シーン7
音の消えし世界に相克するは、真紅と青藍の亡霊。
「ねぇ、ヒルデリカ……」
燦然とかがやく天狼星を頭上に。
「ファントムが口ずさんだ歌の、本当の歌詞を知ってル?」
アインからの精神侵食を受けたクルスは、己を窮地に追いやった少女に問う。
「ワタシの祖国の歌詞では、“蝶々、蝶々、菜の葉にとまれ”なの。――この指とまれ、なんて……アハハ、まるで欲シがりな子供だね」
魔人となりしクルスのまなこに映るは、
「そう、まるであのときのワタシのように……」
ゴースト・ドライではなく、最愛の妹を奪おうとする怪物の姿。
「お父さんモ、お母さんも死ンじゃった……。ワタシのせいで、異母姉妹である澪の両足も失わせてシまった……」
赤雷に包まれしアインは、エメラルド色の眼光を闇に放ち、
「あのときワタシが――星を見に行こうなんて言ワナケレバッ!」
血の涙を流すクルスは、慚悔の叫びを上げる。
そんな傷だらけの少女の姿に。
「雪坂クルス……」
操縦桿を握り締めたヒルデリカは、雷剣の威力を増幅させ、
「それでも私たちは……羽ばたかなければならない」
蒼き稲妻と化したドライと共に突撃を敢行。
そして地球を抱く黒龍が咆哮を上げる中、
「――ヒルデリカアァーーッ!」
精霊の住まう月で繰り広げられるは、咎人たちの剣戟舞踏。
「雪坂クルス。共に思いを剣で語ろう。――そして運命に挑もう」
テクノロジーにおぼれ……
代償として地球を失い……
それでも、たとえ万死に値するほどに愚かであろうとも、
「断罪の炎に焼かれながらも、空を目指したイカロスのように」
あるいは憎しみの剣を引っさげ、神に挑んだ堕天使のように。
「それが蝋の翼を与えられた……」
――私たちの、宿業なのだから。
「あ――あああァァァッ!」
極超音速の徒花たちは、運命にあらがうかのように切り結びあう。
いつか柩で眠るそのときまで。
はかなき蜉蝣のような生の瞬間を、墓碑銘として魂に刻むかのように。
「わたしは……」
やがて大破した亡霊たちは停止し、自己修復をはじめ……我へと返ったクルスは、露出したコックピットに降り立った少女の姿を認める。
「ヒルデリカ……」
月のトワイライトの中。力なく伸ばした右手を握り返してくれた銀髪の少女の微笑みを。
「雪坂クルス……。地球を取り戻すため、貴方の力を貸してほしい」
その日、雪坂クルスは――ゴースト・アインのパイロットに選ばれた。