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機械鎧(マシンメイル)は戦場を駆ける  作者: 黒沢 竜
第五章~強者が集う聖地~
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第九十二話  ニーズヘッグの激闘と街道の追跡劇


 ヴリトラとラピュスはZを追い、ニーズヘッグはスケルトンと戦う。ブラッド・レクイエム社のと二つの戦いがレヴァート王国の首都ティムタームの町の中で始まる。一つは相手を追いかけていき、もう一つは相手とぶつかり合う戦い。どちらの戦いも直ぐに激戦化しそうな状況だった。

 両腕の機械鎧を武器化したスケルトンを警戒しながらアスカロンを構えるニーズヘッグ。そんな彼を見てスケルトンはドクロマスクの下から微かな笑い語を漏らすのだった。試合場で向かい合う二人を見ていたリンドブルムとラランも緊迫した空気の中で戦いを黙って見守っている。


「右腕が丸ノコで左腕がデカい槍かよ。何ともバランスの悪い内蔵兵器だな・・・」

「フフフ、そう思うか?だとしたら、お前は七竜将の参謀を名乗る事はもう出来ないぞ?」

「何だと?どういう意味だ?」

「こういう意味だ」


 スケルトンは話を終えた瞬間にニーズヘッグに向かって走りだし、左腕の槍で勢いよく突いた。ニーズヘッグは咄嗟に右へ移動してスケルトンの突きを回避するが、スケルトンは槍を横へ振って回避したニーズヘッグを攻撃する。まるで相手をバットで殴打するかのように見えた。ニーズヘッグは向かって来る槍を見て咄嗟にアスカロンを縦にして殴打を防いだ。アスカロンの刃と槍が触れ合い火花と金属の削れる音が試合場の上で広がる。


「チッ!重い一撃だな」

「機械鎧だからな、ナノマシンで強化された生身の力とはレベルが違う!」


 生身の腕と機械鎧の腕の力の差を話しながらスケルトンは素早く槍を引いてアスカロンから離すと今度は丸ノコをニーズヘッグの頭上に振り下ろし攻撃して来た。ニーズヘッグは咄嗟にアスカロンを横にして頭上から迫って来る丸ノコを止めた。再び火花と金属が削れる音が広がり、その中でニーズヘッグは歯を食いしばりながらスケルトンの丸ノコを止めていた。


「ぐうううぅ!」

「防戦一方だな?やはり過大評価だったか・・・」

「そんな簡単に、人の力を、決めつけるなっ!」


 丸ノコを止めながらスケルトンを睨みつけ、アスカロンで丸ノコを押し戻すニーズヘッグ。押し戻されて後ろに下がるスケルトンにニーズヘッグはアスカロンで反撃した。スケルトンも槍と化した左腕を素早く動かしてアスカロンの斬撃を止めた。斬撃を止められたのを見たニーズヘッグは左手を腰のバックパックに回して中からレモンの様な形をした手榴弾を取り出す。左手の指を器用に使い安全ピンを抜くとスケルトンの前に軽く放り投げた。


「!」


 突然目の前に投げられた手榴弾を見てスケルトンは咄嗟に後ろに跳んで距離を取る。勿論ニーズヘッグ本人も素早く後ろへ移動して距離を取った。


「ゲッ、マズイ!・・・危ない!急いで下りてください!」

「え?」


 ニーズヘッグが投げた手榴弾を見て驚くリンドブルムは急いで試合場の隅で試合を見ている審判に声を掛けた。審判は意味が分からずに後ろで慌てているリンドブルムを見ながら小首を傾げた。ラランもリンドブルムを見て不思議そうな顔をしている。


「ああ~~っ!もうぉ!」


 説明している暇がないとリンドブルムは急いで試合場へ上がり審判を担いで試合場から飛び下りた。小さな少年に担がれながら驚いている審判はオロオロした様子を見せている。そして二人が試合場から下りた直後、ニーズヘッグの投げた手榴弾は爆発した。突然試合場の上で起きた爆発に観客達は驚く。試合場から避難したリンドブルムと審判、ラランも驚いて試合場の方を見ている。


