3-(34) ヌナニア軍の戦い・序
トートゥゾネ戦はヌナニア軍の勝利で終わった。
だが、そのトートゥゾネの一大決戦をヌナニア側どう戦ったのか――。
さかのぼること戦端が開かれてからしばらく。
サクシオン航空艦隊は敵右側面に無事進出し側面陣地を形成しつつあった。
『ま、艦隊といっても二足機だけの集団なんだけどね』
こんな軽口がスピーカーから流れ、鉄腕レティことレティーツィア・ベッカートの愛機スカイ・グリプスのコックピットで舌打ちした。
軽口の主は林氷進介。タイプ・ファイブのオイ式二足機を集中運用する隼人隊の隊長だ。
――まったくなってない。
とレティは思った。部下の間では厳しい隊長と恐れられているみたいだけど、私からいわせれば、この男は恪勤につとめるという真面目さに欠けるわ。それに天儀総司令に気に入られているのも隠そうとしない。たの隊長たちの前で、総司令官を気軽に、兄さんは、兄さんがいうには、兄さんとしは、なんて口走って自分は特別アピール。天儀総司令は全員に平等よ。自分だけ特別みたいな態度は本当にみっともない。ここは一ついましめが必要ね。
「作戦行動中よ。無駄口叩かないトップガン。航空艦隊の全体の調整をやるあなたが、軽佻に振る舞うと、ただでさえ物理的に軽い航空艦隊全体が、さらに気持ちのうえでも軽くなりかねないと忠告しておくわ」
『こりゃ鉄腕レティはお厳しい。すみませんね』
「それが軽いっていうのよ。いまの、あなたはヌナニア軍最強の大佐の私に指示をだせるって名誉ある立場にあるのだからもっともっと真面目にやりなさい」
一方的にいわれるしかない林氷進介はコックピット内で苦笑い。
――じゃあレティさんが全体の調整やってくださいよ
と思ったのだ。進介からいわせれば、だって、誰がどう考えても、この大規模二足機集団を率いるに足る人物は名実ともに鉄腕レティ。だけどレティさんが、
――攻撃に専念したい!
というのは義兄さんふくめて俺たち全員がわかってる。だから義兄さんは、俺を航空艦隊のトップに、レティさんと近衛連隊を遊撃戦力に指定したじゃないか。
――はぁ……。
先が思いやられるけど、大丈夫なのかこれ。俺達の役割は側面陣地。つまりは義兄さんと李飛龍の左翼と右翼。そして、これと同格の3つ目の戦力が俺の任されたサクシオン航空艦隊だ。
こっちは義兄さんと李飛龍の本物艦隊と違って、二足機だけで構成されてるんだから、しっかりまとまらなきゃ空気で終わる。だって質量だけみても段違いじゃないか。二足機なんて軍艦と比べたら蚊みたいなもので、蚊がいっぱいつ集まって艦隊の形を作ってるようなもんなんだぜ? ……頼むからレティさんだけじゃなく、他の部隊の隊長たちもちゃんということ聞いてくれよ。
一方そのころ国軍旗艦瑞鶴のブリッジでは、
「やはり航空艦隊のトップには鉄腕レティが適任だったともいます」
と参月義成が総司令天儀に苦言を呈していた。
いま、義成と総司令天儀が見つめるモニターには、サクシオン航空艦隊が敵右翼側面で有力な戦闘集団を形成しつつあった。
静かに少しづつ、それでいて着実に。いまが一番重要だ。陣形の作り始めに敵に気づかれると、戦隊規模の戦力を送り込むなどして対処してくる。そうなれば軽く小さな二足機はあっという間に蹴散らされてしまい、まとまりを作れない。
「だろうな。レティは世間では単独撃墜数こそもてはやされているが、その本領はチーム指揮。本人もチーム戦をもっとも重視している。階級も立場も、やはりレティがもっとも適任だ。それに彼女の単独撃墜数が多いのは、彼女が強すぎるだけだからな」
「つまり今回、総司令は航空艦隊の攻撃力を重視したのでしょうか? 鉄腕レティは撃墜王。その麾下もエースクラスしかいないといっても過言はないです」
「……義成お前ならレティをサクシオン航空艦隊のトップに指名したか?」
「はい。彼女がじたいしてきた場合でも、無理をいってでもそうしました。それに総司令がいえば鉄腕レティは諾として従ったのではないでしょうか。彼女は総司令だけになら子猫のように従順に思えます。この林氷隊長がトップで、鉄腕レティが遊撃部隊というのは間違いなく鉄腕レティの攻撃に専念したいというわがままのせいですよね?」
俺は無礼を承知で思い切っていった、どう考えたって、まだ戦争序盤だ。こういったわがままを許せば他のわがままもきかなければいかなくなり、今後収集がつかなくなる可能性がたぶんにでてくる。
「レティは、わがままか。わかってるじゃないか義成。そうだよ」
