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勇者が世界を救うその裏で  作者: たっくん


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episode2

勇者アルトが王都を旅立ってから、一ヶ月が経った。


 西部盗賊団壊滅。


 ゴブリン集落制圧。


 魔獣討伐。


 複数の村を救済。


 まだ未熟ながらも、勇者は確実に成長していた。


【現在レベル20】


 王国中に、その名が少しずつ広がり始めている。


『西部の勇者様が盗賊を倒したらしい』


『たった一人でゴブリンの巣を壊滅させたそうだ』


『やっぱり女神様に選ばれた方は違うな』


 酒場では噂が飛び交い、商人達は勇者の話を広め、吟遊詩人達は勇者の歌を作り始めていた。


 だが。


 その全ては自然発生ではない。


 最古の村を中心としたモブエージェント達が、情報操作を含め、綿密に調整していた。



「勇者、現在西部平原を移動中」


 地下会議室。


 地図の前で、山菜採りの老婆が報告書をめくる。


「精神状態は安定。体力消耗、中程度。武器損耗率、想定より高め」


「剣の質が悪いねぇ」


 鍛冶屋の男が腕を組んだ。


「まだ鉄剣だからな。そろそろ武器更新イベントを入れるか?」


「いや、まだ早い」


 村長が首を振る。


「レベル20程度では強すぎる武器は扱えん。まずは基礎を固めさせろ」


「なら次の街でミスリル短剣でも拾わせるか」


「うむ。“努力して得た感”を忘れるな」


 机の上には大量の資料が積まれている。


【勇者アルト 精神成長推移】


【民衆期待値グラフ】


【勇者感動イベント一覧】


【今後の苦戦配分】


 酒場の女将が呆れ顔でそれを見た。


「相変わらず、神話っていうより舞台裏だねぇ」


「実際そうじゃからな」


 村長は平然と答える。


「勇者という存在は、人々の希望そのものじゃ。雑に扱えば物語が死ぬ」


「だから苦戦と成功体験の配分まで管理してるって?」


「当然じゃ」


 村長は羊皮紙を指差した。


「今の勇者はまだ若い。“自分は世界を救える”という実感が足りん」


「だから小さな成功を積ませてるのか」


「うむ」


 勇者に必要なのは、力だけではない。


 自分を信じる心。


 人々を守りたいと思う理由。


 立ち上がる意味。


 その全てを、一年かけて育てる。


 それがモブエージェント達の役目だった。



 一方その頃。


 勇者アルトは森を歩いていた。


 全身泥だらけ。


 肩には傷。


 鉄剣の刃は欠けている。


 旅立った頃の初々しさは少し消え、代わりに必死さが増していた。


「はぁ……はぁ……」


 アルトは木に寄りかかりながら地図を見る。


「次の村まで……あと半日か」


 空腹。


 疲労。


 睡眠不足。


 だが、それ以上に辛いのは孤独だった。


 勇者は一人。


 旅立った時から、ずっと一人だ。


 仲間もいない。


 荷物を分け合う相手もいない。


 不安を打ち明ける相手もいない。


 それでも歩かなければならない。


 世界を救うために。


「……頑張らないとな」


 アルトは拳を握る。


 その時だった。


 ガサッ。


 森の奥から音がする。


 アルトは即座に剣を構えた。


 現れたのは、三体のウルフ型魔物。


 以前なら逃げていた。


 だが今のアルトは違う。


「来い!」


 魔物が飛びかかる。


 アルトは一歩踏み込み、剣を振るった。


 首を狙う。


 以前より速い。


 以前より正確。


 以前より迷いがない。


 一体目を斬る。


 二体目を避ける。


 三体目の牙が腕をかすめる。


「っ……!」


 痛み。


 だが、止まらない。


 アルトは振り向きざまに剣を叩き込んだ。


 数分後。


 三体の魔物は地面に倒れていた。


 アルトは荒い息を吐く。


「勝てた……」


 その顔には、確かな成長があった。



『こちら西部監視班』


 森の上空。


 木の枝に座っていた狩人風の男が、通信魔石へ呟く。


『勇者、ウルフ三体討伐成功』


『負傷は?』


『軽傷。問題なし』


『精神状態』


『“自分で勝てた”って顔してる』


 通信の向こうで、酒場の女将が笑った。


『良いねぇ。“自信イベント”成功だ』


『次はどうする?』


『今夜は休息イベント入れるよ』


『了解』


 狩人の男は通信を切り、森の奥へ消えた。


 数時間後。


 疲れ切ったアルトの前に、小さな村が現れる。


 偶然見つけたように見える。


