開幕
○
新世紀が来て、世界は変わった。私の暮らしは変わっていない。
バブルが弾けた頃から、世界はなんとなく変わっていった。
カルト宗教、UFO、心霊。そういうものがテレビに出てきた。
その勢いはどういうわけか止らなかった。
1999年のある日、やってきたのは恐怖の大王ではなく、一人の老いた魔術師だった。
そこからはまるで坂道を転げるかのよう。
魔術師が魔法の使い方なる本を出版して、本当に使える人が続出した。
今まで神隠しにあっていたとされた人々が本当に山奥の妖怪達に連れ去られていたと暴露した。
だから―世界中で、内戦になった。
イギリスに魔法界はあったし、日本の東北に妖怪の隠れ里はあったし、魔法使いや超能力者の戦士達は本当にいた。
そうして、やれ税金を払えだの神隠しした人を返せ、無理だもう食べてしまった、だの。
結局は「人間に味方するか」かどうかだけでそれぞれ陣営を分け合ってテレビの向こうでウソみたいな戦争が続いた。
魔法が銃弾が飛び交い、怪物や妖怪、獣人やらエルフやらニンジャやら陰陽師やらが空を飛んでいた。巨大ロボットのとっくみあいもあった。
最後に―あの奇妙な爆弾がいくつも降り注いで、世界は異世界と混じり合ってしまった。
もちろん、私の住む寒村にも。
埼京線大宮からローカル線を乗り継いで1時間弱。
そんなところにも前線ができて爆弾は落ちてきた。
私の家には当たることがなかったけども。その代わりどこかの世界から一部がはぎ取られて一つ向こうの山とごちゃ混ぜになった。
そんなところが全国にいくつもいくつもできた。
そして、そういう混じり合った場所は―
戦争が終わると、異世界のもの―たとえば鉱石とか、食べ物とか、もっと露骨に向こうの生き物をペットや奴隷に―を求めて冒険者じみた人々が押し寄せてきた。
ほとんどは戦争―世界内戦―で兵士として戦った魔法使いの人たちだった。
寒村はベッドタウンくらい賑やかになった。まるで、昔の炭鉱騒ぎのよう。
ちょっと土地を売ればリフォーム費用くらい簡単に出せた。
だから、私の家はおんぼろ農家から、郊外の一軒家くらいにはなった。
でも―世界は変わった。私の生活は変わっていない。
●
世界は変わった。だがこの男、イルマは変わらない。
くそ黒魔術師だった父親が母を生け贄にした時から、ずっと怒りの炎が消えないのだ。
自分も生け贄にされる前に家を飛び出して―喧嘩に明け暮れた生活。
その時拾ってくれたのは密教の僧侶だった。
そのじいさんは「祓える」人だった。おまけに格闘も強かった。
だから、くそ親父を祓えた。じいさんの元で強くなってブッ殺してやった。
それから幾月、幾年―同じようなハグレ者たちの組織に属したり、戦争で兵士として戦ったり。独立して事務所を構えたり。
だけど、本質は変わらない。
根無し草だ。あっちへ行きこっちへ行き、クソみたいな人食いのバケモノども、ムカつく狂科学者共、気色悪い黒魔術師ども。
そんなクソ野郎共を殴っては殺し、日銭をもらう―
そういう、ゴロツキ同然の退魔師をしていた。
○
私の家は、呪われている。ずっとずっと前から私の家はじっとりと暗く湿っていた。
そして、その暗がり―箪笥の陰や庭の隅、天井の一角―には「何か」がいた。
時折、家鳴りがする。物が落ちる。
そんな風にして「あれ」は存在を主張していた。
家を建て直しても―「あれ」はいた。新築なのに、何か暗かった。
家族は皆、気づいていたが誰も口にしなかった。
どの家にも、どんな家族にも、きっとこういう秘密があるのだろう―そう思って生きた来た。
たとえば、父方は皆、どこかおかしかったり。
母方もどういうわけか地主ばかりだったり。
皆、暗い目をしていたり。
私も何かおかしかった。物心ついてからずっと、何かに怯えていた。
怖くて怖くて仕方なくて―だから最終的には病院で薬をもらうことになった。
あとで気づいたのだが、うちは皆そうして薬を飲んでいた。
これは、きっと呪いだ―うちは地主として金を絞りとって生きてきた家系。
税金も血税という。金には血がにじむのだ―
そうして、その金で食べ物を買い、口にする。
血がにじみ、怨みのこもった金で―
そんなことを、何代も続けていれば。きっと積み重なり明確な形を結んでしまうのだろう。