「フゥ、危なかったぁ・・・」


 手榴弾の爆発に巻き込まれずに済んでホッとするリンドブルム。試合場に視線を戻すと、試合場の真ん中では灰色の煙が上がり、爆発した所を中心に焦げ跡とひびが広がっている。そしてその爆発した所を挟む様にニーズヘッグとスケルトンが睨み合っている姿があった。


「もおぉ!いきなりグレネードを使わないでよ!審判の人も巻き込まれそうだったじゃないかぁ!」

「悪いな、コイツが相手だと使う使わないと言ってられないんだよ」


 突然手榴弾を使った事に文句を言うリンドブルムに軽く謝ってまたスケルトンの方を見るニーズヘッグ。そんな彼を見てリンドブルムは呆れた様な顔で深い溜め息をつく。


「まったく、ニーズヘッグは参謀なのに時々後先考えないで無茶する事があるから怖いんだよ・・・」

「・・・大丈夫?」


 疲れた様子のリンドブルムに声を掛けるララン。無表情ではあるが自分を心配してくれるラランにリンドブルムは微笑みながら頷いた。


「平気、僕達はこんな風だけど相手の事をよく知ってるし、今までも色んな苦難を乗り越えて来たから」

「・・・皆を信じてる?」

「そういう事」


 リンドブルムは微笑から苦笑いへと変わって試合場のニーズヘッグを見る。無茶をする事もあるが頼れる参謀であるニーズヘッグを心から信じているリンドブルム。いや、七竜将のメンバー全員が信じているのだ。互いにメンバーを信じ合う、それが七竜将の強さの一つとも言える。

 試合場の上で相手を見つめながら自分達の武器を構えているニーズヘッグとスケルトン。先程の手榴弾の爆発で互いに距離を取った二人は相手との距離を考えてどう攻めるかを黙りながら考えている。二人とも相手の出方を見ながら警戒しており、先に動く事が出来ない状態だった。


(・・・さっきのグレネードで奴との距離を作り、戦いは振出しに戻ったが、このままじゃあまた同じ事の繰り返しだ。違う攻撃パターンで戦わないとケリがつかない)


 ニーズヘッグはスケルトンから意識を外さない様にし、心の中で次にどう攻めるかを考え始める。アスカロンだけで攻撃しても全てスケルトンの両腕の機械鎧兵器で防がれてしまう事を理解したニーズヘッグはアスカロン以外の武器も使って戦おうとしているが、さっきの手榴弾の様な爆発系の武器は死者が出る恐れがあるので武術大会では使わないよう前もってヴリトラやリンドブルムと相談して決めていた。しかし相手がブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士であれば話は別だ。彼等を野放しにすればまた多くの人が彼等の手に掛かる、それだけは何としても防がないといけない事だった。


(死人が出ないようする為に使わなかったグレネードだったが、相手が相手だからな。だが、それでもこんな狭い試合場の上じゃあ、さっきみたいに審判までも巻き込んじまう。下手をすれば観客達にも被害が出る可能性が・・・)


 死者を出さないようにしていても、客席の観客達に被害が出る可能性も十分ある。それが頭をよぎり、ニーズヘッグはアスカロン以外の武器を使う事を拒んでいるのだ。ニーズヘッグはスケルトンを見ながら気付かれない様に歯を噛みしめている。


「グレネードを使うとは、この大会で死人を出す事を拒んでいた者がやる事とは思えないな」

「既に二人の姫騎士を手に掛けたお前達にそんな事言われたくないな。それに俺達はお前等からこの世界の人々を守る為に戦ってるんだ、人を殺す事を何とも思わないお前達なら何の躊躇も無しに殺せる」

「フッ、躊躇無しに殺せるか。そうやって平気で相手を殺せるなどと口に出来るとは、もはや救いようがない戦闘狂だな」

「お前達に言われたくないと言っているだろ!」


 自分達の事を棚に上げてニーズヘッグを狂人扱いするスケルトンにニーズヘッグは力の入った声で言い返す。


「・・・確かに俺達七竜将はこれまで多くの人を殺して来た。命を奪っても何も感じない奴は狂った異常者だ。だが俺達は自ら望んで他人の命を奪おうと思った事は無い!お前達の様に命を奪う事に快楽を覚えた奴等の一緒にするな!」

