4-(4) 第二回トートゥゾネ戦(2/2)
そしてトートゥゾネ方面第二作戦は開始された。
俺、参月義成は少しだけ、作戦許可申請がとおらなかったら殺されるな、と危惧していたが、そんなことはなく。無事に作戦は認可された。認可された作戦書は、各司令官や各艦長などのまとまった数を指揮する人々に配布され、各人に熟読された。
トートゥゾネではすぐに敵集団と会敵した。敵は油断していたのか不意打ちの形となった。
――布陣は間に合わない。こちらが有利だ。
と俺は天儀総司令の横で思った。
瑞鶴のブリッジ内は、ほどよい緊張感に包まれている。いい感じだ。勝てそうだ。
「はは、油断したな。俺たちの動きがここまで早いとは思わなかったのだろう。こちらは敵が配置を行っているときに重力砲の一斉射撃をお見舞いできるぞ!」
天儀総司令のこの言葉が、合図ではないが各艦が一斉に動き始めた。こういう状況で会敵したら、どう動くというのが予め決められているのだ。イレギュラーが発生した場合は、また違ってくるが、今回は想定通りの会敵と敵の状況だ。
トートゥゾネ戦線での二回目の多胎は開始されたのだ。
が、3分も立たない内に天儀総司令が、
「おい。どうなっている。俺が決めたのと配置が違うぞ!」
と悲鳴に近い声をあげた。
そのとき天儀総司令のこの叫びの意味を理解できたものは、ほとんどいなかったろう。各艦の配置は問題ないように見えた。間違いなく戦況は良好。AIのスコアリングもヌナニア優勢だ。
俺は、どうしたんだ? と思いつつも全身は違和感を覚えた。なにかがおかしい。そんな俺の横で、天儀総司令は矢継ぎ早に指示をだし始めたが、思うように戦力が動かならしく、天儀総司令の口から出る言葉はすぐに怒鳴り声になった。
そして30分後。状況は誰の目にも明らかとなった。
先行した艦艇に阻まれ後続が進めず渋滞が発生。普通ならありえない事態だ。
会敵から展開、砲撃、進撃を30分で終わらせている予定だったが、30分たったいま、配置すら完了していない。敵は布陣を完了しかけて、数分後には反撃してくるだろう。こちらの艦の配置はちぐはぐだ。
サクシオンは165隻の艦で構成された艦隊で、今回3つの集団に分け突入する計画だった。会敵で先手を取れる状況なら、3つの集団は横に素早く広がり、砲撃ための戦列を形成。素早く射撃。そしてまた3つの塊に戻り突撃。そのはずだったが……。
艦隊は、いま、5つの集団にわかれ、均等な代角の形に配置されてしまっている。しかもそれぞれの集団の中で渋滞だ。
――作戦書通りに動いたのに!
という各司令官たちの悲鳴と不満のなか、天儀総司令は見事に艦隊を3つの集団作り直して横一列に配置していたが……。
「ダメだ! 右翼が押された。このまま右翼を突破されると包囲される!」
ブリッジには不穏な空気。負けるかもしれない。このまま戦うのか? どうするんだ。だが、まだ負けが決定したわけじゃない。証拠にAIのスコアリングは悪くはない。俺だけでなく、ブリッジ内の全員が、いや、サクシオン全体がそんな迷いと焦りに包まれていた。
そんなかで、
「負けるぞ――!」
と天儀総司令の悲鳴があがった。信じられない一言だったが、誰もこれで指揮喪失とはならなかった。配色は濃厚。これは誰の目に明らかだったのだ。むしろ勝てると、鼓舞されたら不信感で士気が低迷したろう。あまりに白々しすぎる。
この状況で、総司令官天儀の決断は早かった。
サクシオンに、総退却が発令された。
「左翼集団が最後尾をやれ! 右翼集団はこのまま下がっていい。さがる右翼を俺の麾下の中央集団で支援する」
太聖銀河帝国軍にとって、ヌナニア軍の撤退の決断は、あまりに早く、そして的確だった。
ヌナニア軍は、被害を出しつつも無事全軍が戦闘域を離脱。ヌナニア左翼集団が奮起し、太聖銀河帝国軍は追撃を断念。一部太聖側では、命令に反して追撃する集団があったが、それは天儀の待ち伏せによって完膚なきまでに粉砕された。
