいと告げても、それを拒絶される可能性だ。
もうライナスにはふた月近く会っていないのである。そうしている間に彼の気持ちは変わっているかもしれないし、もしかしたらクィンの庇護下で安穏と暮らしていた私に怒っているかもしれない。
本当なら彼がいなくなってすぐに探しに行かなくちゃいけなかったのに、今更行ってももういらないと言われるかもしれない。
もしそんなことになったら、次に異世界転移できる十年後まで一体私はどうやって生きればいいのだろう。
生きていくだけなら何とかなるかもしれないが、ライナスがいない生活など考えられない。
きっとその可能性も含めて、クィンは私のことを馬鹿だと言ったのだろう。私も自分で自分のことを馬鹿だと思う。
それでもやっぱりライナスに会いに行くことしか選べなかったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
そうこうしていると、遠くに小さな森がありそこにオークが何匹も隠れているのが見えた。いや、隠れているつもり――なのだろう。大きな体を小さくして木の影からこちらを窺っているようだが、はっきり言って木の影に全く収まっていない。ただの木の向こうでかがんでいるオークに過ぎない。
私は彼らがいつ襲ってきてもいいように足を止めて身構えたが、オークたちはどれだけ待っても一向に襲い掛かってこなかった。ただじっと、時には怯えて私のことを監視し続けている。そんな風にされると、まるでこちらが悪者みたいじゃないか。
そこを通してくれたら危害を加えるつもりはないと伝えたいが、果たしてうまく伝えられるかどうか。
オークは言葉が通じない。高位の魔族なら言葉が通じることもあるが、少なくともオークと意思の疎通ができたことはない。
どうしようか決めかねていると、今度はその森から巨大なうさぎが飛び出してきた。日本のうさぎを十倍ぐらいの大きさにしたような、かわいらしくも迫力のある外見である。
やけに慌てている様子なので何事かと見ていると、まるでウサギに導かれるように背の高い人影がこちらに近づいてきた。背中には羽があり、頭には二本の角が生えている。
咄嗟に身構える私を、森から出てきたその人は驚いたように見つめていた。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
毎度のことですが、読者様には感謝してもしきれません。
こちらの作品は改題、加筆修正して書籍化予定ですので
もしよければチェックしてみてください
現在新連載を練り練り中
またのお越しをお待ちしております