「同じだよ。例え望もうと望むまいと、他人の命を奪った者は皆狂人だ」


 そう言ってスケルトンは右足を前に出して機械鎧のすねの部分の装甲を左右に動かした。装甲の下には無数の小型マイクロ弾が内蔵されており、それを見たニーズヘッグは目を見張って驚く。


「狂った者は狂った者同士、楽しく殺し合えばいい」


 スケルトンはそう言った瞬間、右足の内蔵小型マイクロ弾が一斉に発射されてニーズヘッグに襲い掛かる。小型マイクロ弾を見てリンドブルムはラランと審判を庇うかのように姿勢を低くした。そしてニーズヘッグも向かって来る無数の小型マイクロ弾を見ながら右腕の機械鎧の後前腕部分の装甲を動かし機銃を出した。機銃を出した直後にニーズヘッグは小型マイクロ弾を機銃で撃ち落としていく。撃たれた小型マイクロ弾は空中で爆発し闘技場内に無数の爆音を響かせた。観客達も突然の爆音に驚いて騒ぎ始めている。

 王族の席では試合場で起きている激戦を見てヴァルボルト達が驚きの表情を浮かべていた。


「な、何なのだ、この戦いは・・・?」


 席から立ち上がって試合場で起きている無数の爆発に目を奪われるヴァルボルト。アンナやエリスも驚きのあまり目を丸くしている。


「これは・・・本当に人間の仕業なのか?」

「騎士の使う気の力に似ていますが、これ程複雑な力は見たことありません・・・」


 アンナとエリスが驚きながら呟いていると、パティーラムだけは座ったまま緊迫した様な表情で黙って試合を見守っていた。パティーラムも七竜将の事は知っているが彼等の戦いを直接見たのは初めてなのでやはり少し驚いているようだ。


(・・・これが七竜将の戦い。彼等が見た事のない武器を使っているというのはガバディア団長から聞いていましたが、これ程の物とは・・・。戦っているSと言う参加者も似たような武器を使っている・・・)


 心の中で呟き、七竜将とブラッド・レクイエム社の戦いの凄さを感じるパティーラム。戦いの激しさをその身に感じて驚いてはいるが、それ以前に彼女は別の事で驚いていた。


(・・・Sという人物、何やら冷たく恐ろしいものを感じます。あの方は一体・・・)


 スケルトンの恐ろしさを無意識に感じ取っていたパティーラム。ブラッド・レクイエム社の事を何も知らないパティーラムにすらも感じ取れる程の殺気と冷たい気配。彼女はファムステミリアで初めてブラッド・レクイエム社の恐ろしさを感じ取った人物となったのだ。

 試合場で激戦が繰り広げられている頃、町の街道では逃走するZをヴリトラとラピュスが追跡していた。あの後、ビビットの遺体を持ち去ったZは闘技場を出て町の方へ逃走し、ヴリトラとラピュスもその後を追って町へ向かった。


「アイツ、闘技場を出て街へ向かうなんて、どうするつもりだ?」

「町には大勢の人がいる、その中に紛れて姿を消すつもりではないのか?」

「いくら町に人がいると言っても、今は殆どが闘技場にいるんだ。姿を隠せる程の人数はいないさ」

「確かにそうだな・・・。ところで、レレット殿は大丈夫なのか?」

「心配ねぇよ。闘技場から出る時にオロチ達とすれ違っただろう?今頃は手当てを受けて落ち着いてると思うぜ?」


 ヴリトラは走りながらラピュスにそう話す。実は闘技場を出る直前に二人はオロチ、ファフニール、アリサの三人と会い、地下で起きた事を説明したのだ。それを聞いたオロチ達は急いで地下へ急ぎ瀕死のレレットを助けに向かい、二人はオロチ達にレレットを任せてZの追跡を続けた。