天儀は、勝ちも負けもあらゆる状況を活用するという意味で、きわめて狡猾だ。撤退を誘引として勝ちに興奮する太聖側を誘った。が、負けは負けだ。
撤退するヌナニア軍の国軍旗艦瑞鶴ブリッジでは、
「どうしてこうなった! 俺の書いたものと違う!」
という総司令官天儀の怒号が鳴っていた。一番近くにいる義成は青い顔だ。
だが――。
天儀総司令は、怒っているようで冷静だ。怒鳴り声とは裏腹に冷徹に、迷いなく指示だしつづけている。ブリッジでは、俺を含め誰もが天儀の怒りの相手をせずに、指示だけを聞いて必死に働いていた。いや、働くしかない。後退の最中に、さらに下手をやると壊滅する。
編成したてホヤホヤのサクシオン。しかも天儀総司令の直卒。最新鋭の艦艇多数。多数の精鋭の二足機部隊。それが、失われれば致命的だ。
今回、天儀総司令の横には俺以外にもう1人いた。戦闘記録を取るための秘書官だ。だが、秘書官といっても鹿島さんじゃない。彼女の部下のマリア・綾瀬・アルテュセールだ。彼女は、戦闘が始まる前に鹿島さんから、
「いいアヤセ秘書正。私は今回新任の娘たちの面倒見なくちゃだから主計室に戻りますけど、アヤセ秘書正だから戦闘記録係という大役を任せたんです。このとっても羨ましい、じゃなく。えっと、とにかくしっかりやってくださいね」
と、いいふくめられていた。アヤセさんは、戦場は初めてじゃないらしく。こんな状況でも必死に記録を取っている。以前の秘書官なら泣いて逃げだしていたろう。見上げたものだ。
ブリッジ全体が大わらわになるなか、真っ青になった鹿島さんが、総司令部区画に飛び込んできた。鹿島さんは、肩で息している。おそらくブリッジにあがるタラップを駆けあがったのだろう。一応、艦内では駆け足禁止だが、有事はうやむやになることもある。
「義成さんどうなんってるですか!」
そう鹿島さんに詰め寄られても、俺はまさか、
――大敗です。
ともいえず心苦しく沈黙するしかなかったが、ここで必死に指揮していた天儀総司令が、鹿島さんの存在に気づいた。俺はまずいと感じたが、どうすることもでない。とても嫌な予感だけが体を支配した。
天儀総司令が、目を見開いて鹿島さんを凝視。動きが一瞬止まった。いや、天儀総司令と鹿島さんと間の空気が止まったというように俺は感じた。
目を見開いたまま天儀総司令が俺を見て、
「おい義成。まさかおまえ……」
といって俺に詰め寄ってきた。天儀総司令の顔に表情がない。それだけに恐ろしいが、俺は、
「はい!」
と腹から返事をした。
「お前まさか鹿島に、作戦書を触らせてないだろうな!」
俺は答えられなかった。嫌な予感が的中したように思った。それに、まず考えたのは、作戦許可申請を作るように命じられたのは俺で、鹿島さんに罪をなすりつけたくない、と瞬間的に思った。触らせたと答えれば、鹿島さんが怒られる。そう思った。それが、俺が沈黙してしまった理由。
天儀総司令は、俺の胸ぐらを両手で掴んで乱暴にゆすりながら、
「どうなんだいえ!」
と怒鳴りつけてくるが、俺はやはり答えられない。はい、といえば鹿島さんが怒られる。
俺が答えないので、天儀総司令は鹿島さんを見た。俺も釣られて彼女を見た。鹿島さんは、床にへたり込んで顔面蒼白だ。
天儀総司令は、俺の胸ぐらから手を離し、
「おい、鹿島お前まさか作戦になにかしたのか?」
と鹿島さんの前にしゃがみ込んでいた。天儀総司令の声のトーンは俺のときと違い落ち着いている。ただ、声色は不穏だ。怒り、動揺、焦り、失望、色々な感情が混ぜ合わされているように感じた。
「わ、わたし、こっちのほうがいいと思って、作戦書のミス見つけて、それで配置直して……」
「触ったんだな?」
と天儀総司令が、思いのほか優しくいった。途端に鹿島さんは、
