3-(29) 旧軍のグライフ
「いまからストライダー部隊は本隊に合流し、戦力の再整備にはいるわ。おそらく部隊はこのまま解散。……短い期間だったけれど、私はあなた達が最高の軍人だったってことは絶対に忘れない」
花ノ美・タイガーベルからストライダー部隊全隊員への通達。リシュリューの艦長が私の横で静かに敬礼していた。
その花ノ美の目の前では、いま、総司令官の天儀が引き連れてきた艦隊による追撃戦が開始され、14隻の敵はヌナニア軍本隊の登場に、ものの数分で5隻を喪失。残った敵戦艦10隻はバラバラと後退を開始。
空母戦力を多数抱える本隊の総司令部機動部隊からは、追撃のための航空部隊が放たれていた。つまりは二足機の群れが飛び立ったのだ。
天儀総司令は、私たちストライダー部隊に追撃への参加を命じなかった。いえ、許さなかったといっていいかしら。破滅的な後退をやり抜いた私たちストライダー部隊は疲労困憊っていうのを天儀総司令は見抜いていんだと思う。
普通こういった追撃は、誘引を成功させた部隊も参加していい。いえ、権利があるといってもいいわね。ボコボコにされながら屈辱を耐え抜いて敵をおびき寄せたんだから、倍返してやんなきゃ気がすまないわよね。
だけど天儀総司令は、
「花ノ美少佐、本隊へ合流し補給を受けろ」
と淡々と指示してきた。私は天儀総司令が恐ろしいまでに冷徹で、勝つ気でいるということを実感した。勝利に酔ってお祭り気分で、
――お前らも追撃に参加しろ
なんて甘さはこの人にはない。勝ちに貪欲で、どんな表情をしていようと心は常に静寂のなかにあるんでしょうね。
「そういえば私達の横を友軍の艦載機部隊が通過するわよね?」
「あ、追撃のですな。ちょっとお待ちを……」
私の問に艦長は、そういうとモニターに艦載機部隊の飛行ルートと計画を表示させて確認した。
「ブリッジの隔壁をあげて、敬礼で見送るわよ」
「彼らから見えるでしょか?」
「気持ちの問題よ」
「おお、これはすごい。リシュリューの横を第十一連隊が通過しますよ」
「へー。二足機隊に〝連隊〟なんてあるのね」
「ええ、鉄腕の部隊は特別です。旧軍のときからの精鋭ですよ。タイガー・マムもご存知でしょ」
「……そうだ。せっかくだし登舷敬礼にしましょうか。艦長すぐに準備させて」
「アイアイム・アム。とてもいい考えだと思います。鉄腕は、そういうのをとても好む」
そして艦長はすぐに乗員に向けて「登り方用意」の指示。これで舷側。つまり船外にでる扉の前に船外活動服(宇宙服)を着込んだ兵員が待機。準備が完了すると「登れ!」の号令で、船外にでて整列。通常は号笛(サイドパイプ)の音を流して、これを以て一斉の敬礼となる。
『あら、花ノ美お姉さま。リシュリューは登舷敬礼をなさるんですの?』
戦艦フロンサックのアバノアが問いかけてきた。私はヘッドセットを付けっぱなし、マイクも常にアクティブだ。アバノアなら、私はなにを聞かれても困らない。それぐらいの仲。恋愛感情は微分子レベルですら存在しないけどね。
「ええ、旧軍からの古参がなんだってのよ。追撃っていう超おいしい私達の仕事を譲ってやるんだから、しっかりやんなさいよって圧よ」
『なるほど、ウフフ』
「それにしても十一連隊ってどこかで聞いたような……」
『士魂連隊ですの。つまりは近衛連隊ですわお姉さま』
「あー……」
と、私は納得した。とても有名な部隊なのだ。民間でも知る人が多いぐらいのね。部隊長が美人で変なやつだから……。ま、世間では戦功と美人ばかり目立って変人とは思われてないけどね。
そして、しばらくすると一糸乱れぬ編隊組んだ空色のカラーリングの二足機があらわれた。私は編隊をひと目見ただけで、噂に違わない優秀な部隊だと感じた。
――宇宙でもっとも自由な存在
と、いわれるのが人形のマルチロール戦闘機ね。形状は様々だけれど、漫画やアニメでもおなじみの格好いい存在。いまの宇宙戦争は、超重力砲とこの二足機の2つ、それに電子戦を加えて成り立っているの。二足機は攻撃防御と多様な任務をこなせる重要な存在よ。
