70. そしてまた土曜日が来る(終章)
いつの間にかグッスリ眠っていたらしい。布団から起きると窓の外は既に明るく、皆はもう部屋にいなかった。
リビングに行くと、透子は既に制服に着替えて学校へ行く身支度が終わっていた。漣と詩音はとっくに帰宅したらしい。何だか昨日一晩4人で過ごしたことが夢か幻だったような気分だ。
俺は学校に電話して事情を説明し、今日一日は休むことになった。事件のことは既に連絡が入っていたようで、話が早くて助かった。警察署に行って状況説明の続きをしなければならないし、病院に搬送された母の様子も見に行かないとな。
透子が家を出た後、俺もお母さんにお礼を行って出た。警察署の場所は分かるが歩いていくには時間がかかる距離だ。座間さんに電話すると車で迎えに来てくれることになった。ついでがあったらしい。
指定の場所で待っていると、1台の乗用車が来た。てっきり、パトカーが来るのかと思ったら、少し旧型の普通の車だった。覆面パトカーだろうか。座間さんが運転席から顔を出し、後ろの席に乗るようにとドアを開けてくれた。乗り込もうとすると、他にも乗客がいた。じいちゃん先生だった。
「あれ、師範も警察に用ですか?」
「何を言っておる。お前さんのせいで儂も事情聴取されるのじゃよ。まったく、無茶をするわい。」
「すみません。でも、俺ギリギリまで自分から仕掛けたりはしませんでしたよ?」
「そういう問題ではない。凶器を持った相手に1人で立ち向かったのが無謀じゃと言うておるのじゃ。まあ、よい。話は警察署でゆっくり聞かせてもらおう。」
「では、車を出しますのでシートベルトを着けてくださいね。警察車両が違反しちゃマズイので。」
警察署ではドラマでよく見るような取調室に入るのかと思ったら、普通の応接室だった。まあ、俺が悪いわけじゃないしな。座間さんと昨日会った所轄の刑事さん。そして、速記担当の制服警官が部屋の隅にいた。
「じゃあ、まず昨日のおさらいから。涼太君が自宅に戻ると玄関の鍵が開いていたことに疑念を抱いた。誰かに相談する前に犯人から家に入るように電話で促された。涼太君は母親が人質に取られていると思い、それに従った。その際に友人数名にスマホのアプリでSOSを送り、彼らが警察に通報した。君と犯人が話し合いをしている内に犯人が激昂し、凶器を持って人質のお母さんに危害を加えようとした。君はそれを取り押さえた。この内容で合っているかね。」
「まあ、大体はそんなところです。厳密に言うと、入間が母を襲ったのはパトカーの光で警察が来たことを知って、俺が通報したことがバレたからです。」
「つまり、御前さん達がもっと慎重に現場に到着しておれば危険はなかった、もしくはもっと安全に取り押さえることができたかもしれんということじゃな。」
「これは手厳しい。こちらとしては凶悪犯を取り逃すわけにはいかないので、急いで現場に駆けつける必要があったわけです。ましてや、中学生が1人で乗り込んでいるとは思いませんからね。それで、犯人とはどのような会話をしていたのかな?」
「はい、昨日師範の家で話した推測通りで、死んだ琴音さんが生前に言っていた好きだった相手を探していたようです。そのために道場の関係者で当時から今も残っている人を教えろと言われました。俺は遠見さん以外はお前のせいで皆辞めた、と言うと、俺はただ琴音さんを連れ戻しに行っただけだと叫び、暴れました。」
「なるほど、動機は予想通りだったか。では、何故君の家に入り込んだのか、その理由は分かるかい?」
「本人からは聞いてませんが、他に知っている人間がいなかったからだと思います。」
「ふむ、まあ、こちらの見解と大体一致している。涼太君はあくまで入間に襲われたから止むを得ず反撃した。これは正当防衛だからよいとして、問題はなぜ刃物を持った相手に中学生が素手で対処できたのか。これは先生の方からお答えいただけますか?」
「さあ、なんでじゃろうなあ?」
「真面目に答えていただけますと助かります。先生の自宅の庭で、先生と涼太君が夜な夜な格闘の練習をしているところは近所の住人から度々目撃されてます。先生は何の目的で涼太君に格闘術を教えたのですか?」