●
「おうイルマだ。ついたよ、新かたす駅。早くねえよ。うん、うん、はいはい。んで今回の現場まであとどんだけよ。そう、前線。こっから1時間!?バスで!?」
イルマは新かたす駅のロータリーにいた。広々とした、埼玉県らしいのどかな作りである。
さいわい、人は少ない。ちょっと端の方にいけば煙草が吸えるだろう。
ワイヤレスイヤホンに耳を傾けつつ、ケータイ灰皿を取りだしアメリカン・スピリットを咥える。
指先に小さな炎が灯り―魔法だ。正確には密教呪術だ―芳醇な煙が口を満たす。
「オイオイオイ!バス朝にしかないじゃん。いや間に合うけどさあ。いやいいよ。俺が早く来すぎたんだし。駅前で一晩明かしていくわ。うん、はいはい」
イルマは色あせたコカコーラのベンチに座るとフーッと紫煙を吐き出し、イヤホンをタップして通話を終了する。
周囲を見渡してみる。
平和だ。平和でじめじめとした普通の埼玉県だ。
戦前と違うところといえば、赤羽か武蔵浦和あたりで呑んできたのだろう、変化の術のとけかけた狸が尻尾と耳を出して千鳥足で歩いてたり。
渋谷辺りで遊んできたのか、額に角の生えた赤肌の鬼とおぼしき女子高生がスマホをカチカチしてたり。
それでも、普通の無改造の人間の方がずっと多い。
同業とおぼしきマッチョな鋼の義肢をつけたサイボーグやら、くたびれた迷彩服に錫杖を担いだ若者がちらほらといるが。
「人間の定義も大分変わったね……いいんだか、悪いんだか……」
スパーっと煙を吐き出して煙草を灰皿でもみ消してしまう。
「飲み屋でもありゃあな……」
イルマの痩せた影がゆらり、ゆらりと歩き出す。秋風吹く夜の中を。
◎
「ちょうちん出しておいて」
「はい」
結局、私は東京を目の前にしながら地元の焼き鳥屋で働いている。
飲み屋とも、肉屋ともつかない、場末の社交場。
こういうゆるい所が私には合っているのだ。
「じゃあいつもの感じでぼちぼち焼いておいてね、ネタは冷蔵庫にあるから」
「わかりました」
チャッカマンでコンロに火をつけていく。
こんな時、魔法ができたらな、と思う。
魔法はたしかに誰にでも使える。ただし、実際にやる人はまれだ。
あれはなんでも格闘技やダイエットみたいなもので、何ヶ月もみっちりやらなきゃライターの火一つも起こせないらしい。
ちょっとばかりお腹についてしまった贅肉でさえ難敵な私にそんな行動力はなかった。
「……やるかっ」
声に出して言う。串に刺さった鶏皮を壺に入れたたれにつけ、焼き網の上に。
これを繰返す。
タレを入れる壺にはべたべたと脂が染みついている。コンロにも、焼き網にも。
埃やら小バエやらと混じり合ったその薄汚さに、私はまた「あれ」を思い出してしまう。
あの古い家の暗がりを―
「もうやってる?この店。何時まで?」
「あっはい。夜の10時までやってます」
「ああそう。じゃあラストオーダーまで頼むわ。とりあえず生と皮10本。塩で。急がねえから」
「わかりました」
あっ、この人退魔師だ。そう思った。
ハットというのだろうか?黒い帽子。
昔の刑事ドラマの老刑事が着るようなねずみ色の薄いトレンチコート。
肉体労働者特有の痩せて筋張った体。
ルパン三世の相棒の……誰だっけ。彼に似てる。
内戦に行った兵士の人は、独特の空気がある。
ざらざらと乾いて暴力的な……そう、殺伐としているのだ。
「生、おまちどうさまです」
「おうありがと。アサヒか……うん、うまい。アサヒだな」
「すいません、それしかなくって」
「いいよ別に。ああ、ゆっくりでいいから。バスなくなっちゃってね」
ああ、やっぱり。この辺りでバスに乗る人はみんな前線に行く。
異世界とこっちの世界の入り交じった危険地帯。
いわばそこは飯場のような扱いをされている、そういう所。
◎
ああ、やっぱり。そういう目をされたな。
幸薄そうな姉ちゃんだ。ちょっとだらしない体をしてるのがまたいい。おっと、そういう下心を出すといけない。俺はおじさんなんだから。
イルマはそう思った。
現場の気の荒そうな労働者を見るような警戒を感じる。
とりあえず、愛想はよくしかしいやらしさを感じさせずに……とかく中年男というのは面倒が多い。
「旧如月までいかれるんですか」
「ああ、まあね。今仕事多いでしょあそこ」