 だが違う。


 そこはモブエージェント達が用意した“休憩地点”だった。



「旅人さんかい?」


 村の入口で、老婆が優しく声をかける。


「あ、はい……」


「疲れてるねぇ」


 アルトは苦笑した。


「少しだけ」


「よかったら泊まっていきな」


 老婆は自然に笑う。


「最近魔物が増えて怖くてねぇ。若い男手があると助かるんだよ」


 アルトは少し考えたあと、頷いた。


「分かりました」


 村人達は喜んだ。


 子供達が勇者に憧れの目を向ける。


 老人達は感謝し、夕食を振る舞う。


 暖かいスープ。


 焼きたてのパン。


 柔らかな灯り。


 アルトは久しぶりに、人の温もりを感じていた。


「ありがとう……ございます」


 自然と涙が出そうになる。


 旅立ってから、ずっと気を張っていた。


 世界を救わなければ。


 強くならなければ。


 勇者として期待に応えなければ。


 だが、この村の人々はそんなことを求めていない。


 ただ、“助けてくれた青年”として接してくれていた。


 それが、少しだけ救いだった。



 その夜。


 村外れの納屋。


 酒場の女将が通信魔石を光らせる。


『西部休息イベント完了』


『勇者の精神安定値、回復確認』


『良し』


 地下会議室。


 村長が報告書に目を通す。


「勇者はどうじゃ」


『かなり疲弊してたよ。放置してたら精神が折れてたかもしれないねぇ』


「ギリギリじゃな」


『でも、いい目してた』


「うむ」


 村長は静かに頷いた。


「人は、守りたいものが出来た時に強くなる」



【三ヶ月後】


 勇者アルトはレベル50へ到達した。


 南方迷宮単独突破。


 魔人将軍ヴァルド撃破。


 巨大飛竜討伐。


 その名は、もはや世界中へ広がっていた。


『勇者様が魔人将軍を倒したらしい!』


『まだ十七歳なんだろ!?』


『人類最強だ……!』


 だが、その裏では今日もモブ達が動いている。



「勇者、予定より成長速度が速い」


 地下会議室。


 鍛冶屋の男が資料を見ながら言った。


「レベル50到達が二週間早い」


「想定以上じゃな」


「どうする?」


「北方試練を前倒しする」


 村長が地図へ印を置く。


「勇者の勢いを止めるな。だが慢心もさせるな」


「難しい注文だねぇ」


 女将が笑った。


「だから我らがおる」


 村長は通信魔石を起動する。


「北海班へ通達。リヴァイアサンの調整を始めろ」



 夜の海。


 一隻の小舟が、荒れ狂う黒い海を進んでいた。


 波は高く、空は嵐。


 その中心に、巨大な影がいる。


 海魔リヴァイアサン。


 島ほど巨大な災厄級魔獣。


 普通なら、国家総出でも勝てない怪物だった。


 だが。


 小舟の上には、一人の男が立っている。


 漁師の男だった。


 酒臭い息。


 無精髭。


 どう見ても普通の中年男。


 だが彼は、片手で銛を持っていた。


「……ったく」


 男は巨大な海魔を見上げる。


「今回はちょっと強すぎるだろ」


 リヴァイアサンが咆哮した。


 海が割れる。


 巨大な津波が迫る。


 だが男は逃げない。


 小舟を蹴り、空へ飛んだ。


 次の瞬間。


 銛が、海魔の左目へ突き刺さる。


 絶叫。


 海が赤く染まる。


 男は空中で回転し、そのままリヴァイアサンの背へ着地した。


「悪いな」


 男はナイフを抜く。


「勇者様の経験値になってもらうぜ」



 数時間後。


 夜明け。


 漁師の男が船を港へつけた。


 港には村長が立っている。


「どうじゃった?」


 男は濡れた上着を脱ぎながら笑った。


「あぁ……ちゃんと勇者が倒しやすいようにリヴァイアサンを弱らせておいたぜ」


 まるで畑仕事でも終えたような口調だった。


「左目は潰した。背中の鱗も剥がしてある。あと数日は海流操作もできねぇ」


「ふむ」


「まぁ、あとは勇者様がなんとかすんだろ」


 その時。


 遠く東の空が眩く光った。


 轟音。


 数秒後。


 王都側から鐘の音が響く。


『勇者様が海魔リヴァイアサンを撃退!!』


『世界に再び希望が――!!』


 町が歓声に包まれる。


 人々は涙を流し、勇者を称える。


 だが。


 港の端で、漁師の男は魚網を肩に担いだ。


「……帰るか」


 村長も頷く。


「あぁ。次は北の魔王軍幹部じゃ」


 誰にも知られず。


 誰にも語られず。


 それでもモブ達は、今日も世界の裏で働いていた。

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