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4-10

ちょっと時間が戻ってシャム視点から中庭。


 シャムは台車に乗せられていくアカザを目で追う。

 衰弱状態のアカザは生気を失い、まるで魂が抜けたようになっている。


 心苦しく思うシャムだが、運ばれていくアカザをシャムは追わず、クスフィーに駆け寄る。出した人形を【インベントリウィンドウ】に収納しているのか、次々と【カバン】の中に消えていく。


「……要求」

「あら、まだ居たのかしら」


 まるで初めてシャムの存在を認識したように、不機嫌そうにクスフィーはシャムに声を掛けた。アカザと話していた時と雰囲気が違うが、挫けずにシャムはクスフィーに話しかける。


「……私、記憶」

「あなた、確か記憶がなかったのね。アカ君が言っていた」

「……肯定」

「ヴィクターの持っていた【技法魔導書】は、アカ君が破壊したのでしょう? それでも戻らないとなると、貴女に原因があるのじゃないのかしら?」

「……理解不能」

「その喋り方から……あなたNPCでも、異世界の住人でもないわ。恐らく、私たちと同じ……ただし、キャラクターだけ」

「……何、発言、最中」


 クスフィーは何か気付いているのかもしれないが、シャムには伝わっていない。

 NPCなどと言われても、プレイヤーのアカザならともかく、異世界……と言うよりはゲームの情報が混じった世界に、住んでいると刷り込まれているシャムには分からない。


「アカ君が今の話を聞けば分かるでしょうけど、貴女に話したところで無駄ね。ただ、分かるように言うなら、あなたは元々(・・)記憶なんて持ってないのよ」

「…………」


 クスフィーが出した答えに、呆然として立ち尽くすシャム。

 元々記憶を持っていない。その言葉が、シャムの頭の中で反響する。


「私忙しいから、もういいかしら。お人形さん」

 シャムの返事を待たずに、城の中へと入っていくクスフィー。あまりの衝撃的な言葉を処理できていないシャムは、何も口から言葉を発せずにただ立っている。


 頭が回らないものの、クスフィーの言葉に納得していた。

 最初から記憶がないのならば、思いだそうとしても思いだせるはずがない。


 スキルを奪われたことによる障害、ならばヴィクターの持っていた本。【技法魔導書】が破壊された時点で、原因が破壊されたのだから、シャムの記憶が戻っていなければおかしい。


「……私……何者。……否……何者……成立、不可能」

 【スカンジナビア】まで来て、ヴィクターのような奴の手下に成り下がって、得た答えが、最初から何者でもないという物。


 期待外れではない。想像を絶していたため、どうしたらいいか分からなくなってしまう。別に田舎の貧しい娘でも、何処かの娼婦でも、奴隷でも受け入れる覚悟はあった。

 だが、誰でもない。


「……何……実行……未来……不可視」

 目の前が真っ暗になったような感覚がシャムを襲う。

 これから自分が何をすればいいのか。記憶を取り戻すという目標が達成されることはなく、絶対に不可能になってしまった。


 クスフィーが嘘を吐いたと言う可能性はない。何よりそうする理由がない。愛しの弟に纏わり付く女狐を、蹴落としたいと考えるほど器の小さい人物ではない……はずだ。


 クスフィーの結論が間違っている、と言う可能性は全く考えていない。何故だかすんなりと、シャム自身に記憶を持っていないことに納得している。


 何をすればいいか分からず、いつの間にかしんしんと雪が降り出す。そんな中、頭に雪が積もるほど立っていたシャム。


 ふと頭を過ぎったのはここまで送ってくれ、姉に倒されたアカザのことだった。ここまで送ってくれたお礼は言わねばならない。殺されて、即座にクスフィーに復活させられたものの、衰弱状態の彼にお礼の言葉が届くか分からない。


 だが、けじめとして最初にすることだ。

 それにここに来て、少なくとも答えは得られたのだ。

 自分が記憶すらない、不定の何者でもないやからだという事が。


 ともかく、シャムはアカザが運び込まれた部屋を探し始める。

 獣人の嗅覚を最大限に発揮して、すんすんと嗅ぎながらアカザの匂いを追う。

 アカザが運び込まれた部屋を探し出し、その扉の前で固まってしまうシャム。


(……何、発言?)