「儂は何も教えとりゃせん。カンフー映画を見て覚えた技をこやつを実験台に試しておっただけじゃ。そして、涼太は一人暮らしで寂しいこの老人の遊び相手になってくれた。ただそれだけじゃ。なあ、そうじゃろ涼太?」
「ええ、その通りです。俺もカンフー映画が大好きなので、師範との遊びに夢中になっていただけです。今回の事件とは全く関係ありません。」
「では、犯人を取り押さえられたのは?」
「とっても、運が良かったのだと思います。」
座間さんは溜め息をついて手帳を閉じた。
「了解しました。凶悪犯を取り押さえた中学生としてマスコミの興味を引くかもしれませんが、犯人が暴れて勝手に怪我をしたおかげで中学生の君でも取り押さえることができた、と説明していいかい?」
「ええ、その説明で問題ないです。」
「では、事情聴取はこれで終わります。捜査へのご協力感謝します。車で自宅まで送りましょう。」
「あ、俺は母の搬送された病院に行きたいので、師範だけお願いします。」
「なに、病院に寄るくらい問題ないさ。あちらにも何名か事情聴取に行ってるからね。先生もよろしいですか?」
「ふむ、構わんじゃろ。」
俺達は座間さんの運転する車中で、その後の捜査で分かったことを教えてもらった。どうやら、入間は宅配業者に扮して俺の自宅を訪れ、母がドアを開けたところで無理矢理押し入ったらしい。顔を殴られたのはその時のようだ。殺された一人暮らしの男性も同じ手口で侵入を許したようだ。
しかし、何で入間は俺の自宅の場所が分かったんだろうな。やはり、どこかの時点で後をつけられていたのだろうな。
病院に着いたら、母は既に退院の手続きをしているところだった。検査しても特に異常はなかったらしい。目に大きな眼帯をしているが、腫れが引いたら外していいそうだ。大事に至らなくて本当に良かった。
父が横に付き添っているが、恐怖に震える母の手を一晩中握っていたらしい。そのせいで、今は少し眠そうだが、母の手を離そうとしない。俺は自分がどちらの親に似たのか、何となく分かってしまった。
病院からはタクシーで自宅に戻った。じいちゃん先生は一人パトカーで送られていった。自宅も警察の調査が終わったようで、規制線も撤去されていた。家の中は入間が暴れたせいで惨憺たる状態だったが、手分けして片付けと掃除をした。やっと終った後は、3人共ぶっ倒れるように寝た。
やはり我が家が一番、と思いたいが、昨夜の透子の添い寝を思い出し、何となく一人だけのベッドを寂しく感じた。代わりに枕を抱いている内に、俺はまた眠りに落ちた。
揺れる長い黒髪
はためく白い胴着袴
凜とした後ろ姿
振り向いたその目はとても優しく
差し伸ばされた手を俺は取った
しっかりと握られた手はとても温かくて
『涼太、りょーた!』
俺を呼ぶその無邪気な笑顔は、光の中に吸い込まれるように消えていった
土曜日、その日はあいにくの雨だった。
サンダルの中がグチャグチャして気持ち悪い。
竹刀袋が邪魔で傘をさしにくい。
ったく、これだから雨は嫌いなんだよな。
体育館の鍵を借りて扉を開く。
濡れた足を拭いてから上がり、鉄扉を開けて回る。
そして、床の上を確認しながらモップをかける。
小さな子供達のはしゃぐ元気な声が聞こえてくる。
親御さんたちと挨拶を交わす。
漣がやってきて、着替えの間、壁役をやる。
詩音と透子もやってきた。
全員で準備運動をしてから素振り稽古。
師範と大人達の準備ができたら、全員で座礼。
「宜しくお願いします!」
いつも通り、子供達に稽古をつける。
よくできた子は褒め、元気が出ない子は側で励ます。
トイレに行きたそうな子を見たら、手を引いて親元に連れて行く。
毎週やってくる土曜日
体育館には剣道少年達の声が響く
竹刀を打ち合う乾いた音が響く
ただ家から近いってだけでダラダラ通っている剣道場
だけど、そこが俺の居場所なんだ
精一杯手を広げて守るって、約束したんだよな
こんなこと、恥ずかしくて言えねえけど。
終わり
勢いで始めた連載ですが、何とかちゃんと(?)完結しました。お読みいただき、ありがとうございました。




