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56. 春の香の波の汀に寄せし心

俺の第2試合、シード選手ということはどこかの公式大会で優勝経験があるのかもしれない。体格はやや細身だが、頭から爪先まで一本芯が通ってるような佇まいだ。油断ならないな。


蹲踞して立ち上がり、互いに中段に構える。思った通り、構えに隙がない。肩がほとんど揺れない。これは相当な相手だな。さて、どうしたものか···


俺は剣先を触れさせながら、歩を静かに進めた。パッと相手が刺し面を繰り出した。磨り上げるが、直ぐに引きに転じ小手を狙ってくる。俺は前に出て中段のまま距離を詰める。竹刀を重ねるが、鍔迫り合いにはさせない。右に転身して距離を空ける。


とても出が早い。そして、心が強い。それでいて、無駄がない。なかなかこちらの思惑通りには動いてくれなさそうだ。これは流石にヤバいかな、俺?


でもなあ、簡単に負けるわけにはいかないよな。今では俺の恋人になった透子が見てるんだ。ましてや、決勝で漣が待ってるんだからな。


俺は足を小刻みに動かし、竹刀の先も忙しなく動かす。相手は俺の出を待つことだろう。分からないようにそっと継足をし、気合いを発して振りかぶって前へ出る。それを見越した相手が対の面を放ってくる。


しかし、その竹刀の先端は俺のやや後方を斬る。振り下ろされた竹刀の下ほど、安全な場所はない。端から見れば相打ちに見えるであろう面を俺は振り下ろした。


さあ、まずは1本だ。なかなかしんどい作業だが、この調子で気合い入れていこー


先制を取られても相手の構えはブレていない。ここで落ち着きを取り戻すとは、本当に強い選手だな。尊敬するわ。


ならば、こちらから攻めるのが礼だろう。俺は中段の構えから愚直に刺し面を狙いに行った。勿論、当たるわけがないのだが。竹刀で受けられ瞬時に小手が返される。問題はこの後だ。小手に小手を返す。ちょっと、自分でも何を言ってるのか分からないが、要は相手の小手を鎬で封じ、そのまま面を打つ。あ、小手返しと言えばいいのか。


相手の反応が早いので思考過程を飛ばしている。その場でできる最善を瞬時に選択する感じだ。しかし、これは危険な兆候だ。知らない間に不利に動かされている可能性がある。俺がよくそうするように。


しかし、それは杞憂だったのか、仕切り直したら今度は自分の番だとばかりに、いきなり飛び込み面を放ってきた。技の早さ、正確さは相手の方が上だが、真っ直ぐ過ぎるというか、よっぽどの自信があるのか。


ふむ、あの手で行くか。


俺は基本通り中段に構えた。そして、腹の底にムンと力を入れ、心持ち重心を下げ、スイっと擦り足で前に出た。相手が素早く小手を狙う。俺はそれを磨り上げつつ、更に体当りの要領で前に踏み込む。相手は鍔迫り合いで俺を押し返そうとする。


俺はその相手の呼吸と合わせるように、膝と膝がぶつかりそうになりながらも、相手の内股に足を踏み入れ、下から突き上げるように足を踏ん張った。体当りのように勢いと力で押すのではなく、地面を踏み込む反動と姿勢、立ち位置で相手の重心を浮かせた。少々強引なやり方だが、相手は無防備になった。俺は手早く引き胴を入れた。


やっと、2本目か。本当にしんどい相手だ。


続いて3本目。ところが今度は一転、相手の勢いがあからさまに削がれていた。2本目の時にどこか負傷したのだろうか?そんな様子は見えないが。まあ、俺はやることをやるだけだ。


一応、油断はしないように気をつけつつも前に出た。すると、相手は距離を空けた。何だかよく分からないが、戦意を失った相手をいたぶる趣味はないので、さっさと飛び込み面で試合を終わらせた。


最後は腑に落ちなかったが、手強い相手だったな。まあ、なんとかかんとか、俺も決勝戦に進むことができて、よかったよかった。






「監督、すみません···」


「怪我がなかったからよかったが···危うく膝を故障するとこだったぞ。だからこんな地方の大会なんか止めとけと言ったんだ。エースのお前が欠けたらどうなると思うんだ。」


「まさか、あんな選手がいるなんて思わなかったんです。どこの学校なんですか、彼?とても、こんな大会にいるような選手とは思えないんですが。」


「去年の県大会優勝者のお前が言うな!」






全ての予選が終わり、決勝の舞台が整えられるまでの間は休憩時間となる。俺は面を脱いで一度会場を出た。


「涼太、お疲れ様。珍しく苦戦してたね。はい。」


「ドリンクありがとな。なんか、相手やたら強かったなあ。流石に今回は負けるかと思ったよ。漣と詩音は?」


「2人でどこかに行ったよ。作戦会議じゃない?」


「そっか。次は漣と決勝だなんて、なんだか現実感が湧かないなあ。」


「ホントだよねえ。どっちを応援したらいいのかな?」


「え、そこ迷うとこ?」


「だって、どっちも負けてほしくないもん。」


「そうだなあ。俺もアイツに優勝させてやりたい。でもなあ···」


「きっと、手を抜いたら怒るでしょうね。」


「そうだな。」


「じゃあ、やるしかないよね。」


「そうだな。」


「···なんだか、やる気なさそうね。」


「さっきの試合で疲れたかも。」


「まったく、しょうがないなあ。」


透子は俺の手を両手で包むように取った。そして、そして俺の拳に唇を当てた。


「はい、おまじない。少しは元気出た?」


「うん、めっちゃ出た。」


「うふふ、頑張ってね。ちゃんと涼太を応援するから。」


「ああ、ありがとうな。」


俺は透子の手を握った。彼女がいるっていいな。

今頃、漣と詩音も同じように過ごしてるのかな。






「いよいよね。」


「うん、そうだね。」


「涼太は強い。でも、最初から諦めるのはダメ。今まで稽古したこと、全部をぶつけるつもりで挑んで。」


「分かった。どの道、僕は胸を借りる立場だ。やれることをやるだけさ。それより、詩音こそ前みたいに無茶しないと約束してくれよ。君に何かあったら、僕は自分の試合にも集中できないからね。」


「···分かった。」


「ねえ、詩音。この大会が終わったら」


「ちょっと、待って!フラグ立てるのはダメ!」


「フラグ?真っ直ぐ家に帰るのかどうか聞きたかっただけなんたけど。」


「・・・」


「詩音、知ってると思うけど、僕は君のことが好きだ。」


「!!!」


「できれば受け入れてほしい。ダメかな?」


「・・・ダメ、じゃない」


「よかった。」


「な、なんで、このタイミングで···」


「君の試合に、僕の心を連れて行ってほしい。僕も詩音の心を連れて行くから。そうすれば、もうお互い寂しくないだろう?」


「バカ···」


「アハハ、じゃあ、そろそろ行こうか。」


「大会が終わったら」


「え?」


「真っ直ぐ帰らない···かもしれない」


「奇遇だね。僕もだ。」


漣は詩音の手を取った。詩音はその手を傷つけないように、そっと握り返した。



あくまで、フィクションですので

試合描写の不自然はどうかご容赦を···

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