「あれが士魂――……」
『ええ、そしてあれを率いるのがレティーツィア・ベッカート。通称を鉄腕レティ。このご時世に近衛連隊を自称する戦術強襲機連隊の隊長にしてSSRクラスのエースパイロットですの』
「ロイヤルガード。そう。こっちでいってくれればすぐにわかったのに」
『ええ、士魂や第十一連隊よりそちらのほうが有名な通名ですわね』
その近衛連隊が、いま、リシュリューの横を通過。
兵員達へ号笛の音が流され、ブリッジには艦長の敬礼の号令が響いた。私も近衛連隊へ向いて敬礼した。
しばらくするとブリッジに、おぉ……、という静かな感嘆と歓声。
近衛連隊が私達の登舷敬礼に気づいて、連隊でくるりと大きな一回転をして答礼してきたのだ。
――すごい高い練度。
と私は心から感心した。一機として動きが遅れたりする機体はなく。ズレない。普通はこんなうまくはいかない。素人は気づかないだろうけど、微妙にずれんのよね。
そして、しばらくすると通信兵が、
「近衛連隊の連隊長機から通信です!」
と報告してきたので、私はすぐにつなぐように指示した。
すぐにブリッジ中央の大モニターの画面には、二足機登場用の戦闘服を着込んだ金髪翠眼のブロンド美人が映しだされた。
私はブリッジ中の視線がモニターに釘付けになっているのを感じた。当然よね。いま、画面にあるのは、目鼻立ちは完璧、流れるような金髪でプロポーションは抜群。特に胸が妬ましい……。まあ、いまは彼女自慢の金髪や胸まで写ってないけど。そんなブロンド女が私へ向けて喋りだした。
『私は近衛連隊の隊長のレティーツィア・ベッカート。ヌナニア軍で一番偉くて強い大佐よ。鉄腕レティって呼んでくれていいわ。前大戦の勝利の立役者。大戦果と引き換えに片腕を失った女。それが私よ!』
……わかったでしょ。相当な変わり者よ。普通、自分で二つ名をこうも堂々と名乗る!? 名乗んないでしょ! アイドルだってまたいでとおるぐらいの自己顕示欲でできた女じゃない。
だけど、ブリッジには、おぉー、という静かな歓声。この頭悪いぐらいのアピールが、滅茶苦茶うけがいいのよね。そんな反応を知ってか知らずか鉄腕女は、
『ヌナニア新兵達! 近衛連隊の隊徽の知恵と力の象徴グリュプスを覚えておきなさい!』
と決め台詞っぽく追加。ブリッジ内にはやっぱり感嘆のため息。でも、私はやっぱこの女がいけ好かない。だって、グリュプスよ。グリュプス。なんでラテン読みでいうわけよ。ラテン語って地球時代にすでに死に絶えた言語じゃない。普通にグリフォンっていえないわけ?
だけど相手は押しも押されもせぬ戦争の英雄。私は失礼のないように笑顔。もちろん作り笑いで、口元は引きつってしまってはいるけれどね。
「総参謀部少佐の花ノ美・タイガーベルです。前の戦争の英雄にお目にかかれて光栄です」
けれど私が最大級の賛辞を送ったのに、この女はいい顔ひとつしないで、
『フーン。あなたって、あのアヘッドセブンなわけ?』
と値踏みするように見てきた。
「はい。アヘッドセブです。いまの星系軍士官学校は旧軍時代より競争主義が徹底していて、自習室の机の順番や、寝室のベッドの番号など全部が成績で決められます。そして一番の優秀者がクラスヘッドと呼ばれますが、私達は特別。これまでにないほど全員が優秀で、そのなかでも特に優秀な7名がアヘッドセブンの称号を与えられました」
『そんなことは、しってるに決まってるでしょ。肝心なのは順位よ。そのアヘッドセブンも横並びじゃない。あなたの序列は?』
「3位です。でも実技系の成績はトップが多かったです」
『一番じゃないのね。ダッサ』
ちょっと、小声でいっても聞こえてんのよ。もろにマイクが拾ってんじゃない。しかも、そんな吐き捨てるようにいって。なんだってこの女は、こんなにも敵対的なのよ。私達って初対面よ初対面!