「ええ、あちらに行かれる方がよく来られます」
正直、迷惑です―言外にそう言われている気がするが、気にしないことにした。
それは正しい評価だとイルマは思うからだ。自分などゴロツキと大して変わりない。
「灰皿は?外の方が良い?」
「外ですね…」
「じゃあとりあえず1万円おいとくから」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ああそう?じゃあちょっと吸わせてもらうわ」
しかし、腹が減ったな。早く焼けねえかな焼き鳥―
そんな風に思っていると、異変が始まった。
山の向こうから何か大きなものがこっちに向かって来る。
「あー、あれこっち通るね。マスヤマの野郎何してんだ」
それは雪崩のようだが、よく見れば小さめの怪獣のような姿をしている。
「こういうもの」がよく異世界と混じった前線からは出てくるのだ。
イルマはスマホをタップして電話をかける。
「もしもし?なんか怪獣出てきてんぞ。どうなってんの?うん、うん。はいはい。あー……うん、いいけどさあ。ったく……はいはい、やっとくわ。んじゃな」
スーッと思い切り煙草を吸う。ちりちりと一瞬でアメリカン・スピリット一本が灰になり、そしてもわぁと空中にはき出された。
「あ、あの……」
「ああ、ごめんね?今見えるだろうけどさ。「アレ」この道通るから。ちょっとなんとかするわ。これ迷惑料ね」
「はあ……」
イルマは5万円を財布から出すとカウンターに置いた。
「バケモンの死体は明日市役所の退魔環境課に電話すれば片付けてもらえるからさ。悪いけどここで待たせて」
「はあ……」
「大丈夫だってのはわかってると思うけどね。あんた、憑いてるんだから」
「……わかりますか?」
「わりとはっきりと」
イルマの目にははっきりと見えている。女性の足にしがみつく金色の市松人形のような姿が。
ありゃあ、金霊だな……金持ちなんだろうな。
よく見る類いの奴だ。集まりすぎた金は祟る。セレブや超金持ちが奇妙な生活をしたりするのがそれだ。
「後で良いけど、どうするそれ」
「……わかりません。私にはこれがなんだか、あんまりよく分かってないんです」
「じゃ丁度いいや。「アレ」来るまで解説しとく」
「はあ……」
●
あんた、金持ちだろ。あんた自身は知らないけど家はたぶんそうだ。
当たり?だろうね。
そいつは金霊だ。集めすぎた金は祟るんだよ。
医者の家系で医者に無理矢理させられた奴がなんか不満な人生送ったり。
超セレブとかハリウッドスターの家庭がめちゃくちゃだったり。
そう言うときはそいつの同類が祟ってるのさ。
金とあんたの身柄はそいつは保証してくれる。ただしなんかぼんやり不幸な人生になる。
どうする?そいつ祓う?祓えば加護も呪いもチャラだ。
まあゆっくり考えてよ。
俺の実力は……今から見せる。
○
そう言うと退魔師の男はコートの中から金槌を取りだした。
ごく普通のネイルハンマーに見える。ただ、頭の部分はかなり古そうだ。
黒サビというのだろうか、薄くサビがかかって、何度も使われて角が丸くなっている。
柄の部分はずいぶんしっかりした新しい白木だ。
ただの古い金槌。でもなぜだろう。あの金槌があんなにもおそろしいのは。
まるで拳銃を突きつけられているかのように。
血塗れの包丁のように。
「禍々しい」のだ。
「さてと、一狩りいきましょうかねっと」
怪獣はもう数百メートル先まで来ている。
大型のダンプくらいあるだろう。芋虫を刺々しくしたらあんな感じだ。
『波切不動が護法に誓願いたす!不動が尊き金剛杵、今一時わが槌にやどらせたまえとの本願なり、ウン!』
男が呪文を唱えると、金色の光が金槌にまとわりついて、半透明の巨大な槌に変わっていく。
2mはある大型のスレッジハンマーだ。
彼自身が言ったようにそれは昔の狩猟アクションゲームを思わせる大きさだった。
「じゃあ店の奥隠れといて。迷惑はかけねえから」
「はっ、はい」
貨物列車が通るときのような巨大な音を響かせて怪獣が来る。
けれど、男はまるで緊張した様子がない。
ああ、ぶつかる―そう思った時にはもう男の体は5mは上に浮いていた。
いや、自分で跳んだのだ。
そうしてハンマーを振りかぶって、怪獣の頭に叩きつけた!
