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過去作品(更新停止)   作者: 遊観吟詠
ここまで改稿済み
60/105

3-(33) 激闘! 鉄扇羅刹

「敵の右翼集団が前進を開始! 我が方の左翼が押されました!」


 これだけでなく、いま、第七軍団旗艦、鉄扇羅刹てっせんらせつ合楼ブリッジは報告の嵐に見舞われていた。

 紅飛竜こうひりゅうの本隊は、引いてきた友軍戦艦6隻を収容したかと思ったら、敵主力が出現し、そのまま交戦に突入。形成は紅飛竜側の決定的な不利。

 鉄扇羅刹てっせんらせつ合楼ブリッジの各種モニターにも慌ただしいほど警告ばかり。


「紅将軍このまま不利な右翼を放置すると陣形が頽落ほうかいし、全軍が復不能となります――!」

 と合楼ブリッジには誰が叫んだかわからない警告が飛んでいた。

 

「わかっている。村雨副長、私は右翼の戦力を立て直したい!」

「巡洋艦のいくつかが、まだ未投入です」

 と、私、村雨椛むらさめもみじが間髪入れずに進言すると紅将軍は早かった。

 

「わかった。おい、最前列に予備の巡洋艦を加えろ! その後ろで戦列を形成しなおすぞ」


 いわれた司令部の軍高官がマイクにかじりつくように所管の艦へ指示。全力の配置が図示されているモニターでは、後方にあるいくつかの点が点滅しながら動きだした。件の巡洋艦が動きだしたという意味だ。


 私は、すかさずAIによるスコアリングを見た。

 

 ――太聖1870 対 ヌナニア1910

 

 前回見たときと変化なし。不利だが、まだ拮抗している。だが、このままだといずれ一方的に押されまくって敗退となる。

 

 ――なにか起死回生の一手が必要

 と私が思ったときに紅将軍が私へ聞いてきた。


「渾身の手とは、そうあるものでもないが……。いや、そうだ。村雨副長、第七軍の二足機部隊の戦力はいかほどだ?」

 

 私は、答える前に、

「なるほど――」

 と唸っていた。紅将軍の意図がわかったからだ。やはり、この人はすごい。防衛で手一杯。攻撃に戦力を抽出しようにも、そんなことをすれば戦線崩壊。こんな打つ手なしの状況から、攻撃の一手をひねりだしたのだ。

 

「察したかモミイ、いや、失礼。村雨副長」

「はい。このままで防戦一方。軍団の二足機部隊を集結させて、攻撃におつかいになるんですね」

「それしかない。この状況を打開にするには……」

「守備に残す必要も踏まえて、ざっと120機を抽出できます」

「おお、おもいのほか集められるものだな」

「お考えは悪くはないと思います。ですが、対艦装備への転換に30分。部隊の集結に30分。攻撃に転じるまでに合計60分です」

「……そうか」

「もともとの計画では二足機は艦艇の直掩ちょくえんにつかう予定だったので、我らの二足機部隊は艦隊にまんべんなく散らばっていて、すぐには集結できません」

「わかっている。では、二足機どもを攻撃につかったときの我々に発生する問題点、いや、不利は?」


「えっと――」

 と逡巡した私を見て紅将軍はすぐに、

「不明か? おい! 軍団航空戦力の司令官を呼べ!」

 と叫びかけたが、

「いえ、わかります!」

 と私は紅将軍の袖を引いた。


「我々の二足機部隊、つまりは航空戦力は艦隊の護衛用の戦力です」

「ああ、わかっている。敵の二足機部隊から艦艇を守るためのものだとな。さっき聞いた。私はそれを攻撃に使用したいと望んでいる」

「直掩用の二足機部隊を、攻撃投入すれば艦隊は、敵の二足機攻撃に対して――」

「弱くなるな。それも、わかっている!」

「ですが、悪い手ではありません。敵はすでに私達の打撃力は戦艦が主力だということを十分に認識しているはずですので、いまになっての二足機部隊の展開は、やつらにとって不意打ちになるでしょう」

「大丈夫なのか?」

「はい、敵の二足機の攻撃は戦いが始まってから正面からばかり。しかも消極的です。偵察部隊の情報から推測するに、敵も二足機を艦の直掩に貼り付けていると考えられます」

「迎撃されんのか、そいつらに? 二足機どもにミサイルを積み込んで敵艦に痛撃をあたえたくても護衛の二足機がわらわわらいては、こちらの二足機からのミサイル攻撃は通らんぞ」