 部屋に入ってまず何を言うべきか迷ってしまった。


 励ましの言葉でも掛ければいいのか。慰めの言葉が頭の中に思い浮かばず、悩んでしまいピンと立っていた猫耳が垂れた。元々、口下手のシャムだが、流石に今までの喋り方では、ダメだろうとは思っている。


 しかし、シャムにはいきなり今までの喋り方を変えられない。

 ウンウンと頭を捻らせるものの、中々いい方法が見つからない。


 悩んでいるうちに、日が昇ってしまった。

 もう、当たって砕けろといった感じに扉に手を掛けた途端、いきなり扉が開いた。

 こうバネでも付いていたように勢い良く開いた扉は、シャムの額に当たって体が吹っ飛ばされた。


「キャンッ!」

「あ、れ?」


 まるで人が居たとは思っていなかったのか、アカザが驚いている。その顔を見て、ふくれっ面になったシャム。そしてアカザの格好を見て慰めてあげようとか、優しくしてあげようと言った気持ちは、無くなった。


「……謝罪、要求」

 恨めがましく精一杯にシャムがアカザを睨む。


「あ、いや、その、ごめん」

 気圧されたように、ビクついたアカザはすぐに謝罪の言葉を言った。


「……無事? 否、衰弱、回復中?」

「……それなりに、回復してきた」


 まだ、完全には回復しきっていないらしく、困ったように眉を下げてぎこちない表情を作った。だが、何か目的があるのかアカザは迷いなく歩き出す。


「……何処、進行?」

「姉さんに勝つ」

 即答。


 そして、何の迷いもない声音だった。

 シャムはアカザが頭に障害を起こしているのではないかと、本気で心配になる。昨日、成す術なく、完敗と呼べる戦いをした後だ。その相手にまた挑む? なんて馬鹿な行動を取っているのかと罵りたくなる。


 だが、衰弱状態がまだ完全に回復していないのに、その愚か者の目には生気があった。


「……勝利、策略、発見?」

「ない。多重操作のマリオネットの攻略方とか、【並行行動】の対処の仕方はある程度思いついた。だが、それで勝てる相手じゃない」


 攻略法を見つけました。だからと言って、勝てる相手ではない。攻略法を見つけたところで、綺麗に対処され、新たな戦術に切り替えて来る。単純思考のモンスターではなく、単純な対人戦という訳でもない。


 さらに言えば、【スタンバイタイム】や【クールタイム】、スキル特性の把握、コンボのタイミング、などプレイヤースキルは勿論、この世界の戦闘も慣れて来たアカザを上回る腕を持つクスフィー。


 唯一アカザが上回っているのは、近接戦に関するステータスぐらいだが、近づくだけでも死に物狂。さらに言えば、クスフィーにステータスの高さはあまり意味がない。


 また、クスフィーの最も恐ろしいのは【個人技法】ではなく、思考の読み合いで遥かに上であること。


 その理由は彼女がルレーアでやっていたパーティロール、コントローラー。

 簡単に説明すれば、現場指揮官みたいなものであり、後衛が主な役割。


 ただし、ただ単純に【魔法】を撃つだけ、パーティメンバーを回復するだけではない。様々に移る戦場に適切なスキルの使用、把握、メンバーへの指示、装備の個人差や性格、プレイスタイル、パーティロールの理解。モンスターの行動や特徴、弱点を覚えて初めて成り立つ役割。


 他のパーティロールとは段違いに難しい。

 プレイヤーならある程度、戦況の予想や自身の状態を確認して、どこまで戦えるかが予想できる。将棋や囲碁の棋士が、盤面から自分が追い込まれているのか、相手をどう追い詰めるのか、次はどう来る、どう切り返すか、と言ったことに似ている。


 とは言え個人差はあり、アカザでは敵の取った行動から3手を予想できる程度。それでも妙手と呼ばれる想定外の戦い方をされたり、動揺したり、気分がすぐれなかったりと様々な理由で予想は外れる。


 自身の想定通りに進む戦闘などない。それでも限られた時間で、自身が思考し、あるいは直感で手を打つことで立て直しを計り、戦闘を進め勝機を掴む。


 だが、彼女の読み合いはその妙手すら計算に入れているかのように、戦闘が成立していた。同じことをアカザがしようと思っても、劣化は免れない。


 スーパーコンピューターではなく、予知能力者とでも言うべき正確さ。

 そんな相手にどうやって勝つ気でいるのか。


 シャムはそう言った事を知らないが、相手が圧倒的に強いことは分かっている。

 それに勝算もなしに戦うなど、馬鹿の極み。少なくともアカザは、そんな戦い方をするほど馬鹿ではないはずだと思っていた。


「…………何故?」

「けじめと言うか、けりと言うか、何と言うか。……そうだな、ただ単純に悔しい。精いっぱい努力して、あっさりと負けたことが悔しいから、勝ちたいんだ。それ以外に理由なんてない」