「そんなあっさり認めてしまうだなんて……。いくら強すぎる撃墜王だからといって、彼女のご機嫌取りですか? 総司令官といでも世間でもてはやされる戦乙女の名声には気をつかわなけばならない。わからないでもありません。ですが、これは戦争で、死人がでます。やはり鉄腕レティには我慢してもらうべきだったともいます」
「なんだ義成。お前わかってると思ったら、わかってないじゃないか」
「どういうことでしょうか?」
「……チッ。そんなしりたそうな顔しやがって、教えたくなるじゃないか。いいか義成、いまからいうことは人にいうなよ。お前だから教えてやるんだからな」
と天儀総司令が小声になった。
「恐縮です」
「いい、お前には今回無理いって秘書官やらせてるからな」
「で、鉄腕レティをサクシオン航空艦隊のトップにしなかった理由は?」
「お前いったろ鉄腕レティはわがままだって。それが理由だよ。物事は能力だけじゃ勝ちきれない」
「……どういうことでしょうか」
と俺が本日二度目のフレーズを口走ると天儀総司令は俺にぐっと近づいてきた。完全にないしょ話の状態だ。
「いいか、なんでレティが、わがままか考えてみろ。いや、あいつのわがままが軍でまかりとおる理由だ。これはなレティと率いる近衛連隊が強いからだ。なぜ強いか? 軍内で一二を争う厳しい訓練。そして厳しい規律。隊員は彼氏彼女ができたら絶対報告って規則まである。で、おめでとうと部隊全体で祝う。これが不満一つなく守られてる。新興宗教団体もビックリの教祖ぶりだ」
「えっと、つまり?」
「レティは傲慢だ。有能すぎるがゆえにな。他の部隊が、近衛連隊にできないのは努力不足。サボってるからだと断罪し、他の二足機隊の隊長と部隊を見下してる。そして、それを隊長たちもよくしっている。レティが普段から公言してはばからないからな」
「つまり二足機隊の隊長たちは鉄レティの実力は認めているが、同時に嫌ってもいる?」
「そうだ。二足機は軍のなかでもかなりの実力主義。圧倒的な実力と、理にかなった命令で、隊長たちは嫌っていてもレティのいうことはきくだろう。だが、それは表面的なものに過ぎん。レティのために心底頑張ってやろうなんてことには、よほどのミラクルがおきないかぎりおきない。誰もが尊敬する鉄腕レティだが、レティのためになら死んでもいいなんて思っているのは近衛連隊の連中だけだ」
「だから鉄腕レティを遊撃戦力にしたのですか。理にかなってます。自分は愚かでした」
「いや、ほとんどのやつがお前のように考えて、下手こくだろうな」
「……いえ、本当に浅はかでした。勉強になりました。ですが、すごい。天儀総司令は、そんな気難しい鉄腕レティの心をよくあそこまでつかめましたね」
「昔、俺がどんなに苦労したことか……。近衛連隊の基地へいってはご機嫌取り。俺がレティを部下にしたとき、彼女はすでに押しも押されもせぬ有能にして有名軍人。立場は俺が上でも名声は俺のほうが下。しかも昔のレティは、いまよりひどくて軍高官には二足機のことがわかってるやつなんていないと、艦長及び司令官クラスを嫌悪すらしていたからな」
――そういった影の努力があるのか。
と俺は思った。立場がうえだから、部下だからいうことを無条件でいうことを聞いてくれるわけじゃない。サボタージュもあるし、全力で頑張ってもらうには、やはり信頼関係が必要。昔の天儀総司令は鉄腕レティと信頼関係をつくるために、かなり気をつかったことがうかがいしれた。
「で、レティに話のわかるやつと気に入られてからも大変だ。定期的に食事やイベントに誘わないとへそ曲げるのだが、すべては彼女の予定有りきだ。立場上軍務に忙しい俺の都合はかんがみてもらえない。しかも、あいつ軍司令官は指先一つ、数秒で軍務を終わらせていると考えているフシがある。で、会ったら会ったで大変だ。彼女が満足するまで話を聞かないと、それこそ激怒する。午前中に会ってカフェ入って話聞いて、ショッピングして、昼食で話聞いて、映画にいって、ディナーして……」
天儀総司令は昔のトラウマをおもいだすかのように頭を抱えてから、
「朝までだぞ!」
と俺にその苦労をぶちまけた。
「え……」
と俺は困惑。だって、あんなブロンド美人と朝まで。朝までということは、朝までだ。だが、それいくらなんでも信頼関係を深め過ぎでは……。これはスキャンダルにもなりかねない。いや、二人共独身だから、不倫とかにはならないか。だが、すごいな。いま、口走ったことは完全にデートじゃないか。あんな美人と……。これが役得というやつか……?