「かき集めた二足機部隊を、二つの集団に分け、二段構えで攻撃を仕掛けます。そして、それぞれに十分な護衛をつければクリアーできます」


「よしわかった。それを、やるぞ」

 と紅将軍は、いうが早いか合楼ブリッジ内へ向けて叫んだ。


「おい、お前ら! 第七軍はこれから二足部隊による敵艦隊の攻撃準備に入る! 50分耐えろ! それで状況は改善する!」


 合楼ブリッジ内に小康状態を得たという空気がでてた。当然だ。いままでは、防御一辺倒で、打開策がなかったのだ。それが、いま、紅将軍から起死回生の一策がでていた。隻眼の女傑、紅飛竜は内戦時代からの歴戦。皇帝の片腕だ。その言葉には、命令には、部下たちにとって絶大な説得力がある。

 

 私は紅将軍の言葉を聞きながら、

 ――50分はちょっと短すぎるかな

 と思ったが、こいうときは威勢のいいことをいうのが大事だし1時間というより50分のほうがやはりクルーたちへの印象は絶対にいい。


「しかし村雨副長、敵さしたるものだよ。やつらは躊躇ちゅうちょしなかった。会敵したかともったら一気に突っ込んできた」

「……すみません。私の計画どおりには進みませんでした。――敵総司令官の側近を利用してヌナニア艦隊を誘引するというのは思いどおりにいきませんでした」

「それはもういい。戦場に立てばなるようにしかならん。それより村雨副長からみて敵はどうだ?」

「そうですね。どうやら敵の艦隊は、二つの集団に指揮系統が別れているようですが……」


 私は合楼ブリッジ中の一番大きい戦況が図示さているモニターを見ながらいった。紅将軍も腕組みして、それを見ている。

 モニター上の敵の配置は、単純にいうと二つの巨大な楕円形が、縦になって私達第七軍に向かってきている。


「この二つの、どちらかが頭で、どちらかが尻尾だ」

「不思議な陣形です。いままで見たことがない。こんな陣形は教本にはありませんでした」

「その不思議な陣形の頭を叩けば勝てる。敵の陣形は横に短小だ。幸い胴がない。頭を打っている間に尻尾が襲ってくるということはあるまい」

「なるほど。この未知の陣形になんの意図があるのかわかれば、さらなる逆転の一手が繰り出せるかもしれませんが――」

「……おそらく敵は焦ったな。意図などない」

「焦った? 海戦直前、敵はどう見ても有利だったように思えますが、焦る要素がありません」

「逆だよ村雨副長。敵は有利を自覚していたから、不利な我々が逃げ出さないか焦った。勝ちとはいえ、敵の戦力の大半が無事に逃げ帰ってしまったのでは艦隊決戦の意味がない」

「あっ! なるほど!」

「だろ。だから敵は布陣をおざなりにして、突っ込んできた。普通ならもっと艦隊を横に広く展開して我々を包み込めるようにしてから攻撃を開始するはずだ」

「だけど、そんなことをしていたら、敵は私達に逃げるチャンスを与えるだけと考え稚拙な攻撃を開始したということですね?」

「ふん。宇宙も地上も場所は違えど同じ戦い。この紅飛竜のいる戦場でミスを隠すなど無理なのさ」

「さすがです紅将軍!」

「そう。キラキラした目で見てくれるな。こんなことぐらい竜王(皇帝の愛称)の玉将なら誰でもやるさ」

「そういうところも素敵です」

「フ、とにかく敵にも焦りがある。そこをうまく突けば、まだ勝つことは可能だ」


 そして45分後――。


「紅将軍。二足機部隊の集結と、隊列形成が完了しました! 集結した120機は準備万端です。攻撃を命じください!」

「早いな。装備の転換20分。集結と隊列形成に15分の45分とはな。よもや50分より早いことはないと思っていたが」

「はい。二足機の隊長達も状況を理解しているのでしょう自分たちのこの行動が、状況を変える最後の手段だと。それに装備転換の時間短縮は、相当な奮起です。整備員は勲章ものです」