『私は一番。ヌナニア軍最強の戦術機隊の隊長よ。あまり舐めないことね』
「あ、あははー。舐めてはいません。とても尊敬? してまーす」
『その態度が舐めてんのよ。ヌナニア軍新兵って、自分たちこそ真の軍人って感じで旧軍の出身を内心で小馬鹿にしてるのわかってんのよ』
「いえ、そんなことはー……」
あるけどね。でも、仕方ないじゃない。私達って優秀なんだから。現にほら、こんな大戦果を初陣でだしちゃったわけだしさ。あー、鉄腕さんもしかして嫉妬してる? 妬んでる? 自分より優秀そうなのがゴロゴロしてるから、この戦争じゃ目立てないって危機感バリバリって感じなのかしら。
『いい? いま、天儀総司令の横に側近面して収まってる義成ってお子ちゃまにもいっといたけど、天儀総司令の一番は私のなの。あなたが天儀総司令相手に出しゃばったら、酷いから覚悟しなさい! 私がその気になれば軍艦だって沈められるんだからねッ』
「アハハー。お手柔らかにー」
そして通信は一方的にブツリ。
何故かブリッジ内には拍手。有名人を見られて興奮冷めやらぬって感じの雰囲気。どうしてよ。私は思わず横にいる艦長へ、
「なによ。いい美人が、ただの大きな子供じゃない。伝説の女二足機戦士が、あんなんだってしったら世間は幻滅するわよ」
なんていっていた。
「鉄腕は本来なら、軽く将官で基地航空隊や航空艦隊の司令官です。ですが、実戦にでられないのを嫌がって昇進を拒み続けましたから……」
「まあ、すごいとは思う。尊敬もしてるわよ。でも、あの女も一番じゃない」
と私が意味深にいうと艦長は困った顔で、
「それは絶対に本人の前では、いわないことを強く進言します」
といった。
「そういえば、あの女のいったロードって天儀総司令のことよね?」
「ええ、いまの鉄腕は、偉大なボスといったような意味で天儀総司令を、そう呼んでいますね」
「ふーん……」
と私が理由は? というように見ると艦長は渋々といった感じで答えてくれた。
「鉄腕の政治的立場は微妙です」
「へー。ただの軍事バ、いえ、軍務に忠実な人に見えたけれど。とても政治なんて興味なさそうなね」
「ええ、自分もそう思いますが、ヌナニア軍は国民軍です。それなのに鉄腕の部隊の名称は近衛連隊です。これは皇帝の軍を意味します」
「それって、たんに伝統的な呼称を背負ってるだけじゃないの? ルーツの古い軍隊ではよくあるじゃない。地球圏の軍隊なんて、騎兵連隊が時代とともにヘリコプター大隊になって、さらには宇宙で偵察中隊やってるのに、それでもいまだに呼び名は騎兵連隊」
「いえ、鉄腕は単純にいって人気者です。悪目立ちするともいう。本人にその気がなくともね」
「ふーむ。あの人にその気がなくても言動が、世間で問題になっちゃってことか」
「はい。ヌナニア政府は旧グランダの皇帝親政をよく思っていません。政治から皇帝色を排除したいし、受け付けないスタンスです」
「あー……」
「おわかりになりましたか。そうです。影響の大きい人気者の鉄腕が、皇帝の軍隊を意味する近衛連隊を名乗るのは政治的に微妙です。近衛呼称問題として議会でも問題になったことがあるぐらいです」
なんか私は、ここまで聞いて大体想像がついた。あのブロンド美人が、部隊名を変更しろと指示されると、滅茶苦茶ゴネて、イヤダイヤダと大騒ぎしたさまを……。彼女のこれまでの功績と能力を買って、ということで部隊名は仕方なく据え置き。どうせこんな顛末でしょうね。