『すべての諸金剛に礼拝する。怒れる憤怒尊よ!御身が火生三昧の炎貸したまえ!その炎で不浄の一切を燃やし尽くせ!成就あれ!』
何度も何度も叩きつけていると、叩いた所から炎が吹き出してくる。
やがて芋虫のような怪物の目から口から金色の炎が吹き出して
―美しく、恐ろしい炎。まるで祈りのような―
「ヒャッハー!沸いて出てんじゃねえよこのクソバケモンがよぉ!良く来たな!死ね!」
一撃ごとに骨格ごと砕くようなハンマーの暴威と、あの恐ろしく美しい炎で、怪獣は1分ももたずに動かなくなった。
そうして、男はふいに冷静になったように怪獣の上から降りると、印を組んで呪文を唱えれば返り血の全てが燃えて消えた。
まるでクリーニングしたみたいだった。
「フゥー……こんがり焼けましたってな。あ、一本吸うね。悪いね」
男はなんでもないことのように煙草をくすぶってる火に近づけて灯すと、深く吸った。
「ハァ―……一仕事すると美味いね。あ、そういうわけで悪いけど一晩はこれこのまんまだから。ごめんね」
そういえば、これは営業妨害だな―そう、気づいた。
◎
しばらくして辺りが落ち着くと、男はうまそうにビールを飲み、焼き鳥を控えめに食べていた。
「あの」
「何?なんかごめんね、貸し切りにしちゃって」
「いえ、良いです……そろそろ、ラストオーダーです」
「ああそう、じゃあこれ追加の迷惑料含めたお金だから。じゃあね」
「あの!」
「何?あー……あんたのか。どうすんの」
「ご名刺、いただいても?」
「いいよ。はいこれね。置いとく」
「ありがとう、ございます……」
名刺には「特2級退魔師 入間 誠 」とあった。
私は、どうするのだろう。
きっと彼は一流なのだろう。祓えるのだろう。
私は、いつまでもその名刺を見続けていた。
でも、私がいつか決断するとき―その時は、きっと、今までとは違う日々が来るのだろう。
キャラ紹介
名前:入間 誠【イルマ・マコト】
性別:男
年齢:35
NG:BL・死・人外・キャラ崩壊
ハンマー使いのチンピラ退魔師。
どさ回りをしていたのでとても顔が広い。
二つ名は「鉄槌」のイルマ。
それなりに義理人情と粋に気風の良さを重んずるがとてもガラが悪かった。
今はくたびれたおっさんである。
彼の信念は「かっこつけて生きる」であり、そのために「カタギには手を出さない」という誓いを立てている。
なおこの場合の手を出さないとはカタギを殺さない、カタギに魔法を使わない、くらいの意味であって、舐められるのは「かっこわるい」ために素手で殴るくらいは平気でする。
元密教退魔僧。
外見:
黒いトレンチコートに黒い中折れ帽。痩せて背が高い。無精髭に白髪交じりのおっさん。
装備:金槌、コルトM1911
能力:
炎使いで、主に金槌にエンチャントして闘う。
彼の炎は彼の怒りが強いほど熱くなり、3千度は軽く超える。
不動明王と契約し、火生三昧という地獄にある炎を借り受ける。
この炎は浄化の効果があり、魔に属する者や神、霊に良く効く。
また、彼自身は炎と同化でき、自分の炎では焼かれない。
出自:
親がろくでもない黒魔術だった。耐えきれず出奔した先で師匠から格闘術と退魔術を学ぶ。
彼が師匠から継いだのは殺生石をかつて割った「玄翁和尚の金槌」と「理不尽に怒る心」だった。
信念・口上
「男なら格好つけて生きろ。弱い者いじめみたいなシャバい真似はすんな」
「真理だの神だの、基本ろくなもんじゃねえ。だって神様が良い奴だったらこの世はこんなんなってるか?なってないだろ?」
「暴力とか魔道だのに手を出さず、まっとうに生きてる奴が一番えらいんだよ。間違っても俺みたいに暴力を自分は強くてすごいと自慢する飾りにすんな」
「理不尽に会ってはいそうですかと許すな。怒れ。ふざけんなと声を上げろ。それが人間の尊厳じゃねえのか」
NG:BLと死亡、異形化、キャラ崩壊はNGとします。
「格好つけて生きる」がコアなので、そこから派生した「カタギは殺さない、魔法を使わない」という誓いは曲げないで欲しいです。
シャバい真似をしなければ基本OKです。