「こちらも良い情報がある。我々から見て右の敵集団に国軍旗艦瑞鶴(ずいかく)を発見した。敵の頭は左翼にある。敵左翼に二足機部隊の攻撃を加えるぞ」

「はい! あと20分、いえ、10分、とにかく本当に50分で起死回生です!」


 紅将軍が、私の言葉にうなづくとスッと右手を真上にかざした。


「第七軍の将兵に告ぐ! いまから我らは二足機部隊による大規模攻撃を実施する。これにより敵艦隊は痛打される。そのタイミングを逃さず全軍で前進を開始するぞ!」


 合楼ブリッジに、おおー! という音が響いた。

 集結した二足機部隊が静かに前進を開始。

 二足機だけの大規模集団だ。それはまるで一つのちょっとした艦隊のよう。ただ、普通の艦隊より明るい。

 宇宙ではあらゆる人工物が発光している。

 とくに小さい二足機は機体より噴射口の発光のほうが圧倒的に大きい。

 遠目からは、集結させた二足機部隊は大きな一つの発光体にも見える。

 いま、紅将軍と私の目の前では、光の艦隊がヌナニア軍に向けて発進していた。


 依然として戦況は全体的に押され気味で、左翼は敵に食い込まれている。

 ――まだか。

 と私は焦燥感にかられ時計を見た。まだ5分しか経過していない。くそ、時間がながない。放った艦載機部隊が敵に突き刺さる前に、こちらの左翼が深く押されると、せっかく艦載機部隊が攻撃成功させても戦いの行方がわからなくなってしまう。いま、私は、一刻も早く、

『攻撃成功――!』

 の報告が聞きたい。

 

 また、時計を見た。10分経過していた。

 そろそろ報告がきてもいいはずだ。焦る私はチラリと紅将軍を見た。勇ましくも女性らしい美しさのある横顔が目に入った。私のあこがれの人は泰然として、それでいてはかない。私以外のほかものには、紅将軍が揺るぎない山のように見えるだろうが、私だけはわかる。紅将軍が一番、

 ――報告はまだか!

 と心を猛らせていると。攻撃成功で艦隊前進だ。私はまた時計を見た。

 ――15分経過。

 

 送り込んだ二足機部隊は完全に敵陣形内に食い込んでいるはずだ。まだなの――! と、私がこれまで以上に強く思った瞬間に合楼ブリッジに報告が飛んだ。


「報告します! 我が艦隊右側に敵集団出現!」


「なんだと! 回り込みの小規模艦隊戦力か!?」

 と紅将軍が素早く応じていた。

 

 私も報告してきた索敵担当のオペ-レーターを思わず睨みつけるようにしてみてしまった。私の目に映った索敵オペ-レーターの顔は真っ青だ。それだけで悪い状況だと認識するには十分なほどに。


「いえ、これは……」

「早くいえ!」

「大規模二足機集団です! 繰り返します。艦隊右側面に出現したのは敵の二足機集団!」

 

 直後にいくつかのモニターには、敵機襲来の警告の表示。敵を見つけたというのではない。すでに敵二足機のミサイル攻撃の射程内に入ってしまっているという警告だ。

 二足機の決死の肉薄からのミサイル攻撃をうければ、艦に深刻なダメージをうけかねない。遠距離から飛んでくるミサイルとはわけが違うのだ。


「なぜこれほどまで近づかれている! すでに先頭集団はアタック体勢。艦隊は完全に敵二足機集団の射程圏内ではないか。索敵班は、なぜ気づかなかった!」

「電子戦科は、二足機は警戒していなかったので……。それに遠距離の二足機を対艦用のレーダーで捉えるのは難しいです。二足機は小さすぎますし、隠蔽性能いんぺいせいのうが高すぎます……」

 

 紅将軍は、これいじょう怒鳴っても無駄だと判断したのか、

「映像――!」

 と要求した。もちろん映像とは、現れた敵二足機集団の映像だ。それも紅将軍は、一機、一機が鮮明にわかるようなものを望んでいる。機体や装備から様々な情報が得られるからだ。

 

 すぐさま合楼ブリッジの中央モニターにはズームアップで撮影された敵機の映像が表示された。

 第七軍団の艦隊は、すでに出現した敵二足機集団に危険なぐらい接近されていたからだ。映し出された映像には機体のデテールどころか、描かれた製品番号などの文字まで読めそうなぐらい解像度がよかった。

 

 送られてきた映像には、先鋭的なフォルムの空色の機体。それに見るからに強力なミサイルが各機に一つ搭載されている。私はすぐさま襲来している敵機の数を確認した。紅将軍も同様だ。

 ――500はくだらないだと!?