「義成お前ちょっと、いや、めちゃくちゃ羨ましいと思ったろ?」
「いえ、そんなことは!」
「あるだろ。顔にでてんだよ。だけど違うからな。あいつが朝までするのは二足の話だ。俺は正座状態で、あいつに朝までこんこんと二足機の集団運用の話をきかされるだけで、エッチなイベントはない! 一つもない! これっぽちいもない!」
「ハッ! つまり俺は、いまわかりました」
「わかってしまったか義成よ」
「ええ、鉄腕レティは天儀総司令に会った瞬間から二足機の話を怒涛と始める。天儀総司令の気分などお構いなしに、そして少しでも真面目に聞いていないと感じさせたらお終い。怒り出す」
「そうだ。怒らせるときわめて厄介だ。だが、俺は上官としてあいつにはめちゃくちゃ頑張ってもらわないと困る立場だった。だから頑張ってすごく興味ありと聞きつづける。素振りだとバレるので、自分に〝俺は二足機が大好きだ〟と暗示をかけるのがミソだ」
「つまりショッピングや映画は……」
「そうだ。タイミングを見計らって誘導する。映画は最高だぞ。2時間は確実に静になる。だが、彼女が興味あるものを選ばなければダメだ。飽きるとでたいと駄々こねだすからな」
「ガキすぎる……。食事は? 食事もいい時間つぶしになったのでは?」
「最悪だ。レティは興奮すると口に含んでいても、お構いなしに喋りつづけるので、俺の顔面はガキが乱雑にペイントしたキャンバスだ……。それもかなりの高級レストランだろうとかましてくる」
「それは個室のある店舗にしたほうがいいですね」
「だめだ。個室だとそこで朝まで拘束されかねない。きわめて愚かな選択肢だ」
「なるほど、自ら死地へはいってしまうことになると」
「そうだ。しかも、レティは見た目通りのおしゃれさんだ。軍の広報のファッションコーナーで定期的に取り上げられるほどな」
「存じています。軍だけでなく民間でもです。彼女はいわゆるファッショニスタです。有名デザイナーのコレクションや新店舗開店でよばれたりしていますね」
「レティが無駄にバッチリ決めてくるので、下手な店は入れん。だが、高級フレンチも、高級中華も、ハイグレードなイタリアンも、三割近くが俺の顔面に降り注いでくる……。それでいてレティのやつは、司令は高級店はなれていないのですね、と気をつかっていってから、マナーは大事だと思いますので、私が教えてさしあげましょう、ときたもんだ」
「すごい。逆にすごい!」
「だが、これはこれでありだ。二足機の話じゃなくなるからな」
「その点、林氷隊長だといいわけですね。兄と弟と呼び合う関係ですし」
「いや……」
「ダメなんですか?」
「あいつのミリタリーオタクぶりは重病だ……」
げっそりしていう天儀総司令の顔を見て、俺は色々察した。朝まで二足機の話をされるか、兵器の話をされるか、究極の二択だ。
「だが、あいつはレティ違って他隊の隊長どころか隊員達とまで仲がいい。ミリオタ魂を炸裂させ兵器見たさで、あの手この手でいろんな部隊へ出入りしてるからな。それに根っからの気さくな性格。レティのようにじつは憎まれているなんてことはない。それにあいつは自分を死なずに殺せるという美質を持ってる」
「ええ、林氷隊長に助けられた二足機部隊は多いと、ここまでの移動中に多くの二足機パイロットから聞きました」
そういってから俺は気づいた。移動中にやたらと二足機パイロットや、お偉いさんの隊長に話しかけられた理由にだ。あれはきっと総司令官の側近である俺に、
『天儀総司令は二足機だけの戦力を作るようだが、トップは林氷進介がいいと君からも助言してくれよ』
と、暗につたえてきていたのだろう。そう。彼らは、特命係の参月義成は総司令官天儀の側近と明確に意識していた。そうでなければ決戦直前で戦いのために精神を集中する必要がある彼らが、俺なんかに話しかけてこないだろう。
「ああ、義弟のおかげで命拾ったやつは多いし、義弟の赤熊のアシストがあったからこそ勲章もらったやつも多いだろうな。それでいて、あいつはそれを鼻にかけない」
「林氷進介の赤熊。重装甲、重火力、そして暗い赤のカラーリング。超重二足機。それでいて名サポーター……」
「そういうことだ。あいつは、撃墜数は並の撃墜王だがアシストの得点はヌナニア軍で一番だったはずだ」
戦端が開かれた直後のヌナニア軍側では、ずいぶんとゆったりしとした時間が流れていた。
戦闘が始まった直後、ヌナニア軍総司令官天儀は、
――理想的かつ計画通り戦端を開いた。
と豪語したが、このあとヌナニア軍も想像外の戦闘が続くことになる。当たり前だ。戦闘という怒涛の波は、計画というものを考慮してはくれない。