 シンプルな理由だった。

 そして、輪を掛けて愚かだった。

 子供みたいな理由だが、シャムは共感はしていた。


 このままやられっぱなしでは気が済まない。あの澄ました顔を思いっきり殴ったところを見れたら、どれほどスカッとするだろう。シャムは何も出来ないことが、何者でもない自分だが、ちょっとだけ唇の端を吊り上げる。


 見る者にとっては、獰猛な獣の笑み。

 だが、シャムを言う何者でもない彼女が、個人の感情を出していた。

 人形ではなく、キャラクターと言う抜け殻でもない。


 ところが、周りの声にハッとするシャム。

 ここは城内で、周りにはいつも通りに働きに来たメイドや巡回中の兵士の会話が、獣の感度を持つ耳に聞こえて来る。


 幸い本人は、まだそのことに気付いていない為、気まずくなってしまい汗を流す。先程の部屋の扉の前と同じく、アカザにどう声を掛ければ分からなくなってしまった。


 しかし、残酷にシャムは告げた。


「……衝撃、事実、問題発生」

「何が」

「……服装」


 シャムがアカザの胸元を指さし、目で追った本人は徐々に顔色を悪くしていく。


「服……あ……」


  今更ながら、アカザはシャムに指摘されて自分の服が脱がされていることに気付く。

 衰弱状態が皮膚感覚を麻痺させ、クスフィーに服を脱がされていることに気づかなかったアカザ。そのままの勢いで、部屋から出てしまい現在は装備を全て外している。


 装備を全て外したら、白いブリーフ姿になるのだが、下着すら着ていない。


 全裸である。


 そのことを目で確認したアカザは、体が石のように固まった。

 まだ回復中の為、頭もそんなに働いていない。


 アカザは今まで全裸になっていることに気付かず、全裸で喋り、全裸で城内を歩いていたのだ。鈍いを通り越してアホである。


「ってか、何で今更!? 格好を見た時に指摘してくれよ!?」

「……仕返し」

「もしかして、まだ扉を頭にゴツンってしたことを恨んでいるのか!?」


 騒ぎを聞きつけてメイドや兵士が、遠巻きにひそひそと影口を叩き出す。


「ちょっと、どういうこと?」

「全裸で公衆の面前を気にせず歩くなんて、変態だわ……」

「いや、【渡り人】の習慣なのかもしれないぞ」


 好き勝手に言う彼らだが、全裸では反論しようとしてもできない。

 一気に羞恥心が爆発し、その場から風のように先程の居た部屋へと走り去ったアカザ。




【……我に、こんな、恥辱をっ……!】

 【暗鬼鞘】にアカザのブリーフが被さっており、表情を見せる顔があれば凄まじい形相をして、部屋に入って来たアカザを睨んでいただろう。


「……文句なら姉さんに言ってくれ」

 下に落ちている服を拾う為にアカザは、下着を真っ先に着なければならず、【暗鬼鞘】の愚痴を聞かなければならなかった。


【あ奴! あ奴がぁあ!】

 もう、手負いの獣のように猛り狂っている。


 そんな【暗鬼鞘】には近寄らず、下着だけ回収したアカザ。どんどん溢れる恨み言を、聞き流しながら服を着る。

 同性愛者でもない男が、無理矢理他の男のパンツを頭から被さられる所業。確かに怒りを抱いて当然のことだ。


【このまま逃げる訳ではなかろうなぁ! 主!?】

「……ああ」

【血祭りに上げてやろうぞ!】

 やる気は十分に高まった。気圧されるほどに。


 だがアカザの思考は、どう勝つか頭の中でシミュレートするものの、全敗。


「これで、どうやって勝つ?」

 想像の中ですら、彼女に勝てない。どうすればいいのか途方に暮れていると、【暗鬼鞘】の方から声が掛かって来た。


【思ったのだが、なぜ主は我を使ってはくれぬのだ?】

「お前、鞘だろ? どう使うのさ」

【主は忘れているだけだ、我の真の力に】


 【暗鬼鞘】が、自分の力と使い方について説明する。その説明を聞く限り、確かに強力で一発逆転の性能を秘めている。だが。


「それ相手の出方次第だし、一発勝負だよな? 次からは警戒して使えなくなると思うし」

【……言うな】


 しかし、ある程度、作戦は決まって来る。少なくとも、この攻撃方法が出せるかは別として、クスフィーにとって初めて見る妙手であることは間違いない。僅かでも動揺を誘えれば十分。


「じゃあ、リターンマッチと行きますか」

 アカザは、装備を整えクスフィーの元へと向おうとする。


「その前に、お前を洗っていいか?」

【貴様の出した物であろう!?】


 だとしても、ちょっと生理的には受け付けられず、手で直接触れたくない。アカザは布巾と水場を探し始める。

 アカザは遠回りし、姉との再戦はもう少し先送りにした。

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