「オロチはジル程じゃねぇけど医学知識が高い、だから十分な応急処置が出来るはずだ」

「それじゃあ、レレット殿は大丈夫なんだな?」

「ああ。彼女の事はオロチ達に任せて俺達はZの捕まえる事に専念するんだ!」

「分かった!」


 二人は自分達の十数m先を走っているZを見て足を速くした。しかし、Zはビビットの遺体が入っている革袋を担いでいるにも関わらず速度が落ちる様子はなかった。一方でヴリトラと一緒に走っているラピュスは疲れが溜まって来たのか大量の汗を掻き、息が乱れている。


「おい、大丈夫か?」


 次第に走る速度が落ちてきたラピュスに気付いてヴリトラが速度を落してラピュスにペースを合わせながら尋ねる。ラピュスは汗を掻きながらヴリトラの方を向いて頷く。


「だ・・・大丈夫だ。まだ走れる・・・」

「とてもそんな風には見えないぞ?」


 ヴリトラはラピュスの表情と呼吸を見ながら言った。ラピュスが疲れるのも無理はない。彼女は騎士である以前に女性、しかも重い鎧と騎士剣を装備しながら走っているのだ。女性の体力で長時間走り続ければ直ぐに限界が来てしまう。

 二人が速度を落として走っていると、Zは走ったまま高くジャンプして二階建ての民家の屋根の飛び乗った。そしてそのまま屋根から屋根へ移って逃走を続ける。それを見たヴリトラは一瞬驚いたが、直ぐに真剣な表情へ戻り歯を噛みしめた。


(マズイな、このままだと見失っちまう!)


 Zに逃げられてしまう、そう感じて焦り出すヴリトラ。するとラピュスは汗を掻いて苦しそうな表情のままヴリトラに声を掛けてきた。


「ヴ、ヴリトラ、先に行ってくれ。直ぐに追いつく・・・」


 迷惑を掛ける訳にはいかないと、ヴリトラを気遣い先に行かせようとするラピュス。そんなラピュスを見てヴリトラは抵抗を感じているような表情を見せる。すると今度は微笑みの表情を浮かべ、ヴリトラはゆっくりと口を開いた。


「・・・Zの追跡に付きあわせておいて自分だけ先に行くっていうのは俺のプライドが許さないんだよ」

「プ、プライド?・・・何をカッコつけているんだ、今はそんな事言っている時ではないだろう?」


 つまらないプライドにこだわるヴリトラに呆れる様な表情を見せるラピュス。するとヴリトラはニッと笑いながら少しずつ走る速度を落としていった。


「仲間を置いて先に一人で行かない、どんな時でも仲間と共に行動する事、これは七竜将の掟の一つなんだよ。お前も俺達の仲間なんだから、その掟の対象に入るって訳だ」

「だ、だからそんなカッコつけている場合では・・・」


 自分の後ろを走っているヴリトラを見ながら話を続けるラピュス。その時、突然走っていたヴリトラが姿勢を低くしてラピュスの足と背中に手を回して素早く彼女を抱き上げた。


「うわああぁ!?」


 走っていた自分と突然抱き上げて立ち止まるヴリトラに驚き声を上げるラピュス。その姿は俗に言うお姫様抱っこの状態だった。


「な、なななな、何をやっているんだ!?」

「見ての通り、お姫様抱っこだ」

「そ、そんな事は見れば分かる!何でそんな事をしているんだと聞いているんだ!?」


 頬を赤くしながら感情的になるラピュス。そんなラピュスにヴリトラは更にニヤついて彼女の顔を見つめた。


「ハハハ、やっぱりお前も女だなぁ?お姫様抱っこは憧れてたのか?」

「そ、そんな事はどうでもいいだろう!」

「確かにな。・・・それじゃあ、Zを追うぜぇ!」

 

 ヴリトラは前を向くと下半身に力を入れて勢いよく走り出した。鎧を着たラピュスを抱きかかえているにも関わらずもの凄い速さで走っているヴリトラにラピュスは目を丸くして驚いていた。ヴリトラは周りをチラチラと見て、民家の前に停まっている馬車の荷台を見つける。荷台には大きな木箱が積まれてあり、高さは上手くいけば二階建ての民家の屋根に飛び移れるくらいの高さだった。