「ごめんなさい――!」
といってワンワン泣き始めた。が、ここからが天儀総司令は鬼だった。
「このバカ野郎が!」
と鹿島さんの頭を乱暴に掴み、床に放り投げるようにした。俺は思わず止めに入った。ありえない暴力だ。完全にパワハラ。いや、ここまでくると暴行罪だ。これは総司令官としてまずい。俺はもちろん鹿島さんが怪我するとか、それも心配だが、天儀総司令が罪を問われる可能性のほうが心配だ。
「義成この野郎が放せ! こいつは以前もやりがやったんだ! 銃殺してやる!」
あいつをぶっ殺すと怒り狂う天儀総司令を、俺は羽交い締めにして必死に体全部を使って静止。慌ててブリッジ内にいる国家親衛隊を呼んだ。とても一人じゃ止めきれない。このときの天儀総司令は、マジで鹿島さんを殺しかねなかったと思う。
俺はどうなるものかと焦りまくった。なぜなら、いま、サクシオンは後退中なのだ。天儀総司令が、これでは困る。が、俺の懸念はあっさり晴れた。国家親衛隊が、天儀総司令を取り囲むころには、すっかり天儀総司令は冷静。先程までの、あの怒りは何だったというほどだ。
天儀総司令は指揮に戻っていた。恐らく俺が思うに、怒鳴りつつも指揮から離れていていい時間を冷静に頭の中で計算していたのだろう。
天儀総司令は、しばらく指示をだすと、
「そのみっともないのを人に見せるな」
と国家親衛隊に命じた。みっともないのとは、鹿島さんのことだ。あれから鹿島さんは、ベーベー泣きながらも、自分がやれること始めていたが、確かに国軍旗艦の主計部長がこれではまずい。鹿島さんは、国家親衛隊に両脇を抱えられて退場となった。
そしてこれからが、俺の地獄だった。
天儀総司令は冷静に指揮をしているように見えて内心は怒り狂っれいたようで、指揮に間が生じると、
「おい義成。どうしてくれるんだ!」
といって俺を突き飛ばした。俺はダメージをうけないように受け流しつつも、天儀総司令の暴力には逆らわず床に倒れ込んだ。倒れた俺は、寝っ転がっているわけにもいかず、かといって立ちあがるのも気まずく片膝立ち状態となった。立ち上がれないほどに、天儀総司令からの威圧感が凄まじかったのも否定できない。
「申し訳ございません! でも鹿島さんは悪くありません。俺を手伝っただけです!」
「あたりめーだ。バカ野郎!」
と、天儀総司令は顔を真赤にして怒鳴ると、倒れ込んでいる俺に右足で蹴りを放った。俺は、
――蹴られよう。
と覚悟を決めた。いまの俺の状態は、片膝立ち。天儀総司令へ跪いているような状態だ。俺の頭の位置は、天儀総司令からすればとても蹴りやすい高さのはずだ。
天儀総司令からの蹴りが俺に迫ってきた。俺は蹴りがインパクトする部分を思いっきり力みダメージを軽減しようと自然に考えた。これは格闘技をたしなんだものを習性だ。加えて、ほんの少しだけでも力を受け流す方向に、角度を変えればさらにダメージは軽減されるものだ。だが、飛んできた右足は、そのまま俺の頭上で空を切った。
――下手糞で。外したか?
と思ったが、違った。右足はフェイントだった。俺の頭上の通過した右足が着地したかともたら、天儀総司令は動きを止めずに、そのまま右足を軸にして左足の踵で俺の顎を痛打。つまり後ろ回し蹴りだ。
しかも、とっさにガードしてしまった俺の両手の隙間を的確に射抜いてきていた。
俺は、脳震盪を起こしつつも、
――受け身をとっているのはバレていたのか。
と思った。天儀総司令が、最初のケリをフェイントにしたのは、絶対に俺にダメージを軽減の動作をさせないためだ。
俺に後ろ回し蹴りを決めた天儀総司令は、そのまま何事もなかったように指揮に戻ったが、指揮に間ができると、指揮の最中に我慢していた怒りを俺に爆発させた。俺はだいたい10分間隔で、
――バカ野郎!
――クソッタレが!
――なにしてくれやがった!