 想像よりあまりに多い数字に、私はうめくことすらできなかった。敵は機動部隊きどうぶたいを名乗っていたが、これほど多いものなのか? まさか敵も全力投入してきた? 防御にある程度残す必要があるはずだ。ありえない。こちらはたしかに航空戦力を緒戦で失ったが、敵にも損害があったはずだ。この数は信じられない。

 

 いまの宇宙戦艦は基本的に空母能力も備える。直掩機の補助なくして攻撃も防御も成り立たない。だからこそ紅飛竜以下の第七軍団高官たちは、二足機の運用と母艦ついての認識に甘さがあった。

 基本的に二足機の対艦装備は、戦艦の主砲などとくらべれば比べて脆弱だ。はっきりいえば弱い。ダメージをだしにくい。

 

 第七軍団は戦艦を打撃力とした大規模艦隊。将兵たちは内戦時代のからの生え抜きでも、

『重力砲の火力を減らしてまで、戦艦の装甲を抜くことが難しい二足機を増やす必要があるのか?』

 この程度の認識だった。紅飛竜もその副官村雨椛も、敵の二足機戦力を問題視していなかった。このときまでは――。

 

「これは、まずいぞ村雨副長!」

「攻撃にだした120機を呼び戻しましょう!」


「無理だ間に合わん!」

 と紅将軍が叫ぶと同時に、

「我が方の二足機部隊は敵艦隊との交戦に突入! 部隊長からは、敵有力なれど健闘する、とのことです!」 

 という、あれ程待った報告が、いまは、まったく聞きたくない報告だった。交戦に入ってしまっては呼び戻すのは不可能だ。

 

 私達第七軍団は軍団ごと色を失った。

 紅将軍が、激しく目の前のコンソールを叩いた。

 

「くそ! やられた! 敵の攻撃に二足機が少なかったはずだ! やつらは二足機だけで艦隊規模の打撃力を用意して回り込ませたんだ。ちくしょうめ!」

「信じられない。二足機だけで……」

「私も第七軍も二足機をサブウエポンとして思い込みすぎていた。しょせんは艦を補助するだけの存在と割り切りすぎた。いまさら遅いが、二足機の可能性をもっと模索すべきだった」

「二足機は場合によっては、地上の騎兵のように例えられますが、騎兵ではありません。回り込みを成功させた騎兵が相手をするのは、騎兵より小さい歩兵ですが、二足機が回り込みを成功させて戦うことになるのは同等のサイズの二足機か、それより巨大な軍用宇宙船です。装甲も分厚い!」

「それだ! 騎兵だ! 敵は狂っていて古典的だよ。鉄床戦術かなとこせんじゅつ! だが、いまの第七軍団にとってはきわめて効果的だッ」

「どういことでしょうか……。意味がわからない。ここは宇宙で、私達は艦隊戦をやっているです。地上戦ではありません」

「モミイお前はいったじゃないか騎兵だと。敵はまさに二足機を騎兵としてつかったんだ。正面の敵艦隊は鉄床。いま、私の第七軍団に迫っている敵二足機集団はつちだ!」

「ぐぬぬ! でもはやり。ここは宇宙で地上戦じゃないです。しょせん小物の集まり艦を数隻差し向ければ蹴散らせます!」

「だが、その差し向ける艦を、いま前線から引き抜くと、それこそそのまま敗北するぞ。我々の正面の戦力は青息吐息で、なんとか崩れないでいるだけだ」

「では……」

「残る予備。つまり鉄扇羅刹てっせんらせつと直属で対応するしかないが……」

 

 だが、そんなことはできない。現れた二足機集団に鉄扇羅刹てっせんらせつと直属ぶつけると、会戦に敗北した場合に鉄扇羅刹てっせんらせつは退路を失う可能性が高い。絶対に勝てる状況なら、鉄扇羅刹てっせんらせつでの対応はやむなしだが、今回の場合は不利な状況のなか逃げがたい位置に旗艦と精鋭を移動させただけになりかねないのだ。どう考えてもいい手ではない……。


 私はとにかく副団長として役割をはたすために、手近なコンソールに駆け寄り防衛の準備を開始。

「残りのありったけの二足機を防衛に回して!」

 と、コンソールのマイクへ叫んだが、いきなり声がかれかけている。焦りと疲労のせいだ。

 

 私が、コンソールのマイクへ向かって防衛の指示を飛ばすなか紅将軍は、鉄扇羅刹てっせんらせつと麾下を対応に当てるかまだ判断しかねていた。

 ――早く指示を紅将軍!

