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鬱蒼とした森林の中、猛るモンスターが土煙を上げなら走る。猛進するイノシシ型モンスターは【ピッグヘアッド・ファンゴ】。その目はギラギラとアカザを睨みつけ、縄張りに入った敵をその瞳を映している。
【ピッグヘアッド・ファンゴ】はイノシシの動物型のモンスターだが、額は甲羅のように固くなっており、太い前に突き出た牙を持つ。その突進は人に当たれば、問答無用で弾き飛ばす。
攻撃方法は直線的な突進しかないが、行動や移動は別。前足で地面を引っ掻いて突撃態勢を整えたり、横にカーブを描くように移動したり、突撃のために狙いを定め距離を測り、アカザの様子を窺うように周りを移動する。
「ふっ!」
「ブギッ」
掛け声と同時に振られた刀【膝丸《薄緑》】は、何の抵抗もなく【ピッグヘアッド・ファンゴ】を切り裂く。断末魔を短く上げ、黒い霧となって消えていく。
先程、一回り大きな【10年物】の【ピッグヘアッド・ファンゴ】はアカザが屠り、次は残党狩りをしている。戦闘開始から5分経過しているが、アカザには疲労感はまだ出ていない。
アカザが【索敵】して感じられるのは、10体以上のモンスターが近くに居る。もう既にアカザに気付いて、縄張りを犯した敵として次々と突進して来る。
交差したり、時間差を置いて突進してくる【ピッグヘアッド・ファンゴ】。擦れ違いざまに斬りつけたり、突進して来て外して立ち止まったところに、距離を詰めて切り裂いたりして処理していく。
「ブフヒッ!」
後ろから重く響く、猪の唸り声。こちらに向かって突撃してくるのが【索敵】を通して、感じることができる。近づいてくるタイミングを計って、モンスターを感じる所を斬りつけながら、その場から横に飛び退いて突進を回避する。
「ブギャ!」
肉を斬る感覚と猪の断末魔が耳と手に伝わる。
「今のは……10点中7点か?」
【10点中2点だろう。斬ると言うより叩き付けたようなものだ。刃は垂直に立てず、払い胴にしても体の軸が崩れておるわ。斬れたのはその刀の切れ味と馬鹿力のおかげだろうよ】
なかなか失辣な評価をする【鬼道丸】。確かにアカザのステータスから見れば、このフィールドに居るモンスターなんて1撃で倒せない方がおかしい。その辺の木に登れば、【エチゴ】が見える程度にはなれた森林だ。
【それよりも気を抜くな。まだまだ他に居るだろう】
【鬼道丸】の言葉通り、まだ殲滅できた訳ではない。残った【ピッグヘアッド・ファンゴ】が脚に力を入れ、地面を蹴り上げて突進してくる。
突進攻撃は回避して通り過ぎていった敵が止まったところを攻撃するのがセオリーだが、アカザは交叉法で相手か近づいてきたところを捌くのはきつい。
間違えれば数の暴力で、お手玉のように突撃が当たってぶっ飛ばされたところに、また突撃を喰らう可能性がある。
そうしないためには周囲の状況を【索敵】や視野を広く見渡すことで確認し、敵の撃破順序を変えながら倒す。突進して通り過ぎていった猪に追いつくために【縮地】で高速移動し、刀の間合いまで詰めて切り裂く。
あと何体【ピッグヘアッド・ファンゴ】の残っているのか【索敵】で、数える。アカザは気配を感じられるのは10から以上は制度が甘くなってしまう。
「残り……12か」
【阿保、15だ】
最初確認した時、【ピッグヘアッド・ファンゴ】の数は18体。今まで倒した数は6体だったはずだ。
「……あれ、増えてないか」
【沸いたのだろう】
ここは【ピッグヘアッド・ファンゴ】の出現ポイントらしく、一定数の数が減って来たから、数合わせに増えているようだ。
「いつ終わりにしよう」
【倒し続ければいいだろうが】
「流石にもうそろそろ日が落ちて来たんだけどな。空が赤くなってきてるし」
そこで範囲攻撃で殲滅してしまえばいいのだ、と思いつき【霞八重】を使用する。
分身したアカザは全方向に散り、高速移動で一瞬消える。
刹那、何重もの斬撃が空間を走る。
いつの間にか斬られたモンスターは、断末魔を上げる暇もなく黒い霧となって消えさる。
戦闘が終了し、アカザはその場から離れようと【ペット】、【魔法の絨毯】を呼び出す。紫の高級感あふれる布を広げると、ふわりと空中に浮きその上に乗る。そして、上へ上へと上がって行き、鬱蒼とした森林を抜ける。