頬を張られたり、グーで殴られたりだ。そして俺はもう殴られるがままだ。下手にダメージを軽減する動作など見せれば余計に怒りを買うだろうし、罰は甘んじて受けるべきだ。これは俺が悪い。
そして、この天儀総司令の罵倒とともに俺を一発な殴っては、冷静になって指揮へ戻るの繰り返しはしばらく続いた。
「てめえせいで鹿島を更迭しなければならなくなったろ! どうすんだ!」
そして、天儀総司令が怒り狂っていたことは、負けたことよりこれだったと俺は理解した。
ただ、ブリッジ内は、
――あー全部こいつのせいか。
いう空気になっていた。そう。この後退劇は、参月義成のせい、という認識だ。
ヌナニア星系軍士官学校の黄金の二期生が、調子に乗って作戦を書き換えた。戦功を焦ったのだろうし、なにより自信過剰だったんだろうな。こんなふうに思われた。
不幸中の幸い。鹿島さんにヘイトは集まらなかった。秘書官は地味な裏方。作戦をどうこうできる存在じゃないというというは常識だ。ブリッジ内は、鹿島さんはおおかた義成のとばちりだろうと認識したようだ。
俺たち黄金の二期生は、良くも悪くも目立つ。アヘッドセブンなんてその際たるだ。外から見れば俺も黄金の二期生。ビリッケツなんてしらないか、しっていても関係ない。二期生は妬ましいほど優秀。それだけだ。いや、考えてみれば星系軍士官学校卒業というだけで特別だ。エリートなのだ。
天儀総司令が、追ってきた敵を撃破し、完全にサクシオンが安全になるころには、俺の顔は歪なじゃがいものようになっていた……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「困った鹿島を絶対に更迭したくない」
トートゥゾネの交代劇から一段落。
翌日の総司令官室では、天儀が参月義成を前に苦悶していた。
「あいつの能力は俺が戦うにあたって不可欠だ。だが、作戦書を勝手に書き換えただと? しかも負けちまった。これは処分しないわけにはいかない。ちくしょうめ!」
「いえ、鹿島さんは悪くありません。俺を処分してください!」
と義成は精一杯いったが、天儀ときたらすげなものだ。
「いまは鹿島が手放せないってのが問題なんだよ。お前がどうとか知るか! 勝手に埋まってろ! いや、全裸で宇宙遊泳でもして頭冷やしてろ!」
「……すみません」
「だいたい俺は、義成お前にいなくなられても困る。それを2人揃ってバカを、かましてくれやがて!」
――うぅ!
と義成が嗚咽しながらうつむいて、顔を袖でぬぐった。義成は、天儀の言葉に少し喜びを感じてしまっている自分に気づいて、自己嫌悪した。
「しかし、どうする……」
困り果てる天儀に、義成には名案が思い浮かばない。
――せめて俺だけの処分じゃすまないのか?
そう。俺は、鹿島容子という人の異能に気づいていた。作戦許可申請の内容を鹿島さんが書き換えたなら、俺が喧嘩を止めにいっていた45分ぐらいの間だろう。そんな短時間に、配置図まで直して、申請まで終わらせてしまったのだ。ありえないほどの卓越した事務処理能力だ。いや、事務処理能力なんてレベルじゃない。図面の修正も必要なので、図面作成する専用ソフト扱える高いスキルも必要だ。こんな秘書官は、この世に2人といないだろう。
しばらく苦悶していた天儀総司令が、はっと気づいたように顔をあげた。
「おい義成。俺は、お前にけっこうくどく、鹿島に作戦関連の書類を触らすなと念を押したよな?」
「はい。申し訳ございません。それなのに俺は――」
「そうか、それだ!」
パッと顔を明るくしていう天儀総司令。それまでの苦悶など嘘のよう。怒りも消え去ったような様子だ。
「命令違反をしたの鹿島じゃない。義成お前だ!」
「はい。確かにそうなります。俺は鹿島さんに作戦関連の書類に触れさせるなという言いつけを破りましたから。それを頑なに守っていれば、こんなことにはならなかった」
「だよな!」
……天儀総司令。そんな明るい調子でいわれると俺は複雑です。でもよかった鹿島さんは処分されないんですね。
「それに俺が最後にチェックしてれば、よかったしな。俺自身が最終チェックして申請していれば、こんな珍敗北なんて起きなかった」
「な、なるぼど、論点のすり替えな気もしますが、そういう話になるのでしょうか?」
「そうだ。そういう話だ。これは俺の監督不行き届きでもある。鹿島のオッチョコチョイを計算に入れなかった俺と、俺の命令を守らなかった義成お前が悪い」
「……すみません」
「やったぜ。これで鹿島を処分しなくてすむぞ!」
「それで俺は……」
「お前は十分殴ったから。減給でいいだろ」
「その程度でいいんですか。敗北の責任ですよ!?」