 と振り返った私の目に映ったのは、焦って真っ青の紅将軍の顔。その形の良い顎先から汗がたらりと落ちた。私が、いままで一度も見たこともない紅飛竜という軍人の絶望の表情。私だけでなく、周囲の軍高官もまるごと心がくじけかけた。やっぱり誰だって、こんな紅飛竜は見たことがないから。


 ――どんな不利にも対処し

 ――廉武忠の無理難題もあしらいながら

 ――戦功を立てる

 

 それが第七軍団のしる隻眼の紅飛竜。


 だが、いま、紅飛竜は合楼ブリッジに立ち尽くし、

 ――いまは時間が惜しい。

 と心中で悲痛していた。

 このまま対処しなければ私の第七軍団は敗北する。破滅だ! いや、仮になにか手を打てても敗北する可能性が高い。今更なにをしても、やはり破滅。そして、一番いい選択肢は、いますぐ撤退作業に入ることだが……。だが、これだって破滅でしかない。くそ、廉武忠め! 私とあいつは違う! 責任をとって自決などみっともないが、だが、どうする!?

 

「……ど……する……」

「紅将軍?」

「どうする。いま引けば攻撃に回した艦載機部隊は見捨てることになる。左翼はすでに押されているので、左翼の艦艇もほぼ壊滅する。右翼だって鉄扇羅刹てっせんらせつと麾下。あとは、戦闘に入っていない一部の艦艇だけが逃げ切れるかどうかか……」

 

 それだけいうと紅飛竜はガクリと崩れ落ちて、膝立ちとなった。その顔はやはり真っ青だ。


「紅将軍!」

 といって副長の村雨が駆け寄った。

 

「将軍しっかり! 紅将軍!」

「モミイ……。私はどうすれば……」

「しっかりしてください。皆が見ています。ほら、早く立って!」

「このまま、そうだ。突入するか。敵の旗艦を刺し違えれば面目も立つし、一発逆転もありうるッ! 廉武忠は惨めに自決したが私は違う! 敵と刺し違える!」

 

 紅飛竜がそれを口にした瞬間。

 パーンッ!

 という音が合楼ブリッジに鳴った。


「モミイ?」

 と紅将軍が頬を抑えて蹌踉そうろとしていった。


「紅飛竜! しっかりしろ! 私達の憧れでしょ!」

「あ、あ……。そうだ」

「第七軍団の軍団長!」

「そうだ。く……。私はなにを――」


 そういって立ち上がった紅将軍の顔には生気が戻っていた。

 ――よかった私の知ってる紅将軍。

 と村雨は表情こそ変えなかったが心底ホッとした。私だって、紅将軍が錯乱して膝をついたときはもうだめかと絶望したから。

 

「特攻なさるならお供しますが?」

 と私がツンとしていうと紅将軍は、

「まさか」

 と笑って返してきた。

 

「では自決ですか? 介錯します。その場合は私も絶対にお供しますけどね」

「ありえん――」

「では、どうなさいます。私の一番の紅将軍は」


「モミイの一番か、悪くはない」

 と紅将軍は少しはにかんでから、

「現実は受け入れるさ」

 と静かにいった。

 

「……私はちょっと嫌です」

「モミイ、私をビンタしておいてそれをいうか。あれは、どう考えても冷静に撤退しろという愛のムチだと思ったのだが」

「……紅飛竜は無敵の独眼竜ですから。太聖銀河帝国軍の最強の将軍ですから……」

 

 私がうつむいていうと、

 ――フ

 と紅将軍は息を吐いてから決断を下した。


「総退却命令を発動する! 第七軍団は撤退する! 艦隊右翼が後拒こうきょ(撤退最後尾の意味)をおこなえ!」

 

 乾坤一擲けんこんいってきと放たれた第七軍団の二足機部隊は、そのすべてが壊滅した。

 第七軍団の左翼で逃亡に成功したのは3隻だけ。

 旗艦の鉄扇羅刹てっせんらせつも大量の敵機に襲われ大損害。

 軍団長直属の艦艇で損害がなかった艦はなかった。


 ここにトートゥゾネの趨勢すうせいは決した。

 太聖銀河帝国軍はトートゥゾネでの前進戦力をうしない、ヌナニア連合はこの宙域で小康状態を得たのだった。

 なお、ヌナニア軍の側面部隊が出現した瞬間の第七軍団のAIによる戦況スコアは、

 ――太聖0 対 ヌナニア2000。

 AIの判定は自らを生み出し管理するものに対しても冷酷だった。

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