その時、【ピッグヘアッド・ファンゴ】がまた沸き出すが、彼らの索敵範囲外に居るので、襲われることはない。
アカザはあの後、【スギの原木】を集めながら、モンスターを討伐するクエストを受けることにした。ただ、【エチゴ】周囲の森だと危険なモンスターが居ないので競争率が激しい。なので、襲って来るモンスターが居るため、人が入らない危ない森で採取していた。
まず、採取フィールド一帯に徘徊しているモンスターを殲滅し、次にモンスターが沸くまで採取する。モンスターが沸いたら殲滅。
そんなことを繰り返していた。時々は【魔法】スキルで倒すが、もっぱら接近戦に慣れるために、普段使っている【膝丸《薄緑》】と【小鴉丸《八咫烏》】の二刀流か、【天叢雲剣《剣之神器》】の一刀を振るっている。
アカザがゲームをしていた頃に集めた武器はまだまだ在るため、今度は槍や盾といった違った武器にも挑戦したいが、まずは良く使う刀と野太刀に慣れたい。
それに、武器を振っているとなんだか楽しいのだ。余計なことを考える必要はなく、目の前の敵を倒す。ただ強くなるといった欲求が満たされていく気がする。
チャンバラでもしている子供の感情みたいに、強いヒーローや戦士になりたいと、疑似体験できるから続けているのかもしれない。
【エチゴ】に帰って来たアカザは集会場で、討伐クエストの報酬と【スギの原木】の換金を済ませた。
総額で15万キャッシュ。アカザの感覚からすれば金策としては稼ぎが低い。レイドボスが落とすキャッシュがどんなに低くても1万。それを15回やれば同額だ。
アカザがフィールドで狩りを始めたのが5時間前。現実で5時間あれば100万以上を稼げただろう。
「まぁ、レイドボスは今はいいや」
【強いのだろう? ならば敵として申し分ないではないか】
確かに【鬼道丸】の言う通り、強い。ステータスは高く、特殊能力を持っているモンスターも居る。倒した時のドロップアイテムは高く売れることが多い。
だが、ドロップアイテムに需要があるかと言われると、残念ながらアカザ以外にはない。レイドボスが落とす高性能の装備はステータスが一定値ないと装備できず、また高額で取引させる。【エチゴ】の住人で装備できるのは精々ナオトラぐらい。さらに、今日の稼ぎが一般な冒険者の稼ぎを超えるとなると、高額の装備を買うのに何年かかるか分からない。
「それに変な見栄張ってたのかもな」
【見栄?】
「えっと、いろいろ騒動に巻き込まれて、変に自信が付いてしまった。みたいな」
不思議な勝ちはいくらでもあったのだ。そんなあやふやな状態で戦ったら、今度はどうなるか分からない。自分はこれだけやったのだから大丈夫だと、自分に見合ったクエストをと選り好みしていた。
「ともかく今は実力を付けておきたいから。強くなるために、選り好みはいけないと思っただけ」
【ならば、精進しろ。少なくとも刀を正しく振れるくらいな】
どうやら彼にとっては、アカザはまだまだ未熟者の評価。それを受け止めてはいるが、負けた癖にと僅かながら心の中で呟く。
集会場を出て、参道を降りていく。辺りは日が落ちて群青色の空が、ゆっくりと黒に変わりつつある。昼間の熱気も今は消えて、涼しくなっていく。
「明日はどうすっか」
何気なくつぶやいた自身の言葉だが、自分が未来を憂いを思うことはあった。だが考えることがなかったので、言った直後驚いてしまった。
【血肉滾る、猛者と戦いに行くのだ。そうすれば嫌でも強くなるであろう】
そんな心情を察していないのか、強気な言葉を発する鞘。
「そう言えば、お前って他の物や人に憑依しないのか?」
【鬼道丸】は元々モンスター。今はアイテムとなって【暗鬼鞘】として、意志を憑依させている。もし彼が他の人やモンスターに憑依して、練習相手になってくれるのならば相手は事欠かない。
そうでなくともアカザ自身に憑依して、動きや太刀筋を疑似体験できないか。
【我が憑依できるのはあくまで思考を持っていない物だけだ。剣や鎧には憑依できるが我が強い生き物には不可能だろう】
「ふーん」
【……自分で聞いておいて興味のない声を出すな】
「いやさ、よくよく考えたら相手の【魔法】を吸い込んで、それからまた収刀しないといけないだろ。すごい手間ですごい隙になってるなと」
【べ、別に敵の【マナ】である必要はない! お前が刀を抜く前に、我に【マナ】を注ぎ込めば解決する問題だ!】
慌てて弁解しようとする鞘。自分がいかに優れているか主張する。役に立たない廃産扱いは嫌なようだ。