「・・・よしっ!」


 荷台を見て笑うヴリトラは更に速度を上げて荷台へ向かって走り出す。そして勢いよくジャンプして馬車の荷台に積まれている木箱の上に飛び乗った。そのままもう一度ジャンプをして見事に民家の屋根の飛び乗る事に成功する。荷台を引いていた馬や周りにいた住民達の突然のヴリトラの行動に驚き、声も出せずに彼を見つめている。ヴリトラは屋根に飛び移ると再び走り出してZの追跡に入った。


「す、凄いジャンプ力だな・・・」


 ヴリトラに抱きかかえられているラピュスはヴリトラのジャンプ力を見て呆然とする。どんなに体を鍛えた者で出来ない様な事を軽々とやってのけたのだから当然と言える。しかしヴリトラは前を向いたまま真面目な顔で答えた。


「いや、俺よりもZの方が凄かったぜ。俺達機械鎧兵士はナノマシンで身体能力を強化されているが、地上から二階建ての家の屋根にジャンプで飛び移れる様な体力は持っていない。なのにZはビビットの遺体を抱えながら一回のジャンプで屋根に飛び移りやがった・・・」

「・・・確かお前は左腕だけが機械鎧だったな。それではあのZは・・・」

「ああ、多分両足が機械鎧になってるんだろうな」

「だから地上から一気に民家の屋根に跳ぶ事が出来たのか・・・」


 ラピュスは改めて機械鎧の性能の凄さを知り感心する。


「よし、Zに追いつく為に速度を上げる。しっかり掴まってろ!」

「あ、ああ!」


 ヴリトラの言われてラピュスはヴリトラの腕をしっかりと掴んだ。そしてヴリトラも急ぐためにより速く走り、屋根から屋根へと飛び移っていく。そしてヴリトラは七、八十m程先の民家の屋根の上を走っているZの姿を見つける。


「いた、あそこだ!」


 遠くで革袋を担いでいるZを見つけたヴリトラとラピュスは鋭い視線でZを見つめる。


「・・・ほぉ?」


 屋根の上を走っているZが振り返り、後ろから追いかけてくるヴリトラとラピュスに気付く。二人の姿に意外そうな声を出したZは前を向き直すと民家の屋根から飛び下りて再び街道を走って逃げた。


「アイツ、また地上に戻ったぞ!」

「俺達も下りるぞ!」


 Zの後を追う為にヴリトラもラピュスを抱きかかえながら屋根から飛び下りる。そして地面に降り立った瞬間、ヴリトラの両足に強烈な痺れが走った。


「ぐっ、ぐうぅ~~~っ!」

「だ、大丈夫か?」

「あ、ああ。大丈夫、だ・・・」


 涙目になりながら痺れと痛みを堪えるヴリトラ。そんなヴリトラの顔を見てラピュスはまばたきしながら少し驚いている。足から痛みが引くとヴリトラは直ぐにZの逃げた方へ走り追跡を再開する。

 地面に下りて逃走するZは東の城壁の方へ走っていた。どうやらZは自分の協力者であるあの二人組の男達が用意した脱出路へ向かっているらしい。だがZは協力者の男達がジャバウォック達に捕まった事に気付いていなかった。


「・・・そろそろだな」


 街道は走って行き、東の城壁へ近づいて行くZ。そして街道から城壁の前の大きな通りに出たZは周囲を見回して下水道の入口を探す。


「・・・情報ではこの辺りのはずだ」

「何がお探しかしら?」


 突然聞こえてきた声にZはフッと左を向く。そこには腕を組みながら自分を見つめているジルニトラの姿があった。


「アンタがZね?残念だけど脱出路である下水道には白銀剣士隊が抑えてるわ」

「お前達の脱出路はもう無いぜ」


 今度は右から男の声が聞こえ、Zが視線を変えるとデュランダルを握っているジャバウォックの姿がそこにあったのだ。左右から挟まれて舌打ちをするZ。そこへZの後を追っていたヴリトラとラピュスがZの背後から現れた。


