画面から出てこれないアホな幽霊女 その9
画面の中から何者かの怒っている声が聞こえると、幽霊女が涙を浮かべながら、その声に返事をした。
「先輩! 助けてください!」
「もう、何やってんだよ!」
「だって胸が……胸が邪魔で……挟まっちゃったんです」
「なにそれ? 自慢か? 私に自慢してんのか?」
「違います~。せんぱ~い! 早く助けて下さ~い」
「お前の胸は大きすぎるんだよ! その報いを受ける時が来たんだと思って諦めな!」
「そんな訳の分かんない事言ってないで、早く助けて下さ~い」
俺はその光景を、画面の前で黙って見守っている。
まさか、もう一人幽霊が現れるとは思ってなかった。
画面は幽霊女が塞いでいるので、中から聞こえてくる声の主の姿は確認する事は出来ないが、まったく怖いとは思わない。
慣れって凄いな、と自分でも感心する。それは、こいつがアホで人懐っこく、全く怖くないのが原因なのかもしれないが、俺はいたって普通にその光景を見守っていた。
幽霊女はその声の主を、先輩と呼んでいる。
アルバイト先である職場の先輩なのかは不明だけど、こいつらは仲は良いと感じた。
その証拠に、先ほどまで不安気だった幽霊女の顔が、少し安心したような顔に変わっていた。
画面の中から、困ったような呆れたような声が聞こえてくる。
「……しょうがないなぁ。私が足を引っ張ってやるから、あんたは自分の胸を持ち上げてなさい!」
先輩が幽霊女にそう指示を出す。
その言葉に俺は思わず声を出してしまった。
「あっ! その役は俺がやらさせて頂きます!」
俺の部屋に、しばしの沈黙の時間が流れた。
やがて先輩の怒鳴り声が俺の部屋に響く。
「お前! 対象者にバレバレじゃね~か!」
「……すみません、すみません」
「何があったのか説明しろ!」
「実は……」
幽霊女は、恐る恐る俺の部屋で起きた、一連の出来事を説明を始める。
俺はコーヒーを淹れなおし、身振り手振りを交え楽しそうに説明をしている幽霊女をベッドに腰掛けながら見ている。
画面に挟まって絶望を感じたシーンでは泣きそうな顔。
俺に胸を揉まれたシーンでは怒った顔。
ホットミルクが美味しかったと語る時は笑顔と、一生懸命に説明をしている。
しかし、先輩は画面の中に居るので、幽霊女の迫真の演技を先輩は観る事が出来ない。
観る事が出来るのは、画面のこっち側に居る俺だけだ。
こいつって、本当にアホの子なんだなと思いながら、俺は説明が終わるのを待っていた。
「んじゃ、行くぞ!」
「はい!」
幽霊女の説明が終わり、先輩の説教が終わると、俺も手伝い今度は3人で画面の中へ押し戻す。
先輩が画面の中から幽霊女を引っ張る。
幽霊女は両手を伸ばし、頭を自分の胸に埋め、出来るだけ小さくなるように身を屈める。
俺は画面の下の縁に引っかかっている大きな胸を下から持ち上げつつ、中へ押し込むように力を加える。
「あんたも持ち上げてるだけじゃなくて、もっと押しなさい!」
「あ、はい!」
先輩からの激が飛び、俺は今まで以上に必死に力を込め胸を押す。
ピシッっとモニターから嫌な音がするが、力を緩めると先輩に怒られるので、そのまま全力で幽霊女の胸を押す。
踏ん張っている俺の足も限界が近い。ふくらはぎ辺りがピクピクと痙攣しているのを自分でも感じる。
それでも先輩が内側から引っ張り、俺が外側から全力で押す。
幽霊女も必死に体を捻って頑張っている。
「せーの!」
先輩の変え声と共に、三人で力を合わせてると、ようやく胸が画面を通過し、その勢いのまま幽霊女の体が画面の中に戻っていく。
やっとだ……。やっとこの長い戦いが終わる。
しかし、俺は人間なので画面の中に入る事は出来ない。
俺の手はモニターの表面で止まり、そのままの勢いでモニターごと倒してしまった。
「うわっ!」
俺に勢いよく突き飛ばされたモニターは、ガシャンと大きな音を立て壁に激突し、画面を上にした状態でゆっくりと倒れた。
その倒れたモニターから声だけが聞こえてくる。
「やったーーーー! ありがとうございました!」
「こんなミスをするなんて前代未聞だよ」
「はい……すみませんでした」
疲れ果てた俺は、ベッドの隅に腰を下ろす。
「すまなかったな。助かったよ」
倒れたモニターから先輩の声が聞こえてくる。
「本当にありがとうございました」
幽霊女の明るく元気な声も聞こえてくる。
「次からは気をつけろよ」と俺が声をかけると、倒れたモニターから幽霊女の手だけが出てきて、小さく手を振って画面の中に消えて行った。
倒れたモニターを覗くと、画面は元の動画投稿サイトの画面に戻っていた。
「いったい、何だったんだろう……」
色々と思う事はあるが、疲れたしかなり眠い。
倒れたモニターの灯りが部屋の中をうっすらと照らしている。
カーテンの隙間からも、うっすらと光が部屋に漏れて来ている。
「……もう、朝じゃん」
俺はパソコンの電源を落とすと、ベッドに入ってそのまま爆睡した。