「ふ、我ながら結果オーライだが、よくよく考えてみると、サクシオン内には参月義成のせいで負けたって空気しかないんだよ。いや、俺はもちろん自分責任だって公言してるぞ。だって鹿島を手放したくなかったからな」
「ですが……」
「そうだ。軍官房部だ。六川と星守に聞いてみよう。あいつらは軍内の士気のレベルを知るために、軍内の世論をステマみたいなことして聴取しているからな」
天儀総司令はいうが早いか内線を開始。六川官房長が、すぐに通話に応じた。
「そうか。で、六川官房長の意見は? 理不尽にも義成が悪いことになってる。やっぱそうか。うむ。で、星守副官房はどういっている。なるほど。で、悪いことにされてる義成への軍内の空気は? ふむ……。なぜか同情されてるか。うむ。なるほど、俺が殴りすぎたせいか。ブチ切れてしまった公衆の面前で殴りまくったからな。まだ顔も腫れてるしな。俺から見ても哀れだ」
……なんか大丈夫そうだな。と俺が思うなか、天儀総司令は最後に、
「義成の処分は減給で済ませようと思うのだが、軍官房部の意見はあるか?」
ときいて、通話が終了した。
「喜べ義成。減給でみんな納得するだろうとのことだ」
「はー……。よかった。本当に申し訳ございません!」
「いいんだよ。終わったことじゃないか」
すごいぞ。俺に死ねとまで怒っていた人間が、怒っていたことなどなかったようにとても上機嫌だ。だが、ネチネチ尾を引かれるよりよほどいいな。ガツンと怒って終わり。俺はこっちのほうがいい。
だが、一安心する俺と違い天儀総司令には新たな懸念が持ち上がっていた。
「ヤバイぞ義成。俺は鹿島の髪の毛ひっつかんで床に叩きつけてしまった。……あいつ怒ってるかな?」
「いえ、どうでしょうか。むしろ敗北の原因を作ったことを、猛省している気もしますが……」
「くそ、短気は損気だ。今後勝つためには鹿島の能力が必要だ。鹿島に奮起してもらうために、彼女との関係は良好なものである必要があるのに……。俺ときたらバカだ!」
「まあ、そうですね。そんなに心配なら素直に殴ってゴメンといえば?」
俺は冗談半分の怒られることを覚悟でいったが、
「それだ!」
と天儀総司令は指を立てていってからすぐに席から立ちあがった。
「義成。艦内の購買部へいってから主計室にいく」
「え、どうなさるんですか?」
「いいから早くお前は、鹿島がいまどこにいるか調べろ」
「はい。やります。意味がわかりませんが、恐らく謝罪しにいくということでいいんですよね?」
「そうだ。プレゼントも買っていくぞ」
そして主計室に入った天儀総司令は、鹿島さんの手を取って激賞。天儀総司令が、現れたときは曇った表情だった鹿島さんも、
「君は素晴らしい。君のおかげで勝てた。なんと世間は、俺が敗北を装って敵を誘引して撃破したといっているらしいぞ。追ってきた敵部隊を腹いせに殲滅したのが好印象だったらしい。こんな幸運は、鹿島がいたおかげだ」
から始まった天儀総司令の怒涛の褒めに、すぐにまんざらでもない顔に……。この人チョロいな。俺は、事の解決を若干冷めた感情で目撃することになった。
なお、同席した主計部の人たちも拍手喝采だ。裏方なのに鹿島容子は、やっぱりすごい。そんな空気だ。俺は後からしったが、鹿島さんは軍経理局内では、高嶺に咲く花と憧れられる出世頭だそうだ。戦いもできる主計官なんてとても憧れられているらしい。しかも本人もそういわれるのを、まんざらでもないと思っている。
だが、俺は今回のことでよく理解した。鹿島さんに戦いの能力は皆無だ。悪いが、もう鹿島さんに作戦回りの書類は二度と触らせない……。
そう。ヌナニア側の世論だけでなく、太聖銀河帝国側でも第二回トートゥゾネ戦は、ヌナニア軍の天儀勝利とされていた。理由は、ヌナニアが後退を開始した際に、太聖側では命令違反で追撃した艦艇があまりに多かったからだ。全体の三分の一が命令違反し追撃をおこない、その全てが天儀に撃破されていた。
後退し敗北したはずのヌナニア側の損害は、ほぼゼロだ。負傷者はいたが死亡者いない。艦艇もまるまる無事。天儀が、素早く敗北を認め後退したことが功を奏していた。
この戦いのヌナニア軍の後退は、
――華麗な誘引。
とされた。天儀は、現代に顕現した名将というイメージを太聖側にも植え付けることになった。
そしてヌナニアにとっても敗北は都合が悪い。第二回トートゥゾネ戦は、人類初の艦隊規模でおこなわれた華麗な誘引による勝利として宣伝された。
だが、この作戦でトートゥゾネ戦線から作戦を連続させていくという天儀の計画は完全に頓挫し、二度とこの案が浮上することはなかった。しばらくフライヤ・ベルク全体で、ヌナニア軍の活動は停滞する。計画を練り直す必要がでたからだ。
天儀は後年この戦いのことを聞かれると、
「自分の責任で敗北した」
としかいわなかった。
誰が勝者で、誰が敗者か戦場を支配する男はよくしっていた。