「これは友人から聞いた話なのですが、鉄腕は天儀総司令が着任すると、かなり早い段階で挨拶しに現れたそうです」
「へー。で、どうなったの。そこで問題が起きたんでしょ?」
「ええ、そうです。鉄腕は天儀総司令の忠実な鷲獅子。天儀総司令を旧軍時代の大将軍と呼んで輝く目で敬礼したそうですが、天儀総司令は激昂して、〝やろめ! 二度とそれで呼ぶな!〟と怒鳴りつけたそうです」
「はー。天儀総司令って政治感覚もあるね。ますます尊敬しちゃう」
「ええ、あのかたは中々ですよ。政治との距離をかなり慎重に考えられる軍人です。天儀という戦争の勝利者が悪目立ちする鉄腕レティに、旧名の大将軍なんて呼ばせていると政治家がしったら彼らは恐れおののくでしょう。あの人食い鬼の天儀が皇帝親政を復活させようとしているとね」
「ウンウン。わかるそれ。宇宙ゴリラ(国家親衛隊)が天儀総司令をグランジェネラルと呼ぶのとわけが違うわよ。宇宙ゴリラって所詮は歩兵戦力。悪いけどあの人達は栄光ある雑兵よ」
「で、怒鳴りつけられた鉄腕は、それ以来終始えらく不機嫌で、とくにヌナニア軍新兵を見るとナーバスになると友人から聞いています」
「なによそれ。完全な八つ当たりじゃない!」
「……優等生一筋の鉄腕は、天儀総司令から褒められこそすれ怒られたことなんて一切なし。しかも可愛や可愛やと甘やかされまくってましたからねえ」
「あ、察し。その甘やかしの対象が、ヌナニア新兵に移ったとか逆恨みして、私に対してあの高慢ちきな態度なわけね」
「残念ながら肯定ですな。ただ、あの高慢な振る舞いも彼女の人気のひとつなのです」
「人気者ってのは、なにやっても肯定的に解釈されるっていいわね。でも、そのうちアンチわいて叩かれまくりそう」
「そうならないように、天儀総司令は鉄腕を怒鳴りつけたんだと自分は思います」
私達がそんなことを話している間に追撃戦は、ほぼ終了していた。逃げていた戦艦10隻の内4隻が降伏。逃走できた6隻も被害甚大。そしてのあの高慢ちきな鉄腕レティの戦果は――。
「すごい。迎撃にでてきた敵80機をあっという間に殲滅って……」
「それが近衛連隊です。天儀総司令の、やれ、の一言で敵を完膚なきまでに叩き潰してくる総司令官の鉄槌です」
「普通ならかなり手こずるはずよ。強いだっけじゃなく本当に手際がいいわね」
「正確には近衛連隊だけで34機を撃墜。降伏31。これで敵の迎撃二足機戦力は壊滅。鉄腕レティの腕は鈍っていないどころか強靭さを増しているかもしれません」
「バケモノ級よこれは……。旧軍の軍人ってこういうのが、たまにいるから怖いわよ」
「曲者揃いですがね。だから超AIミカヅチじゃうまく扱えなかったと思います」
「……本来の星系軍は倫理観大切にするからねー。でも倫理とか人理いってたら旧軍の人は弾かれる人多そう」
「面目ない。我々オールドも真面目に忠実に、やっているつもりなのですが若い軍人ニュータイプ世代のようにはいきません」
「いやー。艦長さんは典型的な星系軍紳士。まさに、これぞ星系軍人って真面目さだと思うわよ。というかむしろ旧軍には艦長さんみたいな人のほうが多いのに、なぜにあんな女が生まれてしまったのか……」
「全部、天儀総司令のせいですな!」
と艦長は苦い笑い。艦長からいわせれば、我らがタイガー・マム(花ノ美のこと)も完全に跳ねっ返りの分類。いや、その自分大好きの唯我独尊性は、鉄腕レティといい勝負だ。あの天儀でなければ扱えない人材だろう。