「それって、自前だと【マナ】を調達できないってことだよな」
【…………】
アカザの無慈悲な言葉に沈黙してしまう【鬼道丸】。
【……フッ、……フフフ】
言い過ぎたかと思っているとふと笑い出し始めた。もし彼に顔があれば暗く不気味な笑顔をしていただろう。
【いいだろう。貴様が我を侮辱すると言うのならば、反論ができないようにしてやろう】
「あ、いや、不満があるとか侮辱している訳じゃ――」
【そうとしか聞こえんわ! 我に秘策在り! 後で我を拝むがいいわ!】
と、機嫌を悪くしてしまった。その秘策を明日辺りにでも実戦で使いそうだ。そして、鼻があったら伸ばすほどの勢いで自慢してくるだろう。うるさくなりそうだ。
ただ、強化ではなく進化する装備などアカザはもちろん、ゲームしていた頃には情報すらなかっため楽しみでもあった。
【それよりもいいのか】
「何が」
主語が無いため、聞き返す。
【貴様の姉のことだ】
「……忘れてた!」
すっかり修行の方に意識が傾いてしまい、1週間に一度は姉に会う約束を失念していた。もしすっぽかしていれば姉が何を起すか分からない。
「ありがとう! 本当にありがとう【鬼道丸】! お前は最高の鞘だ!」
【……敬っているはずなのに、心が冷めていくのはなぜなのだ】
本気で【鬼道丸】に日頃の感謝を述べたら、何故か声の元気が急速に失っていく。
【しかし、それ程怖い存在だと言うのか。貴様の姉は】
「怖いも何も……。まず天才を通り越えて怪物の才能。中学は剣道で、高校、大学はフェンシング部で全国優勝。学校の成績は当然のごとく1位。そして社会に出てからも自分で会社を立ち上げ、有名企業として成功を収める。美貌も桁外れでそこらの俳優は相手にならず、人気アイドルさえ霞んで見える。それでいて嫉妬されることも妬まれることもない。神様に愛されているとしか思えんわ。そんな奴の弟なんて肩身が狭すぎる」
過大評価していると思われるかもしれないが、全て事実だ。
【まぁ、貴様の普段を見ていると鳶が鷹を生んだとしか思えんな。だが、恐怖することではないだろう】
「合宿とか旅行とかで、姉が日を跨いで帰ってこないとき携帯にな、――ああ、携帯は【ランク証】みたいなもので――数分ごとにメールが来たり、何度も着信が掛かってきたりする。そして、内容が監視されているがごとく俺の心の中を読んだ内容になっている」
例えば『早く会いたいよ』とか、『部屋に引きこもって居ると体に悪いよ』とかならまだ納得できた。
だが、昔来た内容はそんな物じゃない。『行君、今日隣の席の女の子の消しゴム拾ってあげたよね。あの女の子、ワザと行君の気を引きたくてそんなことしたんだよ。胸元大きく広げて行君の目線を誘っていたの。ちょっとドキってしたでしょ? でもね、あの女は行君の金目的で近づこうとしているの。彼氏は学校のイケメンみたいで、貢ぐためのお金が欲しいみたい。そんな♀豚は行君に相応しくないから、今お話ししていることなの。今日は遅くなりそう』と言った内容だ。
ちなみに翌日、隣の女の子は目を合わせることなく、その後の学校生活の中でも最低限の会話だけ。その間、ずっと手が小刻みに震えていた。
また、学校のイケメン君は喫煙や無免許運転、飲酒をしている所を先生に見つかり停学処分となった。しかし、その後、学校に復帰はせずに退学した。
最後に見たのは俺を見て、顔を真っ青にしてガチガチと歯を震わせる恐怖の顔だった。
【ちょっと待て。今はどうなのだ】
「……は、ははは」
力なく笑う。
もう既に保存限界回数の1000件以上の【メール】が届き、【ランク証】の受信トレイに保存されている。普段の【メール】は手紙と言う形で相手に届くが、アカザは内容を見る気が無いため着信拒否している。そのため、件数が【ランク証】に保存されていき、開くと手紙が出て来るようになっている。ちなみにアカザは【フレンドリスト】での会話も拒否している。
着信回数は1000回以上。何度【フレンドリスト】から姉のキャラクターネームを削除しようかと思った。しかし、それはバレてしまった時の姉の行動が怖い。
「……なんでこんなに面倒な姉なんだ」
【…………きっと、心配で堪らないのであろうよ。そう思う事にせよ】
力なく呟いた言葉を律儀に返す【鬼道丸】。
殺戮を楽しんでいた彼は同情と優しさを学びつつあるのかもしれない。