「追いついたぞ!」

「ヴリトラ、ラピュス!」

「!」


 現れたヴリトラとラピュスを見て笑みを浮かべるジャバウォックと背後から現れた二人に驚き、大きく跳んでその場から移動したZ。城壁に背を向けてヴリトラ達が全員視界に入る様に立つZを見てヴリトラ達も自分達の武器を手に取り、いつでも戦える態勢に入っている。ヴリトラに抱き上げられていたラピュスもゆっくりと降りて騎士剣に手を掛けていた。


「追い詰めたぞ。さぁ、ビビットの遺体を返してもらおうか?」

「まさか本当に死体を盗むとはなぁ」

「悪趣味にも程があるわね」


 ヴリトラの話を聞き、引くような表情を見せるジャバウォックとジルニトラ。小型通信機でZの容姿と行動内容をヴリトラから聞いていた二人だ、実際目で見るとやっぱり引いてしまうようだ。


「それにしても二人とも、どうして此処に?Zが何処へ向かうかも分からないのに・・・」


 ラピュスはジャバウォックとジルニトラが東の城壁の前に先回りしていたことが不思議で二人の方を見ながら尋ねる。するとジルニトラがウインクをして笑いながら質問に答えた。


「簡単よ。コイツは協力者の男達が捕まった事を知らないから、用意させていた下水道が使えると考えてこっちに来ると思ったからよ」


 ジルニトラの話を聞いて「成る程」と納得した表情を見せるラピュス。しかも下水道の入口前には白銀剣士隊が待機しているので、ジャバウォックとジルニトラが下水道の前からいなくなっても守りは十分堅い。その為、二人は下水道の周囲を見回っており、その時にZと出くわして今に至るという訳なのだ。

 ヴリトラ達が周囲を取り囲み、動けなくなっているにも関わらずZは動揺する様子を見せずにヴリトラ達を見ながら立っていた。


「・・・なかなか良いチームワークだな?」


 突然声を出すZにヴリトラ達は驚くフッとZの方を向いた。Zは担いでいる革袋をポンポンと叩きながら話を続ける。


「・・・しかし、どうしてこんな死体の為にわざわざ追いかけて来るのか全く理解出来ないな。なぜそこまでしてこの女の死体を取り戻そうとする?」

「ビビットの遺体を持ち去られたら残った遺族が困るだろう。それに殺した奴に家族の遺体を持ってからたらレレットが悲しむ」

「フッ、成る程な」


 ヴリトラの言葉に納得したのかZはヴリトラを見つめながら納得する。鼻で笑うZを見てムッとするヴリトラは森羅を少しだけ鞘から抜いていつでも抜ける状態にし、ゆっくりと口を開く。


「・・・それはそうと、そろそろ正体を現したらどうなんだ?と言っても、俺にはお前の正体が大体想像出来るけどな」

「え?」


 ヴリトラの意外な言葉にラピュスは驚き、ジャバウォックとジルニトラもヴリトラの方を向いて驚きの表情を見せた。だがZ本人は何も言わずに黙ってヴリトラの顔を見つめている。


「闘技場でお前の声を聞いた時、そしてお前から感じられた殺気で頭の中に一つの名前が浮かび上がった。それにお前は一度この町に来ている、それなら見張りの兵士達に気付かれずに町に侵入する事も簡単なはずだ・・・」


 鋭い視線をZに向けながらヴリトラは低い声で話し続ける。周りのラピュス達はヴリトラの表情と声に若干緊張していた。


「そうだろう?・・・ジークフリート」


 ヴリトラの口から出た名前を聞いてラピュスの表情が急変し、ジャバウォックとジルニトラも聞き覚えのある名前に驚き、目の前で黒いマントを揺らしているZを見つめた。

 Zに追うヴリトラとラピュスはジャバウォックとジルニトラの二人と合流してZを追い詰める。だがそこでヴリトラはZの正体に感づき、その名前を口にした。その名前は嘗てティムタームにやって来たブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士部隊の最高司令官の名前だったのだ・・・。


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